砂漠に物を捨ててはいけません。
「眠い、腹減った」
ここは牢の中、カビ臭く、その上なんか隙間風がスースーするので寒い。
牢の端には丸見えの穴が開いただけのトイレがあるのみで寝床は干し草が敷いてあるだけだ。
もちろん食事の用意などない。
今は燭台にろうそくの灯がともっているが暗く窓もない、さっき廊下で見た感じでは外は昼間のようだったが、暗さだけなら眠るには最適だな。
結果、俺は昨日までの三徹の眠気と戦っている。
「今頃、小林たち、どうしてるだろう」
小林には無責任だと言った俺が異世界に召喚されるとは。やっぱ無責任だな。
「魔法?、使える訳がないじゃないか、『元素の祝福』、なんだそれ?、気が付いたらここに居たんだ」
ブツブツと独り言が多くなるが、何もしないでジッとしていると眠気に勝てなくなる。
「五大元素・・・・」
ゲームの中の話を思い出した、世界は五大元素で出来ているというストーリーだったかな?
元ネタは地球の過去の思想だろう。
木、火、土、金、水の五大元素、例外として例えば風を加えたもの等一部入れ替えた話もあるが、全ての物質の基本物質の考え方の話。
現在では元素はもっと多くの種類があるが、酸素とか発見されていない時代には空間にはエーテルが満たされているとかの話になる。
発見されていなと、化学はそこまでの知識で辻褄を合わせることになる。
そんなことも知らない時代なのかと言ってはいけない、科学は発展するもので正解とか不正解は無い。
現在の俺たちの世界では物理学の中での原子とか素粒子とかが主流になっているが、広く受け入れられている説が主流なだけだ。
この世界の科学レベルで考えれば世の中は五大元素で出来ていると言うことが主流なのだろう。
多分天動説を信じる者に地動説を説いても信じないだろう。
俺がそう思うのは、この世界に俺たちの世界の理を当てはめても違和感はなかった。
今前の世界と同じように呼吸をしているが全く苦しく無い。
呼吸に必要な酸素は適量で無ければ、今頃苦しんでいるだろうから多すぎず、少なすぎず、適量の酸素が存在している。
手足を動かすのも空間には違和感がない、つまり筋肉に必要なATPとかADPの化学反応はそのまま起こっているのだ。
もちろん俺の呼気の中には水蒸気が感じられる、つまり体の代謝は正常に行える元素が揃っているのだ。
そう考えれば元素や化学反応(つまり理)は元の世界と変わらないのだろう。
それなら俺の方がこの世界の理に詳細に通じていることになる。
そうであるなら、今すぐにでも魔法使えるようにならないかな?
逆に科学の知識が魔法を阻んでいるような気もする、そうだ非科学的だとね。
「あ~~あっ、どうにもならないな」
牢に連れて来られる時に通って来た廊下からは太陽のような恒星が空にあった。
召喚前、俺が買い物に出たのは深夜だったが、今は昼間だと言うことになる?
「今何時だ?」
ポケットの中を探すとスマホがあった。
まだスマホは使えた、もちろんネットには繋がらない。
時間を見ると、午前三時だった。
そして充電は出来ないからその内使えなくなるだろう。
「あいつら、今頃大騒ぎかもな....」
思考停止は眠りに誘われる、一瞬気を失うようになるのだ。
ハットしてほっぺを抓ると再度考え始める。
「やっぱり鍵となるのは魔法だな・・・」
そうだ『魔法』、これは俺たちの世界では概念すら無かった。
ある意味科学的でないという意味で未知のものだ・・・・
「ダメだ、考えが纏まらない・・・」
どうしようもない状況に眠気に負け始めた。
案外俺は今、道端で寝ているだけじゃないのか?
「そうだ、異世界召喚なんてある訳ない、きっと目が覚めると元の世界に戻っている」
そう思い込んで、眠気に身を任せた。
だが昨日までの三徹の眠気と言っても三日分寝れる訳ではない。
少し肌寒く、カビ臭い匂いで起こされた。
スマホで確認すると午前五時前、あまり眠れてはいない。
思い着いたことが有った、小説の主人が解説していた魔法を使う方法を試してみる。
まずは魔法が使える世界であることを信じる、決して非科学的などと思わないことだ。
魔法の元である魔力、そして理を組み合わせた術式に通すと魔法が顕現する。
ここで重要なのはこの世界の理は分からない、そうだ元素などは意味不明だから術式が曖昧なることを避けよう。
俺たちの科学を中心に術式を整えて行く。
俺はアクアの召喚石で呼び出されたという、ならば水関係の魔法を試そう。
初級だ、まずは水を出す。
水は空気中に水蒸気として存在する、これは目に見えないが、身近に大量にある。
そう雲の中や呼吸した呼気の中にだって含まれている。
まずはこの水蒸気を集めてみる、そうすれば飽和状態になった時水に戻るはず。
水蒸気のイメージ、集めるイメージ…そして水が滴るイメージ…
信じられないことに何度かチャレンジすると魔力を感じ始めた。
何というのかフワフワした気持ちになって術式として注力しているものに作用しているのが分かる。
そして本当に水蒸気が集まり始めた。
続けている内に五分程すると掌がジメッとしてきた。
「出来た、これで出られる!!」
そう思うと嬉しかったのだろう、大きな声で看守を呼んだ。
看守は朝早くから起こされて機嫌が悪そうだった。
「大きな声を張り上げて一体なんだ」
俺は嬉々として説明した。
「魔法が使えるようになったぞ....そら見ろ」
そう言ってさっきと同じことをした。
「なんだそれ、数分待って手に汗かいているだけじゃないか……」
「よく見てくれ、ほら汗じゃない」
「あのなぁ、水を出すならせめてコップ一杯出せよ」
なるほど、数分手を開いて少し表面が濡れる程度だ、汗と言われても仕方がない。
「でも本当に魔法を使えるんだ」
「嘘を言うな、お前が魔法を使っている時に元素が見えないんだよ」
そうか前回、王女が魔法を使う時に元素が見えるとか言っていた。
俺が使う時は違う理なのだ、元素が見えないのは当然かもしれない。
『違う理』、そうか認められない力なのか?、そう考えると絶望が広がる。
『だめだ』そう思ったので黙ってしまった。
「凄いぞこいつ、魔法で汗を掻きやがった、はははは」と言いながら看守は戻って行った。
だが魔法は使えるようだ、そして魔力も何となく感じることが出来る。
だがこの世界では何か大きな魔法を使わない限り俺が魔法を使えることは信じてくれないだろう。
その日の昼間、俺は縛られていた。
多分、そこに繋がれている馬ならぬ大きなトカゲに乗せられようとしていた。
そして嫌みな王女がやって来た。
なんか軽蔑するような眼で俺を見ると、少しバカにしたように笑った。
「今日の朝『手に汗を掻く魔法』をお使いになったそうですね、凄いですわ。そんなポンコツ勇者様にお願いがありますの、これから我が国のためにサンブルド王国へ殴り込んで頂きます。そこで勇敢に戦い見事に死んでください、ではよろしく」
口には猿轡が咬まされているので口答えも出来ない。
昨日の召喚した魔導士がトカゲに乗り、縛られた俺をトカゲの背中に荷物のようにぶら下げた。
「では我が国のために頑張って来てくださいね、ポンコツ勇者様」
そんな王女の見送りでトカゲは走り始めた。
このトカゲは案外早い、ぶら下げられた俺はまじかに地面が物凄い速度で飛んで行くのを見せられて恐怖におののいていた。
そしてあっという間に郊外に出たが、トカゲはそのまま走り続けた。
やがて砂漠地帯に入った。
魔導士は砂漠に入ってから俺に話しかけた。
「まさか召喚に失敗するとはな、俺の出世も閉ざされるな。ある意味お前も不運な奴だな何も知らず死ぬのだからな」
さっきも言ったが、猿轡をされているので話は出来ない。
今の言葉で確定したな、俺は殺される運命のようだ。
この世界に勝手に召喚されて、そして役に立たないと直ぐに殺すとか意味が分からない。
「お前はサンブルド王国へ殴り込みに行くのだ、ただし俺が連れて行けるのはセンタデザートまでで、それ以降はお前が歩いて行くのだ。もっとも魔法も使えないお前の様子ではこの砂漠を渡り切れず途中で力尽きるだろう」
なんだそりゃ?
殴り込めとか言いながら、途中で砂漠に放置するって?
その後も魔導士は暇なのか一人で話し続けた。
「回りくどい殺し方だと思うだろう、勇者を殺害した国は、その元素の召喚は出来ないのだよ、全く困ったルールだ」
要するに自分たちで殺せないから使命を与えて、使命を遂行している最中に死んで貰おうということらしい。
拘束を解こうと何とか頑張るが、きつく縛られているので抜け出すことは出来ない。
このまま砂漠に放置されて終わるのはいくら何でも最悪だよ。
ゴソゴソしている俺を見て話しを続ける魔導士」
「お前が殴り込むサンブルド王国と我がリサンダ王国は長きにわたり戦を続けている、そして両国は、ほぼ戦力的にも同等であった。もちろん両国とも勇者を二人召喚していた」
「不思議に思うだろう五大元素だからな、残りの勇者はセグリエ王国という小国に召喚されていた。我が国としてはセグリエ王国勇者を奪取しようと考えた、それにより世界の勢力図は変わるだろうと考えたのだ」
魔導士は懐から召喚石をとりだし、俺に見せた。
「これがお前を召喚したアクアの召喚石だ。この石はセグリエ王国が持ってのだよ。我が国は戦略を用いセグリエ王国を滅ぼした、その時セグリエ王国の勇者はサンブルド王国の捕虜に殺害させたのだよ。結果我々はセグリエ王国のアクアの召喚石と召喚権利を手に入れたのだ」
魔導士は声を荒げて大きな声で叫んだ。
「周到な準備により手に入れたアクアの召喚石。なのに、なんでお前のような無能者が召喚されるんだ。手順は間違ってなかった、それが証拠に召喚も出来たのだぞ」
あんたらの事情や都合なんて、俺は知らんよ。
それより俺の都合も考えてくれ、もう直ぐ納品なんだ……今となっては間に合わんけどね。
---何を考えて居るんだ俺は命の危機だというのに、二時間くらいの睡眠では、寝不足なので頭がまともじゃないな。
「センタデザートに着いたよ、本当はもう少し向こうだけどな、ここで十分だろう」
俺は砂漠の上に放り出された。
「心配するな、そのままだと俺たちが殺したことになるからな、この剣で縄を切れば良い」
そう言うと短剣を俺から離れた場所に投げた。
「俺たちが居なくなるまで、短剣はまだ取りに行くな。そうそう、この砂漠には虫や動物、魔物と色々居るからな、気を付けるんだぞ。ただ噂だが運が良ければ、『ラミア』とか言う絶世の美女の妖女に会えるらしいぞ、ただし会うと男を食い殺すらしいけどな」
どうしようもない状況で諦めしかない状況。
そして俺は、滑稽な思考が俺を支配する。
確かに俺は童貞です。
絶世の美女は興味ありますけど妖女ですか、食い殺されるのは嫌ですよ。
でも今必要な情報ではありません。
美女の話をありがとうございました。
言うだけ言うと魔導士はトカゲに乗った。
「では俺たちが見えなくなってから短剣を拾え、それとお前の行く方向はあっちだからな、こちらに戻ってくれば、もっと酷い目に遭うと思え」
そう言い残すと去って行った。
砂漠地帯に特化したトカゲなんだろうな早いよ。
短剣を拾いに行くと後ろに縛られ手で拾い上げ縄を切った。
俺にはこの短剣だけが武器だった。
あとは電池切れ寸前のスマホがあるだけだった。
その砂漠では熱波とギラギラした太陽が俺を焼いていた。
「眠いが眠れない、この状況、間違いなく今日死ぬな」
そんな状況だからかさっきのことを思い出した。
どうせ死ぬんだ、本当に美女なら妖女でもなんでも良いや、一目だけでも見て死にたいものだ。