第56話 なに暢気なこと言ってんのよ
「死んだふりはやめたら?」
俺は動かなくなった魔族に声をかける。
バダクが焦った様子で割り込んできた。
「ま、待ってくれ。先ほど確かに心臓を貫いたはずだ。幾ら魔族でも、さすがに生きているはずがないだろう?」
「確かに心臓は貫いたけど……一つだけね」
「なに?」
魔族には心臓が二つ以上ある者も多いのだ。
たぶん目の前の魔族もその類だろう。
しかも厄介なのが、一つの心臓を潰すといったん仮死状態のようになって、死んでいるのと区別が付かなくなるのである。
魔力の流れも血流も止まっているため、判別するのは難しい。
ただ当人の意識はあるはずだった。
脳ではなく、霊体の方で意識を保ち、周辺の状況も認識しているのだ。
だからこちらの声も聞こえているはずで、
「めちゃくちゃダサい魔族だよね~っ! 下等生物と思ってる人間に勝てないと思って、死んだふりしてやり過ごそうとしちゃうなんてさ~っ! どっちが下等なんだろーね? ぷぷぷぷぷ~っ! てか、死んでるんだったら、頭にオシッコかけちゃっても大丈夫だよねー? ねぇねぇ、みんなで今からかけっこしよーよ!」
「それだけは絶対にやめろクソガキがあああああああああああああっ!!」
「ほらね?」
侮辱しまくったら自分から起きてきた。
さすがにオシッコをかけられるのは我慢ならないらしい。
「許さん……許さんぞ貴様ァっ! この私をっ……ここまで虚仮にしやがって……っ! こうなったからには奥の手を使ってでも、貴様を殺してやる……っ!」
魔族の全身から魔力が膨れ上がる。
いや、それだけではない。
魔族の身体そのものが膨張していた。
骨格そのものが変化しているようで、何か別の生き物へと変貌を遂げようとしているのかもしれない。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
激痛が伴うのか、目を剥いて激しく叫ぶ魔族。
元の姿より二回り以上も大きくなり、身に着けていた衣服が破れ飛ぶ。
頭部には立派な角、そして背中には翼が生えてくる。
やがてそこに現れたのは、全身を鱗が覆う謎の人型生物だった。
「こ、これは……」
「魔族が変身した……?」
「頭の角に、背中の翼……それに全身の鱗……まさか、竜人族……?」
竜人族。
ドラゴンの力をその身に宿すと言われる伝説の種族であるが、恐らく目の前の魔族は、それを人工的に再現させたようなものだろう。
「なるほど。自分にも魔物と同じ魔改造を施していたのか」
「ククク……その通りだ。ドラゴンの力を取り込めば、私はもっと強くなれる……そう信じてな。しかも、私が取り込んだのは並のドラゴンではない。何千年も生きた、あらゆる魔物の頂点に君臨するという古竜だ。……偶然にも、私は古竜の遺体を見つけ、それ以来、長きにわたって研究を続けてきたのだ」
そう言って軽く腕を振るうと、その衝撃だけで地面が抉れてしまった。
「一度こうなったら、しばらく元の姿には戻れない……だからこそ、使いたくなかったのだが……。貴様のせいだぞ? 貴様がこの私を怒らせたのだ」
魔力と闘気が混ざり合って、凄まじい力がただそこに立っているだけでも伝わってくる。
もはや先ほどまでの下級魔族などではない。
確かに古竜の力を取り込んだ、凶悪な生物へと生まれ変わっていた。
「は、は、ははは……何だ、これ……全身の震えが……止まらない……」
「た、立ってさえいられねぇよ……」
「ん……ヤバい……」
その圧倒的な存在感に気圧されて、冒険者たちがへなへなとその場に腰を折る。
本能で、絶対に敵わない相手であることを悟ってしまったのだろう。
「ちょ、ちょっと!? あれだけ煽ったんだから、あんた、こいつをどうにかできるのよね!?」
アマゾネスとしての意地か、震えながらも辛うじて立ち続けているアンジェが、俺を問い詰めてくる。
「うーん、無理かな?」
「はぁ!?」
「さすがにこれは予想してなかったし」
恐らく今のこいつは、上級魔族にも近い力を有しているだろう。
前世の俺ならともかく、この赤子の身体には正直言って手に負えない。
「じゃあ、どうすんのよ!? そ、そうよ! あの狼に……」
「んー、さすがにオーガたちだけで手いっぱいそうだしなぁ」
「なに暢気なこと言ってんのよ!?」
擬似竜人と化した魔族が、咆哮のような笑い声をあげた。
「フハハハハハハハハッ!! もはや貴様らの命運は尽きた! 散々この私を虚仮にしてくれたこと、後悔しながら死んでいくがいいっ!」
完全に勝利を確信しているようだが、残念ながらまだ彼は知らなかった。
俺の愛杖であるリントヴルムが、密かに激怒していたことを。
『……マスター、これほどの不快を感じたのは久しぶりです』
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