龍と星の子
星の子シリーズ。龍と星の子の一瞬の出会い。
それほど大きくない湖の底で、大きな龍がとぐろをまいて寝ていました。いつから寝ているのか龍にもわかりません。前に空を優雅に泳いでみせたのはいつのことだったか。森の奥深くにある湖は、青く透き通っています。昼間は空とまわりの森が水面にくっきりとうつります。夜になれば空の真ん中をのんびり動くお月様や、金や銀の星々がうつって光っていました。
その日はいつもと違っていました。寝てばかりいる龍のそばで、魚や苔や岩やいろんな生き物がささやきあっていました。
(今日は星が落ちてくるよ)
(流れ星だ)
(たくさん、たくさん落ちてくる)
龍は片目をあけて話を聞くと大きなあくびをひとつしました。好奇心の強い魚たちが水面に向かって泳いでいき、ひとめでも星が落ちるのを見たいというのです。
(星なんかみたって面白くない)
龍は丸くなって一生懸命聞かないふりをしました。本当は龍も星のことが気になっているのです。ですが、水面から顔をのぞかせて空を見るなんて、どうもマヌケに思えます。
水の中の生き物が急いで上に向かって泳いでいくのを、馬鹿々々しいとばかりにふんっと鼻息ひとつしました。
(ああ、きれいだった)
(ほんとう、きれいだったね)
(雨がふるように、星がふっていたよ)
(きらきら光って落ちてくる)
嬉しそうに戻ってくる魚たち。龍はしっかり聞き耳をたてていました。
(ふん、たかが流れ星。珍しくもなんともない)
龍は長生きでしたので、もっと珍しいものやすごいものを見たことがあります。一年中、氷に包まれた氷山や、夜でも空でゆらめくオーロラ。流氷の声も、砂ばかりが広がる砂漠も、深い深い渓谷も。こわいもの、美しいもの、汚いもの、やさしいもの。龍はたくさん見てきたので、今さら流れ星を見たところでなんともないと思っていました。
騒がしい湖の中で身じろぎをして何とか眠ろうと息を吐いた時、おおきな声をあげました。
(こっちにくる!)
(流れ星がこっちにくる!)
(いそげ、いそげ、あたったら痛いぞ)
痛いものかと龍は思いました。まわりが逃げていくのを気にもとめず、たとえ流れ星が頭の上に落ちてきてもへっちゃらだとこっそり笑いました。
流れ星は落ちてきました。静かに静かに龍の目の前に。龍は知らんふりを決め込んでいましたが、本当は気になっていました。だからしっかり目を開けて、目の前にやって来た流れ星をみつめました。
(こんにちは、はじめまして)
青い炎が大きくゆらぐなかで、女の子がにこっと笑いました。炎がゆらいだのは一瞬で、すぐに石ころのようなかたまりが湖の水底に降りていきました。
龍は驚きました。星の子が自分に挨拶をしたからです。胸に水晶を抱えた星の子は、どこかの星を選んで降りてくると聞いたことがありました。遠い遠い宇宙を旅した星の子は、地球を選んで龍の目の前に現れました。
龍は星の子が宿っていたかたまりを前足で握りました。どうしてそうしたのか龍にもわかりません。どうしてもそうしたくなったのです。それから龍は勢いをつけて水底から水面に向かって泳ぎました。湖の底の生き物たちが驚くのも気にせず、龍は水の中を駆け上がりそのまま空へと飛び出しました。
ああ、なんてすてきなんでしょう。
たくさんの星々がきらめきながら降ってきます。その中には龍の目の前に現れたのと同じ星の子たちがたくさんいました。さいごの輝く一瞬に人は祈ります。龍はそうやって祈る人たちのことも見てきました。
前足の中で冷たくなっているかたまりを愛おしく眺めます。いつのまにかあふれだした涙を気にすることなく、星の子たちが走って行く中を泳ぎまわります。
(この子はきっと、どこかで会える。星の子は降りた星で命を得て、長い長い旅をすると聞いた)
瞬きする間もない出逢いを龍は長い長い縁になるだろうと気づきました。忘れ去っていた感情が龍の体の中を駆け巡ります。この星を喜び讃え、生きとし生けるものを愛おしいと思えるほどの強い感情があふれ出します。
自分が眠っていた湖を眺めます。こうして空から見るとちっぽけに思えました。
(ちっぽけなのは自分の心かもしれんな)
龍は星の子たちが、どこかの星へ降りる前、大事な水晶を手放すことを知っています。
(お前の水晶はどこへいってしまったんだろうな)
気になりましたがすぐにどうでもよくなりました。長い旅の途中でいつか星の子に会えた時のために、自分はもっともっと龍として成長していたいと願いました。
読んでいただきありがとうございました。