始まりはキスから
世の中にそんなことがあるはずの無いことは知っている。
前の世界の常識では、この環境で、か弱そうな女の人がその格好で生きて行けるわけがない。
だがここは異世界だ、『魔法』そうだそれなら可能かもしれない。
もし何も聞いていなければ本当に彼女が人間だと思ったことだろう。
今見ているその女の人は、聞いていた『妖女ラミア』に間違いないだろう。
だとすればあの話。
『ただし会うと男を食い殺すらしいけどな』と言うことで俺の運命も決まりだ。
俺は砂漠の中で絶望していた、だから明日には死んでしまっても構わないと思っていた。
それが証拠に食べ物すら食べる気力もなかった。
だからそれが早くなろうが、どうでも良かったのだろう。
なぜなら、今、目の前にいる女は優しく微笑んで俺に話しかけていた。
「私といいことしない?」
その微笑んだ顔が天使に見えた、そうだ妖女だと知っていてもだ。
今まで出会ったこの世界の住人の誰よりも優しく思えた。
「貴方の夢を叶えてあげましょう」
そう言われて咄嗟に出た言葉・・・
「俺の童貞を貰ってください」
食事もしていない俺が、そんな元気が有るわけは無い。
ほんとうは虚勢だ、男であるという虚勢である。
ただし童貞と言うのを付けたのは最悪だけどね。
こんないい女に会って、どうせ最後なんだ、せめて男だという主張をその良い女にしたかったのだろう。
女はにこやかに微笑みながら。
「いいわ、貰ってあげる。そうだ貴方をなんと呼べばいいの?」
「丈二です、呼び難かったらジョーとかジェイとか呼んでください」
「そうね、ジェイと呼ばせてもらうわ」
そう言うと美しい女は近付いて来る、近づいて来るに従い妖魔という怖さではなく、美しい女が近づいてくるという事実に震えた。
俺に向かい合うと右腕を俺の頭の後ろから肩抱くように回すと俺を抱きしめてきた。
何ということだろう美女の顔が近いところにある。
本当に美女だった、目を合わせて居られない程美しい。
透き通るような肌理の細かい肌、その顔がどんどん近付いて来た。
その濡れた唇が近づいてくると胸は高鳴り、頭に血が逆流する。
体が密着する、その体からは少し冷たい程よい体温が俺に伝わって来る。
そして、大きな二つの胸が俺の胸にあたり、俺の興奮を後押しする。
本当に疲れている、だが俺の愚息は少し立ち上がろうとしていた。
唇が触れた。
俺の乾燥した唇に彼女の濡れた唇が触れる。
そんなに長い時間じゃない、経験の無い俺は息を止めてその時間を耐えた。
彼女の唇の柔らかさと少し冷たい感触が俺の唇を通して伝わってきた。
本当のことを言えば食事もしていない俺は、立っているのもやっとなほど衰弱している。
だから今の俺は彼女に支えられていた。
彼女が力を抜くと俺はそのまま座り込み、そのまま寝かされた。
その妖女は、衰弱している俺を寝かせて一緒に横に寝てくれた。
「ジェイ、こんなに疲れ果て、この砂漠で今までよく頑張ったのね」
そう彼女が言うと俺は涙が溢れた。
涙が流れる?なぜ?
そうかこの世界に来て初めて優しくされ感情が高ぶっているんだろう。
まともにしゃべることが出来ない。
「さ・さび・・寂しかった・・んだ、誰かに話を・・・話を聞いて欲しかったんだ」
『話を聞いてほしい』その言葉は本心だ。
俺の欲望は本当は性欲なんかでは無い。
多分話し相手が欲しいだけだった。
それも聞いてもらえるだけで良かったのだろう。
だから、涙が溢れていた。
「寂しかったんだ」
そう泣きながら、ただ彼女に抱き着いた。
「ジェイは寂しかったのね、私で良ければ話を聞いてあげるわ」
しかし不思議な妖女だ、普通妖魔なら、俺が衰弱しているを良いことに餌として直ぐに食べようとするだろう?
「俺は弱っているんだ、直ぐに食べないのか?」
「無粋な話はしなくてもいいわよ、今はジェイが夢を与えられる時、対価は後のことよ」
対価は俺の命なんだろうな、でも今はその話はしないようだ。
なんだか安心すると話をし始めた。
「俺は仕事中だったんだ、小林があんなことを言うから・・・・」
ラミアには何のことか分からない話だが、お構いなしに今までの話をした。
ラミアは、まるで分かっているかのように返事や相槌をうち、本当に真剣に俺の話を聞いていた。
相当な聞き上手なのだろう、前の世界の話など通じる筈がないのに真剣に俺の話を聞いていた。だから俺も元の世界の友達であるかのように話をしていた。
話が進むと感情の高ぶりと共に涙声になって砂漠の寂しさ苦しさを訴え始め、やがて泣き始めた俺は話が出来なくなった。
ラミアが「辛かったのですね」と言うと子守唄のような歌を歌い出した。
その歌は俺の心を安心で満たし、俺は眠りの中に落ちて行きそうになった。
「眠い、そうだ寝てしまったら俺は……、そうかこれで終わりかな、そう言えば童貞のままか、でも優しさが嬉しかったから良いか」
そうして俺は意識を手放した。
「ジェイ、ジェイ・・・」
そんな声で気が付いた。
ラミアが心配そうな顔をして俺を見てた。
「俺は生きている?」
俺が答えたのを見るとラミアは安心したように返事をした。
「当たり前よ、そんなことより夜になると虫たちが出て来るわ、ここを移動しましょう」
そう言えば夜になると虫や小動物が襲ってくる、でも移動するって?どこに?
「何処に行くんだ?」
ラミアは躊躇なく不思議な返答をする。
「地面の中かな、ジェイは地面に潜れるの?」
地面に潜る能力は俺、いや、人には無い。
「潜れませんが?」
ラミアも分かってたようだ
「やっぱりねそうでしょうね、どうしましょう?」
いつもの夜間待避所へ誘ってみた。
「俺の居住スペースに移りましょう」
ラミアは不思議な顔で聞いてきた。
「居住スペースってなに?」
いつもの要領で結界を張る。
床は少し大きい目つめり二人分の大きさで作る。
出来たのでラミアを招待する。
「狭いですけどどうぞ」
「ジェイは器用ね、こんな面白いものも作れるのね」
二人で結界内に入った。
「中は快適なのね」
「そうですね、エアコン完備ですから」
「エアコンってなに?」
ラミアは、また不思議な顔をしていた。
「それよりなぜ、俺を寝ている間に殺さなかったんですか?」
「無粋な話は止めて、まだジェイの童貞を貰ってないわ」
そういう返事は想定外だった。
「ごめん、本当は疲れ果てていたのでそう言う行為が出来ないんだ」
そう俺が言うとラミアは不思議なことを始めた。
腕を前に出すとラミアの掌から黒い光が溢れ出した。
その光は温かく俺に当たると、俺を癒し始めた。
これは回復魔法だな、魔法の世界だから有っても不思議は無い。
「ラミアは回復魔法が使えるんだね、凄いや」
エレメントとは違い、黒い光が気になって質問した。
「それってどのエレメントの力なのかな?」
「これは闇魔法、エレメントとは違う魔法、五元素魔法も使えるけど、癒し系は光魔法か闇魔法が中心で私の基本は闇魔法の方ね」
この世界には闇魔法と光魔法という二つの魔法原理がまだあるようだった。
そうだ俺の魔法はエレメントが感じられないと言っていた、闇か光かもしれない。
「俺の魔法って光とか闇なのかな?」
そう言うと少し水を出した。
ラミアは驚いていた。
「ジェイの魔法は不思議ね、闇でも光でもましてや元素でも無いわ、どうやって魔法を発動しているのかしら?」
ラミアにも分からないらしい、本格的にアクアの勇者では無いということだ。
「そうだ、お腹空いていませんか?」
質問をして、俺はしまったと思った。そりゃそうだ、おれは彼女の餌だよね?
でも彼女はちゃんと答えてくれる。
「空腹ではないけどお腹は空いているわ」
やっぱりだ……
「やっぱり、俺を食べるの?」
そう言うとラミアは怒ったような顔をすると否定する。
「ジェイ、無粋な話はしないでって何度言えば分かるの、そういう意味では無いわ」
「ごめん、そうだ材料はあるんだ、ごちそうするよ」
数日前に取ったネズミに似た生物の肉を取ってあった。
とりあえず塩で焼いたものと塩で煮込んだ料理を作って食べることにした。
結界の皿の上に並ぶ料理。
ラミアは興味深そうにそれを見て、褒めてくれる。
「人は不思議ね、食べ物を色々工夫して食べるのね、でも良い匂いだわ」
焼いた肉を手で持つと、一口食べるラミア。
「う~ん、おいしいわ、なにこれ、なにか味が付いている」
ラミアが美味しいと言ってくれると嬉しかった。
この土地で野垂れ死んでも結局、土に変えるだけだ、彼女に食べられて死ぬ……
その選択肢は食べらえて彼女の一部になるということだ。
それも良いかもしれなと考えて居た。
ただ、頭に一つ願いが浮かんでいた。
「ラミア、もし出来るなら少しの間で良いんだこの生活を続けられないだろうか?難しいことなどしなくていい、一緒に話をしたり食事をしたり、もちろん食事は俺が作る」
ラミアは何も言わなかった。
「俺は対価から逃げるわけでは無い、ラミアに食べ……いや、対価は払うつもりだ。一緒に少しの間生活して欲しいんだ、今すぐ対価を払えというなら仕方がないけどね」
「今日はジェイにごちそうになったわね、良いわよ少しの間で良ければね」
「ありがとう、そんなに長い間でなくても大丈夫だから安心してくれ、最後に俺の童貞をラミアに貰ってもらって俺はラミアに対価を払う、そうして俺はラミアの一部になるんだ」
「ふふふ、そんなに気を使わなくても、ジェイ、人の寿命など私からみれば一瞬なのよ。だから気にしなくても良いわ、貴方が気が済むまでそうすればいい」
本当に優しい心を持っている妖女ラミアだった。
ラミアは傍に近付いていて来た。
「いまのごちそうの対価よ」
そう言うとラミアはまた体を密着させてキスをして来た。
長い間の口づけ、それはまだベビーキッス程度のものだが密着した体と大きな胸の感触は俺にとっては十分に刺激的だった。
ラミア、最後に彼女の一部になる俺だが、今は彼女が俺の全てになったようだ。