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10話 うっかり貴族令嬢(後)

 それからしばらく、ラーメンをすする音だけが響く。


(どうしよ、これ……)


 聞くだけでも楽になるなんて言うけれど、あたしは聞くのもヘタなのだ。

 とっとと食べ終わってこの気まずい空間から脱出したい。そうしたい、そうしよう。


 

 ◇


 

 ――で。全く同時に食べ終わって、一緒に店を出る羽目になったわけですが……。


(なんでこんなにタイミング悪いのかしら?)


 でもタイミングずらすためにわざとノロノロ食べるわけにもいかない……ラーメン伸びるし。


「じゃあ、これで」

「ええ、ごきげんよう」

 

 ちょっと気まずい空間だったけどなんとか乗り切った。

 ベルナデッタはクールに去るわ――。

 持っている買い物袋を翻すと、ドザザザーという音。


「あ……あ~……!」


 買い物袋が何故か破けて中のものがどっさりと地面に。

 ……かっこつけて買い物袋を翻したりするから! バカ!


「大丈夫かい」


 カイルさんが落ちた物を拾ってかき集めてくれる。


「あっ……ああ、申し訳ないです……」


 何やってんのかなぁ~~。

 レイチェルくらいならともかくあたしもう22で、ドジっ娘で済まされる年じゃないよね。


「随分色んな物が雑にしまい込んであるな。……ん? これ……」

「え……、あっ」

 

 散らばったのはパンケーキミックスにカニ缶、それに本。

 最近話題の小説『時の勇者』――それは時間を越える力を身につけた勇者の冒険物語。

 そして目の前にいるのは、何らかのアレで時間を越えた人。その人の前に、そんな本を。


(なぜよりによってこれなのよー!)


 なんであたしはこうタイミングが悪いのかしら!

 これはもう神の見えざる手が働いているとしか……。

 昨日お祈りをサボったから?

 その上、弱っている人が食べるべきカニを貪り食ったから?

 だとしても女神様、聖女ミランダ様、これは試練がすぎます……!

 

「これ、話題の小説だよね。……面白い?」

「えっ! ええ……と」

 

 なぜあたしに聞くのかしら!?

 ――あたしの感想としては、心理描写が素敵で、時代も身分も違う者同士の恋愛ってキュンキュンしちゃう☆ 最終的に結ばれるなんてハッピハッピーですよね♪ なんだけど……。

 

 どうしよう、この人の前でそんな気楽な感想言っていいのかしら……?

 とんでもなく墓穴掘りそうな予感……。

 

 ――読んだけどよ、あれ面白いか?

 

(はっ!)

 

「ええ、ええ、読みましたわ。ですけれど残念ながらわたくしの思ったものとは違いましたの。主人公が姫様姫様ばっかり言ってて、冒険物語としてはいまひとつ……バトルの描写も甘かったですし」

「…………」


 あたしがジャミル君の感想をそのまま言うと、彼は少し目を見開いてから破顔した。


「はは……女性でそういう感想は珍しいな」

「そうですかしら、ほほほ……」

「まあ、俺も同じような感想だけど」

「そ、そうですの……」

 

 ――読んだことあって聞いてきたの~? ちょっと趣味が悪いわね??

 正直な感想言ってたらどうなったのかしら!

 前ジャミル君が言ってた感想をパク……拝借して、よかったわ。

 サンキュー ジャッミ……! って……。

(兄弟で同じ感想なのね)


「それにしても、派手に穴が開いてるな、このバッグ。新しいのを用意しようか」

「えっ、そんな、悪いです」

「いいよ。この前脚を治してもらったし」


 そう言って彼は近くの雑貨屋に入っていった。

 

(うーん。顔と行動がさわやかなイケメンだけど性格と口に難あり……)


 人はそれを腹黒いと言う。

 隊長と長い付き合いらしいけど、よく続くわね……味覚が馬鹿とか言われてるし……。

 ボーッと考えながらカニ缶とパンケーキミックスを通行人の邪魔にならないよう道の端っこに避けて待機していたら、カイルさんがバッグを持って戻ってきた。


「ごめん、これしかなくて」


 そう言って差し出したのはゆるキャラの『かどっこちゃん』のバッグ。


「かどっこちゃん……でもこれなら全部入りそうですわ」


 パパパっと集めておいたものを詰め込む。


「カニ缶ばっかりだね。好きなの?」

「いいえ、これはジャミル君……に……」

「……」

(しまった~っ!)


 せっかく和やかな雰囲気だったと思ったのに、カイルさんがまた無言になる。


「……ああ、兄貴カニ好きだもんな。でもカニ味噌は嫌いだったと思うけど」


 カニ味噌の缶詰を見ながら彼がそう呟く。


「え? そうなんですの?『カニ味噌がないと始まらねぇ』って憤慨してましたけど」

「ふーん……」

「大人になったら味覚が変わって食べられるってことありますものね」

「大人? ……そうだな。5年経ってるもんな」


 そう言って彼は少し笑う。

 兄弟で感じることが同じだったり、好き嫌いを把握していたり。心底憎んでいるってわけでもないのかしら……。

 

「ふう。これで全部かしら。……ありがとうございます」

「ああ、それじゃ。また会うことがあれば」

「……もう砦へは来られないんですの?」

「そうだな。兄貴と顔を合わせる気はないし、グレンの奴も『来るな』と言うしな」

「隊長が?」


 意外。そういうこと言うのねあの人。……でも、その方が確かにいいのかも。

 ジャミル君は最近特に不安定だから『お前に話すことは何もない』みたいなキツイ感じで来られたら大変だもの。

 不安定なのって、まさにこの人のせいだし……。

 そういえば、隊長はどこまで話してるのかしら。

 闇の剣に呪われてるとかって、やっぱり黙っていた方がいいかな?

 

「――それでは、今度こそわたくしはこれで失礼いたしますわね。ごきげんよう」

「ああ」


 カーテシーをしてから、あたしは食料を大量に詰め込んだ『かどっこちゃん』のバッグを肩にかけ立ち去る。


(そうだ、タラバガニも買って帰らないとね)


 缶詰のカニ味噌はルカ用。新鮮なカニのカニ味噌はジャミル君用と折衷案が出たのよ。

 

(兄弟間の溝はこんな感じで簡単に埋まったりしないわよね。難しいわ~)

 

 本日のベルナデッタさんもお気楽極楽。

 頭の中はすでに今夜のラーメン夜会のことでいっぱいでしてよ。

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