第4話 なんか変なのが交じってる
その漆黒の魔狼は、この魔境の森の中にあって広大な縄張りを有していた。
幾多の魔物が棲息し、弱肉強食の殺し合いを続けているこの森にあって、縄張りを維持するだけでも簡単なことではない。
広い縄張りを持つということはすなわち、彼女が強者であるという証左であった。
そんな彼女はつい最近、二十匹以上もの子供を出産したばかりだ。
そのため普段にも増して、強い警戒心を持っていた。
「……?」
ふと、違和感を覚える。
いつものように子供たちへ授乳しているところなのだが、大量にある乳頭の一つに、吸いつく感触が普段と何となく違う気がしたのだ。
さすがに気のせいか……と思いつつ、ちらりと視線を腹の方へと向けた彼女は驚愕した。
……なんか変なのが交じってる。
必死に乳を飲む我が子たちの中に、見知らぬ赤子がいたのだ。
しかも同族の赤子ですらなく、サイズは生まれたばかりの我が子たちより、一回りも二回りも小さい。
猿?
いや、人間の赤子か。
一体いつから交っていたのか、我が子たちに負けない勢いで、彼女の乳にむしゃぶりついている。
「ワオオオオンッ!!」
彼女は咆哮と共に立ち上がると、力強く身体を振って、我が子諸共その謎の赤子を振り払おうとした。
「「「キャンッ!?」」」
だが岩の上に叩きつけられたのは我が子たちだけだった。
人間の赤子は振り落とされまいと、両手両足を使って彼女の身体に張り付き、執念深く乳を飲み続けている。
「グルアアアアッ!!」
いつまで私の乳を飲んでいる! とばかりに怒り狂った彼女は、その赤子に噛みつこうと首を伸ばそうとした。
だがその瞬間、死の気配を感じて身体が硬直してしまう。
何だ、この私が……この赤子に恐怖した……?
……いや、違う、上だ。
恐る恐る彼女が見上げた先にいたのは、宙に浮かぶ謎の杖だった。
◇ ◇ ◇
『……マスター、さすがに危険です。わたくしが威圧していなければ、今頃その二度目の人生は早くも終わりを迎えていましたよ』
『悪い悪い。ちょっとミルクを飲むのに集中し過ぎてしまった』
俺はその母狼がリントヴルムに警戒して動きを止めている隙に、素早く腹から飛び離れた。
「げっぷ」
うん、お陰でいっぱい飲めたぞ。
俺が目を付けたのは、授乳中だった狼の魔物だ。
隠密魔法で完全に気配を消し、こっそりと交ざらせてもらったのである。
「「「ぐるるるっ!」」」
先ほど振り落とされた子供の狼たちが、俺を睨んで喉を鳴らしていた。
母狼と違って、リントヴルムの力が分からないのだろう。
『母狼以外は不要ですよね? 殲滅しますか?』
『いや、そこまでする必要はない』
物騒なことを言ってくるリントヴルムを止めつつ、俺はその母狼と魔法での会話を試みた。
それなりに高い知能がありそうだし、きっと話が通じるはずだ。
『聞こえるか?』
『これは……?』
『目の前にいる人間の赤子だ。お互い喋れないだろうから、頭の中に直接、語りかけている。さっきは驚かせて悪かったな』
『……人間の赤子に、こんなことができるとは思えぬのだが』
母狼の返答は、明らかに知性を感じさせるものだった。
恐らく長い年月を生きた魔物なのだろう。
一方で子狼たちはいつでも飛びかかってそうな勢いで咆えている。
『危害を加えるつもりはない。その子たちを大人しくさせてくれないか?』
『……いいだろう』
「ガウッ!」
「「「っ!?」」」
頷いた母狼がひと咆えすると、子狼たちは一瞬で押し黙った。
「「「くぅん……」」」
すっかり大人しくなった子狼を余所に、俺は会話を再開する。
『不躾なお願いで悪いのだが、この身体を成長させるのに、あんたのミルクが必要なんだ。しばらくの間、分けてもらえると助かる』
『ふん、まるで中身が別人であるかのような物言いだな』
母狼は呆れたように息を吐く。
『……そうすれば、私たちを殺さないでくれるのだな?』
リントヴルムをチラリと見遣る母狼。
『言っただろう? 危害を加える気はないって。ミルクを貰うだけ貰って、恩を仇で返すようなこともするつもりはない』
『……その言葉、嘘ではないと信じるぞ』
交渉成立のようだ。
よしよし、これで母乳ゲットだぜ。