謎の男
━━━━━…
チュン、チュン………
「━━━んっ」
眩しい…でも、あったかい━━
温かいのだ。それはとても心地よくて…フカフカでお日様の匂いが気持ちいい。それなのに━━━…
「━━━おい…おいッ!!」
「…ッ」
な、な、な、なっ!!!
だ、誰!?
フカフカで心地よい眠りを…とてもいい気持ちだったのに、突如として体を揺さぶられ耳元で大声をあげられる始末。誰だというのだ。とその前にまたもや知らぬ場所━━…またしても意識を失ってしまったという事か。目の前には木枠の窓。その向こうには一本の大きな木があった。空は雲一つない青空が広がり、うっすらと三つの月が見えるのだ。
「いつまで無視するつもりだ」
「…はい?」
窓から視線を外し声の主へ向ける。そこに居たのは袖のない服に動きやすそうなズボンを身に纏い、鍛え抜かれた筋肉だと一目で分かる腕、金に近いブロンドの短髪にエメラルドグリーンの瞳の持ち主が見下ろしていた。歳は二十歳前後だろうか。整った顔立ちに似合わず逞しさが滲み出ている。
はて?誰でしょ?
勿論、記憶のない自分には心当たりのない人物である。また意識をなくし起きた時に見た景色の変わり様に頭が追い付かない。何度目であろう。と心の中で思っていたら━━━…
「…はぁ、お前丸一日寝てたんだぞ」
いち、にち?
「悪いな、苦しそうに唸ってたから起こしたんだが…」
━━━…苦しそう?
私はポカポカと温かな温もりを感じていた。決して、苦しい思いなどしてない筈…………
たぶんだけど………
それは置いといて改めてここがどこだか辺りを見回してみた。こじんまりとした室内には、テーブルと椅子、私がいるベットがあるだけというシンプルなものだった。
「で?オマエどうしてあの場所にいた?」
「━━あの場所?」
ピクッという表現が正しいかの様に、右の眉尻をあげる男。彼と会ったことがない身としてはどの場所を指しているのだろうか。いや、自分には知っている場所は一つしか思い当たらない。
「……孤島ルミナス…ですよね?」
「は?」
そうだ。孤島ルミナスという名称しか知らない。ルミナスの名を口にした途端、男は何を言ってるとばかりに怪訝な顔を向ける。そんな顔をされた所で、老婆が言ったルミナスしか知らないしそもそもここはルミナスである筈だ。そうすると、あの森についてだろうか。
「あ、もしかして森で助けてくれたのって」
「━━…俺だ」
「やっぱり…!」
じゃあ…意識なくした私をここまで運んでくれた?
そう思うと恩人以外何者でもない。女神セレーディアと呼ばれ、王獣リーコルンに逢い、そして森に連れられた。土地勘は愚か知り合いすらいない自分にしたら、この目の前の男は唯一頼れる存在でしかない。
「オマエ…ルミナスって言ったよな」
「?…違うのですか?」
「違うな」
ルミナスじゃない。そうするとここは一体何処だろう。男を目を白黒させ見ていると。
「ここは王都メリールンの外れに位置するムスタ町」
「━━━…ムス、タ?」
「オマエが居たあの場所は、神聖領域に指定されているエルサド森林内にある祭壇だ」
「え…えっ?」
待って欲しい。じゃあここは孤島ルミナスじゃないって事?
自分はいつそんな場所に来たというのだろう。頭が混乱し体から血の気が引くのが分かる。きっと今自分の顔は血色がないだろう。よくよく考えたらルミナスっていう島じたいに居たという保証もないではないか。
「あぁ……うん。いや、オマエの顔見て分かったわ」
何が?なんていう前に男はどうしたものかと眉間を抑え考え始めてしまう。
確かに老婆が言った孤島ルミナスに居たときの草木と違った草木が見られる。それでも記憶のない自分にはこの世界について知ってる事なんてない。それはずっと思っていたことだ。老婆に連れられた祭壇で、思い出そうと思った時に生じた頭痛━━━あれでリーコルンに逢った。そうなればまた頭痛が生じれば逢えるのかとも考えたが、意識をなくしては意味がない。
「あの…」
「ん?」
「この部屋は?」
「俺の部屋だ」
お、俺の部屋━━━!?
「…す、す、すみませんっ」
ベットから急いで降りようとすると、男の手がそれを制した。まだ寝ていろと言っているようだ。俺の部屋だと言われて、はいそうですかとお借りします。などそんな図太い神経は生憎持ち合わせてない。
「倒れた奴をほっとく程、薄情じゃねぇよ」
そういう事を言いたいわけではない。言いたいわけではないが……ここはありがたく使わせてもらおう。
「で?オマエ、ルミナスって言ってるが、なんであんな場所にいた」
「…それは」
信じてもらえるだろうか━━━
老婆達に追われ、光に包まれたと思ったらあの森に居たと……自分でも信じられない状況に、男が信じてくれるのだろうか。そう思ったらなかなか口を開くことが出来ない。
「訳を話してくれるまで、オマエをここから出すわけにはいかない。話しても事と次第によっては、王宮に報告させてもらう」
「……ッ!」
王宮━━もしも、王宮に行けば私の事を知っている人がいるのではないだろうか。孤島ルミナスでさえ、老婆や島民達が知っていたのだ。王宮の人達が知らない筈がない。話してみるべきだろうか。会って間もないこの男に…━━━
しかし記憶がない自分が出来ることなどたかが知れてる。ここは男を信用するのが一番か。と恐る恐るそしてゆっくりと、ベットで目が覚めるまでの出来事をなるべく詳しく話した━━リーコルンに逢ったという事以外を除いて……。頭が可笑しいんじゃないかと思われても可笑しくない話を…だ。
それほどの事があったのだ。だが、予想に反し男の反応は、思い詰めた顔で何かを考えていた。
「女神…セレーディア……か」
やはり話さない方が良かっただろうか。そんな事が脳裏をかすめた。ハァと溜め息を小さく吐く…なんだか体が重く感じる。逃げ出したい衝動に駆られ、シーツを無意識に強く握りしめていた。
「━━━…王の話は…本当か………」
男が呟いた言葉など、現実から目を背けようとしていた彼女の耳には入ってこない。
「一つ確認してもいいか?」
「私が、答えられる事なら━━━」
「老婆が言ってた紋様だが、今もオマエの額にはない。でも最初老婆は“セレーディア”そう言ったんだな?」
「……えぇ」
忘れる筈もない。あの豹変ぶりに加え、人外などと言われたのだ。老婆の人が変わった光景が脳裏に焼き付いて離れないでいる。
しかし紋様については自分で確認したわけでもないから、あったかどうか定かではない。自信を持ってあったとはどうしても言えないのだ。
「森で神咎に襲われた時、何を思った?」
森で…襲われた時━━━
その問は、心当たりがあって言っているようにも聞こえるが、女神の事など歴史書等で語り継がれている絵空事と変わりはしない。誰もそれを見たことがないのだから。
…あれ?
何か私は重大な事を忘れている気がする…………
『━━━話しても事と次第によっては、王宮に報告させてもらう』
男はさっきそう言ってたではないか。記憶がなく何も知らず不安だったからと、何故この男を信用し全て話してしまったのだろう。王宮は前世であるセレーディアが信頼していた国の重役達がいた場所だというのに……━━━━━
セレーディアが亡くなって百年近く経つ今では、その重役達も亡くなっている可能性が高いが、その子孫はいる筈だ。そんな場所へ行ける訳がない。王宮などへ行ってしまったら重役達の子孫に自分も殺されてしまうのではないかと思考が働く。考え出したらここを早く離れなければと体が動いた。が、男が居てはすぐに捕まってしまう。そうなれば結局は王宮へ連れていかれてしまうのだ。ではどうしたものか…男がいない間に逃げるしかない。
「あ、あのっ!!」
「なんだ?」
「じんきゅうとは何ですか?」
逃げる前にとりあえず知っておくべき情報だけでも知っておかなければ━━━…また奇妙な怪物に襲われてはたまったものじゃない。
「…神咎も知らねぇのかよ」
「すみません……」
「いや、謝ることじゃない。そうだな神咎は、神を神と思えなくなった奴らの末路━━━…とでも言えばいいか」
━━━━神を神と思えなくなった?
それは、どういう…こと?
「と、それよりも俺の質問に答えてもらおうか」
「…えぇと」
「神咎が現れた時何を思ったか、だ」
質問されていたのを忘れていた彼女は、王宮に連れて行かれてしまうのではという不安を抱え、男の質問に答えるのだ。
『やめて』『傷つけないで』『逃げて』
と思った瞬間光に包まれた事を……━━━━━━