第320話 お兄ちゃんはお姉ちゃんなんだ
久しぶりのベガルティアを後にした俺たちは、セノグランデ号・快で北へと進んでいた。
「地上を進んでいったら半月くらいかかるみたいだけど、この船なら数時間もあれば余裕で着けるはずだよ」
ファナとアンジェのSランク昇格試験のため、大陸随一の大魔境、無限の荒野に向かっているところだ。
「それにしても試験が明日からで、今日中に会場に着かなくちゃいけないとか、さすがに急すぎるでしょ」
「ん、この船がなければ、間に合わなかった」
Sランクへの昇格試験は、年に四回しか行われないという。
そしてアークから打診された時点ですでに、次の試験が明日に控えていたのである。
『はははっ、お前さんたちなら間に合うだろう。まぁ無理だったら次の試験にするといい。資格は一度試験を受けるまでは維持されるからな』
と、アークは笑っていたが。
「ちなみにSランク冒険者に認定されたことがあるのは、今までにたった13人しかいないんだって。現役だと僅か6人」
「ん、少ない」
「あたしたちが会ったことあるのは一人だけね。……あのレベルの人間が6人もいると考えたら、正直、多いように感じてしまうけど」
アルセラル帝国で開催された武闘大会。
アンジェが言及しているのは、そこに出場していたSランク冒険者のゴリティーアのことだろう。
「ん、また会いたい。今なら互角に戦える」
「……僕は会いたくないね。あの筋肉の塊に抱っこされた地獄のような瞬間が、今でも時々、夢に出てきて目が覚めるんだ……」
やはり赤子はママのおっぱいでこそ安らぐ。
男の抱っこなど要らん。
「試験自体は毎年30人くらいは受けるらしいよ。ただ、そのうち受かるのはほぼゼロ。数年間に一人しか受からない狭き門なんだって」
ちなみに一度不合格になると、一年間は再受験ができないとか。
「なんだか楽しそうでござるな! くぅ、拙者も資格があれば一緒に受けれたのに……」
そんな話をしていると、遠くにそれらしき大地が見えてきた。
ひたすら赤茶けた土と岩場が広がっているだけの大地だ。
『あれが無限の荒野ですね』
『ああ。懐かしいな。さすがに魔王ほどのやつはいなかったが、凶悪な魔族が何体も住み着いていた。魔力濃度が高い場所だから、魔族にとっては快適なんだろう』
もちろん凶悪な魔物も無数に生息している。
こんなところに本部を設置するなんて、魔物に襲ってくださいと言っているようなものだが、撃退する自信があるということだろう。
「その協会本部の建物はどこにあるんだろ? ……ん?」
窓から地上を覗き見ていたら、魔物と戦っている人影を発見した。
荒野に棲息している巨大なサソリ、インフェルノスコーピオンで、高い機動力に硬い外骨格、岩すら軽く両断する鋏、そして触れただけで猛毒に侵される毒液を発射する尾針を有する厄介な魔物である。
だが巨大サソリを相手に、その人影は余裕で対処していた。
毒液のビームを回避しながら距離を詰めると、剣で鋏攻撃をあっさり弾く。
さらには脚を切断して機動力を奪うと、
「ライトニング」
強烈な雷魔法がサソリの外骨格を貫き、体内を蹂躙した。
「へぇ、なかなか強いねぇ……って、あれ、もしかしてオリオン!?」
どこかで見覚えのある動きと魔力だと思ってよくよく見てみると、かつて俺と一緒に魔王を倒した勇者リオンの子孫で、アルセラル帝国の第七皇子でもあるオリオンだった。
俺はセノグランデ号・快から地上へと降りてみる。
「おーい、久しぶりだね、オリオンお兄ちゃん!」
「っ、君は……レウス!? なぜここに!?」
こちらに気づいて目を丸くするオリオン。
「それはこっちの台詞だよ。ファナお姉ちゃんとアンジェお姉ちゃんが、Sランクの昇格試験を受けるから協会の本部に向かってるところなんだ」
「っ、彼女たちも昇格試験を受けるのかい?」
「彼女たち、も?」
「ああ。実はぼくも昇格試験を受ける予定なんだ」
俺たちと同じ目的で、同じ場所に向かっているところだったという。
「え、そうなんだ! お兄ちゃんって冒険者もやってたんだね?」
「十二歳の頃に登録して、修行がてら活動をしていたんだ」
どうやら冒険者の先輩だったらしい。
「Aランク冒険者になったのはほんの一年前だけれど、君たちと別れてからは自分を追い込むために国を離れ、各地の冒険者ギルドを転々としながらあえて難しい依頼をたくさんこなしてきたんだ。そうしたら、Sランクの昇格試験を受けてみないかって提案されて」
「そうだったんだ。じゃあ、せっかくだし飛空艇で一緒に行こうよ! もうすぐそこだろうけど、歩いていくとまだ割とかかると思うし、この期間の武勇伝とか色々と聞きたいしね!」
「君たちの方がよっぽど面白い武勇伝がありそうだけど……」
苦笑しつつも頷くオリオンと一緒に飛空艇に戻った。
「誰かと思ったら、いつぞやの勇者じゃないの」
「ん、久しぶり」
「久しぶりだね。君たちも昇格試験を受けるんだって?」
「もしかしてあんたも? それでこんなところにいたのね」
「奇遇」
ファナ、アンジェとは共に武闘大会に出場し、その後の事件で共闘した仲だ。
一方、カレンとは初対面で、
「初めましてでござるな。拙者はカレン。東方のエドウ出身のサムライでござる」
「初めまして。ぼくはオリオン。アルセラル帝国の出身だよ」
俺はオリオンに提案する。
「お兄ちゃん、ここまでの旅で随分と汚れちゃったでしょ? よかったら大浴場で汗を流してきたらどう?」
「……それは遠慮しよう」
「えっ、何で!? じゃあ、オブラートに包まずにはっきり言うね! お兄ちゃん、だいぶ臭うよ! 絶対お風呂に入った方がいいって!」
「そうしたらどうせ君も入ってくる気だろう?」
「そそそ、そんなことないけど!?」
『マスター、バレバレかと』
俺は力強く訴えた。
「ていうか、別に一緒に入ってもいいじゃん! 僕、赤ちゃんだよ!? え、もしかして、0歳の男児にも性欲がある! 不快! ってなっちゃうタイプの人!?」
「君はどう考えても普通の0歳児ではないだろう!」
そんなやり取りをしていると、カレンが首を傾げて、
「……? オリオン殿は男性なのではござらぬのか?」
「あ、違うよ。こう見えて、オリオンお兄ちゃんはお姉ちゃんなんだ」
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