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異世界帰還勇者のサイコパス善行生活  作者: 本当は毎日ラーメン食べたいけど健康のために週一回で我慢してるの助
第2章 こわい先輩編
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第13善「オッパイ触らせてください」


 放課後。

 HRが終わるなり、さっそく委員長から教えてもらった《お助け部》の部室へと向かうことにした。


 ちにみに今日の成果は委員長のボディーガード以外、ゼロ。非常にマズイ状況だ。今日を生き延びることができるかどうかは《お助け部》に懸かっていると言っても過言ではない。藁にも縋る思いで部室へと足を運んだ。


 《お助け部》の部室は北校舎四階の空き教室だった。

 入り口の扉に《お助け部》と手書きで書かれた紙がセロテープで貼り付けられている。新設の部活ということだし、色々と急ごしらえなようだ。

 扉に鍵は掛かっていない。ノックもせず、とりあえず開けてみることにした。


「あら?」


 中にいたのは、金髪のシスターだった。

 金髪のシスターが、窓際に立って黄昏ていた。


 いや、正確にはシスターのような女子生徒だ。頭にシスターがかぶるような頭巾(ウィンブル)を身に付けているが、服装は学校の制服そのものだった。


「こんにちは。お助けのご依頼でしょうか?」


 色素の薄い瞳を優しく微笑ませながら、金髪シスターは柔和な笑みで俺を迎え入れる。窓から差し込む夕日が彼女を背中から照らし、まるで後光が差しているようだった。


「どうぞ、そちらにお座りください」


 部室はシンプルなもので、部屋の中央に机が一つと椅子が二つ置かれているだけだ。促されるまま扉側の椅子に着席し、机を挟んで対面に金髪シスターが座る。校章の色からして三年生。先輩だ。


「今日はどのようなお悩みで? わたくしにお手伝いできることでしたら、何でもお申し付けください」


 シスターの風貌から想像できる通り、柔らかく穏やかな物腰の人のようだ。慈悲深そうな顔付きも合間って、全身から優しさが溢れ出ている気さえする。鈴の音が鳴るような声も聞いていて心地よく、一緒にいるだけで心が穏やかになる。


 同じ金髪仲間とはいえ、それ以外は俺と対極的な存在と言えよう。唯一の共通点である金髪の方も、俺と彼女では性質が全く違う。俺の(くす)んだゴワゴワの金髪とは異なり、彼女のは金糸のようにサラサラで輝きを放っているようだ。


「いえ、悩みとかではなく、入部を考えてまして」


 彼女の穏やかな雰囲気に当てられたからか、自分でも驚くくらい丁寧な口調になってしまってどこか気持ち悪い。


「まぁ、それはそれは。清い心を持ったお方なのですね。てっきり不良なのかと思っていました」


 一言多いぞ?

 咳払いをして、いつもの綺麗な敬語へと口調を戻す。


「入部を考えてるって言っておいてアレなんスが、《お助け部》って何する場所なんスか?」

「その名の通り、困っている人達を助ける部活です。わたくしにできることであれば何でもお助けしますよ」


 何でも、ねぇ。それだけ聞くとゲスな依頼をするような人間が来そうな気もするが……。


「この後、依頼のご予約が何件かありますので、良ければ少し見学されては?」

「じゃあそうするッス」


 面倒そうな活動だったら入部をキャンセルしよう。楽に善行できそうなら入部しよう。俺は臨機応変に対応できる身のこなしの軽い勇者なのだ。


「他に部員は?」

「わたくし一人だけです。今年度になって立ち上げたばかりの部活なので」


 一人だけで部活って作れるもんなのか。そういうのって最低何人とか必要な気がするが。と思っていたのが顔に出ていたのか、『特別に許可を貰ったんです』と金髪シスターは微笑んだ。なるほど、教師にも信頼されているらしい。


「先輩はどうしてこの部活を作ったんスか?」

「人助けをしたかったんです。誰かの役に立ちたくて」


 神に祈りを捧げるように、金髪シスターは胸の前で手を組み、そっと目を閉じる。

 好きでやっているということか。相当お人好しなようだ。


「あなたも人助けがしたくてここに?」

「まぁ……そッスね」


 一日七回限定だけどな。


「素晴らしいです! そういえば、お名前をまだ伺っていませんでしたね?」

「吉井善七っス」

「よろしくお願いします、吉井さん。わたくしは——」


 自己紹介が返って来ようとしたちょうどその時。不意に教室の扉がノックされた。


「あ、ご予約の時間になってしまいました。お話はまた後にしましょう」


 金髪シスターが扉に向かって『どうぞ』と答えると、一人の女子生徒が入室してくる。


「こんにちは、聖母先輩! よろしくお願いします!」


 聖母? それはまた大層な名前だな。

 金髪シスターの顔に目を遣ると、『何故か皆さんそう呼ばれるんです』と照れ臭そうにはにかんでいた。


「なんか、お歳暮みたいで美味しそうなアダ名っスね」

「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」


 めちゃくちゃ無視された。


「今日は、前回のご相談の続きでしょうか?」

「はい!」


 依頼主の女子生徒はリピーター客のようだ。リピーターもいるということはそれなりに実績もあるらしい。

 俺は立ち上がり、客のために席を空けた。


「こちらの吉井さんは入部希望の方なのですが、差し支えなければ同席してもよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です! 男子の意見も聞きたいので!」

「ありがとうございます。吉井さん、どうぞわたくしの横へ」


 俺は教室の端に積み重ねられていた椅子を一脚持ってきて、聖母先輩の横に座った。女子生徒が先ほど俺が座っていた席へと腰掛け、二対一で対面する形になる。


「それで、今日お話したいこととは?」

「はい、それがですね——」


 少し拍子抜けだったが、女子生徒の相談内容は単なる恋愛相談だった。好きな男子へのアプローチに困って何度か《お助け部》に足を運んでいるらしい。


「——まぁ、そんなことが。それは大変でしたね」

「そうなんですよ! 全く困っちゃいますよね! 君もそう思うでしょ!?」

「そッスね」

「だよね!? それでその後——」


 相談……というよりかは女子生徒が一方的に話し、聖母先輩がニコニコ聞きながら相槌を打つような感じだ。

 そんな時間が二十分ほど続き、一通り話しを終えた女生徒が満足気に席を立った。


「どうもありがとうございました、聖母先輩! 私、頑張ってみます!」

「いえいえ。また何かあれば、いつでもお越しくださいね」

「はい! 君もありがとうね!」


 喋るだけ喋って、女子生徒はスッキリした顔付きで部屋を去って行く。

 ふと見ると、左手の刻印の一辺が消えていた。俺は座っていただけで何もしていないが、感謝されたからか善行認定されたらしい。話を聞いてるだけで善行が稼げるなんて……最高の環境なんじゃないか?


「どうでした?」

「なんか……想像と違いましたッス。悩みを聞くのが主な仕事なんスか?」

「そうですね。悩み相談、特に恋愛相談が一番多い依頼かもしれません。わたくし自身、恋愛なんてしたことないので、アドバイスできる身じゃないんですけどね」


 ふふふ、と聖母先輩は頬を赤らめて笑う。


「でも、実際に手を動かしてお助け活動することもありますよ。この後、女子バレー部の部室に呼ばれているんです。ご一緒にいかがでしょう?」


 俺は聖母先輩に続いて依頼の現場へと向かった。

 続いての依頼は部室の掃除の手伝い。女子の部室だったが、男手も欲しいとのことで俺も快く受け入れられた。


「聖母先輩! どうもありがとうございました! とっても助かりました! 君もありがとう!」


 部室の掃除を終えた後は、再び部室に戻って悩み相談をもう一件。その後は落し物の捜索依頼を一件。

 《お助け部》にやって来てものの数時間で、なんと四善も稼ぐことができた。しかも仕事自体はほとんど聖母先輩がやってのけたので、俺自身は感謝のお零れを貰っているに過ぎなかった。悩み相談なんて適当に同意をするだけで感謝してもらえる。


 ——最高だ。

 最高の環境じゃないか。

 これこそ俺の求めていた環境。ここに居るだけで、一日七善なんか余裕で稼げる。


「吉井さん。一緒に活動してみて、いかがでしたか?」


 今日の分の予約を全て終え部室に戻ると、聖母先輩がにこやかに尋ねてきた。


「そうッスね。すごく……良い場所だなって思ったッス」

「そう言って頂けると嬉しいです! 吉井さんも本当に人助けするのがお好きなんですね」

「まぁ……そッスね」


 一日七回限定だけどな。


「では、このまま入部を?」

「はい、入部するッス」


 この最高の環境。見逃す手はあるまい。


「嬉しいです! 男手があると色々と助かりますし!」


 数時間一緒に行動して分かったが、聖母先輩は多くの人に慕われている人望の厚い人だった。向かう先々で『聖母先輩、この前はありがとう』『聖母さん、またよろしくね』などと声をかけられるのだ。

 また、依頼だけでなく、移動中にすれ違っただけの生徒にも『襟が曲がってますよ』『何か落としましたよ』と常に気配りを欠かさない。


 まさに歩く善行。聖母と呼ばれるだけある。(よこしま)な考えで入部した俺とは違い、本当に善行が好きで実際に沢山の人を救っている善人そのものだった。

 もしかすると、委員長をも超えるスーパー善行ヤリヤリ女に出会ってしまったのかもしれない。


「二人で一緒に沢山の人を助けましょう」


 胸の前で手を組み、祈りのポーズを捧げる聖母先輩。

 ま、眩しい。善人過ぎて後光が見える。見ているだけで俺の汚れた心が浄化されていくようだ。


「吉井さんも、何か困った事があったら遠慮なく——」


 その時だった。


「聖母せんぱ〜い」


 部室の扉が勢い良く開けられ、ガラの悪い男三人が中に入ってきたのだ。まったく、ノックくらいしろよな。


「オレ達のことも助けてくれないっすか〜? ウケケケ」

「あ、ごめんなさい。今日はもう活動終わってしまって……。また来週でも?」

「そんなぁ〜! 今すぐ助けて欲しいんですよぉ〜! すぐ済むんでぇ!」

「……わかりました」


 見るからに不良の三人組。ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。ロクでもない事を依頼しようとしてるのは明白だった。


「……それで、ご依頼内容は?」

「ボク達〜、オッパイを揉まないと死んじゃう病気なんですぅ〜!」

「先輩のオッパイ触らせてください〜!」

「ぎゃははは!」


 『何でも』してくれるって言う触れ込みだし、やっぱりこういう連中が来るよな……。

 下品に笑う不良三人に対し、聖母先輩はオロオロと困惑しているようだった。


「あー、追い返しましょうか?」


 これこそ俺向きの案件。不良から守り、聖母先輩からも善を獲得しようじゃないか。


「……いえ、大丈夫です。吉井さんは下がっていてください」


 その細く頼りない体で、聖母先輩は俺を守るかのように一歩前に出る。どこまでお人好しなんだこの人は……。


「せんぱ〜い、早く早く〜!」

「まさか断らないっすよねぇ〜? ボクたち死んじゃうんですよぉ〜?」

「……わかりました」


 そう言って、ブレザーがはらりと脱ぎ捨てられる。

 おいおい、まさか本当に触らせるつもりか? ここは強引にでも助けた方がいいよな?


「うひょ〜! それじゃ、遠慮なく〜!」


 不良の一人が先輩の胸へと手を伸ばす。

 俺はそれを阻止しようと一歩踏み出す。


 その時だった。


 ——バギン。


 何かが砕けるような音が、部屋に響き渡った。


「……は?」


 音が聞こえた壁の方へ目を向ける。そこには、たった今先輩の胸を触ろうとしていた不良生徒の姿が。顔面から壁に突っ込んでおり、ピクピクと体が痙攣している。

 ——何が起こった? 元勇者の俺にも、何が起こったのかサッパリだった。


「え? え?」

「一体何が……?」


 残りの不良生徒二人から困惑した声が漏れてくる。

 対して、聖母先輩の背中はひどく落ち着いていた。表情は見えない。


「歯を……喰いしばってください」


 静かにそう言ったのは、聖母先輩だ。

 続けて、彼女の体が動く。


 左足を一歩踏み込み、下から拳を繰り出して不良生徒の顎に強烈な一撃。不良生徒の体は勢い良く打ち上げられ、首から上が天井に突き刺さった。

 続けて、先輩の体が勢い良く回転し、目にも留まらぬ速さの回し蹴りが最後の一人のこめかみに打ち込まれる。不良生徒の体は車に跳ねられたかのような勢いで吹っ飛び、教室の壁へ激突。あまりの衝撃で壁にヒビが入った。


「なっ……」


 何者だ、この人。

 元勇者のこの俺でさえ、集中した状態でギリギリ目で終える速度だった。


「あぁ、見られてしまいましたね……」


 混乱して考えが纏まらずにいる俺に向き合うように、聖母先輩がゆっくりと振り返る。頬にべったりと血糊が付着しており、先程までの優しさに溢れる雰囲気は微塵も感じられない。瞳は見開かれ、数秒前まで穏やかな微笑みが浮かべられていたその口元には、 狂気じみた笑みが張り付いている。


「すみませんが、吉井さんの記憶も消させてもらいます」


 瞬間。

 聖母先輩が一気に俺の懐に潜り込む。それを認識したのも束の間、拳が頬へと向かっているのが視界の隅に映った。反射的に体が動く。腰を仰け反らせて、寸でのところでギリギリ回避。

 拳は空を切ったが、その風圧で俺の鼻先の皮が切れた。まともに食らったら一溜まりもない。


「は?」


 (かわ)されるのが予想外だったのか、先輩は驚いた表情を見せる。しかし、彼女はすぐさま次の攻撃へと移った。

 空振りした拳の勢いを利用して、そのまま体を一回転。高速の回し蹴りが俺のこめかみを襲う。


「くっ」


 これは避けきれないと判断し、腕を頭の横に添えて回し蹴りをガード。直後に強烈な衝撃が腕に押し寄せる。

 その細い脚からは想像もできない重い一撃だった。何とか受け止める事ができたが、ビリビリと腕が痺れている。それこそ、異世界で戦ったSランク魔獣の攻撃に匹敵する威力だ。


「受け止められた……?」


 聖母先輩の顔がより一層驚愕に染まる。

 驚いているのは彼女だけではない。俺自身もだ。この速度。この威力。彼女は一体何者だ。


 互いに混乱したまま、お互いの顔を見合った。

 しばしの静寂。不意に、先輩が何かを閃いたようにハッした表情を見せた。そして、その口から、予想外の言葉が紡がれる。


「もしかして、あなたも異世界に……?」


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