表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/36

第25話 悲惨な結末

 詩織は唇を噛んで鎖を強く引いた。鎖はまるで掃除機に収納されるコードのように詩織の手元に吸い寄せられる。イリアは「ぐっ!」と、数歩踏ん張ったが、鎖が巻き付いたハルバードごと引きずられてしまう。

「ううっ!!」と、詩織は力を込めて尚も鎖を手繰り寄せる。その引力は詩織の引手による力だけではない。まるで鎖そのものが縮んでいくかのようだ。

 イリアは倒れまいとして詩織に向かって数歩走った。が、とっさの判断で武器を手放す。するとハルバードは鎖に引っ張られて物凄い勢いで詩織の足元に引き寄せられてしまった。

「……どういうこと?」

 イリアは我が目を疑った。詩織の鎖は10メートル以上離れた所まで届くような長さではない。どう見ても鎖が伸び縮みしているようにしか思えなかった。

 唖然とするイリアの左方向からモエが戦斧を手にダッシュで迫ってきた。

「うおぉぉ!」と、イリアに襲い掛かるモエ。

 イリアの反応が若干、遅れる。

 桐子はイリアの後方から左手を伸ばして叫ぶ。

「止めろっ! モエ!!」

 と、その時『ボンッ!』と、空気の破裂音が生じた。そしてそれに呼応するかのようにモエが大きくバランスを崩す。

 桐子は「え? 何だ? 何か出た?」と、左の手の平を見る。そして、感覚を確かめるように指を曲げて伸ばしてを繰り返す。

 一方のモエは突然、何かに突き飛ばされたようにバランスを崩して左方向に倒れてしまった。

「ぐっ! 何や? 今のは?」 

 爆風のような見えない圧力が桐子の居る方向から押し寄せてきた。起き上がりながらモエは桐子を睨む。

 桐子は先ほどの動きを再現する。モエに向かって左の手の平を向けて「はっ!」と、気合を入れてみる。が、何も起こらない。

 武器を奪われてしまったイリアは詩織が振り回す鎖鎌を交わすのに精いっぱいだ。

 さらに緑の石碑に近い所では金縛りが解けた乙葉が智世に向かってショットガンを発砲していた。智世は石碑に隠れてそれを回避する。が、2発目の散弾が抉った石碑の破片を頬に受けて「ああっ!」と、悲鳴をあげる。

 モエが立ち上がって再び詩織に助太刀しようとした。桐子は試しに大剣を右から左手に持ち替え、今度は右の手の平をモエに向ける。そして手先に「はっ!!」と、力を入れた。すると再び『ボンッ!!』という破裂音がして、ワンテンポ置いてモエが「うあっ!!」と、吹き飛ばされた。

「できたぞ!」と、桐子が手の平を見ながら目を輝かせる。「すげえや!」

 桐子の脳裏に『能力』という言葉が過った。手の平から出す空気砲のような衝撃波。恐らくそれが桐子の能力なのだろう。

 2発目の衝撃波を食らったモエは運悪く岩柱に頭をぶつけて気絶した。それを見て桐子はイリアの援護に駆けつける。

 桐子は鎌を振り回す詩織をイリアから引き離す為に大声を出しながら大剣を横に大きく振った。ちょうどハンマー投げのように身体ごと回転しながら剣先を詩織に向かって押し出す。だが、思っていたよりも深く踏み込んでしまった。牽制のつもりが大剣の刃先は詩織の脇腹に直撃してしまったのだ。

「しまった!」と、思わず目を閉じた桐子だが、詩織の反応が無い。

 桐子は恐る恐る目を開けて絶句した。イリアも詩織から距離を取りながら「え!?」と、目を見開く。

 詩織は「ううっ」と、自らの脇腹に当たった大剣の刃を右手で押さえながら桐子を睨んだ。

 桐子は「素手で止めた!?」と、目を剥くとともに大剣の刃がグニャリと曲がっていることに驚愕した。まるで熱せられたガラスのように大剣の刃が変形している。詩織の右手が触れた部分を中心に大剣の刃が大きく波うっていた。

「どういうこと?」と、イリアも異変に気付く。

 その時、石碑のところから三たび動きを止められた乙葉に向かって智世が拳銃を発砲する音が2発、3発と響いた。

「当たれ! 当たってよう!」と、智世は発砲する。だが、4発目も5発目も乙葉に命中させることができない。痺れを切らした智世はスタスタと乙葉に向かって近づく。おそらく至近距離で命中させるつもりなのだ。

 乙葉は迫ってくる智世の赤い瞳に恐怖した。だが、身体はまるで動かない。

「く、くそぅ……」

 智世は能面のような表情で乙葉のすぐ目の前まで近づくと乙葉の眼前に銃口を突き付けた。そして両手で拳銃を握り、狙いを定める。その手に震えはない。

 乙葉は覚悟した。この至近距離ではさすがに避けようがない。

 無表情な智世に焦りや迷いは見られない。そして引き金にかかった指がピクリと動いた。

『ザシュッ!!』

 そんな音が智世の動きを止めた。智世は軽く右に首を傾げる。次の瞬間、彼女の左首筋から音も無く血が噴き出した。それはダムの放水のような軌道を描いて智世の左半身を真っ赤に染めた。

「え?」と、乙葉の金縛りが解ける。そして目の前で智世が銃を持った手をだらんと下ろす様を見せつけられる。

 まるで時間が息を潜めたかのように皆の動きが止まった。

 智世はゆっくりと両膝を地面に着き、まるで爆破で解体される煙突のように崩れ落ちた。なおも出血は止まらない。

 流石の乙葉も返り血を浴びて言葉を失った。

 桐子の「智世っ!!」という絶叫でイリアが我に返った。イリアは智世の無残な姿を見て、次に振り返って詩織を睨みつけた。当の詩織は鎌を投げた時の姿勢のまま、険しい顔つきで固まっている。詩織が手にした鎖はイリアの脇を抜け、乙葉と智世が立つ位置を超えたところまで伸びている。それが着地した地点には鎌が転がっていた。それが智世の首筋を切り裂いたものだと理解するのに時間はかからなかった。

「よくも……」と、イリアの目に涙が溢れた。唇を噛んでそれを堪える。そして弾かれたように動き出す。イリアは、まるでアンダースローの投手のように右手をしならせてハルバードを拾いあげると、ヒョウのように低い姿勢で詩織に接近した。

「うっ!」と、詩織が鎖を両手でピンと張ってイリアの攻撃に備える。

 イリアはダッシュしながらハルバードの斧部分を掬い上げる。詩織は両手を前に突き出して鎖でそれを抑える。そして動きを止めた斧に右手を伸ばして触れた。すると斧の部分がグニャリと曲がって垂れた。が、イリアはそれに構わず突進すると左足で詩織の腹を蹴った。もろにそれを食らった詩織が「あっ!」と、顔を歪める。そこでイリアはハルバードを半回転させると一歩後退し、至近距離からハルバードの先端を詩織の脇腹に突き立てた。

 あっという間の出来事に詩織は成す術もなく腹を刺された。

「うぐっ」と、詩織が反応した時には既にイリアは槍の先端を引き抜き、反転して乙葉に向かっていくところだった。

 乙葉はイリアの接近に気付いて「こ、このっ!」と、慌てて銃口を向ける。

『バンッ!!』と、乙葉の散弾が炸裂する。しかし、イリアの周りで幾つかの弾丸が跳ねただけでイリアの突進は止まらない。まるで自身の周囲にバリアを張ったみたいにイリアは散弾を跳ね返してしまった。

「ば、ばかなっ!?」と、乙葉が驚愕する間にもイリアは乙葉との間合いを詰め、ハルバードを振って柄の部分で乙葉の顔面を打ちつけた。

「ぐぁっ!!」と、乙葉が顔面を強打されて怯む。

 イリアは乙葉を突き飛ばしてその脇をすり抜ける。

 ちょうど石碑のところでは桐子が智世の上半身を引きずっている。

「イリア! 逃げるぞ!」

 桐子はぐったりした智世を引きずりながら石碑に近付くと、智世の手を取って自らの手を重ねながら石碑にタッチした。イリアは桐子の意図を読み取ってそれに続く。イリアは石碑の近くに置いていたリュックを拾い上げると、乙葉達を一瞥して石碑に触れた。

 イリアの姿がふっと消え失せたところで乙葉が頬を押さえながら呻く。

「くそう……」

 そして痛みを堪えながら仲間の様子を確認する。詩織は腹を押さえながら前屈みで立ち尽くしている。モエは岩柱のところで倒れて動かない。

「詩織……」

 詩織が重傷であることは一目で分かった。彼女の太ももから地面に流れ落ちる血の量が只事ではないことを物語っている。

 殴られたダメージが残っているのか乙葉は思うように歩けない。砂漠の熱気が今更のように乙葉の身体を蝕む。

 乙葉はよたよたと歩きながら大声でモエの名を呼んだ。

「モエッ! モエッ!! 起きてっ!」

 歩きながら何度か声を掛けて、ようやくモエが目を覚ます。

「うう……しもた」と、モエは起き上がる。そして頭の痛みを自覚して顔を歪める。

「モエッ! 詩織が! 詩織がやられた!」

 乙葉の言葉にモエが周囲を見回す。そして詩織の姿を認める。

「ちょ、なんでや!?」

 モエは慌てて詩織に駆け寄った。そして足元の血溜まりを見て言葉を失う。詩織は苦悶の表情を浮かべて地面を見つめている。その顔色は青白く、全身が微かに震えている。

 そこにやっとの思いで乙葉が合流する。

「詩織。大丈夫?」

 しかし、乙葉の呼びかけに詩織は反応する余裕が無い。意識はあるようだが痛みに耐えることで精一杯のようだ。

 モエが乙葉の顔を見て問う。

「誰や? 誰がやってん?」

「イリア……イリアの槍にやられた」

「ホンマか! くそっ! で、あいつら、どこ行ってん?」

「石碑。あそこから逃げた」

 それを聞いてモエは戦斧をブンと振って「クソッ!」と、怒りを露わにした。そして石碑に向かおうとする。

 それを乙葉が制止する。

「待って! 今行っても無駄」

「なんでや? このままじゃ済まされへんで!」

「ワープしたところを攻撃される。それに今は詩織が……」

「う……確かに」

「移動しよう。取りあえず荷物を」

「しゃあない。分かった……」

 そう同意したモエだったが、「クソッ!」と、地面の砂を蹴り上げる。

 乙葉とモエは両側から挟み込むような形で詩織を肩で支えた。

「行くよ。ゆっくり」

「ええで。よいしょっと」

 乙葉とモエはそれぞれ詩織と身体を密着させて下から持ち上げるようにしてヨロヨロと歩き出した。重なった3つの影は力なく砂漠のスクリーン上をゆらゆらと移動した。


   *  *   *


 石碑を使って森の中に瞬間移動したイリア達は智世の蘇生に躍起になっていた。

 桐子は智世の首筋にタオルを押し当てて何度も呼びかける。

「智世! しっかりしろ! 目を開けろ!」

 イリアは必死で心臓マッサージと人工呼吸を続ける。仰向けにした智世の胸をリズミカルに押し、マウストゥマウスで口から酸素を送り込む。何度もそれを繰り返すが智世の顔は殆ど生気が無い。

 桐子はタオルを取り換えようとするが傷跡を見て顔を背けた。泡のような出血は完全に勢いを失い、凝固し始めている。その傷の深さから、もう助からないことは目に見えていた。だが、イリアは諦めない。雪の町の病院で調達した強心剤を注射して心臓マッサージを続ける。

 どれぐらいそれを続けただろうか。智世の胸を押すイリアの手が止まった。イリアはぎゅっと目を閉じて天を仰いだ。それを見て桐子は智世の死を悟った。

 桐子は智世の頬に手を当てて、その冷たさを噛みしめる。既に智世の身体は温もりを失いつつあった。

「あああっ!」と、イリアは、まるで涙を振り落とそうとするかのように激しく何度も首を振った。桐子は呆然としたまま智世の頬を撫で続ける。

 3人を取り囲んだ木々は、ひとつの命が終わる様を静かに見守っていた。そして、唐突にザッと枝葉をひと揺らしした。それはまるで誰かの死を告げる教会の鐘のような余韻を残した。


   *  *   *


 銀世界と砂漠を隔てる境界線上でモエと乙葉は瀕死の詩織を介抱していた。

 砂漠側に敷いたビニールシートの上に横たわった詩織はぐったりしている。が、意識はあるようだ。

 モエがその側に座って詩織の髪を撫でている。

「なんとか発熱は収まったみたいやな……」

 乙葉は境界線の向こう側に手を伸ばして雪を掬い、詩織の額を冷やした。

「さっきのは何だったのかな?」

「分からへん。けど、只事ではなかったな」

 つい先程まで詩織は酷い高熱にうなされていた。ただし、普通の発熱でないことは容易に理解できた。なぜなら、詩織の身体は発熱だけでなく発光しているように見えたからだ。乙葉はそのことを思い出して只事ではないと言ったのだ。

 モエが詩織の脇腹を見る。

「熱はその傷のせいやないんか……」

 イリアに刺された部分はミミズ腫れになって紫色に変色している。出血は止まっているように見えたが内部では内臓が激しく損傷しているのかもしれない。

 詩織は時々、薄らと目を開ける。そして口を動かそうとするが唇が開かない。

「なんや? 何か言いたいことがあるんか?」

 そう言ってモエは詩織の口元に耳を近付ける。だが、何も聞き取れない。

 このままどうすることも出来ずに乙葉が落ち込む。

「どうすればいいのよ……」

 モエが忌々しそうに言う。

「場所を変えた方がええんやろうけど、この辺、何も無さすぎや!」

 できれば日差しを遮る建物に移動したい。砂漠は暑すぎる。かといってすぐ隣の銀世界は寒すぎる。極端すぎる環境の二者択一。どちらを選ぶべきかモエには判断ができなかった。

 その時、乙葉が詩織の変化に気付く。

「ちょっと! 詩織!?」

「なんやて? アカン! 脈が弱っとる!」

 詩織の顔色は白を通り越して青白くなっている。モエが詩織の頭を揺らす。

「詩織、どや? 痛むか?」

 そこで朦朧としていた詩織が目を開けた。

「あ、ありがと……」

「しゃべらんでええ。意識だけ、しっかりしいや」

 その言葉に詩織が頷いたように見えた。しかし、その動きは弱々しすぎてあまりに痛々しかった。それを見て乙葉は思わず顔を背けてしまった。

 詩織は最後に力を振り絞るように唇を動かした。

「私……変われた……かな?」

 そのか細い声は、吐き出された空気が震える音のように聞こえた。

 モエが涙を堪えながら何度も頷く。

「うん。変わったで。詩織は強うなった」

 乙葉は両手で詩織の手を握ることしかできずに号泣した。

「いきて……ね。二人とも……」

 それが詩織の最後の言葉だった。

「うああああ!」と、モエが絶叫する。

 乙葉は涙でグシャグシャになった顔を歪めて「ウウ……」と、詩織の手を強く握る。

 汗と涙に濡れるモエと乙葉とは対照的に、詩織の遺体は乾いていた。

 強い日差しは容赦なく三人を照らし続ける。そんな砂漠に一陣の風が吹いた。風は詩織の前髪を揺らし、モエと乙葉の涙を撫でつけ、境界線の見えない壁で行き場を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ