第235話 俺と勇者が力を合わせて
「魔王の心臓、でございますか……? そんなものが……」
「数ある禁忌指定物の中でも、群を抜いて危険な代物だ。なにせあれはまだ、生きている」
魔王は並の魔族とは比較にもならない強靭な肉体を有していた。
しかも超再生能力を持つという最悪なおまけ付きである。
それでもどうにか身体も骨一つ残らず破壊し尽くしたのだが、あの心臓だけは何度粉々に砕いてやっても焼いて炭にしてやっても、時間が経てば戻りになってしまう厄介な代物だった。
そのため封印し、禁忌指定物として保管していたのである。
「それを持ち出すどころか、自分の身体に埋め込んだっていうのか……っ!」
「くはははっ! その通りだ! このお陰で、私は若返り、そして永遠の命すらも手に入れたのだ! さあ、転生したばかりの貴様が、魔王の力を取り込んだ私に勝てるかなァっ!」
魔王の心臓がさらに強く鼓動し、そこから膨大で邪悪な魔力が溢れ出してくる。
ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ、ドグンッ、ドグンドグンドグンドグンドグンドグンッ、ドグドグドグドグドグドグドグドグ――
「む? 何だ? 心臓の鼓動が、いつもより強く……」
直後、魔王の心臓から触手めいた血管が瞬く間に伸びていき、デオプラストスの身体を侵食し始めた。
「ど、どういうことだっ!? 身体がっ……があああああああああああっ!?」
絶叫を上げるデオプラストス。
魔王の心臓が、彼のコントロールを失ったのは明白だった。
そのまま魔王の心臓から伸びる血管がデオプラストスの全身を覆い尽くし、肉の塊と化したかと思うと、それが見る見るうちに巨大化していく。
やがて真ん中に大きな亀裂が走り、肉塊が二つに割れた。
「っ……お前は……っ!」
悍ましい巨大な肉塊の中から現れたのは、身の丈三メートルを超える魔族。
猛牛のような角に、黒の眼球と赤の瞳、ドラゴンのごとき翼と尾、灰色の肌、そして全身を覆い尽くす禍々しい文様。
間違いない。
こいつはかつて、世界最悪の魔族として恐れられた存在――
「――魔王、アルザゼイルっ!」
メルテラが目を見開いて叫ぶ。
「こ、これが、あの伝説の魔王でございますか!? なんという魔力……っ!」
魔王アルザゼイルは身体の状態を確かめるように、ゆっくりと右手を握ったり開いたりしてから、
「どうやら無事に復活できたようだな。予定外の事態で少々、予定よりも早まってしまったが、問題はないだろう」
そしてその赤い瞳で、俺を睨みつけてくる。
「久しいな、アリストテレウスよ。一体いかなる因果か、まさか余が敗北を喫した憎き人間が、余の復活の瞬間に居合わせることになるとはな」
「……なるほど、デオプラストスに取り込まれたと見せかけて、実際にはじわじわとその身体を逆に乗っ取っていたわけか」
「ご名答。お陰で数百年もの時がかかってしまったが、こうして復活することができた。貴様に封印されたままでは、永遠に心臓のままだっただろう」
もしデオプラストスが敗北してしまえば、その労力が無駄になってしまう。
そのため自ら姿を現したらしい。
「あのときは俺と勇者が力を合わせて、どうにか倒した相手だぞ? デオプラストスのやつめ。とんでもない奴を復活させやがって……」
俺がまだ一人で大賢者の塔に籠っていた、三十代の頃だったか。
当時、各地の凶悪な魔族を次々と撃破していた勇者と呼ばれる青年がいたのだが、ある日、俺の噂を聞きつけて訪ねてきたのだ。
魔王アルザゼイルに挑んで惨敗し、命からがら逃げてきたばかりだという彼らは、俺に協力を求めてきたのである。
正直、集団行動はかなり苦手だったのだが、何度も懇願され、最終的には首を縦に振った。
強力な魔王軍に手を焼きつつも、魔王城の奥深くに俺と勇者の二人が辿り着き、そこで辛くも魔王を撃破したのだった。
「待ちに待った復活のときだというのに、また忌まわしい貴様とこうして対峙せねばならぬとは不快だが……幸いここに勇者はおらぬ。そして貴様も脆弱な赤子の身体。あのときの借りを返すには最適な状況のようだな」
……うーむ、なんとか逃げれないかな?
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