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参章-④ 空白華嫁、外の世界に触れる

「……失礼いたします」

『どうぞ』


 栄の私室、その襖の前に座していた琴乃は、拳を握り締めた。


 緊張のせいだろうか。喉がカラカラで、手が震える。

 入室する前に口を一度湿らせてから、琴乃は襖を開いた。


「いらっしゃい」


 栄は、窓辺で書物を紐解いていた。

 双子月を背景にして椅子に腰かけ、足を組む栄の姿はとても美しい。彼は書物に栞を挟んでから、琴乃に向かいの椅子に腰かけるようすすめてくれた。

 厚意に甘えて椅子の腰かけてから、琴乃は再び栄を見る。


 そんな彼を見て改めて、栄は月が似合う人だと琴乃は思った。


(そう言えば夢の中で出会うときも、いつも夜だった気がするわ)


 あのときの記憶は、これから先決して忘れないだろう。辛い日々を送っていた琴乃にとって、あれは希望そのものだった。

 かけがえのない宝物だ。


 ――ここでの生活を含めて、すべて。


 名残惜しくなってしまう気持ちに蓋をしてから、琴乃はそっと口を開いた。


「あの、栄様。ひとつ、お話しておきたいことが、あります」

「うん、どうしたの?」

「……昨日の、百貨店での件です」


 そう言うと、今まで微笑みを浮かべていた栄の顔が少しだけ曇る。


「ああ、ごめんね。僕のせいで、怖い思いをさせてしまった」

「い、え。ちがう、ので、す。あれは、私のせい、なのです」


 勢いのままそう口にしたせいか、予想より大きな声が出てしまった。栄も驚いた顔をしており、しまったと思う。しかし今更止まることのできず、琴乃はそのまま言葉を続ける。


「あの男は、私の従兄弟の従者で、その、私を連れ戻しに来たのです」

「……連れ戻しに?」

「はい。私は巴家にとって、巴家の繁栄に必要な、礎なのです。……これでも、巴家本家の、娘、ですから」


 ――それから琴乃は、自身のすべてを栄に伝えた。


 巴家のこと。琴乃の立場。双子で、呪術を使って一族を繁栄させるためにあのような扱いを受けていたこと。

 そして、そのせいできっとこれから、栄自身の身に危険が及ぶということ。

 特に、琴乃がこのまま孤月院家にいたら確実に迷惑をかける、という点は特に詳しく伝えた。大事なことだからだ。


 とにかく、自分が知る限りすべてのことを、包み隠さず正直に話した。

 当初は嘘を吐くことも考えたが、上手に取り繕える自信がなかったし、恩人である栄に嘘を吐きたくはなかった。


 ……これ以上、悪い印象を持たれたくなかったのだ。

 孤月院家でお世話になっていても、愛想笑い一つできなかった。役に立つこともできず、栄には気を遣わせてばかりだったと思う。

 半ば無理やり百貨店に連れて行ってくれたのも、琴乃のことを思ってのことだろう。


 しかし結局、その思いやりすら無駄にしてしまった。

 栄がどのような表情をしているのか。それを見ることができず、琴乃はどんどん俯いていく。そして、最後にこう締めくくった。


「……私は、疫病神なんです」


 そう、疫病神だ。今まで不幸を背負い込み続けたせいで、決して誰のことも幸せにはできない、厄介者。

 だからこそ。恩を仇で返すことだけはしたくない。


「でも、栄様にご迷惑をおかけしたくは、ないのです。……ですのでどうか、お願いです。このお屋敷から出ていく許可をください」


 そう言って、琴乃は深々と頭を下げた。


 ――どれくらい、そうしていただろうか。


 ほんの数分にも、数時間にも感じた。ただ栄が声をかけてくるのを待っていた。


「……そう」


 そしてついに、そのときがくる。

 どのような言葉をかけられるのか分からず、琴乃はぎゅっと拳を握り締めた。


「ありがとう、琴乃、すべて話してくれて」


 しかし返ってきた言葉は、琴乃の予想に反して優しいものだった。

 おそるおそる顔を上げれば、栄の優しい眼差しとかち合う。再度顔を伏せようとしたら「楽にして」と止められてしまい、琴乃はゆっくりと顔を上げた。

 それを確認してから、栄は言う。


「まず、琴乃のお願いだけれど」

「は、はい」

「これは、叶えてあげられない」

「え、な、ぜ、」

「だって琴乃、ここから出ていったら死んでしまうつもりでしょう?」


 自身のこれからの行動をぴたりと言い当てられてしまい、琴乃はうろたえた。

 そんな琴乃に苦笑しつつ、栄は言葉を重ねる。


「次に、琴乃が孤月院家にいることで迷惑をかけるという点だけど。これも、僕としては迷惑じゃないから欠点にはならないね」

「……え」

「華嫁の話、覚えている?」


 そう言われ、琴乃は目を瞬いた。


「あ、の。唯一の伴侶で、その人以外とは、子を成せないという、お話でしょう、か?」

「うん、そう。そしてそれは神族血統の場合、生涯一人きりなんだ」

「……え?」


 生涯一人きり。

 予想外に重たい言葉が出てきて、琴乃は言葉を失った。


 てっきり、もっと単純なものだと思っていたのだ。前任の華嫁が亡くなれば、別の華嫁に印が移るといった、そういうものだと思っていたのだ。

 それもあって、死のうと思った。


(……それは、間違いだったの?)


 それが表情に出ていたのだろう。栄が首を横に振る。

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