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最終話 それは終わりではなく

―― 自分の居場所は自分で作る!

 それはある意味、生きる為のモチベーションだった。

 8人兄妹の末っ子であるモエは大家族が故に家では家族にあまり構ってもらえず、学校でも『貧乏人』とイジメられていた。気の強さが災いして孤立することも少なくなかった。それでもモエは、精一杯、積極的に行動しようと努めてきた。それは繊細な内面が傷つくことを避ける為の虚勢だったのかもしれない。

 そんなモエにはトラウマがあった。ふとした時に、どうしても忘れることが出来ない記憶が呼び起こされてしまう。それは幼い頃に襖を隔てて聞いてしまった母と姉のやりとりだ。

 次女が母に訴える。

「ウチ等のお古ばっかりで可哀想すぎるで、お母ちゃん」

「そやかて、お父ちゃんの給料上がらへんし、お母ちゃんのパート代もこれ以上増えへん」

「施設にやった方がマシかもしれへんで」

「せやな。他所にやった方があの子の為なんかな」

 その後も何か言っていたような気がする。だが、強いショックを受けたことで続きが耳に入ってこなかったのかもしれない。

『自分は要らない子供。他所に行かされるかもしれない』

 この家に不要だと言われて、しばらく立ち直ることが出来なかった。ただ、その一件がきっかけとなって、モエは『自分の居場所は自分で作らなくてはならない』と考えるようになった。そしてそれを実践することで少しずつ精神的に強くなれたような気がした。おかずの奪い合いひとつとっても兄や姉に遅れをとってはならない。イジメられても下を向いてはいけない。言いたいことを我慢しないで勇気をもって口にすることも重要だ。大家族の中で自分の存在を埋没させないように、学校でいじめに負けないように、モエは意識して自らの存在をアピールするようになった。

 

 ここに来るまでのわずかの時間に、モエは梢から奪った武器と能力を確認してみた。梢の武器は電撃を放つ棍棒だ。彼女はモエに殺される直前にそれで利恵を感電死させた。利恵はそれまでに和佳子と玲実から武器と能力を引き継いでいた。武器の所有権が移転することから、その流れでモエが戦斧の他に手にすることができる武器は、電撃棒、ハンマー、トライデント、グレネードランチャーということになる。身体に出来た痣をタップして一通り試してみたが、それらの武器は確かに使いこなすことが出来た。次に特殊能力だ。梢の能力は恐らく危険察知能力、利恵は怪力、和佳子は投てき力、玲実は自己修復的な治癒と考えられる。そこにモエ自身の能力である驚異的なダッシュ力とジャンプ力が加わる。

「なんか、とんでもないことになってもうたな……」

 まさかこんな形で戦闘力を得るとは思っていなかった。だが、逆にイリアはそれ以外の武器と能力をすべて持っていることになる。

「……勝てるかどうか分からへん。けど、負けたない!」

 

    *    *    *


 石碑でワープした先は破壊され尽くした町だった。

 乾燥しきった白っぽい背景……ひと目見て連想したのは中東の紛争地帯だ。元は町であったことは分かる。だが執拗な砲撃によって家々はどれも原型を失っている。視界を埋め尽くす瓦礫のせいで町全体が巨大なゴミ集積場になってしまったように感じられる。辛うじて残された家屋の残骸は、まるで瓦礫の中に生えたタケノコの群れのように見えた。あまりに破壊が進んでいるせいで時代や場所を特定することが難しい。何百年も前に滅亡した町の遺跡だといわれても驚かない。

 そんな光景を眺めてモエは「酷い所やな」と、苦笑した。

 その隣で唖然としていたイリアが呆れる。

「これが最終決戦の為に用意された舞台ねえ……」

 ふと気付くと2人の近くに石碑は無かった。本来なら対となっているはずの石碑がここに無い。ということは、ここから雪の町には戻れない。つまり、一方通行ということなのだろう。

 それを知ってイリアがため息をつく。

「どちらかが倒れるまで帰れないってことかしらね」

「せやな。ウチらが最後や」

 イリアはそれを聞いて首を竦める。モエもやれやれといった風に首を振る。

 モエは戦斧を、イリアはハルバードを持って共に元の位置から数歩離れた。

 少し間合いを取って対峙する形でモエが表情を引き締める。

「んじゃ、そろそろいくで」

 そう言ってモエは戦斧を握り直した。そして「はあああああ!」と、気合を入れる。すると彼女の全身が淡いピンクの光に包まれ、防具が出現した。膝から下にはブーツ、腕、肩、胸、腰に棘のあるプロテクター、そしてヘッドギアがモエに装着されていく。

 モエが変身する様を見てイリアも全身に気を漲らせる。

「ふうううううっ!」

 イリアは青白い光の中で防具を身にまとう。望海を倒したことでイリアの防具は一段と複雑な造形に変貌していた。

 モエとイリアは互いの格好を見てため息をついた。

「なんや。アニメみたいやな」

「好きでこんな格好してるわけじゃないけどね」

「なんか、よう分からんけど、遠慮なくやらせてもらうで!」

 そう言うや否や、早速モエがダッシュで接近してくる。

 イリアはハルバードを斜めに構えて迎撃態勢を取る。

 モエは斧を振り上げて真っ直ぐに突っ込んでくる。イリアはハルバードの先端を少し前に突き出してモエの突進を呼び込む。

「うぉおおっ!」と、モエは高くジャンプした。強化された脚力でのジャンプは垂直に2メートルは飛んでいる。

「高っ!?」と、イリアが仰天しながらハルバードを頭上に掲げる。

 モエは高さを利しての振り下しを狙っている。が、モエは空中で左腕の痣をタップして武器をハンマーに持ち替えた。

「あっ!?」と、イリアが驚くと同時にモエのハンマーが強烈な勢いで落ちてきた。

『バキィッ!』

 ハンマーヘッドがハルバードを叩き落とす。イリアのハルバードでは受けきれるはずがない。

 まさかハンマーでくるとは予想していなかった。ハルバードを落としてしまったイリアは「ぐっ!」と、顔を歪めると後退しながらタップで大剣を取り出した。重いハンマーに対抗するには大剣しかないと考えたのだろう。

 勢い余ったハンマーヘッドは『ドゴォン!』と、深く地面を抉った。粉々になった瓦礫が周囲に激しく飛び散る。モエは着地と同時にハンマーを持ち上げると今度はバットのスイングのようにそれを振る。

 イリアは重力に逆らわないように大剣を縦に振り下す。

『ガンッ!』

 まるで車が正面衝突したみたいに大きな金属音が生じた。ハンマーヘッドと大剣の刃が拮抗する。重量的には互角だ。

「うりゃああ!」

「うあああっ」

 互いに相手武器の圧力を受けながら必死で武器を振り回す。華奢な女の子がやたらと大きな武器で戦う姿はスピード感は無い代わりに悲壮感が漂った。

『ガッ!』『ガキンッ!』『ゴッ!』と、二度、三度と火花が散るような衝突が起こる。

『ポフン!』と、先にモエのハンマーが13秒ルールで消失。続いてイリアの大剣が消失する。

 モエはすかさずトライデント、イリアは双剣を取り出す。

「うりゃあああ!」と、モエが突きを繰り出す。

「くっ!」と、イリアが双剣でトライデントの鉾先を叩く。

 攻めるモエ、受けるイリアの構図で互いの武器が激しくぶつかり合う。

 13秒経過でトライデントが消失したところでモエがいったん距離を取る。そしてグレネードランチャーを構えた。

「喰らえっ!」と、モエが撃とうとした瞬間にイリアが手の平を突き出して「ハッ!」と、衝撃波を出す。

「くそっ!」と、モエが体勢を崩しながら身体を右に傾ける。見えない衝撃波の直撃は免れたが、風圧を顔に受けてモエの髪が跳ね上がる。

 それを見てイリアが「交わされた!?」と驚く。

 モエはそれを桐子から2回喰らっていた。見えない衝撃波を避けるには手の平が向けられてからのタイミングが肝要だ。運動神経の良いモエはそれを学習していたのだ。

 グレネードを撃てなかったモエはイリアに背を向けて走る。それを追うようにイリアはハンドガンを取り出してすぐさま連射する。

『バン!』『バン!』『バン!』

 ハンドガンの弾は走るモエの背後を抜けていく。

『バン!』『バン!』

 5発目の弾丸がモエの肩口で跳ねた。が、崩れた壁の向こう側に逃げられた。そして一寸の間を置いて崩れた壁の穴からグレネードの弾丸が飛んで来た。

「マズい!」と、イリアが身構える。

『ズガーン!』と、耳をつんざく爆音がイリアを襲う。爆風で身体を持って行かれる。イリアの身体は扇風機の風に飛ばされたティッシュペーパーのように舞い、瓦礫に背中を打ちつけられた。

「ううっ」と、イリアが辛うじて起き上がる。結界バリアがなければやられていたかもしれない。

 立ち上がると同時に、そこにトライデントが飛んで来た。

「危なっ!」と、イリアが横飛びで避ける。

『ザンッ!』と、トライデントは瓦礫の山に突き刺さる。

 イリアはそれが飛来してきた方向に目を向ける。と、その時、こめかみに『ガッ!』と衝撃を受ける。

「あうっ!?」

 何が起こったか分からずに目の前が真っ赤になる。

 視力が回復するのを待ちながらイリアは動き出す。そこに大きな石が続けざまに飛んできくる。モエが遠距離から石を投げてきたのだ。

 投石を避けながら移動するイリアはモエの姿を捉える。そして痣をタップして瞬間移動した。

 イリアの姿が消えたのを見てモエは「それかいなっ!」と、手にしていた石を捨てた。そして、危険察知能力で背後からの気配を感じ取ると、反転しながら軸足の左で地面を3度蹴って横に回避する。その結果、背後からのイリアの槍は空を切ってしまった。だが、イリアは素早くショットガンを取り出すと逃げるモエを追うように発射した。

『バンッ!』

 散弾が何発か当たった。だが、防具が効いている。モエの身体に到達した散弾は1発か2発だ。

「うげっ! くそっ! めっちゃ痛いやん!」

 逃げるモエに向かってイリアは2発目を放つ。

『バンッ!』

 若干、狙いが雑になった。散弾の範囲はモエを捉えるには至らない。

 モエは回転して壁の死角に転がり込み身を隠す。そして被弾した右の太ももに手をあてて治癒を行った。『シュゥゥ』という音と共に痛みが和らいでいく。

「これ……凄いな」

 傷を治しながらモエはら次の手を考えた。

「やっぱ強いな。どないしよか……」

 モエは崩れた壁の隙間からイリアの周囲を観察した。イリアの左手にL字型に残された壁がある。

 作戦を思いついたモエは、音をたてないように投げられそうな石を拾い集めた。そして壁から半身だけ出して次々とそれを投げ込んだ。和佳子譲りの投てき力の効果はてきめんで、ソフトボール大の石が野球選手の送球並に鋭く飛んでいく。

 攻撃に気付いたイリアが左手に動き出す。それを追うようにモエは石を続けざまに投げ入れる。そして最後にトライデントを放り込んでイリアを瓦礫の壁がL字型になっている角に追い込んだ。

「よっしゃ! そこや!」

 モエは壁の死角から飛び出てグレネードランチャーを撃ち込む。

 グレネードの弾は真っ直ぐにイリアに向かっていく。が、狙いが外れてその手前で地面に着弾してしまった。

『ズガーン!』

 爆音と猛烈な土埃が視界を塞ぐ。イリアは結界バリアでダメージは抑えたものの、またしても強烈な爆風で体勢が崩れる。

 それを見たモエが「今や!」と、ダッシュする。

 土埃を突っ切り、得意のダッシュ力で急接近すると、目前に迫ったイリアに向かって電撃棒を突き出した。

「クッ!?」と、イリアは超スピードでそれを回避。が、電撃棒の放電による『バリバリッ!』という広範囲な攻撃に左腕を引っ掻けてしまう。

「あうっ!」

 強烈な痺れでイリアの足が止まる。

 すかさずモエが「もろたで!」と、戦斧をイリアの頭上に振り下す。

 が、そこでイリアの赤い目と目が合ってしまった。

「しもた!」

 金縛りでモエの動きが止まる。

 逆にイリアが双剣に切り替えて動けないモエに斬りかかろうとする。

 と、そこに上空からトライデントが降ってきてイリアの足元に『ザンッ!と、』突き刺さる。

「なっ!?」と、イリアの足が止まる。トライデントは彼女とモエを遮るように突き刺さっている。イリアは驚愕したが、モエは戦斧で切りかかる直前に真上にトライデントを投げていたのだ。高く上がったそれは時間差でイリアを狙って落下してきた。モエは電撃、戦斧、トライデントによる2重3重のフィニッシュを狙っていたのだ。

 その畳み掛けるような連続攻撃にイリアは恐怖した。強張った表情でハルバードを取り出すと、モエを追い払うようにその先端を振った。だが、その攻撃に鋭さは無い。まるで虫を追い払おうとしているような動きに見えた。

 イリアの緩慢な武器の捌きをチャンスと見てモエは、ハルバードの先端を掴むと利恵譲りの怪力で「うおりゃああ!」と、力任せにハルバードを振ってイリアを吹き飛ばした。

「いやっ!」と、イリアがハルバードを手放して尻もちを着く。

 そこにハルバードの槍がイリアの左わき腹に『グサッ!』と刺さる。

「うぐっ!」と、呻くイリア。そして「な、なんで!?」と驚愕する。イリアにしか扱えないはずのハルバードで攻撃されたことが理解できなかったのだ。だが、モエは重くて持てないはずのハルバードを怪力で持ちあげることができた。

「そ、そんな……」

 イリアが脇腹に刺さった槍を抜こうと両手でハルバードに手をかけた時だった。すかさずモエがハルバードに電撃棒を当てた。

『バリバリバリッ!』

「あっ」

 イリアは咄嗟にハルバードから手を放しながら瞬間移動で回避する。が、またしても少し電撃を食らってしまった。移動した先でガクンと膝が地面に着いてしまう。

「痛っ……痺れが……」

 イリアの手の平は籠手で防護されているものの、電撃の痺れが重いダメージとなっていた。

 攻勢に出たモエは冷静にイリアの移動先を探す。そして見つけた。

「逃がさへんで!」

 ここが勝負どころとみたモエはダッシュでイリアに接近する。

 イリアはふらつきながらもタップで鎖鎌を取り出すとそれをモエの方向に向けた。そして「クッ!」と、手の平に力を込めて衝撃波で鎖鎌を遠くまで飛ばす。

「食らうか!」と、モエは走りながら鎌を交わす。鎖はイリアの手元まで続いている。それを辿るようにモエはイリアに向かっていく。

「うぉおおおお!」

 モエが飛び込んできたところにイリアはカウンター気味に手の平を伸ばして戦斧に手を添える。そして戦斧を変形させて直撃を避けた。物質を変形させる能力で大きく湾曲した戦斧がイリアの顔面を襲う。

『ガキッ!』

 曲がった斧をヘッドギアに食らうが致命傷ではない。

「なんやて!?」

 クリーンヒットしなかったことにモエが驚く。そして戦斧の刃がだらしなく変形しているのを見て目を丸くした。

「なんやそれは……」

 唖然とするモエ。とその時、モエの背中に鎌が『ザクッ!』と突き刺さった。

「ぐぎゃっ!」と、モエが絶叫する。

 モエの背後から飛んで来た鎖鎌は深々とモエの背中に刺さっている。

 物質の伸縮自在。イリアは衝撃波で遠くまで飛ばした鎌を、伸びきった鎖を元に戻すことでブーメランのように呼び戻したのだ。

 モエの口から血が流れ出る。

「な、なんちゅう攻撃や……」

 激痛で背中が硬直する。これは深い。背中から肺に達していると思われた。その証拠に息が苦しい。治癒の為に手を伸ばそうとするが痛みの箇所に手が届かない。

 モエは倒れ込んで仰向けになる。天を仰ぎながら負けを悟った。反撃する余力どころか、動く気力すらなかった。

「アカン……ウチの負けや」

 モエは目の前が暗くなっていくのと同時に背中の痛みが引いていくのを自覚した。そこで、今頃になってあのトラウマになった母と姉の会話の続きが蘇ってきた。それはモエを施設に預けるかどうかの話の続きだ。あの時モエはショックでその後のやりとりを聞いていたはずなのに記憶を再生することができなかった。それなのに、なぜか今、それが鮮明に思い出される。まるで靄が晴れて風光明媚な景色がドラマチックに出現したように……。

 施設にやった方が良いという姉の言葉に対して母は「他所にやった方があの子の為なんかな」と同意した。が、少し間を置いてこう続けた。

「けど嫌や。やっぱり自分の子やもん。貧乏させて悪いとは思うけど、子供はみんな可愛いもんや」

「へえ、そういうもんなん?」

「そやで。あんたも子供産んだら分かる。ひとりも8人も同じや。そら正直ムカつく奴もおるけどな。やっぱり家族なんや。大きなって自分から家を出る言うまでは、みんなこの家におって欲しいんやわ」

「せやな。そや。ウチ、今度バイト代が入ったら靴買うてやろ。だいぶボロボロやったから」

 その台詞の直後に新品のスニーカーが思い出された。ピンク地に赤のラインが入った可愛い靴。くたびれた靴がスクラップ工場みたいにひしめく玄関でポツンと目立つ新品の靴。

 そうだ。あの時、姉は「モエ、靴紐、自分で出来るか?」と言った。そして戸惑うモエにその靴を履かせて紐を結んでくれた。プレゼントならそう言ってくれればいいのに姉はさりげなくそれをくれた。

 そのシーンを思い出してモエは涙した。

―― 何で今頃思い出すねん……。

 後になって初めて分かることがある。物事を客観的に捉えることは時に困難だ。あの頃のモエは幼すぎて施設に行かされるという恐怖で愛情を素直に受け入れることが出来なかったのだ。

―― なんでウチは……なんで……。

 薄れゆく意識の中、走馬灯は家族に愛されていないというモエの思い込みを氷解させた。幾つかのシーンが浮かんでは消え、フラッシュバックした。それはどれも暖かくて嫌なものはひとつもないように感じられた。そして、この上ない充足感をモエに与えてくれた。

「お母ちゃん……姉ちゃん……兄ぃ……」

 モエの唇はそこで動かなくなった。しかし、その死に顔は実に穏やかなものだった。

 モエの最後を見つめながらイリアは涙した。

 この結果は本意ではない。彼女は全力で向かってきた。だから全力でそれに応じた。ただ、それだけだ。

心の準備をしていたが高熱は生じなかった。

 茫然と立ち尽くすイリアに、どこからともなく現れた愛衣が声を掛ける。

「素晴らしい戦いだったわ。たいしたものね」

 同じくふいに現れた敏美が拍手しながら言う。

「応用力があるのね。期待以上だわ。ねえ、先輩」

「そうね。この段階でそれだけ出来るなら、私達以上の戦士になるわね」

 イリアは顔を上げて尋ねる。

「これで私も貴方達と同等?」

 愛衣は腕組みしながら頷く。

「ええ。形の上では。完全体よ」

「良かった。それを聞いて安心した」

 そう言ってイリアはタップで双剣を取り出した。そして瞬間移動すると超高速で敏美に斬りかかった。

『ガキン!』と、刃先が敏美の手で受け止められる。

「無駄よ。致命傷にはならないわ。この世界ではね」

 敏美が余裕ありげにそう言うのを聞いてイリアは、知ってたという表情でゆっくり剣を下す。

「結局、何が目的なの?」

 イリアのその質問には愛衣が答える。

「あの方。『ハーデス』様をお守りする為よ。来たるべき決戦に備えて13人の乙女の戦士を集めなくてはならないの」

「ハーデス?」

 戸惑うイリアの目を見据えながら愛衣は説明する。

「ええ。冥界の王。ハーデス様よ。唯一、ゼウスに対抗しうるお方」

 それを聞いて理解したのかどうか分からないが、イリアは力なく首を振った。

「何なのよ……貴方は何者?」

 愛衣は笑みを浮かべて胸を張る。

「私はハーデス様の妻『コレー』」

「コレー?」

「ハーデス様の妻『ペルセポネー』の異名よ。少女、娘の意味があるわ。それと『マツハレコ』逆さに読んでみれば分かるでしょ?」

 イリアが呟く。

「コ、レ、ハ、ツマ。コレーは妻……」

 脱力するのを堪えながらイリアが尚も質問を続ける。

「13人集めるですって?」

 愛衣は穏やかな表情でしれっと言う。

「13年に一回、こうやって候補となる女の子を集めて選抜するの。貴方で3人目よ。前回はこの子、その前の26年前が私。はじめての選抜で勝ち残った私がハーデス様の妻になったの」

 26という数字がイリアの脳裏を過った。最初に訪れた港の民宿街。時が止まったようなあの建物にはそれらしき痕跡があった。古臭く感じられた民宿は26年前から時が止まっているせいなのかもしれないと思った。

 イリアは唇を噛んだ。そして険しい顔で尋ねる。

「なんで私達なの? どういう基準で選ばれたの?」

 そこで愛衣が真面目な顔になる。

「死を覚悟した経験があること。それから本気で誰かを殺そうとしたことがある子」

 その言葉にドキッとした。そして忌まわしい父親の事が浮かんだ。それと同時に、実の兄を恨んでいた桐子や酷いイジメに遭っていた智世のことが思い出された。もしかしたらイリアが知らないだけで他の子も多かれ少なかれ心の闇を抱えていたのかもしれない。

 愛衣はクスッと笑って付け加える。

「そして処女でなければならなかったの」

「あ!」

 だからあの子達は入っていなかったのだ。この撮影会に参加していなかったメンバーが何人か居た。人気のある子だったのに変だなと思ってはいたが、まさかそんな理由があったとは……。

 敏美が仏頂面で尋ねる。

「で、どうするの? 親衛隊に入るのを拒否する?」

 イリアは諦め顔で首を振る。

「いいえ。拒否したら、やり直しになるだけでしょ?」

 敏美はニヤリと笑う。

「その通りよ。次は誰が生き残るか分からないけど決まるまで続けるわ。この舞台をリセットしてね。勿論、記憶も消される」

 イリアは覚悟を決めたように頷く。

「もう沢山よ。このままでいいわ。でも……」

 愛衣はイリアの言葉を遮る。

「復讐するつもり? 他の子達の仇をとるとでも?」

 図星だったのかイリアが戸惑う。

「そ、それは……」

 愛衣が突然、声に出して笑いだす。そしてイリアの肩に手をかける。

「いいわ。ついてきなさい」

 その瞬間、イリアの視界が歪んで回り出した。急速にバランス感覚が失われ、周囲の空気が一気に冷え込んだ。気絶しそうになりながらイリアは、すべてを受け入れようとしている自分を客観的に評価しているような気持ちになった……。


    *    *    *


 船着き場では『引風』こと冥界の運び屋『インプウ』が集めて運んできた女の子達が集まってワイワイと出航を待っていた。

 自慢の巻き髪を指で弄りながら玲実が「もっと立派な船が良かった」と、口を尖らせる。その言葉にそばにいた双子が同調する。

「確かにショボイよねえ。せめてクルーザーとか」

「贅沢言わないの、お姉ちゃん。けど、ちょっと物足りないかな……」

 眼鏡の利恵はパタパタと手で扇ぎながら詩織と話している。

「暑いわねえ。もう1回、日焼け止め塗っておいた方がいいかしら」

「そ、そうだね。ク、クリームあるよ。つ、使う?」

「あら。ありがとう」

 グラマー野乃花とヘソ出し乙葉はベタベタとくっついてじゃれ合っている。

「乙葉ちゃんのビキニ楽しみ!」

「ちょっと! それ、遠回しな自慢? 自分が胸でかいからって」

「そうじゃないヨ。純粋な好奇心だって」

「悪かったわね。胸、無くて」

 そう言って乙葉はサクランボの髪留めを触りながらプンプン怒ったフリをする。

 スナックをボリボリ食べるぽっちゃり和佳子をヘレンが咎める。

「ユー、食べ過ぎじゃないの? 撮影前なのによく平気ね」

「平気平気。ストレスが無ければ余分なカロリーは摂取されないって、おばあちゃんが言ってた」

「リアリィ? 聞いたことがないわ」

 女の子達の様子はイリアの目にはデジャヴのように映る。だが、彼女達にはイリアや愛衣達の姿は見ていないようだ。唯一、インプウがこちらの存在に気付いて軽く会釈をした。

 イリアがポツリと呟く。

「まさかこの後……」

 それを聞いて愛衣が首を振る。

「いいえ。撮影会をして戻って来るだけよ。勿論、行先はあの島じゃないわ」

 敏美は冷めたように言う。

「この子達にもう用は無いもの」

 12人の少女達は順番に貸切りの小船に乗り込んでいく。その時、智世がハッとして立ち止まり、振り返った。そして何かを見つけたようにこちらを凝視して微かに首を傾げた。そんな彼女を乙葉が「早く乗ってよう」と急かす。

 もしかしたら智世の目には自分達の姿が写っていたのかもしれないとイリアは思った。



―― エピローグ


 ウォーミングアップ中の太陽は、ほのかな熱気をまんべんなく洋上にもたらしていた。

 大ざっぱな波は、まるで牛の腹のように膨らんでは縮みを定期的に繰り返している。絶えず甲板になだれ込む風は、陽気を押しのけて潮の香りをやたらと擦り付けてくる。

 出航して30分ほど経っただろうか。大した揺れではないが、やはり何人かは船酔いしてしまったようだ。

 甲板に出て手すりにもたれ掛り、海の青と空の青を見比べていたモエが熱心に絵を描く智世の姿に気付いた。気になったので近付いて話し掛けてみる。

「なにしとるん?」

 スケッチブックに集中していた智世がハッと顔を上げて絵を隠そうとした。

 モエがそれを覗き込みながら感心する。

「お! アンタ、絵うまいんやな」

「そんなことないよ……」

「隠さんでもええやん。めっちゃ上手いで。ホンマに」

「あ、ありがと……」

 そう言って顔を赤らめた智世が手をどかして絵を露わにする。そこにはハルバードを手にしたイリアの凛々しい立ち姿が見事に描かれていた。それは写真かと見間違うようなリアルさだった。

 モエが首を捻る。

「ん? 誰や? これ」

「いや、誰って訳じゃないけど、さっき港で……」

「キレイな子やな。けど、何で目の部分が黒いねん」

 確かにモエが指摘する通り、絵の中のイリアは白目と黒目の部分が逆転していた。そのせいで悪魔か魔女を描いたように見える。が、その表情はこの初夏の陽気のように、とても穏やかだった。


『十五少女 異世界漂流記』 【完】


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