第32話 闇に紛れて
桐子は窓から身を乗り出して目を凝らす。
「煙が出てる……それにこの地鳴り。避難した方がいいかもな」
それを聞いて望海が「は?」と馬鹿にしたような顔を見せる。「避難? なんで?」
望海の言葉を無視してイリアは桐子に尋ねる。
「噴火って、あの山は火山だったの? 私は登ってないから分からないけど……」
「ああ。火口は無かったよ。けど、必ずしも頂上から噴火する訳じゃないんだ。山の側面から噴火することは良くあるんだよ」
梢が心細そうな顔で首を竦める。
「いやだわ。それって……どうなっちゃうの?」
桐子は少し考える素振りを見せてから提案する。
「取りあえず外に出よう。で、状況によっては避難する。この距離で噴煙があの大きさで見えるということは危険だ。最初の港町に移動した方が安全かもね」
しかし、望海は賛同しない。
「ここから逃げるって? バカじゃないの。何でここを動かなくちゃならないの。だって死なないんでしょ? 武器以外では」
「確かにね。けど、ボクは逃げるよ。万が一、火砕流に巻き込まれたら悲惨だからね。死ななくても痛みや苦しみからは逃れられない」
イリアも神妙に頷く。
「そうね。生き埋めになったら最悪だわ。そんな状態で死ねないなんて地獄だと思う」
2人の言葉に梢が震えあがる。
「そんなの嫌よ……逃げよう! お姉ちゃん」
梢に懇願されてようやく望海も重い腰を上げる。
「もう。分かったわよ。けど、寄りたいところがあるんだけど、いい?」
「マジかよ。急いだ方がいいんだけどな」
桐子は困った顔でそう言うが望海の意志は固い。
「この子の武器が必要なの。拾いに行かないと」
利恵と戦った時に梢は電撃棒を落としてきてしまった。望海はそれを回収しに行くというのだ。
地鳴りの周期を測るように耳を澄ませていたイリアが言う。
「やっぱり止まらないわね。むしろ大きくなってる」
桐子も少し焦りを感じはじめたようだ。
「マジか。とにかく急ごう! 望海。その場所は近いのかい?」
「それほど遠くないわ。アタシ達はそっちに寄ってから向かう」
「分かった。ボク達は一足先にトンネルを抜ける。なるべく急いでくれ」
この家からトンネルまではさほど遠くない。望海達はいったん町中に戻る形になる。
桐子はイリアに声を掛ける。
「行こう。グズグズしてる時間は無い」
「そ、そうね……分かったわ」
イリアは素直に応じるが気が滅入っていた。異世界に放り出されただけでもツイていないというのに自然災害にまで巻き込まれてしまっては堪ったものではない。イリアは改めて自分達の不幸を呪った。
望海と梢が町中方面に向かったのを見送って桐子とイリアは来た道を戻った。
先ほどよりも周囲は暗かった。むしろ真っ暗に近い。恐らく、噴煙によって月明かりが弱まっているのだろう。
山の方向を見ながら桐子が眉間に皺を寄せる。
「かなりの煙が出てる。地鳴りも止まない。これは思ったより規模がデカいぞ」
1時間ほど前に自分達がつけた足跡を辿りながら雪道を進む。と、その時、ある建物の前でイリアが「あっ!」と、声を上げた。
「どうした? イリア?」
「これは……」
そう言ってイリアは立ち止まり3階建ての建物を見上げた。その建物は小さなバルコニーが等間隔に並んだアパートのような造りだった。白っぽい外壁は周りの雪と調和していて、微かな月の光を浴びて佇んでいる。
ところがイリアにつられてアパートを見上げた桐子も「うっ!」と、異変に気付いた。
「うう、酷いな」と、桐子は呻く。
アパートは無残にも破壊されていた。まるで何十発も銃弾を受けたように壁には穴が幾つも見受けられる。多くの窓ガラスが割れ、バルコニーの手すりはところどころ欠けている。
しばらく、その様子を眺めていたイリアが呟く。
「誰がやったんだろ?」
「さあな。けど、これは銃で撃ったものだと思う。となると……ヘレンか?」
乙葉のショットガンという可能性もある。だが、この建物は的にされたみたいに見える。こちらの面だけが穴だらけで、それらは広い範囲で不規則に配置されている。
イリアが首を傾げる。
「遠くから撃ったのかしら? 誰かと戦った跡のようには見えないけど……」
そこでまた『ドーン!』という爆発音が聞こえてきた。それに呼応するように地面が揺すられ、溜まっていた雪があちこちでバサバサと崩れ落ちる。
桐子が転ばないように踏ん張りながら言う。
「マズイな。さっきより揺れが大きくなっている。急ごう。他の連中も避難していればいいんだがな」
「そうね……」
静まり返る雪の町並を震わせる火山活動にイリアは唇を噛んだ。
* * *
裸のまま風呂から飛び出してきたモエが騒ぐ。
「なんや、なんや!? 地震かいな! はよ逃げなアカンで!」
バスタオルすら身にまとっていないモエの裸体を見て乙葉が呆れる。
「服ぐらい着なよ」
「わ、分かっとるわ! こんなデッカい揺れ、初めてやから驚いただけや」
愛衣が深刻そうな顔つきで窓の外を眺めている。そして異変を告げる。
「煙が月を隠そうとしているわ。この煙。恐らく火山が爆発したんだと思う」
それを聞いて利恵が険しい顔で尋ねる。
「あの山が? まさか……」
愛衣は口元を押さえながら自らの考えを口にする。
「地鳴りは断続的に続いているわ。前に経験したことがあるの。多分、これは火山活動によるものよ」
パンツを履きながらモエが驚く。
「ホンマかいな! あの山、火山やったんか?」
利恵が首を振る。
「信じられない。初日に頂上に登ってみたけど全然、そんな気配は無かったわ」
愛衣が唸る。
「うーん。雪に覆われているから兆候に気付かなかったのかもね」
モエがTシャツに腕を通しながら焦る。
「に、逃げんとヤバイんやないの? 溶岩とか流れてくるかもしれへんやん」
愛衣は冷静に分析する。
「溶岩よりも火砕流のほうが危険ね。この辺りの地形は分からないけど、低い所は避けた方がいいかも」
そこで利恵が動く。
「移動しましょ! 災害で死ぬことは無いはずだけど熱いのはごめんだわ」
ようやく服を着終わったモエが乙葉と顔を見合わせる。ここは2人の意見に従うのが賢明なようだ。というより選択の余地は無い。
「分かった。ほな、行こか!」
荷物と武器を持って4人は急いで隠れ家を出ることにした。
* * *
崩落したトンネルを目の前にして桐子が頭を抱える。
「参ったね……これは想定外だった」
民宿街のエリアと雪の町を繋ぐトンネルは揺れのせいで崩落していた。もともと岩の斜面に出来た裂け目を強引に拡げただけのトンネルは、人が通るのがやっとのものだった。それが完全に押しつぶされている。周囲には結構な数の真新しい落石が散乱している。
イリアが力なく首を振る。
「こっちから避難するのは無理そうね……」
「だな。となると町中を抜けて砂漠方面へ向かうか、雪原のとこにある石碑でワープするかだな。距離的には石碑かなあ」
桐子が言うように民宿街に続く道はこのトンネルだけだ。そうなると避難する為には遠回りして雪の町を突っ切らなければならない。
イリアが諦め顔で呟く。
「仕方ないわね。危険だけど……」
止む無くUターンして望海達の隠れ家に向かう。その間にも断続的な爆発音と地震に足が竦みそうになった。
10分ほど歩いたところで前方に揺れる懐中電灯の明かりが目に入った。
桐子がそれを見て大きく手を振る。
「おおい! こっちはダメだ! 道が塞がってる!」
「は? マジで!」と、返ってきた声は望海のものだ。
桐子とイリアは急いで望海達に合流する。そして、町中に向かう。
望海はブツブツ文句を言う。
「結局、町中を歩くじゃん。危ないとか言いながらさ」
桐子が苦笑いを浮かべながらそれを宥める。
「まあまあ。仕方が無いよ。想定外だったんだから。けど、トンネルが崩れてたってことは、やはりあの山はヤバイ状態なんだよ」
イリアは梢が手にしている棍棒をチラリと見る。特にイリアが何か言った訳ではない。だが、梢はイリアの視線に気付いて小さく首を竦めた。
月明かりが不足しがちな不安定な闇の中を4人は黙々と進んだ。時折、強い揺れが足元をふらつかせた。もともと積雪のせいで足元は悪い。それに加えてこの揺れだ。慎重に進むというよりは、ひたすら目の前に現れたスペースに足を踏み入れることの連続だった。
突然、望海が「シッ!」と、人差し指を口に当てる。
彼女の見る方向には何もない。というよりも真っ暗で建物の輪郭や物体の境界線すら怪しい。
険しい表情で前方を見つめる望海に桐子とイリアが戸惑う。すると望海は左手で自らの右肘をポンポンとタップした。次の瞬間『パヒュン!』という破裂音と共にライフル銃が出現する。
望海はそれをキャッチすると素早く銃を構えて狙いを定める。そして迷うことなく『パンッ!』と発砲した。
一連のスムーズな流れに桐子とイリアが唖然とする。
それを尻目に望海は舌打ちする。
「チッ! 外したか」
そこでライフル銃が『パフン』と消失する。
ようやく事態を飲み込んだ桐子が顔を強張らせる。
「の、望海、君、まさかそれ……」
しかし、望海はそれには答えずに「4、5、6……」と数を数え続ける。
「13……よし」と、再び右肘をタップする望海。
先程と同じようにライフルが出現して望海がそれを構えて撃つ。実に手慣れた作業のように見える。望海は前方を見ながら今度は「やった!」と、小さくガッポーズをみせる。
イリアが前方を見て首を捻る。随分と先の方で悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたのだ。が、火山活動の音で聞き取れない。
桐子が望海の目を見て驚く。なぜならその目は暗闇に光るフクロウ目のように見えたからだ。
「望海! やっぱり君は……」
桐子はぞっとした。望海がライフル銃を当たり前のように使っている。それは考えたくも無い事実を意味する。
前方が騒がしい。今度は、はっきり聞き取れた。
「誰っ?」「クソッ!」「あっちからや!」
イリアはそれを聞いて「モエ達が居る」と、桐子の顔を見る。
「ああ。3人か? いや4人?」
桐子は頭の中で情報を整理する。それが間違ってなければモエ、乙葉と一緒にいる可能性があるのは利恵と愛衣だ。
そこで梢が反応する。
「お姉ちゃん! 下がって!」
それと同時に『バシュ!』という発砲音のような音が前方で発生した。しかし『ヒュウウン』と空気を裂く音は随分と手前で失速して『バーン!』と爆発を起こしただけだった。
望海がニヤリと笑う。
「届かないみたいね。だったらもう一発……」
望海には見えているのだろう。それはヘレンが言っていた武器固有の能力だ。そして、彼女は今、ヘレンが持っていたのと同様のライフルを器用に使いこなしている。つまり、望海はヘレンを殺してそれを奪ったということになる。
望海はタップしてライフルを出現させると素早く射撃を行う。
「クソ! また外した。やっぱ遠すぎるか。梢! 行くよ!」
そう言って望海は双剣と荷物を拾うと、勢い良く左方向に飛び出して行った。その姿は直ぐに闇に紛れてしまう。若干遅れて梢が後を追う。
イリアと桐子が唖然としていると、今度は前方から空気を裂くような音がして2人の近くで『ザッ!』と、音を発した。
桐子が恐る恐る近づいて確かめる。
「こ、これは……三つ又の鉾。てことは望海が言ってたのは事実だったのか?」
雪に突き刺さった鉾は数秒後に『ボフン』と間抜けな音だけを残して消え去った。
イリアが前方に目を凝らすが、やはり声しか聞こえてこない。
「やっぱり3人ぐらい居るようだけど……」
「マズイな。あっちはボク等を敵だと思ってるみたいだ」
「仕方ないわ。問答無用で撃っちゃったんだから」
イリアは諦め顔で首を竦める。
この闇の中だ。相手は敵襲だと受け止めているに違いない。
「参ったな。利恵にボク等の存在を知らせた方がいいかな?」
「こう暗くちゃね。それにあっちはパニックになってると思う」
「だよなあ。さっきの鉾も闇雲に投げてきたみたいだし、その前の何だろ、あの武器。バズーカだか迫撃砲みたいなのも狙って撃ったものじゃなさそうだったもんな」
桐子達はヘレンの口から飛び道具で見張り小屋を爆破されたということは聞いていたが、それがグレネードランチャーであることは知らない。望海の話では、利恵は玲実を殺してその武器を奪ったことになっている。さらにモエと乙葉が加わったとも。
イリアが推測する。
「となるとあっちは利恵、愛衣、モエ、乙葉の4人ね」
利恵と愛衣はまだ何とかなる。和佳子を巡る諍いはあったものの桐子とイリアに対する敵意はさほどでもないと予想される。だが、モエと乙葉はそうはいかない。あちら側は詩織を、自分達は智世を殺されてしまった。そう考えると桐子の説得に素直に応じる可能性は低い。
桐子はしばし考えて大剣を雪の上に放り出した。
「よし。ボクが1人で行くよ。イリアはここで待機しててくれ」
「大丈夫なの? 向こうは不意打ちされたって怒ってるはずよ」
「分かってる。だから無抵抗で行く」
桐子はそう言うがイリアは心配する。
「双子が邪魔しなけりゃいいんだけど……あの2人、どうするつもりなのかしら」
その頃、望海と梢は一本隣の路地を通って敵に接近しようとしていた。桐子達が利恵達と対峙する道に並行する路地を進もうというのだ。幸い雪を踏み分ける音は地鳴りに紛れる。黙々と雪道に足跡を刻む望海の後ろを梢が必死でついていく。しばらく進んだところで望海が立ち止まった。梢もつられて足を止める。
望海は暗闇でも目が効く能力を使って家と家の隙間からその先にある利恵達の姿を視認する。
「見えた……」
その距離、約20メートル。望海は双剣を地面に置き、タップでライフルを出現させると素早く射撃体勢に入る。始めに照準を定めたのは右胸を押さえて苦悶する利恵の姿だ。が、直ぐに狙いをスライドさせて利恵の隣に居た愛衣を狙う。
『パンッ!』
望海の一撃が愛衣の首に命中する。
愛衣が首を押さえて崩れ落ちる。
それを確認して望海はさらに場所を変える。さらに前進。すると右手に繋がる通路があった。迷わず突入して右に曲がる。今度は数メートル先まで接近する形になった。
「12、13……」
数え終えたところで荷物を置いてタップ&ショット!
『パンッ!』
この距離なら外しようがないという自信があった。望海の目論見通り2発目は利恵の腹部に命中した。
「うっ!」と、利恵の呻き声が望海の耳に届いた。
利恵は腹部を押さえて前屈みになりながら両膝を落とす。そして背後の壁にもたれ掛る。
「なんや!? どうなっとんや!」
愛衣と利恵が立て続けに銃撃を受けたことでモエがパニックになっている。その隣で乙葉が周囲を警戒しようとしているが、まるで見当違いの方向を凝視している。それを見て望海はほくそ笑んだ。闇が支配するこの空間で見えているのは望海だけだった。
望海が双剣を拾い上げて梢に耳打ちする。
「メガネ女に止めを刺すから援護して」
「え、え? 何すればいいの?」
「懐中電灯の光を向けるだけでいい」
「え? これ?」
「そう。大阪弁の女とヘソ出し女がアタシに気付いたら注意を引いてからそれを照らしてやって。目つぶしになるから」
「わ、わかった……」
「OK。じゃ、行くよ」
望海は双剣を右手と左手に持ち、舌なめずりした。それはまるで勝利を確信したハンターのような顔つきだった。
望海はダッシュする。一直線に利恵に向かう。右か、左か、どちらの剣で斬りつけるか吟味しながら走る。
あと数歩。あと少しで利恵を殺すことが出来る。既に致命傷は与えている。なので、このまま放置しても利恵は死ぬだろう。安全策で距離を取って頭を狙っても良かった。だが、和佳子の時のように利恵の仲間が武器と能力を奪われないように手を下す可能性がある。望海はそれを怖れた。そして何より自らの一撃で奪い取ることに意味があるような気がした。
勝ちを確信した望海は剣を振り下しながら叫んだ。
「死ねぇええ!!」
と、その時、捨てられた人形のようにクタっとしていた利恵が顔を上げた。
『パシュ!』という破裂音と共に、望海の目の前に鉾先が出現した。
「うっ!?」と、望海が瞬間的に身体を捻る。
『ザクッ!』
トライデントの鉾先が望海の左肩を深く抉った。超スピードで回避していなければ確実に胸を貫かれていた。
「なっ!? くそっ!」と、望海が驚きと激痛に顔を歪める。その目にはトライデントを右手で突き出す利恵の姿が写った。
バックステップで距離を取りながら望海が驚愕する。
「な、なんで!?」
狙撃によって致命傷を与えたはずだった。利恵が反撃してきたことが信じられない。
利恵はハンマーを拾いながら弾かれたように立ち上がると右手一本の強烈なスイングで望海に向かって攻撃を仕掛けてきた。
利恵は左手で腹の辺りを押さえている。そこから沸騰したヤカンが水蒸気を吐き出すような音がしている。微かに青白く光っているようにも見える。
利恵が低い声で独り言のように呟く。
「助かったわ……この能力のおかげで」
望海は混乱した。遠距離から狙撃した時、確かに胸の辺りに命中させたはずだ。だが、そのダメージは確認できない。さきほどは腹部への命中を確認した。それにより虫の息であったはずの利恵は息を吹き返している。
「まさか!?」
望海の脳裏に玲実の顔が浮かんだ。
「能力! 治ってるっていうの!?」
利恵がグレネードランチャーと共に玲実から奪った能力。それは手を当てた箇所を治癒する能力だった。




