第1善「サイコパスのイカレ野郎なのじゃ」
高校二年生の春過ぎ。俺は勇者として異世界に召喚された。
過酷な環境。魔族との死闘。仲間との別れ。仲間との別れ。そして、仲間との別れ。数多の試練を乗り越え、ついに目的であった魔王討伐を成し遂げた。
達成感に浸るのもそこそこに足を踏み入れたのは、元の世界に繋がるという魔法陣。しかし目が覚めると、見知らぬ白い空間に立っていた。
そこで俺を待っていたのは、自らを神と名乗る老人だった。
「それで、神様が俺になんか用っスか?」
「吉井善七くん、お主をこのまま元の世界に帰すワケにはいかないのじゃ」
「なぜ?」
「このまま帰ればお主は……」
「俺は?」
「お主は……」
「俺は……」
「犯罪者になる」
「……」
初対面でとんでもないこと言われた。
俺が犯罪者になる? そんなこと有り得ない。さすがに善悪の区別くらいは付くぞ。敬語だって使えるし。
「お主はのぉ、異世界での三年にもおよぶ過酷な旅の末に、性格……というより倫理観が少し……いや、かなり捻じ曲がってしまったのじゃ」
酷い言われようだ。
「簡単に言うと、サイコパスのイカレ野郎なのじゃ」
本当に酷い言われようだ。仮にも世界を救った勇者だぞ、俺は。敬語だって使えるのだから、イカれてなどいるはずがない。
「じゃから、このまま元の世界に帰ったら、お主は確実に刑務所行きじゃ」
「んなワケねーッスよ」
敬語だって使えるんだぞ。
「じゃあ問題。街で不良に絡まれました。さぁどうする?」
「殺す」
「ほらそういうところー。すぐ殺そうとするー。殺しちゃダメじゃろー」
「あっ、こ◯す」
「伏せ字にすれば良いとかじゃないのじゃー」
そうか。日本ではたとえ悪人と言えど無闇に人を殺しちゃいけないんだった。
正解は『全身の骨を砕く』の方だったか。危ない危ない。
「第二問。買い物したいけどお金が足りません。さぁどうする?」
「殺す」
「……誰を?」
「店員を」
「……」
「勇者ジョークっスよ」
「ジョークに聞こえんのじゃー」
正解は『店員にお願い(物理)してまけてもらう』だろ? 分かってるよそんくらい。
神にとって満足の行く答えではなかったのだろうか。神は項垂れ、もっさりと蓄えた口髭の奥から大きな溜め息を零した。
「お主は異世界に行く前、見た目こそ強面の金髪でヤンキーっぽかったが、もっと純粋で優しい少年じゃった。それこそ虫も殺せないような」
確かに、転移直後はスライムですら殺すのに抵抗があった……気がする。
「それが今はどうじゃ! 敵は問答無用で全て殺す! 命乞いをしていても殺す! 仲間になりたがっているモノも殺す! 魔族にも、人類にさえも恐れられ、《虐殺勇者》と呼ばれる存在じゃ!」
「カッコいい響きッスよね。虐殺勇者」
「そういう所なんじゃよもー」
虐殺勇者。ふふっ、何回聞いてもカッコいいな。
「あまりの虐殺っぷりにドン引きされまくって、何人もの仲間が逃げ去っていったのう」
「……」
数々の仲間との別れ。あれは辛い出来事だった。みんな元気かな。
「ワシはのぉ、心配なのじゃよ。倫理観のバグったお主が元の世界で上手くやっていけるかどうか」
「大丈夫っスよ。仮に捕まっても脱獄するし」
「そういう問題じゃないのじゃ! 周りの人間の心配をしておるのじゃよ!」
あ、俺の心配をしてくれていた訳じゃないのか。
「……そこで善七くん。お主に試練を与えようと思う」
「試練?」
神はすぅと空気を吸い込むと、物々しい雰囲気でゆっくりと言葉を紡いだ。
「『一日七善さもなくば死』じゃ」
「は?」
「元の世界に帰る条件として、お主に『一日七善さもなくば死』の試練を与える」
聞きなれない言葉だ。しかし、なんとなく意味は分かる。
一日に七回、良い事をする。そうしなければ、死。語感から推測するとそんな感じか。
「日々善行を重ねて、正しい倫理観を取り戻すのじゃ!」
「断ったら?」
「元の世界には帰さん。ワシと一生ここで暮らしてもらう」
「それは……結構楽しそうだな」
「ワシが嫌じゃよ! 頼むから帰っておくれよ!」
なんなん。
「まぁ、いいッスよ別に。善行くらいヨユーでできるだろうし」
一日に七回、善行をする。
それだけ聞くと、そこまで大変そうではない……気がする。
「で、善行って何すればいいんスか?」
「……自分で考えるのじゃ。それも、正しい倫理観を取り戻すための大事な過程となるじゃろう」
「そうだな……悪人をボコボコにするとか?」
「勇者ジョークはもうよい」
ジョークじゃなかったんだけどな。
「ワシからのせめてもの手向けじゃ。異世界で獲得したスキルや魔法は元の世界に持ち帰ってよい。ただし、殺傷力の低いものだけじゃがな。それらを活用して善い行いをするのじゃ」
「アレは? 《殺戮魔法・爆殺》は?」
「ダメに決まっとるじゃろ! 《爆殺》が善行の役に立つと思っとるのか!?」
そんな……。殴った相手を内部から爆発させる、一番のお気に入りの技なのに……。
「というワケで、一日に七回、善行をするんじゃぞ!? さもなくば死じゃ!」
「待ってくれ。百歩譲って善行をするのは良い。でもなんで失敗の代償が死なんスか?」
「だってお主、そうでもしないと善行なんかしないじゃろう? ペナルティがないと頑張れないタイプじゃろう?」
さすが神。図星だった。
単位ギリギリの授業。留年がかかった追試。何かしら罰則が無いとやる気が出ないタチなのだ。
「だけど死って! 重すぎるだろ!」
「どうしても嫌ならこの空間に残ってもらうことになるが……」
「だからそれでいいッスよ」
「ワシが嫌なんじゃよ!」
なんなん。
「もしくは、異世界に残ってもらうか……」
なるほど、その選択肢もあるのか。元の世界にそこまで未練はないし、異世界に残れるならそれでもいいかもしれない。
「じゃあそっちでいいッスよ。たぶん今、王国で魔王討伐の記念祭やってる頃っスよね」
「それは中止になったようじゃ。代わりに、『虐殺勇者の帰還記念祭☆』が始まるようじゃぞ?」
「……」
「王国民が見たこともない笑顔で大はしゃぎしておるぞ? それでも戻るか?」
「一日七善の方でお願いします」
——こうして、苦難に満ちた俺の善行生活が始まるのだった。
「あ、週末は三倍キャンペーンだから、二十一善してね☆」
別れ際、神はとんでもないことを言い残す。
しかし反論する前に俺の体は光に包まれ、そのまま意識が途絶えたのだった。