第146話 噛み殺してやるぜ
ガリアが投擲したその剣を、ギルド長が咄嗟に躱す。
剣は床に突き刺さった。
「な、何だ、この禍々しい剣は……?」
「これだけは使いたくなかったが、致し方がない。すべて貴様らが悪いのだぞ」
「……どういうことだ?」
「こいつは我がブレイゼル家が所有している代物の中でも、特に危険な魔剣だ。ひとたび封印効果のある鞘から引き抜けば、人の魂を喰らうまで満足することはない」
ガリアの数代前の当主。
稀代の魔剣収集家として知られた彼が、世界中から集めた魔剣や妖剣は、今でも一族が秘密裏に保有している。
その中でも、もっとも危険な一品とされたものが、これだ。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
耳障りな金切り音を響かせたのは、魔剣の刀身に現れた口と牙。
さらにぎょろりとした眼球が出現し、まるで刀身に人の顔が埋め込まれたかのような不気味な姿と化す。
変化はそれだけではなかった。
柄の部分から、細長い手足のようなものが生え、それで地面の上に自立する。
細身のトカゲのような姿に変身した魔剣が、その悍ましい眼球でこの場に集う人間たちを値踏みするように見た。
「ヒヒヒヒッ、久しぶりの顕現だぜェッ! それにしても、美味そうなニンゲンがたくさんいるなァ……じゅるり……」
舌なめずりする魔剣に、ガリアは忠告する。
「向こうの連中であれば、二、三人くらい喰らっても問題はない。ただし、あの赤子だけは絶対にダメだ」
「ヒヒッ、仕方ねぇなァ。あの赤子が一番美味そうなのによォ」
「っ、貴様……」
「ケケケ、冗談だって、冗談」
ガリアと会話するその魔剣に、冒険者たちが狼狽えている。
「剣が喋っているだと……? そいつは一体、何なんだ……? いや、この嫌な感覚……どこかで味わったことが……ま、まさか、悪魔……?」
「……ご名答だ。この剣には悪魔が宿っている」
悪魔。
それは本来この世界とは異なる世界に棲息しているとされる知的生命体だが、その詳しい生態などはよく分かっていない。
この世界に出現するためには、何かしら憑代となる身体が必要だと言われているが、この剣はまさに悪魔の精神を宿した代物だった。
一応は隷属魔法で縛り、管理下に置いているはずなのだが、時折、ガリアの制御を離れた動きをすることがあるなど、完全にコントロールできるとは言い難い。
しかも過去の当主の中には、この魔剣の力を使い過ぎたせいで、逆に精神を悪魔に乗っ取られてしまった者もいたほどだ。
まさしく諸刃の剣であり、できればガリアとしてもこの剣の力に頼りたくなかったのだが、
「こうなったからには仕方があるまい」
「お、おいおい、その悪魔に戦わせるつもりか……? さすがにルール違反だろう?」
「ルール違反? 悪魔が宿っていようと、剣は剣だ。武器については、事前にどのようなものを使っても構わない。そう取り決めたことを、先ほど改めて確認したばかりだろう? さあ、やれ、まずはあいつからだ」
「ヒヒヒッ、了解だぜェ……ヒャッハーーーーッ!!」
ほとんど予備動作なく、魔剣がギルド長の男に躍りかかった。
男は咄嗟に槍で突進してきた剣の刀身を受け止めるが、次の瞬間、その刀身が伸びた。
「なっ……」
「いただくぜェッ!」
牙が男の首を噛み千切らんとする。
ブシュアアアッ、と鮮血が舞った。
「「「ギルド長!?」」」
「ケケケ、避けるんじゃねぇよ」
「ぐっ……く……」
どうやら瞬間的に男が首を捻ったお陰で、致命傷だけは免れたらしい。
それでも首の肉の一部を抉られ、あの出血量だ、すぐに治癒魔法を受けなければ死ぬだろう。
冒険者たちが慌てて戦いを止めようとするが、魔剣がそれを聞き入れるはずもなく。
「ヒャッハハハハハハッ!! 今度こそ、噛み殺してやるぜェェェッ!」
間髪入れずに再び襲いかかる。
と、そのとき、天井から魔剣目がけて猛スピードで落ちてくる小さな影があった。
「ギルド長のおじちゃん、選手交替ね。僕も冒険者だし、選手の一人になっても大丈夫でしょ?」
その小さな両手で振りかぶっているのは、巨大な剣で。
ズドオオオオオオオオオオオンッ!!
「ギャアアアアアアアアアアアアッ!?」
轟音と共に魔剣が粉砕された。
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