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3話 黒い剣

 ――その日の夜、子供の頃の夢を見た。


 わたしとジャミルともう1人――ジャミルの弟、「カイル」と遊んでいる夢。

 カイルは、わたしと同い年の男の子。

 子供の頃のわたしは背が高い方で、わたしが4月生まれでカイルが12月生まれだったから、彼が小柄だったこともあって、同い年だけど弟みたいな存在だった。


 家が近くて親同士も仲がいいから、3人でよく遊んだ。

 家族同士で旅行に行ったこともある。

 思い出すのは、お隣の国の「竜騎士団領」に行った時のこと。

 お土産屋さんで、竜騎士の証である赤いスカーフのレプリカを3人揃いで買ってもらった。

 早速みんなで巻いて「竜騎士だ!」って大はしゃぎ。はしゃぎすぎたカイルが仕事中の竜騎士さんのところへ走って行ったりして……あとでおじさんおばさんに叱られてたっけ。


 それからしばらく、3人で遊ぶ時は必ずスカーフを巻いて集まって、「竜騎士団ごっこ」をやっていた。とっても楽しかった。


 だけどわたし達は成長につれてだんだん遊ばなくなり、スカーフもなんだか気恥ずかしくなって巻かなくなってしまった。

 それはジャミルも同じ――でも、カイルだけはずっとスカーフを巻いていた。

 ジャミルはだんだん子供っぽいカイルを粗雑に扱うようになり、わたしは女の子同士の遊びを楽しむようになり「カイルってば子供よね」なんて生意気なことを言うようになっていた。

 カイルはカイルで別の子達と遊ぶようになって、やがてそれが当たり前の日常になっていた。


 そんな日々の中、カイルが失踪してしまった――。

 


 ◇


 

「ふあーぁ……。あれ、みんなもういない~」


 朝が弱いわたし。

 遅くに起きていつもみんなが集まる食堂に行ってみると、誰もおらずがらんとしていた。

 はいた……じゃなくて、冒険に行っちゃったのかな?


 トーストを焼いて食堂のテーブルにつき、ぼんやりとトーストをかじる。


(久しぶりに子供の頃の夢見ちゃったな……)


 ――仲良しだったカイル。

 背が低くて、いつもわたし達の後ろを半べそでついてきていた。

 買ってもらったスカーフに自分で「カイル」って名前を縫い付けて、ジャミルに「だせぇ」って笑われていた。

 わたしがこけそうになったら支えようとしてくれたけど、わたしの方が背が高いから支えきれず、共倒れになってしまった。

 わたしは、支えようとしてくれたのに「わたしが重いみたいじゃない」なんて抗議して……それでカイルは「ごめん」って頭を掻きながら笑ってたっけ。


 優しいカイル。

 でも今は、いない――。


(あ……泣きそうになっちゃう……)


 頭をプルプルふってこらえていると、視界にちらっと人の姿が映り込んできた。

 ルカだ。窓の向こう――中庭で、じょうろを持って立っている。


(あれ……みんな出かけたんじゃなかったんだ)

 


「おはよう、ルカ」

「……おは、よう」


 最近、ルカは挨拶を返してくれるようになった。


「もう冒険に行ったのかと思った」

「お兄ちゃまは朝から別の仕事。ジャミルは土を売りに行った」

「そっか」

 

 ルカがじょうろをそっと傾ける。じょうろの先から水がサァ……と出て、植木鉢の中の双葉と土を濡らす。


「……また、大きくなったわ」

「ルカがずっと水をあげてくれてるからだね。『守って』くれてるもんね」


 そう言うと、ルカの顔が少し綻んだ。


「次、また何か植えようと思うんだー」

「植える? 何を」

「んとね、ひまわりとかかなぁ」

「ひまわり……」

「夏頃に大きな花が咲くよ」

「見たい」

「ん、分かった! 今度買ってくるねー」

 

 

 ◇

 

 

 中庭で会話したあと、わたしとルカは食堂に戻ってきた。

 

「……パンケーキ食べたい」

「分かった。温めて食べよっか! ……あれ? 剣が置いてある」

「それは、ジャミルの剣」

「そうなの? 帰ってきてたんだ」


 食堂の椅子に立て掛けてあるジャミルの剣。

 やや細身で、黒い鞘に入っている。


(黒い剣……)


 ――気のせいだろうか。

 見ていると何か、ぞわっとしてくる……。


「何やってんだ!!」

「!?」

 

 突然、怒声が響いた。

 驚いて声の方に目をやると、ジャミルがこちらを睨みつけながら立っていた。

 足音をカツカツと響かせながら早歩きでこちらに向かってきたかと思うと、立てかけてあった剣をバッと手に取り――。


「勝手に触るんじゃねぇよ!!」


 ……と、憎々しげな目でわたしを睨みながら怒鳴りつけてきた。


「えっ……、ご、ご、ごめん……。でもわたし、触ったわけじゃ……」

「うるせぇな! つーかムカつくんだよお前!! いっつも奥歯に物の挟まったような言い方しやがって!!」

「えっ そんな……なんで、そんな急に……」


 見たことのない彼の剣幕にわたしがオドオドしていると、「ゴン、ゴン」という音が耳に入ってきた。


「おーい、ジャミル君。ちょっとカッカしすぎじゃないか?」

「あ……」

 

 食堂の入り口に酒瓶を持ったグレンさんが立っている。さっきのは瓶を壁にぶつけた音だった。


「レディを怒鳴りつけて……これで何度目だったか。また辞めさせる気か?」


 言葉を発しながらグレンさんがこちらへ歩み寄り、「謝れ」と酒瓶の先をジャミルに向ける。

 するとジャミルは胸のあたりの服をつかんで目を伏せ、ガバッとわたしに頭を下げた。


「悪い。……ごめん」

「あ、……えと、うん。大丈夫」


 やりとりを見たグレンさんが浅いため息を吐き、持っていた酒瓶をテーブルに置いた。


「ジャミル、レイチェル。2人のうちどっちか、この酒いらないか?」

「お酒……ですか」

「ああ。依頼主が『ノルデン人のあなたに是非』ってくれたんだけど、俺、酒飲めないから」

 

 ノルデンは、かつて大災害が起こった北方の国。

 国民の多くはグレンさんのように、黒髪に灰色の瞳、白い肌を持っている。


「……オレはいらねぇ。家飲みってあんましねぇし。それにその酒、料理にはクセが強いんだよな。レイチェル、オマエ持って帰ったら?」

「えっ?」

「おっちゃん、酒好きだったよな?」

「あ、……うん」


 さっきまでの流れでジャミルが普通に話を振ってきたので驚いてしまい、返事が遅くなってしまう。

 ジャミルの口調も表情もいつもの彼で、憎々しげな様子はない。

 まるでさっきのことなんてなかったみたいに――。


「えと……じゃあ、いただきます」


 さっきのやりとりを引っ張るのもどうかと思ったので、ひとまずお酒を受け取ることにした。


 ("カラスの黒海"……)


 瓶にはカラスがデザインされたラベルが貼ってある。……赤ワインかな?


「……グレン、今日はいつから出るんだ?」

「昼過ぎくらいだな。……ちょっと寝たらどうだ。疲れてるんだろ」

「ああ……そうする。レイチェル……悪かった」


 そう言うとジャミルは食堂の扉を開け、足早に去っていった。


 

 

「……ジャミル、水が淀んでいる」


 ジャミルが立ち去ったあと、ルカがボソッとつぶやく。


「……水が、淀んで……?」

「ああ。まあ寝れば治るだろ」

「……」


 わたしには『水が淀んでいる』の意味が分からなかったけれど、どうやらグレンさんには通じているようだ。

 どういうことを指すのだろう、とぼんやり考えていると、グレンさんが「レイチェル」と呼びかけてきた。


「はい」

「……大丈夫か?」

「あ……大丈夫です。ありがとうございます」

 

『ムカつくんだよお前!! いっつも奥歯に物の挟まったような言い方しやがって』――。


「…………」

 

 怒鳴り方は尋常じゃなかったけど、言われたことは事実だからなんとも言えない。

 ジャミルと話そうとすると、どうしても彼の弟カイルの話も出そうになってしまう。

 それを無意識に避けているのを彼は見抜いて、それでイライラしてたんだ。


「はぁ……」

「……時々ああやってカッとなって大声で怒鳴っちゃうんだよな、彼。いい奴なんだけど……って、それは君の方が知ってるか」


 わたしがため息をつくと、怒鳴られたことで落ち込んでいると思ったのかグレンさんがフォローを入れてくれた。


「はい。昔は、あんなじゃなかったんですけど……」

「そうか」

「……えと、あまり興味ない感じですか」


 あまりにどうでもよさげな返事が返ってきたので、思わず突っ込んでしまう。

 

「……ん? そうだな……興味あるかないかと聞かれると……ないな」

「う……仲間、ですよね」

「そうだけど、本人の問題だから。彼も大人だし、俺担任の先生じゃないからな」

「それは……そうですが」


(ドライすぎない……?)


 でもわたしだってジャミルと幼なじみで――言うなれば付き合いの長い「仲間」だった。

 だけど彼の弟のカイルが行方知れずになった時、落ち込む彼に何もできなかった。

 いや――しなかった。どう声をかけていいか分からずに見ているしかできなかった。

 そして今も、当たり障りのない話題でお茶を濁そうとしている。


 ……イライラされて当たり前だ……。

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