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第27話 コの字型作戦

 翌朝、望海に叩き起こされた玲実と梢が連れて来られたのは町はずれの建物だった。

 望海は「ここだよ!」と、振り返ってドヤ顔を見せる。だが、梢は首を捻る。

「ここがどうかしたの? なんかの施設?」

 正面には鉄筋の二階建てがカタカナの『コ』の字型に配置されている。学校のようで役所か会社のようにも見える。奥の建物の中央が玄関のようだが駐車場の雪が深くて、そこまで辿り着くのが大変そうだ。駐車場には何台か車が停まっているが、ボディの半分以上が雪に埋まっていて、どんな形なのかどころか色すら判別できなかった。

 望海が奥の建物を指差しながら胸を張る。

「どうよ? あそこに誘い込むんだよ。いい考えでしょ!」

 望海が何を意図しているのかさっぱり分からない。梢は困惑した。

「お姉ちゃん、そろそろ説明してよ。何がしたいの?」

 そこで玲実が不安そうな顔で望海の顔を見る。昨日から玲実は殆ど喋らない。そのせいでこのグループの主導権は完全に望海に移っていた。

 望海は手にしていた缶を持ち上げてニヤリと笑う。

「これを仕掛ける」

 望海の手には昨夜持ち帰ったガソリン入りのミニタンクがあった。

「は? お姉ちゃん、正気? てか、何の為に?」

 妹の質問に望海は真顔で答える。

「敵を倒す為に決まってるじゃない。これぐらいしないと不利だからね」

 玲実が「敵……」と、呟く。

「そうよ。これは玲実ちゃんを守るためでもあるの。攻撃こそ最大の防御って言うじゃない。誰が言ったか知らないけど」

 梢が軽く溜息をついて姉を睨む。

「なんでそれが玲実ちゃんを守ることになるのよ!」

「それは……ブタ女を殺っちゃったからよ」

 そこで玲実が驚いて顔を上げる。そして無言で何度か首を振る。

 望海はその様子を見て説明する。

「そうね。正確には直接、殺したわけじゃない。けど、相手はそうは思っていないわ。ブタ女が死んだのは玲実ちゃんのバズーカ砲にやられたって。きっと逆恨みしてるはずよ」

 望海が言うバズーカ砲というのはグレネード・ランチャーのことだ。

「私が……恨まれる?」

 そんな言葉を漏らした玲実の唇はカサカサに乾いていた。

「そうよ。死の原因を作ったのは玲実ちゃん。そう考えてるはずよ」

 望海は、わざと落ち着いた口調で玲実を追い詰める。あながちその考えは間違いではないのだが、利恵の葛藤など知る由もない望海にとってそれは単なる想像に過ぎず、玲実を支配下に置くための材料に過ぎなかった。

 梢が顔を歪めて他人事のように言う。

「そんなの理不尽だわ」

 望海は首を竦める。

「アタシもそう思うよ。でも、必ず復讐されるでしょうね。ブタ女の仲間に狙われるわ」

 それを聞いて玲実が怯える。

「そんなの嫌……どうしたらいいのよ……」

 梢も泣き出しそうな顔で訴える。

「だからといって戦うなんて駄目だよ。話し合おうよ」

 しかし、望海はピシャリとそれを撥ねつける。

「無駄よ。話し合いでなんか解決できっこない!」

「なんで、お姉ちゃんにそう言い切れるの? 仲間だったんだから正直に話せば……」

「甘いよ、梢は! まだ分かんないの? アタシ達はもとから浮いてたよね? ずっと別行動とってたから。それを今更仲良くしようって? 無理に決まってるでしょ!」

「そ、それはお姉ちゃんの思い込みだよ」

「だから! ブタ女の武器。あれが無かったことが証拠よ。あれはアタシ達に武器が奪われないようにしたの。だから、自分で止めを刺したのよ」

 玲実がショックを受けたように項垂れる。

「つまり……あっちは私達を敵だと認識してるってこと?」

「そうなるわね。それに武器の所有権が移ることも知ってる」

 望海はそう断言した。玲実は縋るような目で訴える。

「助けてよ。どうすればいいの? 教えてよ」

 その言葉を待っていたかのように望海がグイと顎を上げる。

「まずはここを踏み固めるのよ。奥の入口まで道を作るの。それで敵を誘い込む」

 梢が怪訝そうに尋ねる。

「で、その後どうするの?」

それに対して望海は「火を放つ」と、即答する。

「えっ!?」と、梢と玲実が同時に驚く。

 望海は駐車場を眺めながら自らの作戦を披露する。

「敵が追ってきたら奥の入口付近に誘い込む。それで先に中に入って鍵を閉める。その間にこっち側にガソリンを撒いて火を点ける。そうすれば駐車場で立ち往生することになるわ」

 望海の作戦というのは、この建物の形状を利用して敵を奥に誘い込み、手前の駐車場口を塞ぐことで閉じ込めてしまおうというものだ。

 玲実が作戦内容を理解してゴクリと唾を飲む。

「そ、それで閉じ込めたあとはどうするの?」

 望海はすっと手を伸ばして玲実の肩に手をかける。

「狙い撃ちするのよ。あなたのバズーカで」

「わ、私が……」

 玲実は眉を寄せて唇を噛んだ。そして複雑な表情で考え込む。玲実は彼女なりに葛藤していた。和佳子の死に繋がってしまったあの戦いを悔いている反面、命を狙われる恐怖が拭えない。

 それを見透かしたかのように望海が玲実の目を覗き込む。

「殺らなきゃ、殺られるよ? いずれは」

 望海の言葉は玲実に戦うことを強要しているように思えた。

 玲実はその視線を受け止めながら頷く。

「……わかった。やるわ。死にたくないもの……」

「そうよ。殺されない為にもやらなきゃ、ね?」

 望海が玲実を説得するのを見守っていた梢が顔を引きつらせる。

「ちょっと、お姉ちゃん達。なに恐ろしいこと企んでるのよ……」

 しかし、望海は妹を一瞥して言い放つ。

「梢。アンタなに他人事みたいに言ってんの? 殺されかけたこともう忘れたの?」

 望海の指摘に梢がハッとする。そうだ。最初に襲われたのは梢だった。3人のうち梢が狙われたのはたまたまかもしれない。が、真っ暗な書斎で何者かに襲われて殴られかけたのは事実だ。あの時の恐怖が蘇る。

 望海は追い討ちをかける。

「狙われてるのはみんな一緒よ。アタシだって同じ。だから3人で力を合わせて戦わないと、みんな殺されてしまうわ」

 梢は望海の言葉を噛みしめるように「うん……」と俯いた。計画に参加せざるを得ないことは理解したようだ。しかし彼女は大きく溜息をつくとが、やるせないといった風に首を振った。

 梢のリアクションを見守ってから望海が雰囲気を変えようと明るい口調で言う。

「とりあえず、この作戦は『コの字作戦』と名付けるわ」

 玲実が首を傾げる。

「コノジ? ひょっとしてこの建物がコの字型だから?」

「そうよ! さすが玲実ちゃん。察しがいいわね」

 望海はそう笑うが梢は呆れ気味に首を竦める。

「なにそのネーミング。相変わらずセンスないね、お姉ちゃん」

「うるさい。とっとと作業するわよ」

 そして3人は望海の指示で作戦準備に入ることにした。


   *  *   *


 イリアは夢を見ていた。それは暖炉の炎を眺めながら覚えのないリビングで智世と語り合っている場面だった。

 智世はしきりにイリアのことを褒める。あまりに智世が褒めちぎるものだから居心地が悪くなって逆に智世のことを褒めようとする。だが、うまく言葉が出てこない。なんとか智世に対して「あなたも強い子だよ」と伝える。

 だが、智世は照れながら言う。

「私はダメだよ。見ての通り虐められっ子だったしコミュ障だから。自分で嫌になるぐらい弱虫だし……でもね。お父さんが教えてくれたの。逃げ道を選ぶのは悪い事じゃないって。それで救われた。ホントは学校なんか行きたくないのにお母さんが許してくれなかったから。お父さんが庇ってくれたんだよね。絵を描く楽しさを教えてくれたのもお父さん。優しかったな。無理に学校なんか行かなくていいから好きな事をしてていいよって。私、お父さんのアトリエで毎日絵ばっかり描いてた。でもね、お父さんの偉いところは甘やかすだけじゃなかったことかな。嫌なことから逃げてもいいけど、それに抗うことを止めてしまったら駄目だよ。完全に諦めちゃったら行きつく先はドン底しかないからね。それを理解したうえで逃げ道を選ぶならお父さんは何も言わないよって」

 父親の話をする時の智世は心底、嬉しそうな顔を見せた。イリアはそんな彼女が羨ましくて堪らない。そして場面は唐突に転換して目の前にイリアの父親が現れる。途端に嫌な気持ちになる。逃げたくなる。だが、父親は執拗にイリアに触れてくる。それは親子のスキンシップとはいえないような気味の悪い接し方だ。そこに智世が助けに入ろうとする。彼女はハンドガンを構えてイリアの父親に警告する。ところが、いつの間にかそれは智世ではなく母にすり替わっている。助けようとしてくれているのは分かる。だが、忌みすべき父親は逆切れして母の首を絞める。それがエスカレートして、父親は刃物で何度も母を切りつける。やめてと叫ぶイリアの声は届かない。そして血まみれの女の死体。それが再び智世の姿にとって代わる。泣いても叫んでもどうにもならない。悔しさとやるせなさでイリアの胸が張り裂けそうになる。

 そこで目が覚めた。気が付くと泣いていた。頬を伝う冷たさと朝露の湿り気でイリアは意識が孤立するのを自覚した。まどろみの余裕は無い。そして周囲を見回して昨夜と変わらない緑一色の森に辟易する。そこでイリアの目がある一点に留まった。

 イリアは自分の肩に寄りかかって眠っていた桐子を揺り動かす。

「ねえ、起きて」

「んあ……どうした?」

 桐子は寝ぼけ眼で大きな欠伸をする。そして朝露の冷たさに「ひゃあ」と驚く。桐子が起きたのを確認してイリアが「見て」と、ある一点を指し示す。

 イリアが指差す方向を見て桐子が目を見開く。

「あれ? 傾いてる!? 何でだ?」

 その視線の先では盛り土の上に立てた木が斜めになっていた。そこには智世の遺体が埋まっている。昨夜遅くまでかけて埋葬したのだ。本当はもっと深く穴を掘りたかったが、道具が無かったので止む無く土を運んで盛った。その際にはあとで掘り起こし易いように衣類をかけて軽く土をかけた。いつか救助された時のことを考えてのことだ。そこに目印となるよう枯れ木を差して墓標代わりにした。それが朝になって傾いている。

 桐子は立ち上がって墓の側まで行くと、墓標のささり具合を確かめる。

「あれ!? なんか昨日と違うような……」

 その隣でイリアも不思議がる。

「変ね……少し低くなってるような気がする」

 土の盛り上がり具合が昨晩とは異なる。と、その時、桐子が「ひゃっ!」と声を上げた。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと崩れたぞ?」

「え? どういうこと?」

 そう言ってイリアが墓標の根元を覗き込む。そして「あ!?」と、息を飲む。なぜなら綺麗に固めたはずの表面にひび割れが出来ていたからだ。

 桐子は墓標を軽く揺らしながら感触を確かめる。

「見ろよ。陥没してるんじゃないか?」

 その動作でひび割れが他の個所でも生じる。あまりやりすぎると本当に崩れてしまいそうだ。

 桐子が手を止めて唸る。

「うーん。まさか死体が消えちまったとか?」

「そ、そんなバカな!」

 驚くイリアの顔を見つめながら桐子が言う。

「いや。有り得るかもよ。ここは異世界だ。死んで元の世界に戻ったって可能性がある」

 桐子の言葉が理解できずにイリアは絶句した。

「ボク達がいるこの場所は普通じゃない。なあ、考えてみなよ。そもそも、武器以外では死なないっていうのも変な話じゃないか? 実は前から考えてたんだけど、ボク達はとっくの昔に死んでいて、今の状態はあの世みたいなもんじゃないのか? 多分、撮影に向かう船で何かがあったんだと思う。事故か何かで皆が一斉に死んでしまったとか」

 桐子の説に反論できずにイリアは自らの手の平をじっと見た。手に着いた土はすっかり乾燥している。それが証拠だ。確かに昨夜、智世を埋めたはずなのだ。もしあれが夢か幻だというのなら、あの時流した涙は何だったのか? 擦り傷と泥だらけになったボロボロの手は何の為だったのか……。

 桐子が腕組みして顔を顰める。

「けど、掘り出して確かめる訳にもいかないしな……」

 そこでイリアが何かに気付いた。

「あっ!」

 イリアの反応に桐子がビクっとする。

「な、なんだよ、イリア? どうかしたのかい?」

 桐子の質問には答えずにイリアは「そうか……忘れてた」と、考え込む。そして顔を上げる。

「確かめる方法があるわ」

「なんだって? どうやって?」

「南風荘。はじめに殺された子が居たでしょ」

「……そうか! あの敏美って子だな?」

「ええ。もし、本当に死体が無くなってしまうなら彼女の遺体も消えているはずよ」

「よし! 行ってみよう」

 桐子とイリアは早速、南風荘に向かうことにした。


   *  *   *


 望海が汗を拭いながら満足気な表情を浮かべる。

「ふう。思ったより重労働だったわね」

 梢はぐったりした様子で恨めしげに姉を見上げる。

「もうクタクタだよ。お姉ちゃん人使い荒すぎ」

 玲実も汗だくになりながら大きく息をつく。

 望海はぐるりと駐車場を眺めて頷く。

「うん。これでよし。みんなお疲れ様。さて、じゃあ昼食にしよっか」

 望海の提案で3人は昼食を兼ねて近くの民家で休憩した。

 久しぶりに身体を動かしたせいか、お腹が膨れたところで3人とも小一時間ほど眠ってしまった。そして目が覚めたところで早速、行動に移る。


 各々の武器を持って町に繰り出す。3人は仕込みの終わったコの字型の建物を起点に、しばらく町の中心部に向かって歩いた。やはり町は静まり返っていて、積雪がたまに崩れる音が大げさに聞こえた。雪に埋もれた無人の町は誰も雪かきをしないので、より自然界に近いように見える。建造物の輪郭は一様に失われ、まるで白いペンキを浴びたみたいに白一色で押し潰されそうになっている。

「この辺りでいっか」と、望海が周囲を見回す。

 そこで玲実が小さく頷く。

 望海が3階建ての建物を指差して言う。

「ね。あの看板を狙ってみて」

 望海が指定したのはロシア語で書かれた看板だ。

「どう? 狙える?」と、望海が玲実に視線を送る。

「分かった。やってみるわ」

 玲実はそう答えてからグレネード・ランチャーを撃つ体勢に入った。腰を落として重心を下げる。小脇に抱えるようにしたグレネードの砲身をやや上に向ける。そして歯を食いしばって引き金に指をかける。

『バシュッ!』と、グレネードが発射され、弾が軌跡を残して飛んだ。そして着弾地点はやや外れたが『バーン!』と、看板の近辺で爆発が生じた。相変わらずの轟音に梢が両手で耳を塞ぐ。

「うへぇ、やっぱ凄い威力だね」と、望海が首を竦める。

 撃った本人である玲実も発射した時の姿勢で硬直している。

 望海がニヤリと笑う。

「けど、これぐらい派手な方がいいわ」

 望海はそう言ってから走り出した。そして振り返って玲実に指示を出す。

「次が撃てるようになったら、もう一回ね」

 それを聞いて玲実がコクリと頷く。梢も緊張したような面持ちで移動を始めた。

 望海の作戦はこうだ。まずは玲実のグレネードで無差別にあちこちを攻撃する。そこで爆発音を響かせて敵の注意を引き付けるのだ。望海は先行して偵察する役目だ。そして敵を発見したら接触して、わざと追ってくるよう仕向ける。その際には交戦も辞さない。望海は足に自信があったので追いつかれる心配はない。なので、敵を誘導してコの字型の建物に誘い込むのだ。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。望海は少しずつ町の中心に移動しては、少し離れて玲実がそれに続く。望海が合図を送って玲実がグレネードを放つ。それを何度か繰り返したが、まるで反応が無い。

「おっかしいなあ。何で誰も出てこないんだろ? 警戒されてるのかなぁ」 

 どれぐらいそれを続けただろうか。失敗かと諦めかけた時だった。望海の視界に動く物がようやく目に入った。

「きたかな!?」

 そこで望海は曲がり角まで戻り、様子を伺う。そして慎重に前進して、さらに前方を注視した。ゆっくり音をたてないように歩いてはいるつもりだが、足元で沈む雪の音は消しようがない。と、そこで望海の足が止まった。

「ひっ!」と、望海が驚きの声を漏らす。なぜなら、無人と思われた通りの脇に利恵の姿を見つけたからだ。その距離は2メートルも無い。どうやら利恵の方が先に望海を発見していて待ち伏せをしていたらしい。

 思ったより近い位置で利恵と鉢合わせしたので望海は「な、な、なんで!?」と、腰を抜かしそうになった。

 利恵はハンマーを片手で持ちながら低い声で問う。

「どういうつもり?」

「あ、あ……」

 利恵の迫力に気圧されて望海の足が震える。

 利恵は周囲を見回して言う。

「ミエミエなのよね。どうせその辺に仲間が隠れてるんでしょ?」

 それに対抗するかのように望海は意地悪そうな顔つきで言う。

「人殺し……」

「なっ!?」

「よく平気でいられるよね? 人殺しのくせに」

 望海に煽られて利恵は激高した。

「な、何ですって!?」と、利恵が目を吊り上げてハンマーを構える。

 望海はそれを警戒しながら、なおも挑発を繰り返す。

「真面目なフリして殺人鬼? 怖い怖い」

「黙って! それ以上、言うなら……」

「殺れんの? アンタに」

「黙れっ!」と、利恵がハンマーを振り上げて威嚇する。

 望海はジリジリと後退しながらハンマーの動きを注視している。

 利恵はギリリと歯を食いしばりハンマーを振り下すかどうか思慮している。

 それはチキンレースだった。一触即発、先に動いた方が負けのような空気が張り詰めている。

 利恵はいつでもハンマーを振り下す準備ができている。

 望海は後ろ手に双剣を忍ばせている。

 望海が小さく叫ぶ。

「偽善者!」

 それがトリガーになった。その言葉は利恵にとってタブーだ。

 利恵が「あああっ!」と、ジャンプで距離を詰めながらハンマーを振り下す。

そこで望海が軸をずらしてハンマーを避ける。が、『ドゴン!!』と地面を打ち砕くような威力に顔を歪める。まるで狙った相手をねじ伏せるような打力に恐怖する。

 咄嗟に望海が叫ぶ。

「玲実ちゃん! 逃げて!」

 利恵は続けてハンマーによるショートレンジの打撃を繰り出した。

 そこで望海のクイックな動きが発動した。望海の驚異的なスピードはハンマーの動きを上回る。あまりの俊敏さに利恵はまったく付いていけない。望海はハンマーヘッドをかいくぐって接近すると「貰った!」と、利恵の肩口に右の剣を振り下す。

 が、『ガキン!』と、刃の動きが妨げられる。

「なっ!?」と、望海が驚愕する。剣から伝わる痺れを意識しながら「クッ!」と、半回転して今度は左の剣で下から斜め上に斬り上げる。だが、剣先は利恵の頬を掠めて空を切った。 利恵はスウェーバックの要領で剣の軌道をいなすと同時にカウンター気味にハンマーを振る。それを望海が腰を引いて交わす。そして空振りでガラ空きになった利恵の背中を蹴る。それを食らった利恵がバランスを大きく崩して転倒した。

「このっ!」と、利恵が立ち上がるより早く、望海はダッシュして来た方向に戻る。

「どうなってんのよう!」と、望海は走りながら原因を考えた。

 訳が分からない。確かにこの剣で利恵の首筋を狙って斬ったはずなのに自力では倒せなかった。

 利恵が起き上がる間に自慢の脚力で距離を稼ぐ。その時、『ヒュッ』と、トライデントが真横を追い越して望海の進行方向に刺さった。

「やっぱり!」と、望海が振り返る。それは利恵が投げたものだと理解する。望海の推理は当たっていた。やはり利恵は和佳子のトライデントを自分のものにしている。

 望海は利恵が追って来るように離れ過ぎず、追いつかれない程度に目的地へ向かって走った。そしてその目論見通り、利恵は望海を執拗に追いかけてくる。

 先に逃げた玲実がコの字型の建物に辿り着いた時には足の速い望海が追いついていた。

「玲実ちゃん、隠れて!」

 望海の指示で予定通り玲実が車の陰に隠れる。山のような雪を纏った車は格好の隠れ場になる。続いて望海は利恵が追って来るのを確認した。そして利恵に自らの姿を見せつけてから死角に入るように建物の陰に身を隠した。

 望海達を追ってきた利恵は息があがっていた。深い雪のせいで足は重い。それでも望海達の足跡を辿りながら必死に食らいついていく。復讐心が利恵を駆り立てていた。

 望海の姿が見えた建物の角を曲がる。その姿は見えない。どこかに隠れたのだろうと推察する。駐車場があってそれを建物がコの字型に囲んでいる。

「どこ!?」と、利恵は目を凝らす。と、そこに奥の建物の入口近くに望海の姿を発見した。

「いた!」

 利恵はその方向へ移動しながら痣をタップしてトライデントを出す。それを空中でキャッチして流れるような動作で投げる。トライデントが物凄い勢いで建物の玄関口に一直線で飛んでいき、壁に刺さった。望海は驚きながらも慌てて玄関口から中に入った。それを利恵がハンマーを片手に追う。駐車場にできた一本道を走る。

 と、その時、利恵の背後から望海が現れた。望海はタンクのガソリンを派手に撒いて火を放った。そして投げ入れたタンクが『ボン!』と爆発して駐車場の入り口付近が真っ黒に燃え上がった。

玄関口に向かっていた利恵が立ち止まって振り返る。その目に一瞬、望海の姿が目に映る。

「えっ!?」

 玄関口から建物内に逃げ込んだはずの望海がそこに居ることが信じられなかった。しかも、ガソリンを撒いて火を点けるなどという恐ろしいことをしている。

「撃って! 玲実ちゃん!」と、望海が叫ぶ。

 嵌められたと悟った利恵は玄関口に向かう。が、そこも燃えている。いつの間にか玄関口の辺りからも激しい炎が立ち上っている。ちょうど利恵を挟むように前後が炎と黒煙の壁で塞がれてしまった。

立ち往生する利恵。そこに向かって玲実のグレネードが放たれる。

『バーン!』という破裂音が利恵の左手で発生した。さらに、やや遅れて引火した車が激しく燃えだして爆発音があちこちで生じる。それは望海達が仕掛けた罠だった。望海は近辺の民家から集めたガソリンのミニタンクを駐車場のあちこちに埋めておいたのだ。雪に埋まったそれらが次々に誘爆して、あっという間に駐車場は火の海に包まれた。駐車場内は、まるで燃料を過剰にぶち込まれた焼却炉のように激しく燃え盛った。黒煙は逃げ場を求めて我先に上に向かう。うねった炎は、まるで叩き起こされた獰猛な生き物のように猛り狂い、絡み合いながら不規則な渦となって溢れ出した。

 猛烈な音と熱に圧倒されながら望海は確信した。

「ザマア! 流石に、これでくたばったでしょ」



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