7話 ときめいちゃう心
「レイチェルちゃ~ん、ご飯よ?」
「んー……ごめん、今日はいらないや」
「え~? 先に言っておいてよ~」
「ごめんー、明日のお弁当にするから」
「んもー……」
ドア越しに会話していたお母さんが階段を降りていく音が聞こえる。
「…………」
わたしは自室のベッドのシーツにくるまり、今日あったこととぐちゃぐちゃの思考を整理していた。
カイルとジャミルのこと。何もできない、言えない現実。
それから――今頭の中に存在している、彼への気持ち。
「ううう……」
違う違う。これはきっと違う。
前カイルにお姫様抱っこで助けてもらった時なんかもっとドキドキして顔真っ赤になっちゃったけど、あれって結局好きとかそういう気持ちじゃなかったじゃない?
……そう! そうよ!
あの時カイルはすっごくかっこよかったけど、グレンさんてば「ヒュー」とか口笛吹きながら現れて。
それも「さーっすが先輩」「王子かな?」なんてふざけた言動で……。
それに、ジャミルの為に教会に聖水もらいに行ったりしてくれてるとはいえ『楽な依頼で気楽に過ごしたい』なんて言ってたし、何かと言えば『俺金持ってるから』なんて。それもそのお金は競馬で死ぬほど当てたからなんてさ。
「お兄ちゃま」なんて呼ばれてるし、ジャミルにお玉で殴られたりお尻蹴られたりしちゃって、目の前にカギがあったら開けたくなっちゃう病気(?)で。
あとココアに味噌入れたやつとか飲まされてさ、すっごいマズかったんですけど!
何考えてるのかな? ポンコツでかっこ悪いよね!?
「…………だめだぁ」
一生懸命かっこ悪いところを思い出してみるけど、結果彼のことばっかり考えてる……。
――うーん、これはきっとあれよ。カイルのことを聞いて悲しかったり、どうすればいいのか分からない所にそばにいたから、なんか好きかもって錯覚しちゃってるのよ。
なんだっけ……『吊り橋効果』?
うん、きっとそれよ。知らないけど。
だからこれは、一時的なもので! 気の迷い! なの!
◇
――翌日。返却し忘れた本を返しに図書館に来ているわたしですが……。
(……どうしよう……)
ササッと返してササッと帰るつもりだったんだけど、本棚の影に隠れてこっそりグレンさんの座る司書席を覗き見しているのです……。
(そういえばテオ館長が『水曜日もいるんだよ』って言ってたっけな……)
返すのは明日でもいいって言ってたのは今日いるからっていうのもあったんだ。
司書の席に座っているグレンさんは客がまばらなこともあってか、ずっと本を読んでいる。
「…………」
か……、
か……、
かっこいいいいい……。
サラサラの黒髪に白磁のような白い肌はノルデン人特有のもの。
伏し目がちに本に目を落とす姿は『かっこいい』というよりむしろ『綺麗』かもしれない。
一時的な気の迷いじゃなかった。
誰も見ていないのをいいことにわたしはしゃがみこんでしまう。
(これじゃあ数ヶ月前に戻ってるよ、わたし……)
ムリしんどいつらい……。
吊り橋効果じゃなかった……そもそも定義知らないし。
(どうしてこうなった……)
ダメダメ、これじゃ。……ササッと本を返して帰ろう、うん。
わたしは意を決して立ち上がり、司書の席まで歩み寄る。すり足で。
「スミマセン。これ、返しそびれてたやつです」
「ん? ああ」
(……!)
心臓が跳ね上がる。
(ままっまま、待って待って、落ち着いてよ落ち着いて……)
――『ああ』しか言ってないじゃない! 2文字だけでこんななるなんてどうかしてる!
「お、遅れてスミマセン……」
顔を見るとまたドキドキしちゃいそうだから、彼の手元に目線を落としてなんとか平静を保つ。
「……」
(大きい手だなぁ……)
ゴツゴツしていて大きな手。白い肌にはシミもなくとてもきれいだ。正直わたしより白い。
わたし園芸してるからちょっと日焼けしちゃってて。
そもそも日焼けしていなくてもここまで白くないなきっと……羨ましいなぁ。
――ところで、さっきまで真剣な顔で何読んでたんだろ……?
そう思って本に目をやる、と……。
「『かどっこちゃんのぼうけん』……」
「ん? ああ。知ってる?」
「知ってますけど……」
「けっこう面白いぞ」
「そ、そうですね……」
『かどっこちゃん』シリーズは、消しゴムを貸したら角を使われてしまった人の無念から生まれたというシュール系のゆるキャラだ。
かわいい見かけなのにセリフ回しが男らしくて人の消しゴムの角を使う者を断罪する様がシュールで……って、それはいいか。
「キャンディ・ローズ先生といい、こういうの読んでるって意外ですね……」
「えー? 小難しい歴史書とか魔法論とか読んでた方がいいか?」
「あ、いえ、すみません、そういう意味じゃ……個人の自由だと思います。わたしだってキャンディ・ローズ先生の本読んでるし」
「面白いのにな」
「全くです」
「死ねばいいのにな」
「死って、またー……」
わたしが咎めるとグレンさんはメガネをクイッと上げて少し笑う。
(イケメン……)
前までは呆れて『これカッコいいって思う所かな』とか思っていたはずなのに、今のわたしときたら。
「で、今日は何も借りないのか」
「えっ! あ、はい。今日はいいです」
「そうか」
「えと、じゃあわたし、失礼します」
「ああ」
◇
帰り道……。
(分かってたけど、やっぱり気のせいにはできないんだなぁ)
さっきから心臓がドキドキとうるさい。
でも、ふわふわそわそわして何か心地良い。
かっこいいとか、かっこ悪いとかじゃない。
……あ、いえ。かっこいいですけれども。
夢見がちな子供っぽい小説に、あの図書館――そういうのが好きだって人に言うとちょっとバカにされたりする。
だけどグレンさんはそういうのを笑ったりしないし、むしろ同じに好きだって、面白いって言ってくれる。
同じものを好きだっていう感覚を共有できて、他愛もない話で少し時間を潰す。
……わたしはきっとそれが嬉しいんだ。
あれもこれも、わたしにはどうにもできないことばかり。
――この気持ちだってそうだ。
叶うことはきっとない。だけど、今はこの気持ちを楽しみたい。
早く、バイトの日にならないかな。
グレンさんに会いたい。




