第233話 話が早くて助かりますね
豪奢な椅子に座した男が天井から降りてきた。
「「「大賢者様!?」」」
五賢老たちが同時に叫ぶ。
まぁ一人は相変わらず寝ていて、ずっとむにゃむにゃ言ってるが。
というか、大賢者?
老人たちにそう呼ばれた男は、見た目の年齢はせいぜい三十前後といったところで、オールバックにした灰色の髪と鋭い目つきが特徴的だった。
この男は、まさか……。
「騒がしいと思って来てみたら……赤子だと? いや、違うな。何者だ、お前たち?」
そう問いかけてくる男を見上げながら、メルテラが淡々と告げた。
「お久しぶりでございますね、デオプラストス。犯人はあなたでございましたか」
デオプラストス……やはりそうか。
かつて俺の弟子だった男の一人だ。
当時はまだ大賢者の塔に来たばかりで、かなり若かったはずだ。
しかし非常に優秀な男だったからだろう、俺も何度か会った記憶がある。
その頃よりも少し年齢は重ねているが……あれから何百年も経っていることを考えると、あり得ない姿だろう。
メルテラと違って、ただの人間だし、本来ならとっくに亡くなっているはずである。
「……ほう、その名を知っているとは……そうか、その魔力、その声……貴様、ハイエルフのメルテラか?」
向こうもメルテラのことに気づいたらしい。
「その通りでございます。それにしても、すでに老境に差し掛かっていたあなたが、随分と若返りましたね?」
「……その言葉、貴様にそっくりそのままお返しする」
「確かに、わたしに言えたことではございませんでした」
そんな二人のやり取りに、老人たちが狼狽えている。
「この赤子、大賢者様と旧知の間柄なのか?」
「一体どういうことじゃ? まさかこの赤子、大賢者様と同じく、何百年も生きているとでもいうのか……?」
「そんなことが、大賢者様以外に可能だとは……」
どうやらデオプラストスは、自身の過去を彼らには伝えていないらしい。
そんな老人たちへ、デオプラストスが命じる。
「……お前たち、ここから退出せよ」
「な? 大賢者様!?」
「さ、さすがにそれは……」
驚いた老人たちが異を唱えようとするも、デオプラストスは有無を言わさなかった。
「私の命令が聞けぬというのか?」
「っ! め、滅相もございませぬ!」
「おいっ、急いでここから出るのじゃ!」
慌てて出ていく老人たち。
ずっとむにゃむにゃ言っている一人は、別の老人に抱えられながら退出していった。
それを見送ってから、デオプラストスがメルテラを睨みつける。
「貴様がいかにしてこの時代まで生き長らえてきたのかは知らんが、その様子だと、この私から禁忌指定物を奪いに来たようだな」
「話が早くて助かりますね。あなたも危険性はよく理解されているはずでございます。なのに、一体なぜ手を出されたのでございますか? いえ、聞くまでもありませんか。あなたは当時から、大賢者に憧れを抱いておられました。次期大賢者を定めるべきだと、当時の魔法使いたちの中でもっとも声高に主張していたのはあなたでございましたね」
メルテラが淡々と語る一方、デオプラストスの顔が忌々しそうに歪んでいく。
「しかし、いざ蓋を開けてみると、あなたはすぐに戦線離脱を余儀なくされてしまいました。思っていた以上に、あなたを支持する声が少なかったからでございます。だからあなたは、禁忌指定物を盗んでいかれたのでしょう。そしてゼロから大賢者になろうとした。……その数百年越しの悲願が叶い、今やこの魔法都市を支配し、大賢者と周囲から崇められるまでに至ったわけでございますね」
「っ……」
それであの老人たちに大賢者と呼ばせていたのか。
この塔の作りが、俺の作った大賢者の塔とそっくりなのも頷ける。
「いずれにしても、あれはあなたのものではございません。今ここで返していただきましょう」
「……貴様のものでもないだろう?」
「そうでございますね。ですが、この方がそれを主張されるのは当然のことでございましょう」
そこでメルテラがちらりと俺の方を見遣る。
「っ……まさか、その赤子はっ……」
ここまでずっと落ち着き払っていたデオプラストスが、初めて動揺を見せた。
「久しいな、デオプラストス」
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