第166話 ぶち殺して差し上げましょうか
「ぼ、冒険者……? その赤子が……?」
「そうだよ、エルフのお兄ちゃん」
まじまじと俺の顔を見てくるエルフたち。
「それよりもさ、聖母様ってなーに?」
先ほどから幾度となく彼らが口にしていた「聖母」とやら。
エルフたちにそんなふうに呼ばれている存在など、前世にはいなかったはずだ。
「聖母メルテラ様は、我らエルフにとっての英雄にして、救世主だ」
「メルテラ……?」
聞いたことのある名前である。
いや、同じ名前のエルフがいてもおかしくないが。
リューナが説明してくれる。
「聖母メルテラ様は、私たちエルフの上位種族であるハイエルフに進化された方です。世界各地にエルフが安心して暮らすことができる場所を作ってくださって、この里もその一つなんです」
ハイエルフのメルテラ。
多分、間違いない。
前世の俺の弟子の一人じゃないか。
かつて俺は、魔法研究に明け暮れるための個人ラボを作った。
しかしそこに弟子入り希望の魔法使いたちが次々と押しかけてきて、気づいたときには大規模な魔法研究拠点となってしまった。
いつしか『大賢者の塔』と呼ばれるようになったその組織をまとめてくれていたのが、古くからの弟子の一人、ハイエルフのメルテラだった。
『エルフにしては珍しく巨乳だったんだよなぁ』
『……最初に思い出すのがそれですか?』
もしかして、ハイエルフに進化したから胸が大きくなったのだろうか?
だとすれば、ぜひエルフたちにはどんどんハイエルフへと進化してもらいたいものだ。
『そういえば、死ぬ前にその胸を堪能するつもりだったんだ。死ぬ間際だったら、きっと俺の願いに応えてくれるはずだと思って。あれ、どうなったんだっけ? 何となく、お願いした瞬間の記憶はあるんだが……』
『覚えていないのですか? 激怒した彼女に殴られ、それで息を引き取ったのですが』
『え? マジで? そ、そんな……』
わなわなと身体を震わせる俺に、リントヴルムはフォローするように言う。
『あれはどう考えてもマスターが悪いです。それにどのみち死ぬ寸前だったわけで、彼女を責めるのはお門違いかと』
『結局あのおっぱいを堪能できなかったなんて……っ!? そんなの、あんまりだああああああっ!』
『…………嘆くのはそこですか?』
心で血涙を流す俺を、リントヴルムが蔑むように見てくる。
「聖母様が張ってくださった強力な魔物避けの結界は、今も活きているんです。もう千年も前のことなのに、すごいですよね? ……あの巨大なトレントには効かなかったですけど」
ふむふむ、確かにこの里を囲むように、結界が張られているな。
これをメルテラが構築したのか。
恐らく当時の彼女では難しいレベルの結界である。
きっと俺が死んだ後も、魔法の研究と鍛錬を続けたのだろう。
「リューナお姉ちゃん。その聖母様は、今どうしてるの?」
「千年近く前に亡くなられたそうですが、それはあくまで肉体の話。ハイエルフの魂は不滅とされていますし、今もどこかで私たちのことを見守ってくださっているはずです」
ハイエルフの魂は不滅、か。
まぁ、あくまで信仰の一種だろう。
『……やっぱりすでに亡くなっていたか。俺の弟子の中で、唯一まだ生きている可能性があると思っていたのが、エルフよりも長く生きるというハイエルフの彼女だったんだが』
俺が死んだ当時、すでに彼女は百歳を超えていたが、それでも人間でいうとまだせいぜい十歳くらいだったはずだ。
エルフは平均的な人間の五倍程度だが、ハイエルフともなると平均的な人間の十倍、つまりは六百~七百年も生きるのである。
『マスター。もしかしてわたくしの存在をお忘れですか?』
慰めるように、そんなことを言ってくれるリントヴルム。
『うーん、リンリンにはおっぱいがないしなぁ』
『……ぶち殺して差し上げましょうか?』
まぁでも、仮にこの時代まで彼女が生きていたところで、すでに老婆だったはずだ。
そうなると話は変わってくる。
『だって、萎んだおっぱいはおっぱいじゃないからな』
『知ってはいましたが、やはり最低のエロじじいですね』
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





