名もなき呪術師の発見
この世界には、魔法とか魔術と呼称される、特異な力が存在する。
その力を操るものは俗に「魔法使い」と呼ばれる。何のひねりもない呼び名であるが、わかりやすいことに越したことはない。
そして、この魔法使いは社会において少数派だ。その力故に優遇され、社会的地位も高いものにあるが、しかし、何かしらの事件が生じた際には真っ先に疑われることが多い。触れずにものを動かせる人間を、如何にして信用できようか。
この話も、科学も魔法も超越した、一つの事件から発生した、極々ありふれた小競り合いから始まった。
「誰だ!? 船を土砂で埋めた馬鹿野郎は!」
早朝のこと、ある漁師の男が鬼や悪魔もひれ伏すような恐ろしい形相で、猛獣を思わせる叫びをあげた。
オルカ=レニア皇国の首都、ヴェージアの海岸線に泊めていた船が一夜にして土砂に埋められる事件――後に「砂山事件」と呼ばれる――の第一発見者である。
彼は教養のない男ではあったが、しかし頭の切れる男でもあった。感情のままに自分の船を掘り起こしにいくのではなく、同じく早朝から働いているであろう、情報流紙(この世界の新聞)を生業とする友人の元に駆けていった。これにより、砂山事件は発見初日から首都中に知られることとなる。
「それで、これですか?」
不満なのを隠そうともせず、呪術師の男は葉巻を吹かす。
「確かにこの一帯はマナが乱れている。いや、穴が開きそうなほどに集束したり、逆になくなっていたりする。明らかに異常だね、だけど、」
男は目を細めて、
「だからといって、僕のせいにされては困る。それによって、何の得があるというのだ?」
目の前の憲兵に対してそう吐き捨てる。推定無罪であると、証拠はないのだと、毅然とした態度で宣言する。反論は出来ないうえに、かといって無理矢理捕まえても国家の損失につながる。
なればこそ憲兵には目の前の呪術師をとらえることが出来なかった。再び静寂が訪れて、呪術師は本来の仕事に戻った。
魔法使いの仕事というものは大きく分けて二つ。
一つは、魔法を使って何らかの実践的な働きをすること。
もう一つは、魔法の研究をすることである。
今回、この呪術師がするのは後者である。
魔方陣や呪符、呪文などを用いて、空気中に存在する魔力であるマナを行使することによって、世界を見る。
それを構成する物質を見たり調べたりするのが、呪術師の「研究」だ。
余談だが、体内で生成する魔力であるオドを作り行使する魔法使いは魔術師と呼ばれ、作り方を変えることによって新しい種類のオドを作ろうと目指すことを「研究」としている。
呪術師と魔術師の違いを科学でたとえるなら、前者は自然界から新たな物質を見つけようとする学者で、研究所の中で新たな物質を作り出そうとする学者、といったところであろうか。
閑話休題。
研究のための魔方陣を書き終わった呪術師は、呪符を片手に言葉を紡ぐ。
世界を構成する四大元素 土水風火 我が力に応じて流動せよ 世界の真の姿を示せ
目には見えない四つの元素が世界をなぞるように動き、写真からノイズを除くがごとく、その形を鮮明にする。
異常はすぐに明らかになった――「空間に穴が開いている」ということ。
「従来の呪では動かない元素がある」ということ。
今までの常識では絶対にあり得ないことだった。いや、その常識の先にある「目的」をついに見つけることに成功したのか。
かつてない速度で思考が切断と接続を繰り返し、常識を更新する。あまりのことに熱を出しそうなほどであったが、己に流れる遺伝子が千年以上前から追い続けた真理に至れた喜びで、発狂してしまいそうだ。
ああ、素晴らしい。
第五元素エーテルは、時空の先にあったのだ、第四軸の先にあったのだ。今度はこれを使う方法を考えなくては。
かの呪術師が発表した論文は魔法使いの間に瞬く間に広がり、ヴェージアに各地各国の魔法使いが集った。かの事件で出来た砂山も、大勢の魔法使いにより、あっという間に片付いた。
こうして、オルカ=レニア皇国は世界随一の魔法大国へと成長し、特に首都ヴェージアは「魔導都市」の異名をとるまでとなった。
皇国歴1893年。魔法歴1219年。この年は、魔法使いの間では、エーテル歴元年と呼ばれる――。




