Act6.開成山
よろよろと御堂刹那はクルマから降りた。
「刹那ちゃん、ごめんなさい。私、無責任なことを言った」
「いくら何でも想定外すぎるだろ……」
沙絢と小岸も青い顔をしている。
ハンドルを握ると舞桜の性格は一変した。
開成山大神宮に着くまでの三キロ、ほぼ直線にもかかわらずジェットコースターに乗っているみたいだった。よく事故を起こさずに到着したものだ。
「高尾さん、今後、運転は私がします」
乱れた前髪を手ぐしで整えながら、有無を言わせぬ口調で早紀が言う。
「はい、申し訳ありません……」
ゲンナリした声で高尾が答えた。
良かった、この恐怖は繰り返されないらしい。
「ハハハ、皆だらしないぞ」
「そうだよ、こんなの福島だと普通だよ」
んなわけあるかッ、とツッコミたかったが、やるだけの気力が無い。それにしても、運転している本人は解るが、どうして監督は平気なのだろう。
「お早いですね」
そう言って一人の中年男性が近づいてきた。
「あ、太田さん。お待たせしました」
東雲は、彼が今回のイベントを企画したツアー会社の太田健一だと紹介した。
太田に先導され、刹那たちは大神宮の鳥居をくぐった。
本殿はちょっとした坂の上にある。
『鬼霊戦記』でこの神社は、刹那が演じる娑羯羅と小岸の徳叉迦が登場するシーンに使われている。刹那にとっては思い入れのある場所で、境内に踏み込むと鳥肌が立った。
実物を見て、本殿や社務所、宝殿などの形や雰囲気が、アニメで正確に描写されている事が解った。
ツアーの成功を祈りお参りを済ませると、視界の隅に人影が入った。
違和感を覚え、振り向いたが誰もいない。
おかしい……
駅で嗅いだ白檀に似た匂いとは明らかに別物だが、ここでも不自然な気配を感じた。神社という場所だからか、それとも……
「酔いが残ってるのかなぁ?」
「飲み過ぎですか? 言っておきますが……」
「マネージャー、お酒じゃなくて、ク・ル・マ」
「そうですか」
「そうですよ」
「せっちゃん、ゴメ~ン」
さすがに舞桜は申し訳なさそうだ。
「猛省しろ」
今度は文句を言うだけの精神力が回復している。
「ふぇ~ん」
「御堂、恐ぇ~」
相手は先輩だが、茶化してきた小岸を思い切り睨んでやった。
国道を挟んだ向かい側にある開成山公園に移動した。
この巨大公園には野外音楽堂があり、明日のイベント『鬼霊戦記夏祭り』で使用する。刹那たちが唄うのもこのステージだ。
この音楽堂は、背面が五十鈴湖という池に隣接しており、前面には堀があるため、水に浮いているように見える。
水に囲まれて空も曇っているので、かなり蒸す。明日の本番はもう少し過ごしやすくなっていて欲しい。
時間が無いので、簡単に流れを確認していく。
刹那と舞桜はMCをするため、その間ステージに立っていなければならない。絡みつくような湿気で息が詰まりそうだ。
救いと言えば、この蒸し暑さのお陰で野次馬がほとんど居ないことか。勝手に写真を撮られ、SNSにアップされるのは気持ちのいい物ではないし、準備風景は見られたくない。メイキングビデオのように、ちゃんと作品として編集されていれば別だが。
一区切りついたところで、少ない野次馬の中に変わった少女がいることに気づいた。年頃は一三、四か、ストレートの黒髪の頭に自転車用ヘルメットを被り、白い半袖のセーラー服を着ている。そして、サイクルグローブをはめた手でダークレッドのMTBを引いていた。
「めずらしいね、マウンテンバイクに乗ってる女子なんて」
「そうだけど……」
それだけではない、少女の身体は紅蓮の焔に包まれている。無論、これは刹那だけにしか視えない。
眼を開いている間、ズッと霊視をしているわけではない。幼い頃は制御が出来ず常に視えていたが、今では視ようとした時か、強力な存在が眼の前にある時にだけ視える。
あの少女は後者だ。これほどの異能力者に出会うのは稀《まれ}だ、明らかに刹那より強い能力を秘めている。
眼が合うと少女は恥ずかしそうに視線を逸らし、そそくさとMTBを引いて立ち去った。
あの少女とは、また会うことになる。そんな予感がした。




