第277話 お情けだったでござるか
エドの中心にあるエドウ城は、街を見下ろせるちょっとした高台にある。
周囲は深い堀に囲まれ、天守閣と呼ばれる象徴的な建造物が聳え立っていた。
飛空艇から堀に架けられた橋の上に降り立つ。
橋の向こう側には立派な城門があって、門衛が出入りを厳しく管理していた。
「怪しい異国人の集団でござるな。ここは将軍――公方様が住まわれるエドウ城、観光場所にはあらず、許可のある者以外の立ち入りはできぬぞ」
当然すんなりとは中に入れてくれない。
だがそこでサムライ爺さんが前に出た。
「む? あ、あなた様は、もしやっ……」
「うむ。元将軍家剣術指南役の柳生権蔵じゃ」
「柳生心念流の……っ!」
どうやらこの爺さん、ゴンゾウという名前らしい。
そして門衛たちはその名を知っているのか、そろってハッとしたのが分かった。
「しばしお待ちを!」
やがてベテランらしき男が驚いた顔をしながら出てきた。
「柳生殿! お久しぶりでござる! もう十年ぶりでござろうか? しかし、その手足は……」
どうやら爺さんと面識があるらしい。
「おお、久しいの。実は公方様に重大なご報告があり、参ったのじゃ。詳しいことはこの書状にしたためたゆえ、まずはお渡し願いたい」
そう言って書状を門衛に手渡す爺さん。
「……中身を改めさせていただいても?」
「構わぬ」
「では」
将軍に渡すものとあって、念のため内容を確かめることになっているのだろう。
爺さんもそれは理解しているのか、すんなりと頷いた。
内容を確認したベテラン門衛は一瞬絶句してから、
「さ、早急に取り次がせていただくでござるっ! ただ、さすがに少々お時間をいただくことになるかと思うので、その間ぜひ詰め所にてお待ちいただければ」
城門を潜って城内へ。
やはり爺さんがいてくれたお陰で、すんなりと取り次いでもらうことができた。
これがカレンだけだったら簡単にはいかなかったはずだ。
それから城内でそれなりに待たされることになったが、お茶やお菓子を出してもらえたりと、丁重な扱いを受けた。
門衛の反応といい、将軍家剣術指南役というのはやはり相当な要職なのだろう。
「お爺ちゃん、偉い人だったんだね」
「はっ、昔のことじゃい」
一笑する爺さんに対して、カレンが誇らしげに言う。
「先生はたった一代で柳生心念流という流派を起こし、田舎の出ながら将軍家の剣術指南役まで上り詰めたのでござるよ。今でも先生に師事したいと、村に弟子入り志願者が押しかけてくるほどでござる。もっとも、先生はそのほとんどを門前払いしているでござるがな。ちなみに拙者はすぐに認められたでござるよ」
ほんの少しドヤ顔をするカレンだが、爺さんは鼻を鳴らした。
「お前みたいな猪突猛進な阿呆は、放っておくとすぐに犬死するだろうなと思って、お情けで指導してやることにしただけじゃぞ」
「お情けだったでござるか!? てっきり拙者の将来性を見抜いたからだと思っていたでござるよ!」
そんなやり取りをしていると、上級役人らしき男がやってきた。
「柳生殿。将軍との謁見の準備が整ったでござる。こちらへ」
彼に案内されて廊下を進む。
途中で様々なカラクリ仕掛けの扉や階段があって、中には部屋ごと回転したり宙に浮かんだりといった大仕掛けもあった。
恐らく将軍の居場所までの道順を覚えさせないためだろう。
エドウ国は長きにわたって平和で政治も安定していると聞いていたが その割には随分と警戒心が強い印象だな。
やがて辿り着いたのは、入り口から奥まで百メートルほどある広い部屋だった。
床には畳と呼ばれる特殊な敷物が敷き詰められ、左右の扉には見事な絵が描かれている。
部屋の奥は一段高くなっており、そこに将軍らしき人物が座っていた。
ただし、簾というカーテンのようなものが下げられ、姿を見ることはできない。
「久しいの、柳生権蔵よ。そして他の者たちは初めてぢゃのう。余が第三十六代将軍徳山家隆ぢゃ」
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