4話 『カラスの黒海』
「ただいまー」
「あら、お帰り。今日は早かったわね」
「ううん、まだバイト中」
その日のお昼過ぎ。
みんな出かけてヒマになってしまったので、もらったワインを持って一旦家に帰っていた。
「あら、そうなの? 忘れ物?」
「あのね、隊長さんからおみやげもらったから、先に持って帰ってきたの。これ」
「あら、そう――」
「おっ!『カラスの黒海』かー! これうまいんだよなー」
お母さんにワインを渡している途中で、お父さんがご機嫌で会話に割り込んできた。
いつの間にいたんだろう……。
「おいしいんだ、これ」
「値段は5000くらいでそこまで高い物じゃないんだが、香りがよくてなあ。隊長さんとやらは飲まなくていいのか?」
「最初は隊長さんが『ノルデン人のあなたに是非』ってもらったらしいんだけど、お酒飲めないんだって」
「……え?」
「まあ……」
わたしの説明を聞いたお父さんお母さんが、急に神妙な面持ちになる。
「え? 何? 何? どうしたの?」
「レイチェル、あのな……。『カラス』っていうのは、ノルデンの人を蔑んでいう言葉なんだ」
「え……」
「隊長さんて、もしかして若い?」
「26歳って言ってたけど……」
「ああ……それじゃ決定的だな」
「……どういうこと?」
「あのね……ノルデンって昔反乱と災害があったでしょ。それで露頭に迷う子供が大勢出て、その子達が盗みを働いたりゴミ箱から残飯を漁ったりして……。その様子が、髪も黒いしカラスみたいだって、そのうちノルデンの子供全部を指してカラスって言うようになったの。だから、今20代から30代くらいの人はみんな"カラス"って呼ばれた世代ね」
「何それ、……それじゃ、このお酒……」
「嫌がらせとか皮肉のつもりで渡したんだろう。嫌なやつがいるもんだ」
「そんな……」
――『ノルデン人のあなたに是非』って言われたけど、俺酒飲めないから――。
「………………」
普通に話していたけど、グレンさんは本当に「お酒が飲めないから」くれたんだろうか。
嫌がらせされたからいらなかったんだろうか。何も知らずに受け取ってしまった……。
◇
(なんだか今日はダメダメだなぁ……)
トボトボと砦に引き返す。ジャミルのことといいお酒のことといい、できてないこと、知らないことが多すぎる。
――ジャミルに謝らないといけない。それにグレンさんにも。
ああ、でも、何から話そうかな……。
そんなことを考えながら砦に辿り着くと……。
(……あれ? 誰かいる)
砦の入り口に青髪の男の人が立っている。
男の人はこちらに気づくとわたしに歩み寄ってきた。
「……こんにちは」
男の人がにこっと笑う。
「あっ はい、こんにちは……」
青い髪に青い瞳――わたしと同じ、ロレーヌ人だ。
年はグレンさんと同じかちょっと年上かもしれない。背もグレンさんと同じくらい高い。腕には赤いスカーフを巻いている。
(赤いスカーフ……)
赤いスカーフは、竜騎士の証。竜騎士さんが、ここに何の用だろう?
わたしが用事を聞くよりも先に、男の人が口を開いた。
「ここにグレン・マクロードって男がいると聞いたんだけど」
「あ……、隊長のお知り合いの方ですか。えっと……ちょっと出かけてまして……」
……と、言いかけた所で食堂に明かりがついているのに気づいた。
「あ、いえ、帰ってるかもしれないのでちょっと待ってもらっていいですか? えっと、お名前は――」
「……クライブ。クライブ・ディクソン」
「クライブさんですね。ちょっとお待ち下さい」
わたしはクライブさんを砦のホールに案内して、食堂へ向かった。
食堂にはグレンさんとルカがいた。夕食を食べている最中のようだ。
「グレンさん。あの、クライブさんという方が来られてますけど――」
「……クライブ?」
「クライブ・ディクソンさんという方です。ホールにおられます」
「…………。ああ。分かった。すぐに行く」
一瞬の間のあとグレンさんは立ち上がり、頭を掻きながらホールへと向かった。
食堂はわたしとルカの2人になった。ジャミルの姿はない。
「……あれ? ジャミルは……」
「寝たわ」
「えーっ、まだ5時なのに……」
「疲れたって」
「え――……」
なんだかつくづく、間が悪い……。