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肆章-① 空白華嫁、新しきものに触れる

 琴乃が栄に本当のことを打ち明けてから、早二日。

 琴乃はなぜか馬車に揺られて、どこかへと連れて行かれていた。


 着ている着物が余所行き用の上等な振袖で、恐らくそれ相応の相手に会いに行くのだろうと推測する。しかしこのまま巴家との問題が片付くまで屋敷で過ごすものだと思っていた琴乃からしてみたら、今回の外出は青天の霹靂だった。

 かといってどこに向かっているのか問うこともできず、琴乃は斜め向かいに座る栄の顔をちらりと盗み見る。彼は頬杖をついて窓の外を眺めていた。その姿すら様になっていて、思わず見惚れる。銀色の髪が春のやわらかい日差しを浴びて、輝いていた。


 まるで、積もりたての雪のようだった。雪かきをしているときに朝日が入ってくると、表面がよりいっそう輝いてきらきらと光るのだ。つらい雪かきも、その瞬間だけは音も全身の痛みもすべて忘れられる。

 そんなときの気持ちを、琴乃はふと思い出した。


 そうこうしていたら栄と目が合いそうになって、慌てて目を逸らす。


(あ、し、失礼なことをして、しまったわ……)


 しかし今更何を言えるわけもなく、琴乃は黙って俯く。すると栄の楽しそうな笑い声が聞こえて、少しだけ肩の力が抜けた。

 だが顔を上げることはできず、琴乃はそのまま目的地に着くまで、うつむいたままでいたのだった。







 二人が辿り着いたのは、皇城だった。

 まさかの場所に、琴乃は声を出すことすらできず固まってしまう。


 皇城はその名の通り皇族の人間とその守護を担う御三家が住まう城で、元々は東に遠征した際に皇族の人間が使う場所だった。もちろん、一般人がおいそれと入れる場所ではない。

 中央にあるのが帝が住まう本城で、それを囲うように均等に、三軒の邸宅が用意されている。昔ながらの木造建築から洋館と様々で、それが一堂に集まっているのはなんだか不思議な感じだった。

 敷地の中にはそれ以外に、大きな庭園がいくつもあるらしい。


 どうしてそんな場所に連れてこられたのか分からず軽い恐慌状態になっていると、栄が颯爽とエスコートをして中へ入ってしまう。琴乃はそれに無言で従った。

 琴乃がお邪魔したのは、三軒の中でも一番不思議な雰囲気を持つ屋敷だった。外観的には洋風よりなのだが、しかし切妻屋根や深い軒出しと言った部分は昔ながらの木造建築の雰囲気を組んでいる。


 和洋折衷、とでも言えばいいだろうか。とにかく琴乃の目には特に新鮮に映って見えた。

 内装も凝っていて、履き物を脱いだ先には階段があり深紅の絨毯が敷かれている。かと思えば畳の部屋のあるようで、なんだか不思議な感じだった。


 琴乃が緊張した面持ちで洋室の客間の椅子に腰かけると、同じく隣に腰かけた栄がふふ、と笑う。


「大丈夫。そんなに緊張しなくていいよ」

「で、ですが……御三家の方ですし……」

「あ、ここが御三家の屋敷だっていうのは知ってるんだ。なら話は早い」


 ちょうどそう言ったとき、がちゃりと扉が開く。

 そうして入ってきた人物たちに、琴乃は目を見開いた。


 同じ顔が、二つ。


 それは見事な美しい黒髪で、それを美しく編み込み結髪にしている。サテンのリボンがつややかで、とても可愛らしい。瞳の色は藤色、まあるい瞳が琴乃のことをじいっと見つめていて、どきりとした。


 着ている振袖は色違いのおそろいで、満開の藤の花が咲いている。地色がとてもビビットで、片方が瑠璃色、もう片方が深紅色だった。

 彼女たちは花がほころぶようににこりと微笑むと、美しく礼をする。


『よくぞ我が鑑片かがみひら家においでくださいました、孤月院様』


 声がぴったりと重なり合い、まるで一つの音楽のように響く。双子の見本のような光景だが、琴乃が思い描く双子は巴家の双子なので、それが信じられなくて固まってしまう。

 しかし栄は特に気にしたふうもなく、話を進める。


「こちらこそ、急なお願いを聞き入れてくれてありがとう。よろしく頼むよ」

「もちろんです」

「お任せくださいな」


 サクサクと話をつけた栄は、琴乃を見ながらにっこり笑う。


「彼女たちは鑑片家の次期当主。僕は少し行く場所があるから、その間彼女たちと話をして、遊んで、親交を深めて? ね?」

「……え?」


 ……栄は結局、秋穂を残して立ち去ってしまった。

 一人残されてどうしたら良いか分からなかった琴乃だが、そんな隙を与えず双子の次期当主たちが挨拶をしてくる。


「初めまして、孤月院様のご伴侶様。わたしは姉のゆかりと申します」

「わたしはかおりです。よろしくね」

「は、はじめまして。琴乃、と申します」


 瑠璃色の振袖を着ているのが縁で、深紅色の着物を着ているのが馨、と琴乃はなんとか記憶する。今まで忘れよう忘れようとばかりしてきたこともあり、琴乃は人の顔や名前を覚えるのが苦手だった。


 なので動揺が表に出てあたふたしてしまったのだが、二人はそれを気にかけた様子もなく興味津々で琴乃を見つめ、話しかけてくる。

 最初に口を開いたのは馨だった。


「あなた……結彌乃さんの双子の妹だって本当?」

「え、あ、それは……は、い」

「え、ええ~! 全然双子に見えない!」


 大きな声に驚いて、琴乃はびくりと肩を震わせた。同時に結彌乃に比べられるということに冷や汗が流れる。


(それはそうだわ……だって、彼女はとっても優秀で……私など、巴家の恥晒しだもの)


 そんな風に落ち込む琴乃を見て、何を思ったのだろうか。縁が満面の笑みで馨の額をはたく。


「大きな声を出すのははしたないですよ、馨」

「え、でもあの鼻持ちならない結彌乃さんだよ⁉ 顔の構造は同じなのに、こんなにも儚げで庇護欲をかき立たせるようになるなんて思わないじゃない!」

「……え」


 どういった話をしているのか分からず琴乃が目をしばたたかせると、縁が呆れた顔をしつつ琴乃を見た。


「ごめんなさいね、妹が大変失礼いたしました。この子、結彌乃さんと同じ学校の同じ組で、何かと張り合っているんです」

「え……結彌乃……と、ですか……?」


 言い慣れない名前をどう呼んだらいいものか迷ったこともあり、変な間ができてしまう。しかしそれを気にしたふうなく、縁が笑みと共に頷いた。


「はい。結彌乃さんは学園でも優秀で、でもあまり社交的ではない方なの。高嶺の花と言ったらいいかしらね。でも何故だか馨にだけは当たりが強くて、それもあって馨は結彌乃さんが気に入らないんです」

「気に入らないでしょ! お高くとまっちゃってさあ! それにわたしにだけすごく嫌味を言うんだもの。失礼しちゃう」


 頬を膨らませて怒る馨をなだめる縁。その在り方が自分たち双子とはあまりにも違いすぎて愕然としていると、縁が微笑みながら琴乃を見る。


「だから驚いたわ。彼女の家系も、双子が家が代々守ってきた術式の根幹だったなんて、知らなかったから」


 その話を聞いてようやく、琴乃は思い出す。鑑片家が、代々双子を当主としておいているということを。そして双子であることを強みにして、術式の能力を高めるたぐいの能力継承をしてきたということを。


 結彌乃の名前を出されてようやく思い出した。結彌乃の私室の棚に、鑑片家の文献や論文がおかれていたからだ。


(同じ双子を要として術式を構成してきたお家だったから、調べていたのかしら……?)


 結彌乃のことはまったくよく分からないのでぼんやりとそう思っていると、馨が安心したような顔をする。


「でもよかったわ。琴乃さんも結彌乃さんみたいだったらわたし、どうしようかと思っていたもの」

「え……」

「だってこれから、三人で遊ぶのだし。せっかくだから、楽しく遊びたいわよね!」

「え、あの、そ、のっ⁉」


 何か言おうと思ったが、それより先に馨が手を引いて歩き出す。一方の縁はやれやれとした顔をしつつ、「さ、何をしましょうか」なんて言って琴乃の背を押した。


 そうしてわけが分からないまま、琴乃は鑑片家の双子に連れられて遊ぶことになったのだ――

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