第31話 過酷な運命
自らがもたらした惨劇。その結果を見下ろしていた望海が急に苦しみだした。
「あ、あっ、ああっ!」
激しく呼吸が乱れ、全身の痛みで立っていられない。そして「熱い熱い!」と、雪の上をのた打ち回る。やみくもに掴んだ雪を顔や首になすりつけながら高熱にもがき苦しむ。
「お姉ちゃん……」
梢には姉の苦しむ姿がまるでホラー映画のワンシーンのように見えた。
「あつっ! いやあ! 熱いっ!」
発熱に加えて望海の身体が発光している。
梢はただ、それを見守るしかなかった。
どれぐらい苦しんだろうか。望海が落ち着きを取り戻したときには夕日が雪の町をオレンジに染め始めていた。積雪の白はスクリーンのようにオレンジの投影を浴びて周囲を暖かみのある色で埋め尽くした。丸みを帯びた大小様々な雪のシルエットが軒並みオレンジ色に縁取られている。
恐る恐る梢が声を掛ける。
「お……ねえ……ちゃん?」
望海は無言でゆっくり立ち上がる。そして、びしょ濡れの顔を腕で拭うとチラリと妹の顔を見た。
「お姉ちゃん!」
望海は大きく息をつく。
「参った……こんなに苦しいなんて」
「大丈夫? けど……」
梢の視線がヘレンの遺体に向けられた。が、生首と思われる丸っこい物体を認識して顔を背ける。
望海はユラリと身体を揺らせて呟く。
「どうしても必要だった……」
「え?」
「生き残るためには」
厳しい表情の望海から発せられた言葉に梢は何も言えなかった。
望海はうつ伏せになった首の無いヘレンの遺体を眺めながら言う。
「あのメガネ女に対抗するには遠くから撃ち殺すしかない。なのに協力的じゃなかった。だったら説得するより奪った方が早い」
望海の言いたいことは理解できた。だが、姉の残忍な行動を理解することは到底、できそうになかった。梢は唇を噛んでぎゅっと目を閉じる。それは現実を受け入れることが出来ないときの癖だ。決して幸せとはいえない人生を歩んできた梢の自己防衛なのだ。
望海と梢の親はいわゆる『毒親』だった。
仕事が長続きしない父親は酒乱で浪費家、母親も堕落した女の典型だった。似た者同士の夫婦は職を転々とし、その日暮らしのだらけた生活を送っていた。しかし、貧しいだけならまだ救われる。最悪だったのは、この夫婦が我が子の性を売ることを覚えてしまったことだった。
望海達が5歳を過ぎた頃、母親は毎月のようにいかがわしい撮影会に2人を連れて行った。2人は可愛い服を着せてもらえることを無邪気に喜んだ。そして撮影会のあとはファミレスで好きな物をお腹いっぱい食べさせて貰えることに満足した。幼い2人は大人達の前で裸になることに疑問をもつまでは至らなかったのだ。
クズ親は「こいつらが女で良かったよなあ」「双子で良かったわ。2倍儲かるから」と、親としての責任を顧みることは皆無だった。
ある時、撮影会の後半で梢の身体が舐められるというハプニングが発生した。ビックリした梢は大泣きした。それに気付いた母親が激高して、梢の乳首を舐めた中年男性を激しくなじった。それを見て望海は、ママが悪いことしたおじちゃんを叱ってくれていると思った。しかし、中年男性に金を握らされた途端、母親は気味の悪い笑顔をみせてあっさり許してしまった。そんな卑しい母親の姿に望海は失望した。
やがて母親は撮影会に来る男達の中から特にお金を出しそうな人間を選んで『貸切』と称した商売を始めた。指定された場所に2人を連れて行きリクエストに応じて撮影をさせる。金額によっては身体に触れることも許可した。2人が美少女だったこともあり、引き合いは多く、毎週のように2人は母親の商売に付き合わされた。さすがにそれも小学校に上がってからは嫌悪感が増すようになってきた。だが、嫌だと言うと酷く殴られた。母親からも父親からも。そして食事を制限され、真っ暗な部屋に閉じ込められた。大抵、反抗するのは望海で罰を受けるのも望海だった。梢も内心は嫌だったが、姉に代弁してもらうことで自分はなるべく親に嫌われないように努めていた。ただ、そのことについて望海は一言も文句は言わなかった。姉だからという自覚があったのだろう。
やがて望海達の性を売り物にすることに味をしめた両親は仕事をすることもなく、生活保護と児童ポルノの収入でさらに堕落した生活を送るようになった。しかも、ドラッグにまで手を出すようになり、あろうことか郊外の中古の一軒家を借りてドラッグとセックスに溺れていた。無論、子育てなどもまともにできるはずがない。放置された姉妹はゴミ屋敷から出る時、一番ましな服をゴミの山から探し出して学校に通った。
そして運命の日。
その日は望海と梢の誕生日だった。学校から帰ってきたが相変わらず両親は2階でクスリと性交に明け暮れている。誕生日のお祝いなど期待できないことは明らかだった。夜になっても2階から降りてこない両親を待ちながら2人はゴミ溜めの中でお腹を空かせながらじっと待った。ひもじい思いに耐えられなくなった梢は「今からどこかのおじさんの所に行ってもいい」と訴えた。望海は「ダメだよ。それは」と妹をなだめた。そして密かに貯めていた小銭を持って閉店間際のスーパーに梢を連れて行った。そこで安いケーキを買った。丸いケーキは売っていなかったし所持金からホールケーキは買えそうになかったからだ。
そして家に帰って2人だけでお祝いをした。梢のわがままでロウソクを7本立てた。「一緒に消そうね」とタイミングを合わせてそれを吹き消そうとしたが梢がフライングして先に3本消してしまった。慌ててライターで火を点けようとする梢。だが、それがまずかった。うまく点火できずに苛立った梢が、何を思ったかティッシュに火を点けてそれをロウソクに移そうとしたのだ。そしてその作戦は失敗した。火のついたティッシュが床に散乱していたゴミに引火した。瞬く間に火は次々とゴミに燃え移り、手が付けられないほど燃え上がった。唖然としていた2人だったが、先に梢が「ママが!」と2階の両親を思い出した。そこで望海は姉である自分が2階に知らせに行くといって梢を先に脱出させた。
階段を上がり寝室の前で耳を澄ませる。性交の最中に入ると叱られることは分かっていたので中の様子を伺う。だが、反応は無い。というより、微かにイビキが聞こえてきた。どうやら両親は寝ているらしい。と、その時、望海の目につっかえ棒が目に入った。それは子供部屋に望海達を閉じ込める時に使われるものだ。それが目に付いたのは偶然だった。だが、望海の心に使命感のようなものが芽生えた。
これはチャンスかもしれない!
少しだけ迷った。だが、望海は意を決して、つっかえ棒を寝室の扉が開かないようにセットした。そして音をたてないように階段を下りた。玄関に続く廊下を走る。障害物を避けながら進む。その時には既に酷い匂いと煙が1階に充満しつつあった。望海は必死に走った。そして玄関から家の外に出た。家の外に出ると先に避難していた梢が「おねえちゃん」と、抱き着いてきた。振り返ると木造二階建ての一軒家は煙に支配されていた。1階の窓という窓から煙が溢れている。バチバチと物が焼ける音が耳に痛い。1階を中心に炎が広がり、あっという間に2階を火に包んだ。やがて消防車や救急車のサイレンがやってきて、知らない大人達がしきりに話し掛けてきた。その時、誰かが「中に誰か居るの?」と尋ねたのに対し、望海は2階が真っ赤に燃えるのを確認してから答えた。
「2階に親が居る」
後になって望海は冷静に考える。仮にあのつっかえ棒がなかったとしても、酒とドラッグで熟睡していた両親は逃げ遅れていただろうと思う。それにあのゴミ屋敷だ。火の回りが異様に早かった。どのみち、あの両親は死んでいた。しかし、あのつっかえ棒を自らの意思で置いたことが重要だったのだ。望海は自らの意思で運命を切り開いたのだと思い込むように努めた。
望海は凍える頬に手を当てながら首を振る。
「なんで思い出すんだろ……」
忘れたい過去。消せない葛藤。最低な両親は死んで当然と思う。それは今でも変わらない。
「生きる為には行動しないと」
望海は自らを勇気づけるようにそう呟いた。そしてヘレンの死体を見る。彼女の背中にあったはずのライフル銃は消えている。
それを確認して望海は軽く頷いた。
「行こう。今日は疲れた。お風呂に入りたいよ」
そんな姉の表情を見て梢は涙目で「うん」と、小さく頷いた。
* * *
愛衣の口から語られた事実を聞いてモエは肩を落とした。
「なんやねんな……」
モエは乙葉の横顔を見て何か言いたそうな顔をする。だが、乙葉は表情を変えずに愛衣の入れた紅茶を飲んでいる。
モエが脱力するのも無理は無かった。武器と能力が殺した人間に移転すること、武器でないと死なないという事実は、モエに少なからず衝撃を与えた。思い当たる節が無いわけではない。例えば自らの運動能力。ダッシュ力とジャンプ力が一時的に高まっていることは割と早い段階で自覚していた。イリア達と戦闘になった時もそうだ。桐子は手を翳しただけでモエを吹っ飛ばした。あの衝撃波を体験したモエからすれば、あれが能力と言われれば納得できる。詩織の伸び縮みする鎖鎌、相手を金縛りにする智世の赤い目、確かに1人1人に常人離れした力があったように思える。
「ヘレンの能力は何なんやろ? アイツ、瞬間移動みたいに消えよったで」
乙葉がコクリと頷く。
「確かに。目の前から消えて、一瞬で違う場所に現れた。まさか時間を止める能力とか?」
「マジか? それがホンマやったら無敵やん」
乙葉は腕組みしながら首を傾げる。
「双子の片割れ。ほんの数秒だけど信じられないスピードで動く。あれも能力?」
利恵がつまらなさそうに言う。
「もう一方の子は危険を察知する能力があるみたいよ」
それは梢のことを指している。トライデントの攻撃を何度か交わされた利恵はそれに気付いていた。
「それでか! それで分かったで!」
モエは屋根から飛び降りた時の一撃が交わされてしまった原因を理解した。
「危険察知能力やな。ウチの攻撃が避けられてしもたのはそれや!」
暖炉の火が微かに弾ける音、大きな柱時計が秒を刻む音、大げさな造りの椅子が軋む音がリビング気まずい空気を演出した。窓枠には夕日のオレンジが集まっている。今日は珍しく雪が降らなかった。だが、そこは雪国だ。室内であっても油断すると冷気が纏わりついてくる。
モエは改めてこれまでの出来事を話した。かいつまんで淡々と話したつもりだが、やはり野乃花の死と詩織の死の部分では涙が零れてしまった。一方、愛衣は雪の町に来ることになった辺りから始めて、イリア達との仲間割れ、玲実達との対立を中心に経緯を説明した。
和佳子の死を聞いてモエが顔を顰める。
「和佳子いうのは、あの食いしん坊の子か?」
「そうよ」と愛衣が頷く。
「あの子、殺されたんか……」
愛衣の説明では玲実の砲撃によって和佳子は致命傷を負ったということだが、そこで利恵が口を挟む。
「私が殺した」
「え? なんやて?」
利恵はモエの目を見ながら言う。
「託されたのよ。だから必ず仇を取るつもり。それにあの双子には焼き殺されそうになったから」
「なんやそれ……」
利恵は無表情に言う。
「玲実って子も私がやった。あとはあの双子だけ」
モエが首を竦める。
「やっぱ、変わったな。前はそんなキツイ目してなかったで?」
モエの指摘に利恵が眼鏡の奥の目を吊り上げる。が、すぐに無関心を装う。
「どうとでも言って」
乙葉が口に手を当てながら呟く。
「あの外人女、いつの間に双子と手を組んだんだろ?」
「せや! どこに接点があったんやろ? 見張り台を砲撃さした時はそんな感じや無かったんやけどな」
モエはヘレンが籠城する見張り台を玲実に攻撃させた時のことを思い出していた。
乙葉が唇を噛む。そして怒りに満ちた表情で首を振る。
「許せない。野乃花を殺しただけでも許せないのに能力や武器まで奪うなんて」
「それならイリアも一緒や。アイツは詩織の武器と能力も奪ったことになるで」
2人の言葉を聞いて愛衣が困ったような顔をする。
「大変ね。敵が多くて」
乙葉はキリッとした顔をみせる。
「ヘレンは殺す。イリアも必ず。そいつらに味方する奴等も」
乙葉の宣言に愛衣は小さく溜息をついて首を振る。
乙葉に比べるとモエのテンションは低いように見える。
モエは強張った顔で提案する。
「ほな、共同戦線っちゅうことでええんやな? ヘレンが双子と組んどるということはウチ等にとって共通の敵やさかい」
それに対して利恵が冷たく言い放つ。
「別に。好きにすれば? 足手まといにならないならだけど」
その言い方に乙葉がカチンときた。
「なに? その言い方。まるで自分は……」
「私には能力がある。武器も使い分けられる。貴方達とは全然違うわ!」
利恵の迫力に押されて乙葉が「うっ」と言い返せずに黙ってしまった。
利恵は少し表情を曇らせて続ける。
「貴方達とは違う……私はもう……」
その後に続く言葉が出てこない。
まるで何ともいえない重い空気が質感を持ち始めたように室内から明かりが失われていった。
* * *
トンネルを抜けると雪の町は白と黒の領域がくっきり分かれていた。
雪は降っておらず風も無い。静けさの中に佇む白の町は大人しく夜の闇に組み敷かれているように見えた。
イリアが白い息を吐きながら微笑む。
「良かった。吹雪いてなくて」
桐子が苦笑いで応える。
「だな。助かったよ。どのみち防寒具は調達しなきゃならないだろうけど」
「でも、明日でも良かったんじゃない?」
「いいや。夜でなくちゃ駄目なんだ」
桐子がきっぱりそう言ったのでイリアが「なぜ?」と首を傾げる。
桐子はぐるりと周囲を見回して説明する。
「見つけ易いからさ。恐らく、この町から人が消えたのは日中だ。それは室内の様子から推定できる。だから夜は殆どの家は真っ暗なはずだろ?」
「なるほど」
イリアは素直に感心した。この町は結構、建物が多い。仲間を探すのに闇雲に歩き回るよりは明かりのついた家を探した方が効率的だ。
桐子の意図は理解したもののイリアは心配する。
「でも、仮に誰かを見つけたとして、いきなり訪問したら警戒されないかしら?」
「だからボクが行く。もし、出てきた相手がモエ達だとマズいからね」
確かに詩織を殺してしまったイリアはモエ達に恨みをかっている可能性が高い。
桐子は大丈夫だといった風に頷く。
「説得してみるよ。ボク等は対立してる場合じゃないんだ。ひょっとしたら何か分かるかもしれない。皆の知恵を合わせれば気付かなかったことが出てくるかもしれないし、それが突破口になるかもしれない」
前向きな桐子の発言を受けて「凄いね」と、イリアが桐子の横顔を見る。
「ん? 何がだい?」
「尊敬するわ。こんな状況でも冷静だし、色んなこと良く知ってるし」
「え? それって褒めてんのか?」
「そうよ。お世辞じゃなくそう思ってるわ」
イリアは思った言葉を口にしただけだった。ところが、急に立ち止まった桐子の表情が固まった。そして、その目から涙が零れた。
それに気付いたイリアが動揺する。
「え? ちょっと、なんで?」
桐子は自らの涙に気付いて顔をこする。
「ゴ、ゴメン。そんな風に褒められるなんて初めてだからさ」
「え? 初めてって……」
「い、いや。うちは笑っちゃうぐらい男尊女卑な家でさ。5歳上の兄貴は王子。ボクはおまけ扱いだったんだ」
そう言って桐子は寂しそうに笑う。
「そうだったの……」
それ以上の言葉がイリアには浮かんでこなかった。
冷え切った空に月が出ていた。上弦の月がまるで触ると切れてしまいそうな輪郭を画一的な黒の背景に晒していた。銀色の積雪は表面がシャーベット状で、踏むと『シャリッ』と小気味良い音を放ち、内部の柔らかい雪はその音を跡形もなく飲み込んだ。
2人並んで黙々と夜の町を歩く。しばらく歩いたところで桐子が自らの境遇について話し始めた。
「両親、双方の祖父母。叔父さんとか伯母さんとか親戚連中もみんなそう。跡取りの兄貴は甘やかし放題。男ってだけでね。特別扱いさ。だからボクは男になりたかった。無駄だったけどね」
桐子の生い立ちにイリアは思いを馳せた。そして桐子が自分の事を『ボク』という理由を知った。
桐子は歩きながら続ける。
「奴隷だよ。生まれながらの。ボクは一生、家に仕えなくてはならない存在なんだって。兄貴のしもべ兼お世話係。兄貴はね。ボーダーなんだ」
「ボーダー?」
「ああ。周りは認めたがらないけどね。アレは病気だよ。理不尽な仕打ちに何度も泣かされたからボクには分かる。正直、憎んでる。子供の頃から事あるごとに差別されて、認めて貰おうと頑張っても『女のくせに』って逆に叱られる。理不尽だよね……」
そういえば桐子の口から家族の事を聞くのは初めてだった。だが、今なら分かる。その表情や口調から、彼女が家族を憎んでいるのは本当の事だ。
しばらく進んだところで明かりのついた家を発見した。
「お? アレは……誰か居る!」
桐子の歩く速度が速まる。イリアもそれに続く。
そして目的の家の前まで来た。
武器は見せないほうが良いという判断から桐子の大剣は近くの雪だまりに刺しておいた。
呼び鈴を鳴らす。直ぐには出てこない。が、しばらくして玄関のドアが薄く開いた。その隙間から半分顔を覗かせたのは双子の梢だった。
桐子はわざと明るい表情で声を掛ける。
「やあ。ちょっといいかな? どうしても知らせておきたいことがあるんだ」
いったんドアが閉じられ、少し待たされた。そして今度はドアが普通に開いて風呂上りの望海が姿を見せた。
「なに? 何の用?」
望海は明らかに不機嫌そうだ。
桐子は警戒心を解こうと笑顔をみせる。
「大丈夫。こっちはボクとイリアだけだよ」
望海は軽く桐子の後方に目を向けて確認する。
「みたいね。で、知らせたいことって何?」
「大事なことだから、できれば中で話したい。入れて貰えないか?」
望海は手ぶらの桐子を眺めながら了解する。
「武器は持ってないようね。いいわ。ここじゃ寒いから」
その言葉を受けて桐子とイリアは家の中に入る。イリアのハルバードも桐子と同様に家の外に置いてきた。
通されたのは上品な造りの居間だった。豪華とまではいかないが、高額そうなソファや凝った模様の椅子がある。暖炉に火は点いていなかったが、代わりにブリキ人形のような大きなストーブが赤々と熱を発していた。
桐子が室内を見回して尋ねる。
「あれ? 玲実は? 一緒じゃないのかい?」
それを聞いて梢が怯えたような表情で姉を見る。
そして望海が「死んだ」と、ぶっきらぼうに答える。
「な!? 死んだ!?」
桐子も驚いたがイリアも「なっ!?」と、絶句する。
望海はソファに腰を下ろすと首を竦める。
「武器は利恵に奪われた」
桐子が目を丸くする。「利恵が!? 信じられないな」
望海は肘かけに上半身の体重をかけながら言う。
「能力も……ね」
望海は試すような顔つきでそう言った。
イリアが反応する。
「利恵が武器と能力を奪ったなんて……何があったの?」
イリアの言葉に望海がニヤリと笑う。
「やっぱ知ってるのね。そのルールのこと。いいわ。ついでに教えといてあげるけど、あのメガネ。もう普通じゃないよ。完全に正気を失ってる。それにブタ女の武器と能力も持ってるから」
桐子が顔を顰める。
「ブタ女って……まさか和佳子のことか!?」
「そうだよ。他に誰が?」
「和佳子が……利恵に? 利恵と和佳子は仲たがいしたのか?」
桐子はそう言って考え込む。
イリアも困惑した。利恵達と別れてからそれほど日数は経っていない。自分達と別れてから利恵達のグループに何があったというのか?
望海はペットボトルの水を飲み干して付け加える。
「それと最悪なことにモエと乙葉がそこに加わったっぽい」
そこで桐子とイリアが顔を見合わせる。
さすがの桐子も理解が追いつかない様子だ。
「利恵がモエ達と組んだだって? ますます理解できないな」
イリアも首を傾げる。
「あの2人がこの町に向かったのは分かってたけど、まさか組むなんて……」
桐子とイリアが戸惑っている様子を眺めながら望海が話を変える。
「ところで、そっちの武器は何? 表にあった剣みたなやつ?」
「そうだ。大剣だよ。持ち運びが不便なんだ」
「能力は? どんな能力を持ってるの?」
望海の質問に答えそうになった桐子がハッとする。
「それを聞いてどうするんだい?」
「別に……使えるものかどうか興味あるだけ」
望海はそう言うが、桐子は警戒した。武器や能力を奪う、奪われるの話をしていた時の望海に得体の知れない危うさを感じていたからだ。
イリアも同じことを考えていた。手の内を明かすことが得策ではない。
その時、ドーンと突き上げるような縦揺れが生じた。ミシッと建物が軋み、地鳴りが周囲を包んだ。
「地震か!?」と、桐子が立ち上がろうとしてよろめいた。
「いやぁ!」と、梢が椅子にしがみつく。
「大きいわ!」と、イリアがストーブに目を遣る。
望海が「なんなの。こんな時に」と、吐き捨てる。
揺れはまったく収まることが無かった。1分、2分と震度6以上はあると思われる揺れが続いた。テーブルの上の物が引っ掻き回され、調度品が次々に倒れる。大型のストーブも前後左右に大きく揺れる。
まさかこの世界でこんな大きな地震に見舞われるとは! と思っていた矢先に爆発音が遠くで発生した。
「何か爆発したのか?」と、桐子が窓に向かう。
揺れは随分と収まってきたが地鳴りのような音は続いている。
顔を押し付けるようにして窓の外を凝視していた桐子が呻く。
「まさか……嘘だろ……」
「ど、どうしたの?」と、イリアが心配して桐子の傍に寄ってくる。
桐子は「暗くて良く見えないけど」と前置きして言う。
「山が噴火したかもしれない」




