第172話 ほとんど劣化していないな
「ん、緑。それに湖」
「綺麗な湖ね!」
見えてきたオアシスに、ファナとアンジェが目を輝かせる。
まぁ見た目は確かに、過酷な砂漠の中に現れる、癒しのオアシスだ。
しかし実際にはなかなか凶悪な場所である。
「む、木のところに何かいるぞ?」
視力の良いリルが指さした先で、木から木へと飛び移る影が幾つもあった。
「あれはマッドモンキーっていう猿の魔物だよ。すごく好戦的で、縄張りにしているあの湖周辺の森に少しでも近づいたら、群れで一斉に襲い掛かってくるんだ。ほら、ちょっと見てて」
俺は召喚魔法を使う。
操縦室の中に現れたのは、一体のオークだ。
以前、森かどこかで遭遇したオークだが、こんなこともあろうかと殺さずに召喚獣にしておいたのだ。
「じゃあね」
「ブヒイイイイイイイッ!?」
足元の床が開いて、オークが地上に落ちていく。
トラウマを想起させられたのか、リルが慌てて壁の方に逃げた。
そのオークが木の枝葉を圧し折りながら地面に激突する。
ただ、ちょうど柔らかい土の上に落としたので、まだ生きているはずだ。
「「「ウキイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」」」
次の瞬間、森のあちこちから凄まじい猿の鳴き声が響き渡った。
そうして木から木へと猛スピードで移動しながら、一斉に空から降ってきたオークのところへ殺到する。
「ブヒイイイッ!?」
慌てて逃げようとしたオークだったが、そのときにはすでに四方八方を取り囲まれていた。
次々と飛びかかっていくマッドモンキー。
一匹一匹はオークと比べると子供のようなサイズだが、あっという間に埋もれて見えなくなってしまう。
しばらくすると、マッドモンキーたちは満足したように散っていった。
残されたのは、オークの骨である。
「……一瞬で喰いつくした」
「怖っ!」
頬を引き攣らせるファナとアンジェだったが、まだまだ湖の周辺は優しいものだ。
もっと危険なのが湖の方である。
「今度は湖の方にオークを落として」
「ブヒイイイイイッ!?」
また別のオークを湖へと落とす。
するとまだ水面に到達する前のことだった。
ピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチピチッ!!
「な、何あれ!? 湖の中から巨大な生き物が飛び出してきた……っ!?」
「違うよ、アンジェお姉ちゃん。よく見てよ」
「っ、まさか、無数の魚っ!?」
巨大な生き物に見えたそれは、実はマッドピラニアと呼ばれる魔物の集合体だった。
「泳いでる?」
ファナが目を丸くして呟いた通り、仲間の身体の上を泳ぐようにして、ピラニアたちが空へ空へと昇っていたのだ。
そうやって空中に飛び出した無数のマッドピラニアたちが、水中に落ちる前にオークを捕まえた。
そのまま水中へと引き摺り込まれていくオーク。
やがて水面が静かになったかと思うと、骨だけがぷかりと浮き上がってきた。
「「……」」
ファナとアンジェが絶句している。
この湖を抜けるには、最低でも百メートル以上の高度は必要なのだ。
「それはそうと、ようやく目的地が見えてきたよ」
巨大な湖の中に浮かぶ島。
そこに天高く聳え立つ『大賢者の塔』があった。
「すごく高い塔」
「こんな場所に人工的なものがあるなんて……一体誰がどうやって作ったのよ……?」
もちろん作ったのは俺だ。
とはいえ、最初は個人ラボだったので、せいぜい地上三百メートルくらいの高さだった。
だが研究スペースが足りなくなったり、弟子が増えたりして、その都度、延伸させていったことで、最終的には地上八百メートルを超える高さにまでなったのだ。
天気の悪い日などは、最上階から雲海を見下ろすこともできる。
『思った通り、千年以上が経ってもほとんど劣化していないな』
『セキュリティも機能しているようです』
『ということは、地上から入るしかなさそうだな』
屋上は飛行船の離着陸場になっているのだが、この船は登録外なので、直接そこに着陸させることはできない。
いったん地上へと降りることにした。
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