第279話 理解力半端ないやんか
カラクリの開発や製造を行っているという研究所は、エドの街の外れに存在していた。
「将軍から話は聞いとるで! あたしは平賀源子! 平賀家の第二十四代目当主で、ここ平賀研究所の所長や! よろしゅうな!」
俺たちを出迎えてくれた平賀家の当主は女性だった。
かなり小柄で、見た感じは完全に十代の少女だが、実年齢はどうやらアラサーらしい。
好奇心に満ち満ちたその目が、俺の方を向く。
「それで、この赤子が西方のカラクリ人形やな!」
「ど、どうも」
「おおっ、複雑な表情をいとも簡単に! うちらも人そっくりの人形を作ろうとしとるけど、こんな表情はまだ全然やで!」
興奮しているのか源子は鼻息荒く、俺の顔や身体にべたべた触ってきた。
「本物そっくりの肌感や! 一体何の素材でできとるん!? しかも繋ぎ目とか全然あらへん! 髪の毛もまるで本当に生えとるみたいやし! なぁ、分解っ、分解してもええかっ?」
「ダメに決まってるでしょ!?」
「何でや!? ちょっとくらいええやん! 先っちょだけ! 先っちょだけやから!」
先っちょってどこの先っちょだよ。
「僕は繊細だから、ちょっとの分解もご法度なの」
「なんや、つまらんなぁ。……ていうか、じぶん、ほんまに人形か? モノホンの赤ん坊っちゅうオチやないやろうな? それならそれでびっくりやけど」
「そ、そんなことより、早く中を案内してよ!」
研究所内の大部分は、カラクリ製品を作り出す工場となっていた。
驚きなのが、一つ一つを人の手で作っているのではなく、製造すらカラクリが利用されている点だ。
「よくある製品については全部自動化しとるで」
「カラクリを利用して、カラクリを作っているってこと? すごい仕組みだね」
所々にチェックのための人員が配置されているだけで、驚くほど人が少ない。
人力が不可欠な魔道具では、絶対に真似できないだろう。量産力に関していえば、カラクリの方が遥かに上手かもしれない。
「人材の大部分は開発に注力しとるんや。カラクリはまだまだ奥が深く、いくら研究してもしたりひんからな」
開発を行っている場所にも案内してもらえた。
「ここのチームは通信用カラクリの開発を行っとる。つまり、離れたところにいる人とより簡単にいつでもやり取りができるようにするカラクリや」
「それ、魔法じゃなくて、どうやって実現してるの?」
「電気っちゅうもんを利用しとるんや」
「電気?」
「せや。音声をいったん電気信号に換えて、電線で送るんや。すでに国のあちこちにまで電線を通して、連絡が取れるようになっとるけど、なかなかその作業が大変やからな。今は無線でも使えるように改良しとるところや。そのためにはもっと電波を研究する必要があるけどな」
電気と電波。
どちらもまったく聞いたことがない概念だ。
「電気っちゅうのは、目に見えへんエネルギーの一種や。ちい~~ちゃな粒子が集まって動くことで発生するもんで、例えば物体が擦れ合って発生する電気のことを静電気と呼んだりする。冬に服と服が擦れたとき、バチバチ言うたりするやろ? あれがそうや」
「ふんふん、なるほど。じゃあ雷なんかも電気によるものかな?」
「せやせや、じぶん、理解力半端ないやんか」
電気というのは基本的に物質を伝わるものだが、電波は同じ目に見えないエネルギーでも、空気や空間などを通って広がるものらしい。
その性質が「波」に似ていることから電波と呼ぶそうだ。
「なかなか面白いね。魔道具のそれとはまったく違う仕組みだよ」
カラクリというのも、研究していくとかなり奥が深そうである。
「ん、ちんぷんかんぷん」
「……あたしもよ」
「拙者も右に同じでござる」
ファナとアンジェ、それにカレンはまったく理解できていないようで、途中からずっと遠い目をしていた。
「こっちは乗り物の開発チームやな。人や荷物を載せて高速で移動できるっちゅう優れもんで、四輪タイプに二輪タイプ、サイズも大型から小型まで、色んなもんがある。土木や農業なんかに使う作業用のもんもあるで」
いずれ国中に道路を整備し、人々が簡単に遠距離移動できるようにしたいらしい。
「ついでにもっと大型で、人や荷物を大量に載せて移動できるもんも考えとる。無論いずれは空も飛べるようにせんとな」
魔導飛空艇のようなものを、魔法を使わずに実現するつもりだという。
本当にそんなことができるのかと疑問を抱きつつも、自信満々に語る源子の様子に、もしかしたらいずれそれが可能になる日が来るかもしれないと俺は思った。
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





