女神降臨 セレーディア
━━━むかーし昔のお話……
そう…この話が紡がれるずっと前の話。
嘘のようで本当に起きた出来事は、子供達の童話になり受け継がれるようになった。
しかし、それが真かという事を知る者は━━
……もう、いない。
300年程前の事━━
王都メリールンには、王獣が存在していた。
神々しい姿の王獣はまさに神の使いのよう。白銀の鬣がしなやかに靡き、馬のような姿に背中には大きな翼が生えている。おでこと思われる所には金色の角が一本。
その名は…━━
王獣=リーコルン
リーコルンは気高き王獣。姿を見れるものは極限られ王族の中でも王のみがリーコルンと逢うことが許されていた。その為、民達はリーコルンの銅像前で祈り捧ぐのだ。
王とて頻繁に会える訳でもなく、玉座に設置された鈴が鳴り響いた時だけ会えていた。鈴の音は、不規則に鳴りいつリーコルンに会えるかは分からない。明日も会えれば一週間後になったり、長い時で一ヶ月にもなる事も……
規則性がなく、リーコルンの気分次第と思われていた。しかし、気分次第とは半分は当たっており、残りの半分は王都へ忠告━━助言に近い事を言いに来るのだ。
この国、ハジャールが無くなってしまえばリーコルンは生きている事が出来ないから……。リーコルンは話す事は出来ないが、王と念話の様な感じで意志疎通が図れた。
それにより王はハジャールに何かよからぬ事が起きる前に、リーコルンによって知ることが出来ていたのだ。
━━…少女が現れるまでは
少女こそ童話になった人物であり、永きに渡り民達に信仰される事となった人物。
王都メリールンがある国ハジャールは、リーコルンの恩恵を承け数千年近く続く大国家である。
四季があり自然豊かな国には、砂漠地帯や渓谷地帯、森林地帯と広がりその各地にはリーコルンの棲みか(祭壇所のような場所)が存在する。その為、人々にとても親しみを持たれている王獣でもあった。
王獣はリーコルンだけにあらず。
世界各国に、自国の王獣が存在していた。王獣の存在こそ世界を保っていたと言っても過言ではない。
そんな時だ。
ハジャールの王シェガール=バル=ハザールがリーコルンより助言を承けたのは……
“…………”
「い、今…なんと?━━…なんと仰ったのか!?」
“……………”
「……いや、しかしッ!」
“………”
「まッ……待ってくれ!━━それは誠かっ…?」
地上から離れた王都一高いと言われる謁見の間にて、シェガールはリーコルンと逢っていた。
リーコルンがいる場所は、外と繋がるバルコニーに似た造りとなっており、王がいる場所とは腰くらい床が高く見下ろす形だ。
「この国は━━…一体、どうなるんだ……」
弱々しいシェガールの言葉は、部屋に入ってきた風と共に消えていった。
既に居ないリーコルンの面影を探すように、暫くの間シェガールはその場にいるのだった。
暫くして王宮内へと続く扉に歩き出し、百段高くある階段を駆けていった。
「シャガルディー!!シャガルディーは居るかっ!」
「ハッ!シャガルディーはここに…」
何処からともなく現れたシャガルディーという男。
片膝を折り跪く姿は、王に忠誠を誓った騎士の様。
「今すぐ国土全域の総領を集めてくれ!期限は一週間だッ!」
「…━━承知」
さっと踵を返しシャガルディーは部屋を後にした。
王があのように焦るなど…
よっぽどの事が起きたという事か━━━
シャガルディーは先程の出来事を巡らせながら長い廊下を進んだ。これから国を…いや、世界をも揺るがす事が起きてしまうのではないか。そう考えずにはいられなかった。
なにせ他国が戦争をけしかけて来ようとも眉一つ動じぬシェガール王が、あそこまで取り乱すなど、シャガルディーは見たことがなかったのだから━━━
リーコルンから何かよからぬ事が起きると助言が下ったのだと、安易に予想は出来るがそれが何なのかまでは、例え“国一の頭脳 ”
と謳われる宰相といえと知り得ぬことなのだ。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
時を同じくして、ハザール国の南東に位置する孤島ルミナスに異変が起きていた。
突如、島全体が光に包まれたのだ。島民は皆、異様な状態に恐怖し島が消えてしまうのではないかと思ったのだ。だが光は、すぐにおさまるといつもと変わらない景色へと戻った。
皆安堵したのも束の間、「あ、あれ!」と一人の少女が空を指差したのだ。
肉眼では“それ”が何なのかすぐには分からなかった。
しかしゆっくりと舞い落ちる様は、神か天使が来たのではと錯覚してしまう程、輝き満ちており天国への階段と呼ばれる光の柱が出来ていた。
時間にして五分も無かったであろうが、時間がゆっくり過ぎていく感覚でそれを皆見ていた。
「━━━━女神、さま」
誰かがそう口にした。
「…きれい」
「なんと……」
誰もが口々に溜め息が溢れる。それ程見惚れてしまうくらいに神秘的な姿で空から一人の女性が舞い降りたのだ━━━
ゆっくりと横たえた躰。
髪は光と混じりあい輝くブロンドにウェーブがかかった腰までありそうなロングヘアー、四肢はほっそりと長く色白い。顔は瞼が閉じられ瞳までは分からないが、ほんのり色づいた頬に程よい彫りは美女と言っていいだろう。
「め……女神、さまッ!?」
「女神様っ━━」
「………女神さまが━━ 女神様が舞い降りたぞォォ!!!」
呟き声が伝染し島民が女神様が舞い降りたと奉った。
歓喜の声が響くなかで一人また一人とあまりの出来事に、感極まり涙を流す者が後を絶たなかった。
女神と呼ばれた美女は、地面まで残り数メートルの所まで来ると横たえた躰が縦に動き、胸の前で組まれていた指がほどかれるのと同時に瞳が開かれた。
ゆっくりとそのまま地面へ足をつけると力が入らないのか崩れ落ちる。近くにいた島民が慌てて駆け寄り躰を抱き起こした。
「━━あぁ、あああぁ……な、なんと」
一人の老婆が美女の額を見てわなわなと震え出す。
「……セ、セレ━━━セレーディ、アさま」
【セレーディア】
この国、太古より受け継がれし神話に登場する女神の名前。
女神は民を導き照らす存在として愛されていた。民が滅び行く危機には立ち向かう勇気と希望を与えたと言い伝えられている。天気による異常気象が起きれば、移動するようお告げし伝染病が流行れば薬草の繁殖場所を告げるなど民に寄り添う女神だった。
そのセレーディアには額に複雑に描かれた模様が印されてあった。十字架、五芒星、薔薇さまざまな模様が組合わさり出来上がった模様は一目でセレーディアだと分かる事だろう。
それがまさに、今目の前にいる美女の額にあるのだ。驚かないわけがない。そして、皆が思うのだ何か良からぬ事が起きるのではないかと……━━━━
「━━━……ん」
「セレーディア様…お気付きですか?」
「…こ、こは」
「ここは孤島ルミナスでございます」
セレーディアと言われた美女は首をゆっくり動かす。
ここは何処なの……
それにセレーディアって━━━
だれ…?
私は━━誰?私がセレーディア?
目を開けた光景は、多くの人に囲まれているのだ。混乱するのも無理はないだろう。しかしどうやらそれ以外にも問題はあるようだ。
「あの、」
「セレーディア様━━どうか私共に導きを……」
重なる言葉。老婆の言葉を合図に皆がセレーディアを前に跪いていくのだ。
これは一体どういう状況だろうか。
ますます頭は混乱していく一方だ。
「セレーディア様、どうされましたか?さぁ我々に導きを下され」
老婆が再度促す。自分が今どういう状況におかされているか分からない状態で、導きをと言われどう答えられるだろうか。
セレーディアは、異様な光景に驚愕し口元に掌を持っていくと声にならない声を挙げた。
島民の希望に満ちた瞳が尚更言葉を紡げなくさせていた。
暫くし老婆、島民達もセレーディアの異変に気づき始めた。震え声も出せないでいる。言い伝えとは異なる事に老婆は眉間に皺を寄せるが、それもすぐに頭を振り自分達が何か失態したのではと考えたのだ。
「申し訳ありませぬ。何か粗相があったのでしょ」
「………」
「さぁ、此方へ。貴女様の祈り場へ」
有無を言わせぬ老婆の迫力に、力の入らぬ足で支えられながら祈り場と言われる場所に連れられた。
祈り場とは名ばかりで、数段の階段を上れば大きく平らな石が置いてあるだけ。外にあるそれは雨風凌ぐ物さえない殺風景な場所だ。そこに両脇を支えられ連れて来られると、平らな石の上に一人だけにされた。
「昔、貴女様が使われていたとされる場所です。此処でなら貴女様の力も発揮されますでしょ。さぁ遠慮なさらず我らに導きを……」
遠慮なんて全くしてない。
寧ろ島民達の方が少しは察して欲しい、というか遠慮して欲しい。そんな事を考えられるくらい少しは頭の混乱も収まってきた。さて、この状況はどうしたものか。美女は分かっている限りの情報をかき集めて考えてみる。分かっているのは、自分の事をセレーディア様と呼ぶこと。そしてここが孤島ルミナスである二つだけ。これでは情報が少な過ぎる。では、自分はどうやってここまで来たというのだ。思い出せ。考えろ。目はしっかりと老婆達を捕らえたまま頭を巡らせた。
「……━━━━うッ…」
「セレーディア様…?」
ズキンッとこめかみ辺りが痛みだした。
“……………”
「あ"ぁぁぁ……」
“……………”
“何か”が頭の中に響いてくる。それが何なのか分からないが、聞き取ろうと思う程、頭が割れそうに痛くなっていくのだ。堪らず、石の上で頭を抱え痛みに耐えた。
“……め………じゃ……”
「……!?」
すると今度は微かだが、声が聴こえる。
この声を聴かなければいけない、そう直感した。しかし、頭の痛みが酷すぎる余り聴き取る前に美女は、意識を手放した。
目が覚めた所は、真っ白い世界だった。
「……」
真っ白い世界にポワーンっと暖かな光の玉が現れた。手を伸ばすと触れるか触れないかぐらいの距離。すると光は少しずつ形を成していく、その姿はシェガールが逢っていたリーコルンだったのだ。
“漸く……逢えましたね”
「…貴方は━━?」
“人々は私をリーコルンと呼びます”
「リーコルン……」
リーコルンは跪きセレーディアに頭を垂れた。
“貴女に逢えるのを……ずっと待ってました……”
「……━━━私に?」
“貴女は、世界を変える”
「………」
“変えなければならない”
「私は一体━━━」
“……貴女は前世、セレーディアと呼ばれてました”
またセレーディア━━━━
“ですが、“貴女”はセレーディアではありません。セレーディアの魂が転生し女神の力を宿したのです。…………貴女とセレーディアでは大きく違うところがあります”
「………」
“━━━力そのものが異なるのです”
「━━?」
漠然とし過ぎていてよく分からないというのが本音だ。
女神の力、それは恐らくあの老婆が一心不乱に自分に願っていた事の事だろう。
“セレーディアは祈りを捧げることで安らぎと祝福を与えてました……安らぎは人々の心を癒し穏やかに、祝福で何不自由ない暮らしを…━━そして全ての災いから人々を救っていました”
《女神》としてこれ以上ない素晴らしい女神ではないか。
そんな女神が居たのなら誰だってすがりたくなってしまう。
“女神と奉られていたセレーディアですが、肉体は普通の人間と変わりないのです━━━この意味がお分かりですか?”
「……ッ!セレーディアは━━━」
“傷を負えば血が流れ、致命傷であれば━━セレーディアは、彼女を利用し悪に手を染めた“国の重役達”に殺されたのです………それから月日は流れ彼女のいない国は壊滅的なまでに陥った。”
何となくだが、セレーディアの境遇については、少し知る事が出来たし、能力というのも分かった。しかし、それと私とはどういう関係が…
“天に召されてセレーディアは悲しみ怒り、転生するのを拒んだのです。天に召された女神は数年の時を空けた後、前世の記憶を宿したまま転生するのです━━━しかし……”
「━━…彼女は記憶までも拒んだ」
“……えぇ”
「嫌に…なってしまったのね」
“彼女は願った━━ 一人の人間になりたいと…━━━しかしそれは叶わぬ願い。女神は彼女をおいて他にいないのだから。一人の人間になることは叶わずとも“記憶”ならと……創造主は記憶を消し悲しみが癒えるのを待つことに決めたのです”
リーコルンの話からは“私”について一つも話されてない。彼女に起こった断片的な物事しか聞かされてない。
彼女の魂が今、私として此処にいるというそれだけ。
リーコルンは一体私に何を伝えたいと言うの……?
“魂は彼女だとしても貴女の世界です。貴女の目で耳で足で…何を想い何を感じ何をしたいか、貴女の思うままに生きてください。そして世界を救って欲しい━━━セレーディアが諦めた世界を……”
それを機に少しずつリーコルンの姿が薄くなり始めた。
「……ッ!待ってっ!」
“貴女の力、貴女自信の事は━━自ずと貴女が見つけていくでしょう。私に言えるのはこれだけ………”
「━━え…?」
“また…逢えるのを楽しみにしてますよ、最後に北西を目指しなさい━━━貴女を救ってくれる者が待っています”
小さくなる影と声。最後には辺りを白く覆われていた空間が少しずつ晴れていき、老婆に連れられて来た祭壇だと気付いたのは目を開いてたからだ。