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第139話 貴様の命はないぞ

「だいたい、レウスがそのブレイゼル家の子供っていう証拠があるのかしら?」


 アンジェの指摘に、おっさんが声を荒らげる。


「証拠はそのお顔だ! 御母上のメリエナ様と瓜二つだろう!」

「そんなこと言われたって、見たことないんだから知らないわよ。というか、どう考えたって証拠として不十分でしょ? 偶然似てるだけかもしれないし」


 呆れたように息を吐くアンジェ。


「黙れ。小娘の意見など、どうでもいい。間違っていたら、そのときはそのときだ。とにかくレウス様をこちらに渡すがいい」

「ん、断る」

「そんな選択肢などない」

「あうあうあう~~っ!」


 と、そのときだ。

 リルがおっさんに詰め寄った。


「先ほどから黙って聞いていれば……なぜ貴様ごときに、我が主のことを決める権利がある?」

「~~~~~~っ!?」


 リルの殺気を受けて、おっさんがガクガクと震え出した。


 彼女の正体は神話級の魔物のフェンリルだ。

 その存在だけで魔境の魔物が逃げ出したほどで、たとえ人化していたとしても、殺気をぶつけられたら並の人間には一溜りもないだろう。


「な、な、な、何だ、お前はっ……」


 後ずさりしながら、上ずった声で問うおっさん。

 追い打ちをかけるように、リルは低い声で忠告する。


「とっとと去れ。さもなければ、貴様の命はないぞ?」

「ひっ……」


 じわり、とおっさんの下腹部に染みが広がっていく。

 どうやら失禁してしまったらしい。


「あ、あ、後で必ず後悔するぞっ!」


 おっさんは最後にそんな捨て台詞を残し、踵を返して逃げるように応接室を出ていったのだった。


「あうあー」

「って、何であんたはさっきからまた赤子になってんのよ? あたしたちに任せてないで、自分ではっきり、付いていく気なんてないって言えばいいでしょうが」

「あう?」

「殴っていいかしら?」


 アンジェに怒られたので、俺は普通に喋り出す。


「でもあの様子だとまた来そうだね。諦めてくれたらいいのに」

「前のクリスっていう女も言ってたけど、相当に似てるみたいよ。本当に母親なんじゃないかしら?」

「さあね。僕には分からないや。でも、今の僕は冒険者のレウスだし、育ててくれたかーちゃんがいるし、ブレイゼル家のことなんてどうでもいいよ」


 しかしこんなことなら、このレウスっていう名前を使わなければよかったな。

 前世の名前であるアリストテレウスと偶然にも近かったので、そのまま活用してしまったのが完全に失敗だった。






 その後、俺はギルド長室に呼び出された。

 恐らくはあのおっさんの件だろう。


「悪いが、他の者たちは外してくれないか?」

「僕だけってこと?」

「そうだ。その方が色々と話しやすいだろう」


 ギルド長に言われて、ファナとアンジェが部屋を出ていく。


「……いや、その獣人の娘にも出ていってもらいたいのだが?」

「む? 我もか?」


 俺を胸に抱いたままキョトンとするリル。


「というか、そもそも見たことない顔なのだが……冒険者ではないのか?」

「うん、リルは冒険者じゃないよ。強いて言うなら……ペット?」

「……ペット? よく分からないが……何だろうか……途轍もない力を、その娘から感じるような……」


 ギルド長がブルリと身体を震わせる。

 しぶしぶリルも部屋を出ていったところで、ギルド長が切り出した。


「さて。正直なところ、お前さんのせいで色々と面倒なことになっているのだが」

「面倒なこと?」

「そうだ。あれから、ブレイゼル家より幾度となく抗議の、いや、ほとんど脅迫のような書簡が届いていてな。我がギルドが、まるで赤子を連れ去った誘拐犯だと言わんかのような口ぶりだ」


 どうやらギルドに直接、俺を引き渡すようにとの連絡が来ているらしい。


「さらにそこには、お前さんが大賢者の生まれ変わりに違いないとも書かれてあった」

「え」


 どういうこと?

 何でブレイゼル家がそれを知ってるんだ?


 その事実だけは、誰にも話したことがないはずなんだが……。


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