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第271話 犬死して何がサムライか

「人気が全然ないわね?」

「ん、気配がない」

「みんな出てっちゃったんじゃないかな」


 カレンの故郷の集落にやってきたが、人をまったく見かけなかった。

 家の中も静かで、人が住んでいる様子がない。


「拙者が村を出る時点で、すでに半数以上が村を離れていたでござる。頑なに村に残っていた者たちもいたが、さすがに避難したのでござろう」


 いつ山からその魔物が降りてきて襲われるか分からない状況では、懸命な判断だろう。


「でもあの家だけ煙が出てるね?」


 他の家々から少し離れた場所。

 集落を見下ろすような位置にある家から、煙のようなものが上がっていた。


「あそこが先生の家でござる。まだ残っているようでござるな」


 その家に行ってみることに。


「先生! カレンでござる! 今、戻ったでござるよ!」


 カレンが声をかけると、すぐに反応があった。


「カレン!?」


 家から飛び出してきたのは、白髪の老人だった。


 六十代半ばくらいだろうか。

 魔物にやられて大きなダメージを負ったと聞いていたが、見た感じ元気そうだ。


 いや、右腕、それに左脚も明らかに動きがおかしい。

 どちらも義肢だな。


「カレン! 無事じゃったのか!」

「先生こそ! 見たところ随分とよくなられたようでござるな!」


 子弟の感動的な再開……かと思われたが、


「何で戻ってきたんじゃこんの馬鹿弟子がああああああああああああああっ!!」


 爺さんが怒声を響かせた。


「せ、先生っ?」

「危険じゃから帰ってくるなと言ったじゃろうが!? ぶち殺されたいのか、ワレっ!」

「き、危険は承知でござる! しかし魔物に故郷を奪われ、引き下がるなどサムライの名折れっ! 必ずや先生に代わって討伐を――」

「何がサムライじゃ馬鹿弟子があああっ! 貴様のような青二才がサムライを語るなど、百年早いわあああっ!」


 口角泡を飛ばしながらカレンを叱咤する爺さん。

 うん、めちゃくちゃ元気だな。


「貴様のような若造はすぐに命を粗末にしようとするからダメなんじゃ! サムライの矜持じゃと? そんなものクソ喰らえじゃ! 犬死して何がサムライか! 泥を啜ってでも生きようとする方がよっぽど偉いわい!」


 そして意外と正論である。

 カレンが何も言い返せずに口を噤んでいると、


「む? ところでなんじゃ、そやつらは?」

「訳あって、そこのサムライのお姉ちゃんに協力することになったんだ」

「赤子が喋ったじゃと? なんと面妖な……」

「カラクリ人形だよ」

「貴様がカラクリ? ふん、どう見ても本物の赤子じゃろう。中身は分からぬがな」


 うおおおおおおおおいっ!?

 この爺さん、初見でそこまで見抜くとか目利きあり過ぎだろ!?


「はっはっは、何を言ってるでござる、先生。本物の赤子が喋れるわけないでござろう。今、都会のカラクリはここまで発展しているでござるよ」


 カレンが頭の弱い子でよかった。


「馬鹿弟子が……。しかも貴様、サラシはどうした?」

「あまりに窮屈で、今は外しているでござるよ。も、もちろん、言われた通り、都会にいるときはちゃんと巻いていたでござる」

「本当だろうな? 都会でそんなもん晒しておったら、面倒な奴らが際限なく集まってくる。貴様のような田舎娘なんぞ、ころっと騙されかねん」


 それから爺さんは冷たくカレンに命じる。


「なんにしても、とっとと村を出ていくのじゃ」

「いえ、先生! 拙者は出ていかぬ! 拙者は強くなったでござる! 今から魔物を討伐し、村を元通りにしてみせるでござるよ!」

「……確かに、この短期間でどうやったかは知らぬが、多少はマシになったようじゃの。じゃが、その程度では無理じゃ。あの魔物には勝てぬ。なにせ、ただの蛇ではない。あれは龍じゃ」

「龍、でござるか?」


 龍はドラゴンの一種だ。

 蛇のような長い胴体を持ち、翼がないのに宙を舞うことができるという。


「しかも儂の推測が正しければ……とにかく、あの魔物に手を出すことは絶対に許さん! 今すぐこの村から立ち去るのじゃ!」



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