表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

白露の季節に

「かくれんぼ?」

「そう、かくれんぼ」

「そっちが追いかけるんだよ、こっちが隠れるから」

「わかった」

「きっと、見つけてね」

「うん、絶対見つけるから、ちゃんと待っててくれる?」

「大丈夫、約束する」

「絶対、約束だよ」


----------------------------------------------------------------------------


ふと、眩しいなと思った。


瞼の裏に降り注ぐ光の粒に誘われて、閉じていた瞳を薄く開く。

ゆっくりと開いた視界の先には青の世界、瑠璃色に澄んだ空があった。

雲一つない空には凪いだ空気が広がって、太陽はその存在をはっきりと主張し、輝いていた。

とても綺麗だ。

ここは現実ではないのだろうか。

そう考えてしまうほど、空がただ美しい。

ぼんやりとその風景に包まれていると、濁っていた意識が徐々に覚醒し始めた。


夢を見ていたのだ。

とても長い夢のようだった気もするし、そうではないような気もする。

記憶を手繰ろうとするが、眩しい日差しに洗われたそれはもう届かないところへ流されていて、追い付けない。

不思議な気分だった。

見ていた夢は既に蜃気楼のように頭の中から霧散してしまっていて、ほとんど思い出せないというのに。

ただ、ほの悲しい気分だけが残っている。


この気持ちは一体何なのだろう。


「あの……大丈夫、ですか?」


不意に頭上から声が聞こえた。

若い、女性だろうか。細くて柔らかい、耳障りのいい声だった。

体を持ち上げ、声がする方向に顔を向ける。

焦点を合わせると、ゆっくりとぼやけた輪郭がはっきりしてくる。


深緑の木々たちを背景に、少女は立っていた。

自然から滲み出る緑と青の空気でやさしく彩られ、まるでこの場所が彼女にあつらえたように無駄なく、その姿を際立たせている。

例えるなら、天女だ。

そんな神秘的な雰囲気もあいまってか、なにかに取り憑かれたように彼女から目が離せない。


顔立ちは端正に整っていて、それに呼応したかのように華奢な身体つき。

髪は薄い青紫陽花の色していて、よく手入れされているのか艶やかになびいており、それを右肩から一房に纏めて流している。


そして、儚げな雰囲気を纏った、瞳。

例えるならば、脆い硝子細工のような眼をしている。

それがひどく印象的だった


「あの……?」


しばし放心していると痺れを切らしたのか、少女が心配そうな表情でこちらを覗き込んでくる。

なにか返事をしようと考えたが、言葉が中々出てこない。


「気分が悪いのですか? それともどこかお怪我を?」

「いや……」


やっと絞り出した言葉とともに気付いた。自分は、倒れているのだ。

だが、身体に意識を移してみても、特段痛むところはない。

周りを見回すと、生い茂った木々が並び、自分がいる場所を囲うように並んでいる。森の中にひらけた空間があって、そこに自分はいるようだった。

仰向けで倒れていた時間が余程長かったのか、体についた草の匂いが少しきつく感じられ、鼻の奥がツンとした。


「平気な、ようです」

「そうですか……、よかった」


彼女はほっと胸を撫でおろすと、懐から小さな竹筒を差し出した。

見ると、中には透き通った水が蓄えられており、太陽が反射してきらきらと輝いている。

その光景に思わず、ごくりと喉を鳴らした。


「よければどうぞ、喉が渇いてらっしゃるでしょう」

「……ありがとう、ございます」


竹筒を受け散って、中に入っていた水に口をつけた。中身はよく冷えていて気持ちがよく、つい喉を鳴らして飲んでしまう。


「こんなところで倒れていらっしゃいましたから、心配しました」

「……ぷはっ、そうなのですか。それは申し訳ないことをしました。でもこの通り大丈夫ですよ」


口をつけたかと思えば、あっという間に竹筒の水がなくなってしまっていた。

飲み干してしまうとは、そんなに喉が渇いていたのだろうか。自分では気づかないものだ。


「……すいません、中身を全部飲んでしまいました」

「あら、いいのですよ。今日は暑いですからね、仕方のないことです」


彼女は微笑みながら空を見上げた。

空に目を移すと、たしかに太陽が雄々しく大地を照り付けている。遠くでは熱に空気が浮かされ、かげろうもはっきりと存在を主張していた。ひぐらしの声がうるさいくらいで、今思えばこんな中に倒れていた自分が信じられない。


「たしかに、暑いですね。……全然気が付かなかったな」

「もうすぐ夏ですからね。それを差し引いても、今日は暑すぎますけど」


見ると、彼女の肌にもうっすらと玉の汗が浮かんでいた。心なしか頬も少し赤い。

こんな中で気を失っていて、彼女がいなければ衰弱死していたかもしれない。彼女は命の恩人だ。

礼を言おうとして、そういえば名前を聞いていなかったことに気づいた。


「失礼ですが、お名前は?」

「あ、そういえば名乗っておりませんでしたね。私はミトと申します。近くの村で村長を努めております」

「ミトさんですか……えっ、村長?」


言われて、少し驚く。

ミトと名乗った少女を見直すが、とても村長として適当な年齢とは思えない。

せいぜい十と五、六程度の年齢だろう。それが村長とは、どういうことだろう。


「……失礼ですが、齢のほどは?」

「え? ええ、今年で十六になりますが」


別段幼顔というわけでもないようで、ますます合点がいかない。齢十六の娘が村の長になることなど、あり得るだろうか。

思案していると、ミトさんが口を開いた。


「私の住む村はすこし、変わっていますから」


表情で察したのか、少し困ったように苦笑しながら彼女はそう言った。悪いことを聞いてしまったかもしれない。


「……すみません。ぶしつけに聞いてしまって」

「あっ、いえ、いいんですよ」

「それと、助けていただいてありがとうございます。ミトさんがいなければ死んでいたかもしれません」

「そんな、おおげさですよ」

「おおげさではありませんよ。あのまま倒れたままだったら、確実に干物になっていました」


言うと、彼女は笑ってしまった。別段、誇張したわけでもないのだが。


「面白い御人ですね、あなたは。そういえばお名前を聞いても?」

「……名前……?」

「失礼ながら、このあたりでは見かけないので……あっ、もしかして旅の方ですか?」

「ええ……ボ、クは……」


答えようとして違和感を感じ、その数秒後、違和感は確信に変わっていった。

頭の中に意識を駆け巡らせても、それはするすると逃れ、奥の深淵へその存在を隠してしまう。

そうして、頭の中で格闘してみたが、結局のところ無駄だった。

もどかしさと戦うのを諦め、頭で整理をつける。

僕はなんと言おうかしばし考えていた。変に思われるのは避けたい。

彼女に目をやると、会話の間が空いてしまったせいだろうか、きょとんとしている。

僕、はため息をつきつつ決心し、正直に告白することにした。

隠しても仕方がない、結局露呈するのが早いか、遅いかだけだ。


「誰、なんでしょうね……僕……」


そこで、僕は自分の名前すら思い出せないことを彼女に告げた。


初投稿になります。もともとノベルゲーム用に書いていたシナリオです。

文章の粗や、至らない点など色々出てくるかと思いますが、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ