第303話 嫌な感じの師匠ですね
「この先に街があるんだ」
ダーナと名乗る女性に連れられ、歩くことしばらく。
そう言って彼女が示した一帯に広がっているのは、ただの荒野だった。
「ん、どこ?」
「街なんてないじゃないの」
ファナとアンジェが不思議そうにあたりを見回す。
「……記憶喪失というのは本当のようだな。この島で生まれ育っていれば、誰もが知っている常識なのだが」
ダーナが憐れむように言う。
「……結界だ」
『そのようですね。それもなかなか高度なものですね。外から見えないように隠蔽しているみならず、様々な効果が付与されているようです』
飛空艇からこの島を見下ろしていても街を発見できたかったのは、どうやら結界に守られていたかららしい。
「魔物の侵入を防ぐためのものだ。この島には魔物は棲息していないのだが、先ほどのドラゴンのように、稀に高い飛行能力を持つ魔物がやってくることがあるからな」
結界は普通に通り抜けることができた。
魔物は排除するが、人間であれば島外から来た者でも拒まれることはないようだ。
「暖かいでござる!」
「ん、空気も多い」
「緑まであるわ!」
「この結界は内部の温度や空気の濃度を、人間が住みやすい状態に保ってくれてもいるんだ」
なんという万能な結界。
リントヴルムが言う通り、かなり複雑で高度な結界だが、この島の住人たちがこれを維持しているとなると、なかなかの魔法技術レベルである。
「これが無ければ、この島で暮らしていくのは難しかっただろう。当然、他の街もすべて同じように結界で守られている」
「他の街もってことは、他にも街があるってこと、ダーナお姉ちゃん?」
「ああ。現在この島には十を超える街が存在し、二十万人ほどの人間が住んでいる」
島の各地に街が点在しているらしい。
街の外は過酷な環境のため、あまり街の行き来はないようで、基本的にはそれぞれの街が自給自足して生活しているのだとか。
ダーナの家に案内された。
工房のようなものが併設された、割と立派な家だ。
「こう見えて私は魔道具師をやっていてな。生活に役立つような魔道具を製造したり開発したりしているんだ」
「へえ、じゃあ、さっきの船みたいなのも魔道具?」
「ま、まぁ、そんなところだ」
何の資源も存在していないこの島では、あらゆるものが魔法によって成り立っているようだ。
食べ物も衣服も家も、すべて魔法によって作り出されているという。
さすがに魔法都市エンデルゼンほどではないが、地上よりも魔法技術レベルが高そうだ。
「すごいわね。こんなに何もない島の上で、二十万人の衣食住を賄っているなんて」
「それもこれも、始まりの三賢人様たちのお陰だ」
驚くアンジェに、誇らしげに胸を張るダーナ。
始まりの三賢人……?
「ん、誰?」
「なっ……始まりの三賢人様のことも忘れているとは……」
首を傾げるファナに、ダーナは絶句しつつ、
「この島を開拓された三人の大魔法使い様方のことだ。かつて地上に暮らしていた我々の先祖は、とある国で奴隷として虐げられていた。だがそれを三賢人様方に救われ、この安寧の地に連れてきていただいたのだ」
過酷な環境の島だったが、彼らの魔法によってあっという間に人が暮らしていける環境が整えられた。
さらに彼らは、自分たちの魔法知識を惜しげもなく教示してくれたという。
街を守護する結界もその一つで、現在は街の魔法使いたちによって維持されているそうだ。
「それ以来、我々はずっとここで暮らし続けてきた。当時は数千人だったという我が民族が、今や二十万人に増えたことを考えれば、この浮遊島での暮らしがいかに快適なものかが分かるだろう」
その三賢人たちの名は、アウィケ、モニデス、ドマースだという。
『あれ? なんか聞いたことあるような。リンリン、知ってる?』
『ええ、存じています。彼ら三人は、大賢者の塔でマスターの弟子だった人物たちです』
『そうだそうだ、思い出した』
確か三人ともまだ若手だった記憶がある。
詳しい事情は分からないが、どうやら俺の死後、彼らは虐げられていた民族を連れ、この島にやってきたらしい。
「先祖たちは、三賢人様たちが作った巨大な船に乗ってきたとされている。船というのは、本来なら海と呼ばれるものの上を走るそうだが、その船は空を飛ぶことができたんだ」
巨大な船、か。
恐らく魔導飛空艇だろうが、しかし並の飛空艇では難しいはずだ。
「今もその船は大神殿に祀られていて、私も何度か拝観したことがある」
現存しているらしい。
となると、俄然、見てみたくなった。
『あの三人が作った魔導飛空艇がどれほどのものか、チェックしてみないとな』
『……嫌な感じの師匠ですね』
俺はみんなに提案する。
「せっかくだからその船、見に行ってみようよ。見れば記憶が戻ってくるかもしれないし。ダーナお姉ちゃん、大神殿はどこにあるの?」
「島の西部にある街だ。かつて祖先たちが辿り着き、最初に作られた街と言われている。もしそこに行きたいのなら定期運航便を利用するといい」
どうやらこの島では、街から街へと移動するのに専用の魔道具があるらしい。
ただ、月に一度しか出ていないようで、次の運航は二週間後らしい。
「二週間なんて待ってられないわよ」
「ん」
「そうだね。せいぜい20キロくらいだし、普通に向かえばいいと思う」
「いやいや! ここは島の東だし、西の街に行こうと思ったら中心部の山を迂回していかなければならないんだぞ!? 徒歩で向かうなんて自殺行為だ! しかもそんな薄着で!」
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