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ミサイルのある生活

作者: ペニチャッチャ

戦争が始まった。


それは自国の経済的利益や先進国の植民地競走、発展途上国によるテロを端緒とする争いではなかった。


SNSの世界で自らの人生をどれだけ美化できるか、どれだけ幸せな人生を送っているかを競い合う戦争だった。

ある者は見栄えの良いスイーツを、ある者は流行の最先端のファッションを、ある者は一昔前のレコードや奇抜なポップアートを写真に収めることによって、自分は他人よりもセンスの優れた幸福な人間であることを主張した。

その競走に負けた者は、自分自身の存在が誰にも認められない、誰にも気にかけてもらえない透明人間になり、いわば社会的な死へと追いやられてしまうのだった。


ある少年もまた、その競走に負け透明人間になりつつあった。

彼の名は堂山清志といい、17歳の高校2年生である。

クラスメイトの連中はただひたすらに他人が欲しがる物、他人が羨ましがる物を手に入れ、それを写真に収めて周りの人間に見せびらかすことに必死である。

しかし堂山は他人が欲しがる物や、他人が羨ましがる物よりも、自分が良いと思う物、自分が美しいと思う物を手に入れたいと思っていた。

そんな堂山はもちろん、世間一般の幸福とは全くそぐわない人生を送る羽目になり、誰からも認められないひとりぼっちな人間になってしまったのだった。

当然、堂山にもつけぬけるような承認欲求は少なからず存在する、むしろその競走に負けた彼は日に日に満たされない気持ちが募るばかりであった。



いつもと変わらない太陽が東の空を真っ赤に染め、街はにぎわいの準備をしている。

慌ただしく鳴り響いた目覚めしの音に目を覚ました堂山は憂鬱な気分でベッドを抜け出し、眠たい目を擦りながら朝食を食べ始めた。


「あんたいつまでテレビ見てるの、早くて支度して学校に行きなさい。」


母親が洗い物をしながら横目で叱りつける。


「わかってるよ、うるさいなあ。」


殴り書きのような言葉を吐き捨てて、ダラダラと制服に着替え身支度を始める。

テレビではニュースキャスターが、某国がまたもや実験のために弾道ミサイルを日本海に向けて発射したと伝えている。

こんなに悲しいニュースを冷静な態度で淡々と読み上げるニュースキャスターを見て朝からふがいない気持ちになった。

だけど現代人にとってはこのような現実の危機よりも、SNSで自分が敗者になってしまうことの方がよっぽど重大な危機なのだ。


堂山は身支度を済ませ、大好きなブルーハーツを聴きながら学校へと向かった。



1限目は「フォトジェニック」の授業だ。

いかにしてSNS映えする写真を撮影するか、その手法やテクニックを先生が解説している。


「いいか、今の時代はSNSで"いいね"の数を多く集めないと立派な大学へは行けない、むろん良い会社へも就職できない。音楽や映画、景色や食べ物、その本質はどうだっていい、それらをいかに他人よりも優れた写真に収め、他人よりも優れた人生を送っているかをアピールしなければならないんだ、わかったな。じゃあ教科書の127ページの3行目にマーカーを引いておけ。」


堂山は先生の言うことに全く納得出来ない。音楽は心に響く素晴らしい曲を聴きたい、映画は生涯忘れられなくなるようなものを見たい、景色だって心から美しいと思うものを見たいし、食べ物は美味しいものを食べたいと思うからだ。

人類はどこへ向かっているのだろうか、いつからか写真レンズに切り取られたニセモノが本物で、現実世界に実在する本物がニセモノになってしまった。

つまらないものだけがどんどん増えていく、もう誰にも止められない。いつの日か我々はSNS映えのために人を愛し、SNS映えのために子供を作り、SNS映えする棺桶を選ぶのだろうか。


こんなくだらない授業を受けるくらいなら居眠りした方がましだ、堂山は冷えきった木製の机に顔をうずめた。


「おい、堂山!またお前は授業中に居眠りしているのか。たしか、お前はSNSで"いいね"を全く集めていないな、そんな事だと立派な大人になれないぞ。」


「"いいね"を集めることが立派な大人になることなんだったら、俺は一生子供でいいです。自分が好きなものを好きって言っていたいです。」


「なんて態度だ、放課後職員室に来なさい。」


クラスの連中はまるで汚いものを見るかように堂山のことを嘲笑っている。

そんな反抗的な堂山を動画で撮影してSNSに載せ、"いいね"を稼ぐ連中もまた立派な大人なのだろうか。


堂山は放課後、先生にこっぴどく叱られ、大人になれ、とその事ばかりを強要された。

自分の好きなことや欲しい物を捨て、社会が求める形になることが大人になるということなのだろか。


堂山はイヤフォン越しにブルーハーツの歌詞の意味を考えながら家路を歩いていた。


『ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には映らない美しさがあるから』


その歌詞の本当の意味はわからない、だけど堂山にとってこの歌詞は自分を肯定してくれているような気がした。



その日の夜、テレビに緊急ニュースが飛び込んだ。

某国がミサイルを日本めがけて発射したのだった。

日本政府は急な事態に打つ手がなく、その状況を受け入れる他なかった。

ニュースキャスターはまたもや冷静な態度で、全日本国民に、最期の瞬間を悔いのないように自分が思う幸福な時間を過ごすようにと告げた。

ミサイルが発射されて、日本に落下するまでの数分間、日本国民のほとんどが流星のように輝くミサイルの軌跡を写真に収めSNSに投稿し、"いいね"を集めて幸福な時間を過ごそうとしていた。

それはまるで流れ星のように輝く綺麗な写真だった。


いっぽう堂山はその数分間、家族と強く抱き締め合いながら、涙を流し、大好き、ありがとうを繰り返していた。


日本国は科学の進歩と人類の強欲さによって生まれた兵器によって全てを失った。

日本人はひとり残らずこの地球から消え去った。


最後の瞬間を、SNS映えするミサイルの写真を撮ることに必死だった多くの民衆と、家族と愛の言葉を交わし合っていた堂山のどちらが幸せだったのかは誰にもわからない。


ただひとつ言えることは、堂山は、ドブネズミみたいに美しい人生を歩み、写真には映らない美しい最期を遂げたということだ。



リンダリンダ──



おわり。

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