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肆章-② 空白華嫁、新しきものに触れる

 *


 その一方で栄は。

 皇城へ向けて馬車を走らせていた。


 数分とせず皇城の前に到着すると、荷物を持ち勝手知ったる我が家といった調子で中へ入る。女官たちが幾人もいて、栄が道を歩くたびに端に寄って深々と頭を下げていく。

 よく見知った、なんてことはない光景だ。

 そのためぴくりとも表情を変えず、栄は大広間へ向かった。


 人が百人入っても余裕があるほどの大広間には、しかし一人しかいなかった。

 上座に座布団一枚を敷いて胡座をかいている、美しい男だ。


 癖の強い青みがかった黒髪と、水のように透き通った青い瞳をしている。着物は黒の着流しだが地模様に流水紋が使われており、光の角度で水面のように光って見えた。深みのある青地に蓮の花が咲く長羽織りを、無造作に肩にかけている。

 細身だが栄ほどではなく、男性らしい体格をした男。

 彼が今代の帝・龍条寺司(りゅうじょうじつかさ)だ。


 司は栄の姿を認めると、にやりと笑った。


「久しぶりだな、栄。お前のほうから俺に面会を申し込んでくるなど、どういう風の吹き回しだ?」


 そう、とてもではないが帝らしくない口調で問いかけてくる。

 栄はため息をこぼしつつ、下座に用意されていた座布団に腰を下ろした。


「相手がわたし(・・・)だからといって、少し砕けすぎではありませんか、陛下」

「何を言う、お前とならこれくらいでいいだろう? それとも……帝らしく、かしこまったこちらの口調のほうが良いか?」


 それを聞いた栄は、肩をすくめていつも通りの口調に戻す。


「……好きにしたらいいよ。僕も好きにしているしね」

「知っている」


 威圧的な口調から直ぐに戻った司は、からからと楽しそうに笑った。

 おそらくこの場に他の人間がいれば、卒倒したであろう。

 それくらい、神たる帝の存在は絶対的だ。栄も、公の場であれば苦言を呈したときのように、敬語を使っていた。

 しかしこの場には今、二人しかいない。

 なら昔、学友であり戦友であり好敵手でもあった頃のように。

 砕けた態度でも良いかと思った。


 もしかしてそのために人払いをしたのかなぁ。


 なんて思いつつ、栄は口を開く。


「ということで、早速話をしてもいいかな」

「もちろん。と言っても、お前のことだ。自身の華嫁の件だろう?」

「話が早くて助かるよ」


 にこりと笑ってそう言えば、司が肩をすくめる。


「俺がお前の華嫁について知っているのが、意外ではないのか?」

「僕ほどの神族血統の華嫁が見つかって僕に保護されている時点で、あなたが知っているのは当然でしょう? そういうのを把握しておくのも、仕事の一つだし」


 さらりと言えば、無言で笑みを返される。つまり、そういうことだ。

 いちいち説明せずとも把握されているというのを嫌がる人間はいるが、神族血統の時点でその辺りの人権はあってないようなものだった。なので栄はまったく気にしない。

 むしろ、細かく語るほうが色々な意味で面倒なので、そのほうが助かるくらいだった。

 懐から扇子を取り出した司は、その先を自身の顎に当てつつ言う。


「その華嫁、かなり訳ありな出自のようだが」

「……巴家本家の、秘匿された双子の妹、らしいよ」

「……なぁるほど。術者の家だとそういうのはままあるが、今のご時世でも続けているのは珍しいな」


 新政府になってから、戸籍というものが生まれた。

 そうすることで政府が国民の人数や関係性を管理しやすくなり、また家系側としても自分たちとの関係性を証明しやすくなったのが利点である。

 特に術者の家においてそれは、重要だ。家の人間だと国を巻き込んで証明できるため、何があろうと子孫を家に縛りつけることができる。

 だから、琴乃のように秘匿された存在は、現状だとかなり珍しい。

 だって琴乃が攫われた今、巴家の人間だと証明するのは極めて難しい。

 つまり栄にとってそれは、好都合でもあった。

 単刀直入に、栄は言う。


「『華嫁・華婿保護制度』を使って、琴乃を孤月院家の分家筋に入れようと思ってる」

「なるほどなぁ」


 神族血統にのみ適応されるため、知名度が低い制度だ。その名の通り、交渉での対応ができない訳ありの家柄の華嫁、華婿を守るためにできたもので、申請が通れば現戸籍を破棄して分家筋に入れることができる。

 申請が正当なものなのかの確認作業が挟まるので本来なら少し時間がかかるのだが、琴乃の場合そもそも戸籍がない。そのため、ここに関しては難なく通るだろう。

 なので栄がわざわざ司を呼び出したのは、その件ではない。


「春の祝祭に、琴乃を出席させたいんだよね」


 さらりとそう言えば、司は喉をくつくつと鳴らしながら笑った。


「本題はそっちか」

「もちろん。これに関しては、あなたの許可がないと出席させられないからね」

「ふうむ。俺としては別に構わんが……帝としてはやはり、それ相応の見返りが欲しいところだな」


 その要望は最もだった。というのも、祝祭に参加できる華嫁・華婿は、許婚から伴侶になった人間だと基本的には決まっている。なので今回のお願いは異例ではあった。

 しかし栄としては、琴乃のことを守ることにつながる。

 それが分かっているため、栄は躊躇うことなく交換条件を持ち出した。


「条件は、これでどうかな?」


 栄は持ってきていた風呂敷を開き、その中に入っていた桐箱を開けた。

 その中身を見た司が、珍しく動揺する。


 中に入っていたのは、純白の彼岸花だった。


 硝子で作られた特殊な入れ物の中にある彼岸花はうっすらと輝いており、神秘的で美しい。


「ここ最近栽培した中で、一番出来がいい神華じんかだ。琴乃の出席を許してくれるなら、これを渡そう」

「おま……神華を持ち出してくるか…………」


 神華、というのは霊力の高い花だ。神族血統の間でしか生み出すことができず、価値が高い。そばにあるだけでも霊力を回復させることができ、食べると霊力が格段に増すという術者にとっては喉から手が出るほどの代物だった。

 その中でも彼岸花の神華は、孤月院家でしか栽培できない特殊な神華である。それ以外の神華とは比べ物にならないくらい栽培が難しく、また内包される霊力値は普通の神華の二倍から十倍以上と言われている。

 なぜ神族血統間でしか栽培できない花があるのかというと、神族血統の家々にはそれぞれ象徴となる花があり、それがこの国において絶対だからだ。


 孤月院家は彼岸花。

 そして司の血統である龍条寺家は、蓮。

 それが、家の象徴である花だ。


 なのでそれを差し出してまで願うということは、家の名に誓えるくらいのおおごとだということでもある。

 彼岸花の神華を眺めていた司は、長い長いため息を吐き出した。


「…………お前がまさか、そんなにも尽くすとはな」

「あなたにだって、その気持ちは分かるよね? だって神族血統だもの」

「まあそれはそうだが……たかが祝祭だろう。それに参加させるためだけにここまでするとは思わんよ」

「……彼女にとっては、たかがじゃないんだよ」


 そう。たかがではないから、春の祝祭に参加させたい。

 きっぱりと言えば、司はしばし考えるような素振りを見せる。


「……分かった。その条件は飲もう」

「ありがとう。その言葉が聞きたかった」

「お前のところの神華は、お前が術式研究に熱心だから特に質がいい、断る人間などいるものか」


 呆れた顔をしながらも、霊力を使って彼岸花の神華を持っていく辺り、ちゃっかりしているなと栄は思う。


 とりあえず、僕のほうの用は終わったかな。


 あとは琴乃のほうなのだが、連れて帰るにしても日が暮れる前だ。なので少なくとも二時間(一刻)は時間があることになる。

 皇城の庭で暇でも潰そうかと考えていたら、司が口を開いた。


「それにしても、お前がまさかここまで色々やるとはな」

「神族血統の対応としては、普通じゃない?」

「普通ではないだろう。鑑片の次期当主にまで会わせるやつは、そうはいない」


 司を見れば、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。


「巴家は双子の家柄だから、同じく双子の術者家系である鑑片を選んだのだろう? 別側面の価値観に触れれば、自分が今まで置かれていた立ち位置がいかに異質だったか実感できよう。つまりお前は、自身の華嫁の思考の幅を広げようとしているわけだ。思考が広がれば自我が生まれるからな」

「……あなたの悪いところは、言わなくても良いことをあえて口にする、そういうところだよね」

「なるほど。つまり図星というわけだな!」


 栄が司とあまり話したくない理由はこれだった。いつも何かを見透かしていて、そしてそれがぴたりと当たっているのだ。語りたがらない質の栄からしてみたら、迷惑この上ない。

 そんな苛立ちが顔に出ていたのか、司はますますいやらしい笑みを浮かべる。


「それを自身の華嫁に伝えれば、華嫁側も心を開いてくれるだろうに。あえて言わないのが面白いよ」

「……それは恩を売って縛り付けているだけでしょ。相手を思いやっているとは言わない」

「そこが分からんな。神族血統としては、普通だろう」


 それは、司の言う通りだった。

 神族血統にとって、華嫁や華婿は唯一無二の伴侶だ。手放さないためならと、断れない口実を作って心身ともに相手をがんじがらめにしてしまう神族血統は多い。

 しかし栄は、そこまで望もうとは思わなかった。


「僕は、彼女にただ笑って欲しいだけなんだよ」


 そのためなら、どんな苦労も厭わない。相手にそれを伝えようとも思わない。恩着せがましいだけだからだ。

 ――だってこれは、ただの恩返しなのだから。

 あのとき。苦しみの中にいた栄にそっと手を差し伸べてくれたのは、彼女だけだった。

 力なく伸ばされた泥だらけの汚い手をすくいあげて、寄り添い続けてくれたのは彼女だけだった。

 彼女が自分にくれたものを、そのまま彼女に返している。ただそれだけ。

 だから、もし。

 もしも琴乃が別の人間を好きになったとしても。それが悪いこととは思わない。

 そのときは笑顔で見送ろう。

 どんなに苦しかったとしても、栄はそうする。


 ……とんでもないくらい、矛盾してるんだけどね。


 本当にそれだけを思っているなら、神族血統の伴侶の話などするべきではなかったし。

 春の祝祭に参加させたいと言わないほうが良い。

 しかし最善を選ぶとなると、これしかないのだと。自分に言い聞かせている現状が、ひどく醜くて気持ちが悪かった。

 おかしくて思わず笑うと、司が渋い顔をする。


「おい。勝手に自己完結していないで俺に話せ。友だろうが」

「え。そういうことを話す仲だっけ」

「こういうときは本音を言うのかお前は……」

「そこは事実だからね」


 司がぶつくさとまた文句を言っていたが、栄はくすくすと笑ってそれを受け流す。


 ……さて。琴乃は今、どうしているのかな。


 ただのありがた迷惑になっていなければいいなと願いながら。

 栄は司との奇妙なやり取りを、今しばらく続けることになったのである。

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