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1話 麗しの来訪者

 ――女神は聖女ミランダ様を始めとする人間の手に口づけをなさいました

 その口づけを受けた手には紋章が浮かび上がりました

 すると自然の声が聞こえるようになり、紋章をかざせば無限に自然の力を行使できるようになりました

 紋章は女神の祝福の証なのです――

 



「これがミランダ教の紋章の神話よ。通常、魔法の発動には……」

 

 お昼前の選択授業、魔法学の授業。

 なんとなく選択しただけの人もいるから、寝てる生徒もけっこう多い……わたしも眠気をこらえながら聞いている。神話が混じってくると眠い……。

 

「……杖とか剣とか腕輪とか指輪とかの、魔器(ルーン)が必要なのね。ちなみに先生の魔器はこの杖でーす」


 ジョアンナ先生が愛用の杖を掲げると、杖がピカーッと光を放った。


「ヒャッ……!」


 まばゆい光に強制的に眠気が飛ぶ。寝ていた子達も起き上がり、目を抑えたり擦ったりしている。

 ――目がチカチカする。真面目に授業聞いてた子はちょっとかわいそうかも……。


「……と、こうやって大抵の人は魔石の何かを介さないと魔法が使えないんだけども。たまーに、この女神の祝福――"紋章"を持った人が生まれてくるの。確か、1000人に1人くらいの割合だったかしらね。紋章があったらラクよぉ。魔器がなくたってドババーって撃てるからねえー。魔器を持ってないと魔法撃てないし、いざというとき困ることもあるのよぉ。……ちなみに、魔石の色は属性と対応してるの。青色だったら水の魔力を高めてくれる力があって――」

 

 ジョアンナ先生が早口で魔石の色と属性の話を始める。

 赤は火、青は水、緑は風、黄色は土、白は光、黒は闇。

 白色は身分の高い聖職者しか持てない。

 土の術は地味でダサいから若者に不人気。主に、農業や園芸方面に進む人が習得する――などなど。


 ――そういえば、ルカとグレンさんも手首に魔石のブレスレット着けてるなぁ。

 ルカは水使いだから、青色の魔石。

 グレンさんは赤色のブレスレット着けてたから、きっと火の術を使うんだろう。

 グレンさんが術かぁ。あんまり、イメージが湧かないなあ……。

 

 

 ◇

 

 

(あれれ? 誰かいる……)


 いつも通り砦に行くと、砦の前に紙切れを持った女性が立っていて、中の様子を伺っていた。

 ――またグレンさんのお客さんかな?


「あのー……」

「はい……?」


 声をかけると、女性がこちらを振り返る。

 1つにゆるくまとめて肩から垂らしている見事なプラチナブロンドの巻髪、そして緑色の瞳。

 身にまとっている白いローブは質素なデザインながらも、絹か何かの高級な素材だ。

 腰からは薄緑色の魔石がはまった杖を下げている。


(すごい……)


 ――「目の覚めるような美人」ってこういう人のことを言うんだ。

 金髪で緑色の瞳――おそらく、身分の高い貴族だろう。

 

「あの……司祭様、ですか?」

「あ……いえ。わたくし、これを見て来ましたの」


 そう言って、女性がわたしに紙を差し出す。

 紙には、わたしがかつてギルドで見た「給仕係募集・アットホームな職場です」の文字が――。


(あれれ? まだ募集してたのかな?)

 

「ああ、レイチェル。来たのか」


 そこへ、冒険? を終えたグレンさん達が砦に帰ってきた。


「あ、グレンさん。この方、これを見て来たっておっしゃってますけど……」

「……ん? ああ、しまった。剥がすの忘れてたな」

「ええぇ……グレンさん……」

「忘れんなよ……」

「いやあ」


 「しまったしまった」とつぶやきながら、グレンさんは指で頬を掻く。

 ――軽いなあ……。「剥がすの忘れてた」って、わたしがここに来てからもうひと月半くらい経ってるんですが……。

 

「……そういうわけで、せっかく来てもらったのに申し訳ないのですが――」

「……素敵な方……」

「え?」


 グレンさんを見た女性がため息交じりにそうつぶやき、緑の瞳をうるうるさせる。

 

「……あの……。わたくし、ベルナデッタ・サンチェスと申します。どうか『ベル』と、気軽に呼んでください。貴方のような素敵な方の所で働けるなんて、光栄ですわ」


「ベルナデッタ」と名乗った女性はお祈りのように胸の前で手を組んでグレンさんににじり寄った。


「あ、いや。今は、募集はしていなくて……」

「そんな……お願いします。どうか面接だけでも……」

「いや……というか、本当に給仕係に? 聖職者――回復術師の方とお見受けします。何かとお間違えでは……"仲間募集"とか」

 

 グレンさんがベルナデッタさんの勢いに若干引きながら後ずさりをする。


 ――確かに、冒険者ギルドには「回復術使い募集」という紙がいつでも貼られている。給与条件も待遇もかなり良い。

 それなのにただの給仕係を志望して来るなんて、何かの間違いとしか……。

 

「いいえ。わたくし、ここでお料理を作りたいんです。それに回復や補助の魔法も使えますから、きっと冒険のお役にも立てますわ」


 ベルナデッタさんが腰から下げていた杖を両手で握りしめながら、更に更にグレンさんににじり寄る。

 グレンさんは後ずさりしながらジャミルにチラッと目線をやったけど、ジャミルは「関わりたくない」というような表情で目をそらしてしまう。


「えー……せっかくですが、うちは配達とかしかしてないので回復魔法の出番はありません。よそに行かれた方が――それに、貴女はどこかの貴族の令嬢さんでは? ここは、平民限定でして」

「え? そうでしたっけ」


 思わずツッコんでしまった。

 だってそんな話、一度も聞いたことなかったから。『学生可』とは書いてあった気がするけど……。


「ああ、えー……。そう、だったんだよ、実は……」


 グレンさんが苦笑いしながらうなるようにつぶやく。

 ……空気を読むべきだったかな……。


「たしかにわたくしの家は伯爵家ですわ。……でも、気になさらないで。伯爵家といっても、領地も殆どないショボクレ……いえ、弱小貴族ですから」


("ショボクレ"……!?)


 見目麗しい貴族の女性から思わぬワードが飛び出して、わたしは目を剥いた。

 聞き間違いかな……いや、たしかに言った。


「……ハデな女。つか、今『ショボクレ』って言いかけたよな?」

「う、うん……!」


 ――よかった、聞き間違いじゃなかった。ほんとにショボクレって言ってた。


「どうか、どうか、お願いします……」

「いやあの、ですからその紙は、手違いで……」


 ベルナデッタさんはまだまだめげない。

 わたし達は少し離れた所で二人の様子をじっと伺うしかできない。どうなるのかな……?

 

「お願いします。あたし、お菓子を作るのも得意で――」

「……なるほど。いつから来れる?」


 グレンさんが急にキリッとした顔になり、腕組みしながらいい声で応えた。

 ――お菓子だ。お菓子に反応した……!


「お菓子作ってくれるって、ジャミル君。パンケーキ作ってもらおう」

「アンタが菓子食いてぇだけだろうが……」

「じゃあ、雇っていただけるのね!?」


 ベルナデッタさんが両手のひらをパンと叩いて目を輝かせる。


「ああ。何か質問があれば――」

「やった――――っ!!」

「えっ」


 グレンさんが言い終わるよりも前にベルナデッタさんが大きくバンザイをして、ピョーンと飛び跳ねた。


「これから毎日! お菓子を作って過ごせるのねーっ!? 素敵! ハッピハッピーだわーっ!!」

「ハッピハッピー……」


 最初のおしとやかなお嬢様然とした口調はどこへやら、ベルナデッタさんが大声でキャッキャとはしゃぐ。

 

「あっ ところでさっき、何でしたっけ?」


 ベルナデッタさんは鼻歌まじりにくるくる回りながらグレンさんに問う。


「ああ、えー……何か質問は」

「あなたのことは『隊長さん』とお呼びしてもいいのかしら?」

「……まあ、好きなように」

「…………」


 ――わたしの時は『隊長はちょっと違う』って言ってたけど……グレンさん、疲れてるのかな。

 そんなことを考えてると、ベルナデッタさんが「ハイ、ハイ!」と元気よく挙手をし始めた。


「……まだ、何か?」 

「はい。えっとぉ、隊長さんは、恋人はいらっしゃるの?」

「えぇ……? そういう感じなら帰ってもらっても……」


 グレンさんがめんどくさそうに返すけどベルナデッタさんはめげない。


「いらっしゃるの??」

「……いらっしゃいません」

「誰か作る気は……」

「ありません」

「じゃーあー、好みの女性のタイプは……」

「物静かで質問攻めにしない女性がいいです。以上、終わり。……ジャミル君、彼女を厨房に案内して」

(塩対応……)


 こういう質問が好きではないのか、グレンさんはとりつく島もない対応だ。


「いいけど……もうメシの時間だろ? 結局みんな厨房に行くことになるんじゃ」

「……くっ」


 厄介払いしたかったらしいグレンさんが悔しげに息を漏らす。


 ――お菓子につられるのがいけないのでは……。

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