第24話 熱
毛布をバサッと下して望海がゲンナリする。
「うえっ、やっぱグロいわ……」
雪の密度が濃くなりつつあった。音も無く淡々と落ちる雪は遠近感をぼかし、時の流れを曖昧にした。じっとしていると世界が失われてしまうような錯覚に陥りそうだ。
髪に絡まった雪を払いながら望海は首を竦める。
「梢は見ない方がいい。寝れなくなるから」
望海の足元には赤い毛布が広げられていて、それが人型に膨らんでいた。毛布は柄が判別できなくなるぐらい雪にまみれている。
玲実が恐る恐る尋ねる。
「やっぱり死んでいるの?」
望海は渋い顔で頷く。
「うん。間違いなく死んでるわ。頭が割れてる。飛び降り自殺した人と同じだね」
それを聞いて玲実は「ひっ!」と、両手で顔を覆った。
望海はすまし顔で言う。
「頭の傷。これが致命傷ね。玲実ちゃんのせいじゃない」
望海が発見したのは和佳子の遺体だった。死因は鈍器のようなもので頭を殴られたものと思われる。その証拠に和佳子の頭蓋骨は明らかに輪郭が歪んでいて出血が激しかった。
梢が泣き出しそうな顔で言う。
「お姉ちゃん、よく平気だね」
「んー、グロ画像なんてネットで幾らでも見られるからね。さすがにこの匂いはヤバイけど」
和佳子達と交戦した場所に利恵と愛衣の姿は無かった。幾つもの足跡と踏み固められた雪のくぼみにはうっすらと新しい雪が積もり始めていた。
望海は頭を掻きながら悔しがる。
「遅かったか。そんなに時間は経ってないのになあ……まさかあの眼鏡が止めを刺しちゃうなんて。想定外だわ」
梢は信じられないといった顔で首を振る。
「なんで!? 何であの子、そんなことを?」
和佳子の頭をかち割って死に至らしめたのは利恵のハンマーだと思われること。それは梢には理解しがたい事実のようだ。
玲実も震えながら呟く。
「仲間じゃなかったの? どうして……」
戸惑う2人に対して望海は冷静に分析する。
「考えられるとしたら2つ。苦しまないように楽にしてやった。ホラ、戦争映画とかであるじゃん。助からない仲間を撃つ、みたいなシーン。それか、所有権のことを知っててそれを阻止するために自ら手を下した。もし、後者だとすると厄介ね……」
武器の所有権が移転することを知っているのはヘレンも含めて自分達だけだと望海は思っていた。しかし、利恵達もそのことを知っていて絶命寸前の和佳子に止めを刺したのだとしたら当てが外れたことになってしまう。
望海がハッとして周囲を見回す。そしてある一点に目を留める。
「あーあ。やっぱりそうか……やられたわ」
そう言って望海はある箇所を指差した。
「ブタ女が最後に投げた槍があそこに刺さってたはず。なのに持って行かれちゃってる」
玲実もその場面を思い出してトライデントが刺さっていた箇所を凝視する。が、そこにそれは無く、壁に3つの穴が開いているだけだった。
望海は忌々しそうに言う。
「やっぱり回収されてる。ダメだ。いったん引き揚げよ」
望海は梢と玲実にこの場から去るよう促した。
梢が不安そうに尋ねる。
「ね、どうして? お姉ちゃんは何を考えてるの?」
すると望海は当たり前でしょというような顔つきで説明する。
「数的に不利だから。あっちにはボクっ子の桐子とかイリアが一緒にいるかもしれないからね。作戦の練り直しよ」
玲実は望海の言葉に顔を顰めた。そして今更ながら自分達のしでかしてしまったことを改めて後悔した。
* * *
目の前に広がる広大な砂漠。だが、足元には雪が深く積もっている。
桐子はピョンと飛んで砂の上に着地した。
「うあっ! 暑っ!!」
桐子のすぐ背後には雪に支配された白い世界。それに対して前方には灼熱の砂漠地帯。ちょうど桐子が飛び越えたラインを境目に二つの世界が並んでいた。
イリアは長靴にこびりついた雪が溶けていくのを眺めながら感心する。
「信じられない……不思議」
智世は右足を砂漠に左足を銀世界に残して境目を興味深そうに観察している。そして乾いた笑いを浮かべる。
「あは、冷たいのと熱いのが同時だなんて。変な感覚」
桐子は砂漠側に立って右手だけを銀世界に突っ込んではしゃぐ。
「すげえよ! 見えない壁があるみたいだ」
それはちょうど水槽の中と外のように一枚の壁によって異なる世界が同居している状態だった。桐子は雪のゾーンに移って「寒い」、砂漠に戻って「あったかい」と遊んでいる。
しばらくその異様な光景を堪能してから3人は砂漠地帯を進むことにした。
30分ほど歩いた所でイリアが円形に並んだ岩の群れを発見した。
「あれは……」
智世がスケッチブックを出して前方の岩と地図を見比べる。
「星印で示されてる所、みたいだね」
桐子は汗を拭いながら岩の形を見て笑う。
「なんかキノコみたいだな。似たようなのが何個も並んでるぜ」
自然と歩みが早まる。砂漠の真ん中に出現した人工的な岩の並びは何かありそうな雰囲気だったからだ。3人は砂に足を取られながらも早足で目的地に到達した。
エノキダケの形をした3メートル級の岩は等間隔で円を作っていた。それぞれの距離は10メートルほどで円の中心には緑色の石碑があった。
桐子が岩の直立する様を見上げながら溜息をつく。
「ふえぇ……これ、やっぱり自然にできたものじゃないよなぁ」
イリアが隣で頷く。
「ストーンヘンジみたいね」
「やっぱそう思う? ボクも最初にそれを連想した」
智世は目を細めながら周囲を見回す。
「凄く神秘的。面白いね」
3人揃って岩の並びを一周してみることにした。一周300メートルほどの円を岩の並びに沿って時計回りに歩く。
途中で桐子が何かに目を付けた。
「あ! あったぞ。地図通りだ!」
智世のスケッチブックに記された地図にはバツ印が2つ付いている。そのひとつめがそれだった。
イリアが呟く。「剣……大きい」
岩に立てかけられる形で大剣が光を放っている。近づいてみるとその大きさは圧倒的だった。何しろ長さだけで2メートル近くある。幅も広く、刃の部分が分厚い。見ただけでその重量が普通ではないことが分かる。そしてその近くには例の白い十字架が落ちていた。桐子はそれを確認して苦笑いを浮かべる。
「ハハ、分かってても、やっぱ気分悪いな」
墓標にはしっかりと『KIRIKO』と刻まれている。桐子はしゃがんで大剣の持ち手に手を伸ばす。持ち手の部分と刃の部分の割合は1対2といったところか。イリアと智世は黙って桐子の動作を見守る。だが、まさかそれが持ち上げるとは考えていないようだ。
「うへぇ、意外!」
そう言って桐子はひょいと大剣を持ち上げた。桐子があまりに軽々と剣を持ち上げたものだからイリアと智世は仰天した。
「なっ!?」と、イリアは剣先を見上げる。
桐子が立って剣を掲げると剣先は岩のてっぺんに届きそうな高さに達する。
「うん。意外とイケるな。ちょっとバランスが悪いけど」
智世はぽかんと口を開けてそのシュールな光景に吹き出してしまった。
「ププ……凄すぎて笑うしかないね」
イリアは呆れたように首を振る。
「まさか本当に持ち上がるなんて……」
桐子はニッと笑って胸を張る。
「へへ。一応、ボク専用みたいだからね。でも、これを持ち運ぶの大変だなあ」
桐子は試しに剣を縦に振ってみた。流石に片手ではフラつくので両手で剣を振り下す。すると大剣は自身の重みで、まるで大木が切り倒されたみたいな動きで地面に『ドスン!』と剣先をめり込ませた。そのダイナミックな動きに翻弄された桐子は不恰好に前のめりになった。
「うえっ! 持って行かれた!」
大剣の勢いに桐子の身体が追いついていない。桐子はむきになって再び剣を構える。そして「えい!」と、今度は横に振る。すると今度はその遠心力でハンマー投げの投てき直後のように身体が引っ張られてしまう。まるで剣に遊ばれているようだ。
「くそう! 悔しいな。デカすぎだろうよ」
そう言いながらも桐子は何度か剣を振ってみた。縦、横、斜めと感触を確かめながら不恰好に剣を何度も振り回す。
桐子の奮闘を見守っていたイリアが苦笑する。
「傍から見てると踊ってるみたい」
「な! 酷い言われようだな。結構、大変なんだよ。これ」
しばらく桐子が剣との格闘を続けているとイリア達の背後で「あれ?」と、いう声がした。振り返るとモエと乙葉そして詩織がこちらに向かってくるのが目に入った。
突如現れた3人の姿にイリアが「え!? ど、どこから!?」と、目を剥く。モエ達は円の中心付近からこちらに向かって来る。それなのでイリアには3人がふいに現れたように思われたのだ。
そこでモエがイリア達を順に見回して説明する。
「そこの緑の石や。その石碑が森の中と繋がってんねん」
驚いてイリアがモエの背後にある石碑を凝視する。
乙葉は桐子が手にする大剣を見上げながら呆れる。
「その剣。よくそんなのが持ち上がるわね」
桐子は剣を肩に担ぎながらドヤ顔で答える。
「ボク専用の武器さ。やっと見つけた」
イリアは智世に耳打ちする。
「あの石碑は前に利恵が見つけたのと同じやつみたいね」
「うん。だから地図に星印がついてたんだね」
そう言って智世はスケッチブックをぎゅっと抱いた。
モエが自分の戦斧と桐子の大剣を見比べながら尋ねる。
「そっちの様子はどうなん?」
それに対して桐子は複雑な表情を浮かべる。桐子はヘレンとモエの衝突を間近で見ている。そして、モエに会うのはその時以来だからだ。
桐子は言葉を選びながら答える。
「何人かのグループに分かれて別行動をとってる。玲実と双子は相変わらずマイペースでボク等とは関わりが無い。だからなにやってるか分からない。利恵と和佳子それから愛衣さんはまだ雪の町に居ると思う。ボク達はその雪の町から出てきたところさ」
「雪の町やて? そうか、ホンマに雪が降ってんねんや……」
モエはそう言って少し考え込んだ。
そこで乙葉が桐子に尋ねる。
「ね、ところで、あの女を見なかった? 外人の女。アナタ達、あっちから来たんでしょ?」
乙葉の質問に桐子とイリアが顔を見合わせる。智世も口をつぐむ。
乙葉はそんな3人の様子を見て顔を引きつらせる。
「知ってるんでしょ? 隠さないでっ!!」
乙葉の怒号に智世がビクつく。
桐子が「どうしたんだよ。何をそんなに怒ってるんだい?」と、乙葉を宥めようとする。桐子達は野乃花が殺されたことを昨夜ヘレンから聞いていた。だが、ここでは知らないことにしておいた方が良いと桐子は考えたのだ。
乙葉は冷たい視線を桐子達に向ける。
「関係ないでしょ。てか、アナタ達、まさか、あの女とツルんでるんじゃないでしょうね?」
乙葉と桐子のやり取りを黙って聞いていたイリアが挑発するように言う。
「そうだと言ったら?」
桐子が「おい、イリア!」と、困った顔を見せる。イリアの一言でせっかく事を荒立てないようにしていたのがまるで無駄になってしまった。
乙葉はショットガンをぎゅっと握り直して、きっぱりと言う。
「アナタ達も敵とみなすわ」
乙葉の視線に対抗するようにイリアは睨み返す。
「くだらないわね……」
「なにぃ!」と、乙葉がショットガンを構えようとするところでモエがとりなす。
「乙葉、もう、ええやん。この子らは関係ないやろ。もう行こうや」
乙葉は舌打ちしながら銃口を下す。
それまで黙っていた詩織も乙葉を落ち着かせようとする。
「そ、そうだ。あ、あっちはきっと寒いよ。ゆ、雪だからね」
「せやな。ちょっとこの格好では耐えられへんかもな」
モエがそう言うのを聞いて桐子が「そうだ」と、思いついて荷物に被せてあった上着を差し出す。
「ボク達の上着をあげるよ。持って歩くのは邪魔だから」
イリアはあまり乗り気ではないが「私のもいいよ」と、革ジャンを手にする。
「ホンマか? 悪いな。それは助かるわ」
「あ、ありがと。で、でもいいの?」
「いいよ。ボク達は森の方に向かうから。多分、もう使わないと思うし」
モエは桐子から詩織はイリアから防寒具を受け取った。しかし、乙葉だけは智世の差し出すハーフコートを一瞥してそっぽ向く。
「私は要らない」
桐子が苦笑しながら言う。
「いや、持って行った方がいいぜ。きっと後悔するから」
それを聞いて乙葉は渋々、智世の手から上着を引っ手繰る。智世は何も言わなかったが不満そうな顔だ。イリアも苦々しそうに首を振る。
乙葉は憮然とした様子で「行くわよ」と、桐子達に背を向けて歩き出した。
モエが「すまんな」と、片手でゴメンという風な仕草をみせて乙葉を追う。詩織はペコリと丁寧にお辞儀をしてそれに続く。
乙葉達の後ろ姿が遠ざかったところで桐子が溜息をつく。
「ふぅ。なんだろ。あの態度。乙葉ってあんな子だったっけ? もっと明るい元気な感じだったはずなんだけどな」
イリアはやれやれといった風に首を振る。
「凄く感じが悪いわね。まあ、こんな状況じゃ分からなくもないけど……」
「そうだな。精神的に参ってるのかもな」
桐子は俯きながらそう呟く。
智世はスケッチブックの背表紙をぎゅっと握って言う。
「みんな不安なんだよ……」
「だな。こう見えてボクも結構、メンタルにきてるし……和佳子もそうだったのかもな。いや、みんな多かれ少なかれ壊れかかってるのかもしれない。その点、イリアは偉いよ。最初の頃と全然変わらないもんな」
イリアは首を振る。
「そんなことない。もとからこういう感じだから変わらないように見えるだけよ」
なんだかしんみりした空気になってしまった。そこで桐子が思い出す。
「そうだ。イリア。あの動画の事、言わなくて良かったのかな?」
「良かったんじゃない?」と、イリアは素っ気ない。
智世も頷く。
「私も言わなくて良かったと思う。だって、あの子……乙葉ちゃんだっけ? ちょっと目がイッちゃってたから」
智世はあの動画が示す恐ろしい情報が乙葉に渡ることを恐れた。平気で人に銃口を向けるような人間があの情報を入手してしまったら暴走してしまうのではないかと感じたのだ。
桐子達と別れてしばらく歩いていた時だった。
先頭を進む乙葉とその後ろを歩いていたモエの耳に「うっ!」という詩織の呻き声と『パァン!』という銃声が同時に飛び込んできた。
「な、なんや!?」と、モエが振り返って詩織を見る。
詩織は「ううっ……」と、肩を押さえてしゃがみ込んでいる。
「詩織! 大丈夫か?」と、駆け寄ったモエが目を見開く。
左肩を押さえる詩織の右手が赤い。その手の平から血がはみ出してくる。
「撃たれたんか!?」
モエは即座に思い出した。自分が撃たれた時のことを。見えない相手から狙撃される恐怖。それを思い出してモエは身震いする。
「くそっ!」と、乙葉が今来たルートの先を睨みつける。
この場所からは先ほど立ち寄ったキノコ岩の群れが小さく見える。
「やっぱり」と、乙葉は吐き捨てる。
「どういうこっちゃ?」と、モエが乙葉の顔を見上げる。
「グルなんだ。アイツ等、あの女とグルなんだよ!」
乙葉は突如、荷物を放り出して桐子達の居るストーンヘンジに向かって駆け出した。
「おい乙葉! どないする気や!?」
「引き返して、やっつける!」
「ちょい待てや! 敵を増やす気か?」
「関係ない!」
乙葉はショットガンだけを持って走っていく。
モエは慌てて乙葉を追いかけようとする。が、詩織を放っておく訳にもいかない。
すると詩織がモエに懇願した。
「お、お願い。行って。わ、私は、か、かすり傷だから」
「アホいうなや。結構、血が出とるやん」
「ほ、ホントに平気だから。そ、それより乙葉ちゃんを止めないと」
詩織は気丈にもそう訴える。モエは少し迷いながらも詩織の意図を尊重することにした。
「せ、せやな。分かった。ほな、行ってくるから。じっとしとき!」
そしてモエは詩織を置いて乙葉を追った。
その頃、何も知らない桐子達は銃声に驚いて顔を見合わせていた。
「銃声? どこから……」と、イリアが眉を顰める。
桐子はキョロキョロしながら「近かったよな」と、困惑する。
目のいい智世も注意深く周囲を観察するが特に変わった様子は無い。その代わりに前方からこちらに向かって走ってくる乙葉の姿が目に入った。
「あれ? 戻ってきた……」と、智世が首を傾げる。
桐子も首を捻る。
「本当だ。あいつ、何をそんな急いでるんだろ?」
その間にも乙葉がみるみる近づいてくる。何やら叫んでいるようだが聞き取れない。
イリアが荷物を置いてハルバードを手にする。そして冷静な口調で2人に注意を促す。「気を付けて。何か様子が変……念の為に武器を持って」
イリアの険しい顔つきに桐子がごくりと唾を飲む。そして言われるままに地面に転がしていた大剣を拾い上げる。智世は無言で荷物をそっと下ろすと、その中から拳銃を取り出した。そこでようやく乙葉の言葉が聞き取れた。
「ふざけんなぁ!!」
乙葉の絶叫にイリアの顔が強張る。桐子は戸惑う。智世は膝をガクガクさせながら踏ん張る。
乙葉は3人の手前まで走ってくると急に立ち止まり。きょろきょろと周囲を見回す。そしてショットガンを構えて怒鳴った。
「アイツはどこ!?」
その剣幕に押されて桐子が「な、何のことだよ」と、怯えながら答える。
「隠すなっ!! この辺りにいるのは分かってる!」
乙葉の言葉にイリアが噛み付く。
「言いがかりは止して! さっきから何なの? 頭おかしいんじゃない?」
「なにぃ!!」
乙葉は顔を歪めると微かに笑みを見せた。が、それは残酷な殺人者が殺意を見せた時のような歪な笑みだった。
『バンッ!』と、乙葉は躊躇することなくショットガンを発射した。
撃つことを確信していたイリアは乙葉の直前の動作を見て智世を突き飛ばし、自分も横に回避した。逃げ遅れた桐子だが反射的に持っていた大剣を顔の前に翳した。それが功を奏したものの、大剣の刃に『キンキンッ!』と、散弾が2発当たった。
乙葉は「くそっ!」と、さらに接近して2発目を撃とうとした。
桐子が叫ぶ。「智世!」
それを聞いた智世が立ち上がりながら乙葉を睨む。
「うっ!」と、乙葉の足が止まる。「な、何で?」
智世は金縛りの能力で乙葉の動きを封じた。その機を見逃さず、イリアがハルバードを持って乙葉に殴りかかろうとする。が、それよりも一歩早く、桐子が乙葉に向かってダッシュして右の拳で乙葉の顔面を殴りつけた。
桐子に先を越されたイリアが「な?」と、驚く。乙葉は桐子に殴られて「ぎっ!」と、声を漏らして上体を反らすが尚も金縛りから逃れられない。
乙葉は苦悶の表情を浮かべて「ぐ、く、動か……ない」と、呻く。だが、ショットガンは離さない。
そこへ乙葉を追うようにモエが走ってきた。
「ちょい待てや!」
モエは戦斧を手に全力でこちらに向かって来る。と、その時、乙葉の金縛りが解けた。
「くっそぉぉ!!」
乙葉が体勢を立て直す。そして『バンッ!』と、ショットガンを発射する。
「いっ!」と、智世が目を瞑って耳を塞ぐ。散弾は智世のすぐ近くの地面に着弾した。
即座にイリアがハルバードを振って乙葉の手元を狙う。
「このぉ!!」と、イリアがハルバードの斧部分でショットガンの銃身を上から叩く。
『ガキン!』という激しい音がして乙葉は「うぐっ!」と、ショットガンを落としてしまう。イリアは武装解除を目的に最初からショットガンを叩き落とすことを狙っていたのだ。 だが、モエの目にはそうは映らなかった。モエはイリアがハルバードで乙葉に斬りかかったとみて「何しとんねん!」と、激高した。そして走るスピードを増す。モエの能力は加速力とジャンプ力を飛躍的に高める脚力だった。モエは驚異的な勢いでダッシュしてくるとジャンプしながら戦斧を振り上げた。それに気付いたイリアがハルバードを握り直して防御しようとする。が、モエは宙を舞うようにイリアに接近する。それは完全にイリアを射程に入れているジャンプだ。モエの戦斧が振り下されるのと「くっ!!」と、イリアが覚悟したタイミングが重なった。
『ガチィン!!』
そこに桐子の大剣が割り込んだ。モエの戦斧がイリアの顔面を捉える寸前で大剣の刃がそれを紙一重で防いだ。
「なんや!」と、モエの顔が歪む。モエは痺れる手を庇いながらバックステップで距離を取る。
その隙に乙葉がショットガンを拾いあげて走りながら銃口をイリアと桐子に向ける。
「死ねっ!!」「だめっ!!」
ふたつの叫びが響く。そこで乙葉がまたしても金縛りで動きを止められた。智世の目は赤く、その視線の先には固まった乙葉の姿があった。
乙葉は引き金が引けずに「く、ま、また……なんで」と、呻く。
イリアは乙葉を睨みつける。そしてハルバードを握り直すと意を決したように走り出す。
「もう許さない!」
無駄だ、とイリアは思った。今度狙うのは武器ではない。乙葉を止めるには手加減など出来ない。
「ああああっ!!」
イリアは乙葉に接近しながら十分に力を溜め、渾身の突きでハルバードの先端を乙葉の腕を狙った。
金縛りで成す術の無い乙葉が「くそぉ」と、叫ぼうとするが思うように声が出ない。
ハルバードの先端が乙葉を貫こうとしたまさにその時、『ジャキン!!』と、イリアの視界の外から横入りした黒い線がハルバードに絡まった。それはあっという間に二重三重に巻き付き、ハルバードの勢いを削いだ。
「な!?」と、イリアが手を止める。そして自らの武器に巻きつく鎖のような物体が飛んで来た方向に目を遣る。そこで見た光景にイリアは「あなたは!?」と、驚愕する。
イリアのハルバードを止めたもの。それは詩織の鎖鎌だった。10メートル先で詩織は肩で息をしながら鎌を左手に持ち鎖を右手で握っている。それがイリアの手元まで繋がっている。
モエがそれを見て「詩織!」と、叫ぶ。それに応えるように詩織はチラリとモエを見ると軽く頷く。そして悲壮感漂う表情でイリアに向かって言った。
「そ、そ、それ以上は……許さない!」




