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第35話 仕組まれた舞台

 黒手帳を手に呆然としていたモエがクシャミで我に返った。

「アカン。寒い……」

 裸のままだったことをすっかり忘れていた。モエは荷物から着られそうな服を探した。水だけで手洗いした下着は乾き方が足りないせいか手触りが悪く、履くのが躊躇われた。だが、そうも言っていられない。モエはしかめ面で、いつものように左足からパンツに足を通した。

 手早く服を着て、もう一度手帳に目を通す。

「何やこれは……」

 やはり、どう見ても手帳の持ち主は男性、それも仕事をしている人間のものだ。スケジュール帳ではない。カレンダーに相当する箇所は無く、ひたすらノートのページが続く。地名や人名、日付、時間の手書きが占めている。分からないのはアラビア文字か象形文字かといった見慣れない文字が大量に書き込まれていることだ。

 モエは手帳の持ち主を想像した。これが愛衣のバッグの近くにあったからといって彼女の所有物とは考えにくい。となると他の誰かの持ち物を愛衣が拾ったか手にしたのだと思われる。

「もしかして……引風のおっちゃん?」

 そこでスカウトの引風のことを思い出した。日本全国を回って自分達をスカウトした中年男性が『ヒキカゼ』だということを以前、詩織と話していた。その時は読者モデルになったきっかけを作ってくれたのが共通の人物だったことに親近感を覚えた。

「引風のおっちゃんの手帳……だったら分かる。せやけど……」

 そこで自分達の名前につけられたバツ印のことが思い出された。名前をバツ印で消されているのは、詩織、智世、和佳子、玲実、野乃花だ。

「待てよ! やっぱ変やわ」

 なぜか敏美の名前にはバツがついていない。最初に殺されたはずの敏美。時系列的にいって彼女の名前にバツがついていないのはおかしい。

「もしかして……」

 モエはハタと思い出した。

―― 武器でなければ死ぬことはない。

「せや! あの時点で武器を持っとった奴はおったか?」

 敏美が南風荘の2階で殺されたのはこの島に着いた翌日の早朝だった。

「いや。おらへん。ちゅうことは……生きとるんか!」

 その事実に辿り着いてモエは険しい顔で唇を噛んだ。

 と、その時「やっと気付いたの?」と、誰かが言った。

 その声にモエがビクッとする。そして声のした方向に目を遣って腰を抜かしそうになった。なぜなら、いつの間にかダイニンングテーブルの椅子に女の子が座っていたからだ。気配も無く彼女は出現した。それが幽霊だと言われれば即座に信じてしまうだろう。

 動揺しながらモエは声を絞り出した。

「い、い、いつの間に?」

 逃げ出したくなるのを堪えながらモエは相手を観察する。見覚えがあるような無いような彼女……そして思い出した。この子は『敏美』だ!

 敏美はこの島に着いた時と同様に学校の制服を着ている。そして三つ編みの黒髪を撫でながらモエの反応を眺めている。

 モエは冷静を装いながら試すように言う。

「宮川れみ。何で偽名なんや?」

 それは手帳の情報から類推しただけだ。核心を突いたという手応えは無い。

 しかし、敏美は驚く風でも無く普通に答える。

「偽名? ああ、この名前ね。しょうがないのよ。『と』で始まる名前の子が見つからなかったから」

 彼女があっさり認めたことでモエが拍子抜けする。

「な……アンタ、何者なんや? なんでウチらの仲間のフリしとったん?」

「きっかけを作るためよ。貴方達が殺し合いを始めるための」

「はん。それで死んだフリかいな。すっかり騙されたわ」

「その後も結構、大変だったのよ? 戦うように仕向けるのは。狙撃したり闇討ちしたり」

 敏美の言葉を聞いてモエが声を荒らげる。

「狙撃やて? まさか、あれはアンタの仕業やったんか!」

 思い当たる節はある。ひとつ目は最初の探索を終えて南風荘に引き上げる際、湿地帯で狙撃を受けた時だ。モエは右腕を撃たれた。もうひとつは、砂漠のストーンヘンジでイリア達と別れた直後に背後から撃たれた時。それは共にヘレンによるものと判断した。だが、今となっては自分達を仲間割れさせる為に敏美がヘレンのフリをしていたと考えた方が自然だ。

「まさかアンタも武器を使えるんか?」

「まあね。貴方達に与えた武器は一通り」

 そう答えた敏美の澄まし顔を見てモエは怒りを露わにした。

「ふ、ふざけんな!」

 モエは激高すると戦斧を手に取った。そして敏美に向かって突進する。

「うぁああっ!」

 叩きつけるように刃を振り下す。だが、その動きがピタリと止められてしまった。

「なんや!?」

 目の前の敏美は足を組んだまま軽く手を挙げている。まるで写真に写るためにピースをするみたいに。

「くっ! バカな!?」

 モエは戦斧を動かそうと試みるがビクともしない。良く見ると刃の部分をピースした指で挟み込むように敏美がそれを受け止めている。しかも涼しげな表情で。その姿はまるで煙草をふかす貴婦人のようだ。

「無理よ。貴方には」

 敏美はそう言って軽く手首を返した。たったそれだけの動きなのに戦斧は抗いきれない力でモエの手から逃れると、回転しながら飛んで壁に『ザンッ』と刺さった。

「くそっ!」と、モエが素手で殴りかかる。

 だが、敏美は避けようともしない。

『バチッ!』と、見えない壁に拳が止められる。

 拳の痛みに「痛っ」と、モエは顔を歪める。

 敏美は含み笑いを浮かべて言う。

「今の貴方は候補にすぎないわ。完全体にならないと私達とは勝負にならない」

「なんやて? 候補? 完全体? 何言うてんのかさっぱり……」

「まだ分からないの? 頭悪いわね。ていうか、それだと勝ち抜けても戦力にならないんじゃないかなあ」

 敏美の馬鹿にしたような言い草にモエは唇を噛んだ。そして考える。この状況、これまでの経緯、そして提示された幾つかの言葉……。

「アンタが仕組んだんやな? ウチらを戦わせるように。目的は何や?」

「ああ、やっと理解したのね。良かった。イチから説明するのは面倒だもん」

「答えろや。何が目的なんや!」

 モエの詰問に対して敏美は余裕を持って答える。

「一言でいえば『選抜戦』よ」

「選抜戦……何の選抜やねん……」

「生き残った子を選ぶ為の選抜よ。一番強い子を集めて、あの方をお守りする部隊を編成するんだって」

「あの方? あの方って誰や?」

「それは後のお楽しみ。けど、メンドクサイなあ。私は言ったのよ。どうせならコロシアムみたいな所に幽閉して殺し合いさせれば簡単なんじゃないかって。でも、それじゃ駄目なんだって。まどろっこしいけど、こういうシチュエーションの中で生き残ることが戦士としての資質を測るんだとか……」

 モエは頭が痛くなってきた。それは非現実的な話を受け入れたくないという感情と、これまで散々見せつけられてきた異世界のリアルがゴチャゴチャになっているからかもしれない。そこでさっきの言葉が思い起こされた。

―― 生き残りし乙女、我の下へ

 先程、敏美は偽名を名乗った理由を「と」で始まる名前が必要だからと説明した。ということはやはり名前の並びに意味はあった! 

「だんだん分かってきたで……つまり、アンタもこの選抜戦を経験してきたんやな。ウチ等と同じように。せやから前回の戦いの痕跡があちこちにあるんやろ?」

「そうよ。酷い話よねえ。あの時は本当に何度も死ぬかと思ったわ。私達の時はモンスターみたいな子がいてね。最初は逃げ回っていたのよ」

「ああ……あの動画か」

「そうよ。ビデオカメラ。あれはわざと貴方達の目につくような場所に置いたの。ヒントになるようにね。その手帳もそうよ」

 モエは投げやりな口調で返す。

「なんや。結局、ウチ等はアンタに踊らされとっただけかいな。アホらし……」

 モエは敏美の向かい側の椅子に腰を下ろすと大きなため息をついた。そしてテーブルに肘をついてフンと鼻を鳴らす。

 敏美はそんなモエの行動を見守っている。

 モエは壁に刺さった戦斧を眺めながら言う。

「そうと分かったらもう戦う理由もあらへんな。止めや。止め」

 だが、敏美は怖い顔をして言う。

「そういうわけにはいかないわ」

「なんでや? ウチはもう戦う気なんて無いで?」

「最後の一人になるまで戦って貰わないと困るわ。生き残れるのは一人だけなのよ?」

「フン。知らんがな」

「あっちは決着がついたみたいだから貴方を入れてあと2人。最後の相手はイリアって子のようね」

 その言葉にモエがピクリと反応した。が、直ぐに興味ないフリをする。

「へえ、そうなんか。けど、どうでもええわ」

「そう言っていられるのも今のうちよ。武器と能力はあっちの方が多いわ」

「ウチはもう戦わん。アンタの思うようにはいかへんで」

「そう。じゃあ、黙って殺されるつもり?」

 煽るような口調の敏美をモエが睨む。そしてドンと机を叩いて立ち上がる。

「アンタの指図は受けへん!」

 敏美は冷静な口調で言う。

「そう。好きにすれば? でも、生き残りたければ全力で戦うことね」

「わかっとるわ!」と、モエはプイと顔を背ける。そしてそんな態度を取りながらも密かに考えを巡らせていた。敏美の話を聞く限り、どうやら敏美には仲間が居るように思えてならなかった。彼女の言葉の端々にはその存在が仄めかされていた。そして恐らくそれはモエも知っている人間だということも……。


    *    *    *


 ワープ岩を使って雪の町に戻ったイリアは利恵達が殺された現場に戻った。確かめたいことがあったのだ。

 暗く静まり返った銀世界は冷蔵庫の底のように冷気が淀んでいた。相変わらず不定期な地鳴りは思い出したように大地を揺さぶり、あちこちで積雪の輪郭を崩していた。そのせいで屋根から落ちてきた雪が滑らかな雪面に窪みの列を作っている。それは計画性の無い雪かきを連想させた。雪を払い落した木の枝は、長い潜水の後で水面から顔を出した人間が息継ぎをしているように見えた。噴煙は収まったのだろうか。月光は無機質な雪の町を淡々と照らしている。

 イリアは自分がつけた足跡を辿りながら望海や利恵達が交戦した現場に到着した。

「無い……やっぱり」

 黒焦げになった利恵の遺体のそばにあるはずの遺体。それが無かったのだ。

 利恵の遺体の側には梢、少し離れた所に乙葉、そして桐子の遺体が横たわっている。無論、死体は動くことも無く、まるでオブジェの一部みたいに積雪の一部に成り下がっている。

イリアは利恵の遺体を見下ろしながら考え込む。そして気配を感じて眉を動かした。

「松晴子。やっぱり黒幕はあなただったのね」

 イリアは遺体に視線を固定したまま、そう言った。まるで誰かに聞かせるかのように。すると「ご名答」という答えが返ってきた。イリアはゆっくりと振り返る。まるで彼女が現れることを予測していたかのように。

 声のした方向から愛衣が現れる。彼女は腕組みしながら建物の角から姿をみせた。

「流石ね。やはり貴方は聡明だわ」

 そう言って愛衣は微笑んだ。

 イリアは「別に」と吐き捨てる。褒められる筋合いは無いとでも言わんばかりに。

 愛衣は感心したように言う。

「なぜ私だと分かったの? 確かにヒントはあげたけど」

 恐らくヒントというのは洗濯物に書かれていた名前のことを指すのだろう。

 イリアは自らの考えを淡々と述べる。

「さっきの戦い。望海って子は奪った武器を一通り使ってきた。でも、貴方の武器だけは使ってこなかった。ということは、あの時に死んでいなかったってことになる。それと手紙のメッセージ」

「手紙? そんなものあったかしら?」

「海岸で拾った小瓶に入ってた手紙よ。あれは縦読みするものだと思ってた。けど、気付いたわ。本当のメッセージは斜め読みするんだって」

 イリアはそう言いながらポケットを探った。そして小さく折り畳んだ紙を取り出して広げる。

<はじめてのキャンプ。女の子だけで不安だったけど

 やればできるじゃん!海辺のバーベキューは、おに

 くがこげちゃったけど、食べれないわけじゃないし

 たまには外で食べるのも悪くない。食後はわたしの

 すきなカステラをデザートにしたかったけど残念!

 けっきょくパイナップルになっちゃったんだ。みぎ

 てにはケータイをずっと持ってたんだけどやっぱり

 ここには電波がきてないんだよね。マジありえない。

 ろく人の子が彼氏を地元においてきてたからホント

 さみしそうだよね。つらいよね。せめて声だけでも。

 れんらくできないならけいたいの意味ないじゃんか。

 るすでんだらけになってても困るよね。帰ってから。>

 不自然なメモを斜め読みしてイリアは言葉を拾う。

「はれこはスパイ、きをつけて」

 イリアはそう口にして愛衣を睨んだ。

「晴子は『はるこ』とも読める。ビデオカメラの動画では『はるちゃん』ていう名前が出てきたから『はるこ』が正解なんでしょうけど、いずれにしても貴方のことよね? で、愛衣というのは偽名。そう考えると辻褄が合う」

 イリアの説明を聞いて愛衣が目を細める。

「その通りよ。手紙のことは知らなかったけど見事な推理ね」

 イリアは蔑むような目で愛衣を見る。

「最低……何がしたいの?」

 イリアの問いに愛衣は含み笑いを浮かべながら答える。

「スカウトよ。欲しい人材を手に入れる為の」

 思わぬ答えにイリアが目を丸くする。

「スカウト? 何の為に?」

「それはいずれ分かるわ。貴方が生き残ったらだけど」

 その言葉を聞いてイリアは他に誰が残っていたか考える。そしてモエの存在を思い出した。

 愛衣がそれを見て頷く。

「そうよ。貴方と最後に戦うのはモエさん。お互いにベストを尽くして欲しいものだわ」

 イリアは唇を噛んだ。何者かが自分達を殺し合わせて生き残った人間を仲間にしようとしている。それは桐子と話している時に出た仮説だった。しかし、あまりにも非現実的であると同時に、この世界が普通ではないことから何者かの正体や目的までは推測できなかった。

「愛衣……いや、松晴子だったわね。貴方は何者なの?」

 イリアは警戒するようにそう尋ねた。正体を聞いたところで納得できる保証は無い。それは恐らく人間の理解を超えた存在だと思われる。だが、そう聞かずにはいられなかった。

 愛衣は表情を変えることなく言う。

「それもいずれ分かること。でも、薄々、感づいているんじゃない?」

「そうね」と、イリアは平静を装って返す。どうにかなる相手ではないことは分かっていた。このハルバードで攻撃を仕掛けたところで通用する可能性はゼロだろう。

 愛衣はイリアを促すように首を動かした。

「ゴールは近いわ」

 イリアは、やれやれといった風に首を振ってから尋ねる。

「戦わないという選択肢は?」

「ご自由にどうぞ。ただ、その場合は最初からやり直しになるだけね。また、このメンバーでスタートよ」

「な、なんですって?」

「もともと13日間で決着がつかなかった場合は時間を巻き戻すの。同じメンバー、同じ状況でやり直し。最後の一人が決まるまで。まあ、場合によっては一人が生き残ってもやり直させることもあるけどね。だから、間違ってもわざと負けようなんて考えないことね」

内心を見透かされたような気がしてイリアはぎょっとした。

愛衣は試すような顔つきで続ける。

「でも心配はしていないわ。貴方はそんな子じゃない。大変な役目を人に押し付けられる人間じゃないはずよ」

 イリアは大きくかぶりを振った。生き残ったところで現実世界に戻れる可能性は無い。得体の知れない相手の思惑通りになるのも不本意だ。かといって死を選ぶことも許されない。

「さあ、行きなさい。この先に石碑を用意しておいたわ。決戦の舞台よ」

 愛衣はイリアの迷いを断つようにそう言った。


    *    *    *


 トボトボ歩きながらイリアは思った。

 このまま死んでしまったら、自分は何のために生まれてきたか分からないままだ。

―― 所詮、自分はあの下衆な男が母を繋ぎ止める為の道具に過ぎなかったのでは?

 憎むべき父親という名のクズ。それを思い出す度に死にたくなる。

イリアの母親はロシアの医大生だった。彼女は23歳の時に東京の医大に研修で来日した。その時にイリアの父親と知り合った。

 ところがイリアの父親は最低の男だった。酒乱、暴力、女性関係とイリアが知る限りでも軽蔑に値する行為が度々あった。特に母に対するDVは常道を逸していた。その為、イリアは両親の仲睦まじい姿を見たことが一度も無かった。父は経済的にも母に依存しているくせに暴力で彼女を支配した。イリアという人質を取られた母はロシアに帰ることも許されず、ひたすら夫の暴力に耐える日々だった。そんな母の唯一の支えがイリアだった。母はどんなに酷く父に殴られようと罵られようと、イリアに対する確かな愛情は不変のものだった。そしてイリアもまた、人一倍母を愛していた。

 そんなある日、すべてが終わった。

 それは2年前のある暑い日のことだった。酒に酔っていた父がイリアに襲い掛かってきたのだ。イリアが風呂上りに自室に戻ろうとしたところ、突然、父が怖い顔で迫ってきた。そしてイリアを押し倒した。必死に抵抗するイリアに父は酒臭い息を吹きかけながら言った。

「育ててやった恩を返せ」

 パニックになりながらイリアは思った。ろくに働きもせず、母に寄生しているだけの男が何を言うのかと。顔を引っ掻いて足で押し返すが力では敵わない。父は「騙されてた」「そういうことなら遠慮はしない」と訳の分からないことを口にしながらイリアのパジャマを脱がせにかかった。

 と、その時、夜勤のはずの母が帰ってきた。一目見て状況を把握した母は絶叫しながら助けに入った。そこから先は記憶が曖昧だった。母と父が激しく揉みあう姿は覚えている。だが、その光景は音がしない映画の出来事のように感じられた。強い耳鳴りのせいかもしれない。ただ、父が母の首を絞めるシーン、刃物を振り回す母の見たことも無い形相、身体に突き刺された包丁、部屋に入ってきた警察官の姿などが断片的にイリアの視覚に押し入ってきた。

 最後に母と会話をしたような気がする。息絶える瞬間に母はいつものように笑顔でイリアの頬を撫でてくれた。血まみれになりながらも、その瞬間の母はいつもの母だった。だが、会話の内容がどうしても思い出せない。そのことが後々、イリアを苦しめた。

―― いつかあの男が刑務所から出てきたら、この手で罪を償わせたい。

 それがいつしか生きるモチベーションになっていた。

 イリアは歩きながら考える。もう、それも叶わない。

 この異世界に巻き込まれたのは不幸なことに違いない。だが、父親に最愛の母を殺されてしまうことに比べて、どちらが不幸なのかは分からなかった。

 しばらく歩いた所で愛衣が言っていた石碑らしきものが前方に見えた。そして、そこにモエが居た。イリアは無言でフラフラと石碑に近付く。その間にモエがイリアの接近に気付く。

 モエとイリアは無言で互いの顔を見つめた。何も言葉が出てこない。少なくとも同じ境遇の、それも過酷な宿命を背負った仲間同士であるはずなのに親近感は微塵も湧いてこなかった。むしろ、大きな鏡に映る自らの分身のように、それは近くて遠い存在のように思えた。

「ほな、終わらせよか」と、モエが言った。

 イリアが頷く。

「そうするしかないみたいね」

 そして2人は示し合わせたように同時に石碑に手を伸ばした。


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