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第264話 死ぬこと見つけたり

 観衆たちが逃げるように去っていった後も、カレンは項垂れていた。


「まぁまぁ、お姉ちゃん、元気出して。いい勝負だったと思うよ」

「……あれほど自信満々に勝利宣言しておきながら、無様な敗北を喫するなど、サムライの面汚しの極みでござる……」


 やはりプライドの高いサムライにとって、素直に負けを受け入れるのは難しいようだ。

 しかも相手は同じくらいの年齢の西方の剣士である。


「こうなったらもはや、切腹して汚名をそそぐしかあるまい!」

「え?」

「武士道とは死ぬこと見つけたり!」


 そう叫び、懐から取り出した短刀の刃を自らの腹に突き刺そうとする。


「ん、ストップ」


 ファナが自らの剣でその短刀を弾き飛ばした。


「くっ、死なせてもくれぬでござるか!? おぬしには武士の情けというものがないのか!?」

「お金」

「……へ?」

「死ぬのはいい。ただ、約束のお金」


 あ、死ぬのはいいんだ……。

 切腹を止めたのは、あくまで一千万圓を回収するためだったらしい。


「そ、そうでござったな……うむ……い、一千万圓でござるよな……ええと、少々待つでござるよ?」


 自らの腹を掻き切ろうとした先ほどの勢いはどこへやら、カレンは急に眼を泳がせ、声を上ずらせる。


「え、ええと、一万……二万……三万……」


 そして額にびっしょり汗を滲ませながら、紙幣をゆっくり数え始めた。

 この国では硬貨だけでなく、紙のお金も使われているのだ。


「十六万……十七万…………」


 恐らく参加費で稼いだものだったのだろう、十七枚目まで数えたところで、紙幣がなくなってしまう。

 いやいや、全然足りてないじゃん……。


「ん、一千万圓」


 ファナが容赦なく催促する。

 するとカレンは両手両膝を地面について、


「ももも、申し訳ないでござるうううううううううううううううっ!!」


 涙目で謝罪した。


 おっ、本場の土下座だ。

 西方でもたまに使われていたが、土下座は元々この東方の文化なのである。


「拙者、負けるはずがないと高を括って、一千万圓は用意していなかったのでござる!」

「でも、負けた」


 ただの敗北よりもよほど恥ずかしい事態だ。


「だから切腹して逃げようとした?」

「ぎくっ!?」


 ファナの指摘に、あからさまな動揺を見せるカレン。

 図星だったらしい。


 汚名をそそぐとか武士道とか、大それたこと言ってたのに……。


 カレンはさらに額が地面にめり込むほど頭を下げた。


「すべては拙者の惰弱な心が招いたこと! もはやサムライを名乗るも不相応! 今度こそっ、今度こそ腹を切って詫びるしかないでござるっ!」

「いいから、お金。一千万」


 ファナはやはり容赦ない。

 ついに観念したように、カレンは言った。


「…………ごめんなさい、払えないでござる」






「拙者、生まれてからこの方ずっと田舎の村で育ち、つい最近、武者修行のために都会に出てきたのでござる。ただ、旅で路銀が枯渇し、剣の腕には自信があったでござるから、ああしてお金を稼いでいたでござる」

「一千万圓も持ってないのに、それで対戦相手を釣ってたってわけね」


 アンジェが呆れたように言うと、カレンは素直に頷いた。


「一度あまりに人が来なかったでござるから、試しにやってみたら面白いように上手くいって……調子に乗って、それ以来ずっとそうしていたでござる」

「だけどお姉ちゃん、調子に乗るのも分かるな。だってファナお姉ちゃん相手に、途中まで互角にやり合ってたし。田舎で剣を習ったの?」

「そうでござる。拙者の剣の師が、実はかつて将軍の剣術指南役にまで上り詰めた凄腕の剣豪なのでござるよ。引退して故郷に戻ってきた先生に、幼い頃から剣を教わったのでござる」


 将軍というのはこの国の王様だ。

 そんな人物に剣を教えるとなれば、相当な腕前なのだろう。


「って、赤子が喋ってるでござるううううううっ!?」


 みんな気づくのが遅いね。


「い、いや、カラクリでござるか。都会にはこれほど精巧に赤子を模した人形があるとは……しかも会話までできるなんて……」


 そしてやはり俺をカラクリだと勘違いするのだった。


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