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第23話 交錯する敵意

 一足先に起きた乙葉はベッドで眠るモエと詩織を揺り起こした。

「さ、起きて! 昨日の続き、行くよ」

 乙葉に促されてモエがベッドで上体を起こす。そして隣で眠る詩織を見てだるそうに首を振る。

「ちょっと待ってや……まだ疲れてんねん」

 昨日のダメージがまだ残っていた。それは肉体的なものではなく精神的なものだ。ドラゴンを倒したという実感は無い。それはあまりに非現実的で、まるで夢の中の出来事のように感じられた。

 モエは寝床から起き上がると水を飲むために料理台のある隣室に移動した。相変わらず森の隠れ家は薄暗くて時刻の感覚が鈍る。窓から差し込む曖昧な日光は、朝なのか夕方なのか判別ができなかった。

 乙葉はモエの動きを見守っている。その表情は早く外に出たくてイライラしている。だが、モエはそれを知っていながら、ゆっくり行動した。コップ一杯の水を味わって飲み、おかわりをした。ジャージに着替えるのにもたっぷり時間をかけた。

 そうこうしているうちに詩織が目を覚ます。

「あ、あれ? も、もう行くの?」

 詩織はよだれに気付いて口元を手の甲で拭うと、慌てて顔を洗いに行った。

 モエがそれを見送りながら笑う。

「どうせなら温泉入ってくればええやん」

 しかし、乙葉がぴしゃりとダメ出しする。

「ダメよ。早く出ないと昼になっちゃうわ」

 その命令口調にモエが反発する。

「なんやねん。もう、勘弁してや。何でそんなに慌ててるんや?」 

「早く野乃花を見つけてあげないと。寂しがってるはずだから」

 乙葉は表情一つ変えずにそう言った。

 モエはわざと大きな溜息をついてみせた。そして尋ねる。

「野乃花と仲良かったんは分かるけど……執着しすぎなんとちゃうん?」

 モエの指摘に乙葉がハッとする。そしてポツリと呟く。

「執着? そうね……そうかもしれない」

 そう言って乙葉はフッと寂しそうな笑みを見せた。

 乙葉の意外な反応にモエが戸惑う。

 乙葉はベッドの端に腰掛けると足をブラブラさせながら語りだした。

「私、田舎育ちなんだよね。おまけに子供の頃から男の子とばかり遊んでて、木登りとかサッカーとか好きで、ゲームも漫画も男の子向けの物が当たり前だった。女っていう自覚がまったく無かったんだよね。親も何も言わなかったし」

 突然、乙葉が饒舌に語りだしたのでモエは目を丸くした。そもそも急に身の上話をはじめるとは思ってもいなかった。

 だが、乙葉は以前のような明るい表情で続ける。

「でも4年生ぐらいからかな。女子の中で浮いちゃってたことに気付いたの。『あの子、男子とばっかりツルんでて何なの?』みたいに嫌われちゃってた。でも、反発もあって余計に女っぽくするのを拒否してたんだ。別に、おへそやパンツぐらい見えてもいいやって感じ。それがいけなかったのかな? 変態教師に目を付けられちゃってイタズラされたの」

「な、なんやて!?」

「いや。さすがに学校の中だったし、未遂だったんだけどね。パンツは取られた。なんか下着泥棒の常習だったみたいで、脱ぎたてのが欲しかったんだって」

 乙葉はさばさばした表情でそう言うが、なかなかどうしてそれは深刻な内容だ。

「マジか……ホンマにそんなことあるんやな……」

「まあ、今となってはパンツだけで済んで良かったと思う。ただ、その頃は深く考えてなくって、帰りのホームルームの時に「せんせー、パンツ返して!」って言ってやったの。そしたら大騒ぎになっちゃってさ。小さな町だったから大変。大問題になっちゃった。でもね、なぜかウチの方が引越ししなくちゃならなくなったの。おかしいでしょ? こっちは被害者なのに。偉い人の息子だか何だか知らないけど」

「サイアクやな。酷い話や……」

「でしょ? そのせいで引っ越し先では凄く悲惨だったんだよ。都会の学校だったから。私、元気だけが取り柄なのに誰も相手してくれなくって、それがメチャメチャ堪えた。お父さんも転職がうまくいかなくてイライラしてたし、お母さんも鬱になっちゃって、家の中が最悪だった。それを救ってくれたのが同じクラスだった野乃花。野乃花は都会の子らしくて、おしゃれだし、女の子らしいし、とても同い年だと思えなかった。まあ、小学生モデルやってたから、あか抜けてたのは当たり前なんだけど。でも嬉しかったな……」

 モエは以前、乙葉が話してくれた野乃花の可哀想な境遇を思い出した。交通事故で家族を失ったうえに叔父一家に搾取されていたという話を。

「そうか……乙葉は最初から野乃花と知り合いやった訳やないんやな」

「うん。私と知り合った時は野乃花だって辛い時期だったはずなんだよ。なのに、ちっともそんな様子は見せないで、私の事、気にかけてくれて……」

 乙葉の目は潤んでいた。だが、彼女は目を大きく開いて前方を見据えた。瞬きをしてしまうと涙が零れてしまいそうだったからだ。

「ホントはこの仕事、好きじゃない。でも、野乃花が誘ってくれたからこの企画に参加したんだ。野乃花がいなかったらやってないよ。私みたいな女が……」

「そうか……ホンマ羨ましいわ。そういう友達がおるって……」

 それはモエの本心だった。乙葉と野乃花の仲の良さは小学生の頃からのもので、乙葉は心底、野乃花に感謝していたのだ。

 モエと乙葉が並んでベッドに座ってそんな話をしているところに鼻をすする音が聞こえてきた。

「なんや?」と、振り返ったモエが詩織の姿を見つけて驚く。「詩織? 何しとん?」

 いつの間にか戻ってきていた詩織が直立不動で号泣している。せっかく顔を洗いに行ったのに涙と鼻水でクシャクシャになった詩織の顔を見てモエが苦笑する。

「詩織、そこ、泣くところか?」

「だ、だ、だっでぇ……い、いい話だがら……」

 詩織のマジ泣きに乙葉も引き気味だ。しかし、モエと顔を見合わせながらこの妙な空気に笑ってしまった。それは、泣きたい気分なのに自分よりも激しく泣く人間が側に居ると涙が引っ込んでしまう現象だった。

 そこでモエが膝をパンと叩いて勢いよく立ち上がる。

「よし、分かった! そういうことなら協力するで。絶対に野乃花を見つけて連れて帰ろ!」

 復讐に燃える乙葉の焦りで一時期はギクシャクしてしまった3人だが、乙葉の告白は再び結束を固めるきっかけになった。


   *  *   *


 小屋を出たところで桐子がしつこくヘレンに意思確認する。

「ヘレン。本当に1人で大丈夫か? ボク達と行動した方が何かと……」

 しかし、ヘレンは頑として首を縦に振らない。

「サンキュー、桐子。でも、貴方達に迷惑をかけることになるから」

 ヘレンが何を言わんとしているかは分かっていた。自分と共に行動するということは必然的にモエ達に狙われるということだ。それに一匹狼のヘレンにとっては単独行動の方が性に合っている。

 桐子は仕方が無いなといった風に首を竦める。

「分かったよ。これ以上、無理には誘わない」

 昼前になって雪は止んだ。昨夜の降雪で化粧直しした積雪は、雲間から顔を出した太陽の光を浴びて真っ白な肌を大胆に晒していた。

 ヘレンは眩しそうに雪の草原を眺めながら言う。

「昨日見せて貰った動画。あれは本当のことよ」

 そこでヘレンは自らの左肘についた痣を3人に見せる。そしてその部分を軽く2回タップした。すると『スパァン!』という音と共に光が広がり、大きな槍が出現した。さらにヘレンの左腕にはフライパンほどの大きさの盾が付いた防具が装着された。

 ヘレンはそれを見せながら言う。

「この防具も同じ。おそらく、あの野乃花って子のものが移ったんだと思う」

 桐子が目を丸くしながら呻く。

「すげぇ……てか、マジックみたいだ」

 イリアは驚きながらも抑えた口調で尋ねる。

「その武器はあなたに扱えるの?」

「イエス。見た目ほど重くはないよ」

 そう言ってヘレンは槍を右手に持ってブンブン振り回した。その途中で『ボンッ!』と槍が消え失せた。ヘレンは何もない右手を見ながら言う。

「この通り、10秒ぐらいで完全に消えるんだけどね」

 確かにヘレンがそれを放り捨てたという訳ではなさそうだ。彼女の左腕の防具も跡形もなく消えている。ヘレンの見せたパフォーマンスに智世の目は釘づけになった。

 桐子は興奮気味にリクエストする。

「凄いよヘレン! なあ、もう1回やってみてくれないか?」

「それは無理みたい。しばらく時間を置かないと出来ない仕組みのようだから」

「なんだ。そうなのか」と、桐子はガッカリする。

イリアがヘレンの顔を見ながら尋ねる。

「能力も移るっていうのは本当なの?」

「イエス。多分、事実だと思う」

 桐子は顔を強張らせながら聞く。

「まさか、それも体験済みだってことかい?」

 桐子の問いにヘレンは少し考えるような素振りをみせた。そして首を捻る。

「断言は出来ないわ。あの子の能力が何だったのかは分からないから。私の能力は暗闇でも目が見えるってことぐらい。能力といえるほどのものじゃないかもしれない」

 武器の所有権が移転することはヘレンによって実証された。そして恐らく、能力についても同様の事がいえるに違いない。

 ヘレンはリュックとライフルを背負ってから「そろそろ行くわ」と、ビニールシートを身体に巻いた。

 桐子がじっとヘレンの目を見て言う。

「ヘレン。死ぬなよ……」

 ヘレンはフッと笑って応える。

「オフコース。ユー達もね」

 その笑みは穏やかなようでいて決意を秘めたもののようにも見えた。


   *  *   *


 昨夜のことがあったので午前中の探索は武器を携帯しながら慎重に行った。

 新しい家に入る際には双剣を手にした望海が先陣を切って中の様子を伺う。梢は棍棒を握り締めながら望海の背後にぴったりついて姉をサポートする。唯一、飛び道具を持つ玲実は少し距離を置いて2人の背後を守るように周囲を警戒した。

 家屋内でも油断は出来なかった。いつどこで襲われるやもしれないのだ。昨夜、暗闇で梢を襲った暴漢が潜んでいる可能性を考慮すれば、いつでも反撃できるようにしておかなくてはならない。そのせいで探索は捗らなかった。

 2軒廻っただけで望海が音を上げる。

「もう駄目! マジで疲れる」

 玲実も疲れ切った表情でこめかみを押さえる。

「同感ね。この調子だと精神的に参ってしまうわ……」

 梢は大きな溜息をついて頷く。

「だよね。ずっと緊張しっぱなしだもん」

 次に探索する予定だった家の方向を見ながら望海が唸る。

「うーん。この状況で家探しを続けるのはやっぱ危険かもね」

 梢は自分の肩を揉みながら頷く。

「そうだね。待ち伏せされてるかもしれないし」

 それを受けて望海が舌打ちする。

「ちっ。敵の正体が分からないってのが厄介ね……」

 と、その時、玲実が「しっ!」と、2人の会話を遮る。そして急にその場に屈み込むと双子にも頭を下げるようジェスチャーで指示した。望海と梢は首を捻りながらそれに従う。

 玲実は植込みのてっぺんからちょこんと顔を出して前方を覗き見した。そして小声で「あっち」と、指差した。望海と梢もそれにならって前方の様子を探る。その直後、望海が「あ」と、声を上げそうになって慌てて手で口を押さえる。

 前方には人影が認められた。それは探索を続ける利恵達だった。利恵と愛衣は会話をしながら並んで歩いている。その後ろを和佳子がトボトボついて行くのが見える。

 梢が「メガネと姉御……」と、呟く。

 そこで玲実と望海がほぼ同時に息を飲んだ。なぜなら2人とも利恵の手に大きなハンマーが握られているのを発見したからだ。望海はポカンと口を開けた状態で玲実の顔を見る。玲実は望海の考えを理解しているといった風に頷く。

 望海が小声で断定する。

「あの武器……間違いないね」

 玲実も険しい顔つきで昨夜の状況を思い出す。

「あの形……書斎にあった丸い傷と一致するわ」

 望海は冷めた口調で言う。

「あのブタ女も居る。今なら3対3。あっちは気付いてない」

 玲実は望海の言葉を黙って聞きながら唇を噛む。梢は2人のやりとりをハラハラしながら見守ることしかできない。

 望海がゴクリと唾を飲む。そして「やる?」と、尋ねた。するとその一言で玲実が動き出した。彼女は中腰でゆっくりと植込みの向こう側に移動した。望海もそれに続く。道路に出て玲実がグレネード・ランチャーを構える。利恵達との距離は約30メートル。

 玲実は狙いを定めると躊躇うことなくグレネードを発射した。

『ボシュッ!』と、音がして弾が飛んでいく。

 音に気付いた利恵がこちらに目を向ける。それと同時に利恵達の手前にあった壁で『バーン!』と、小爆発が巻き起こった。

「きゃっ!!」と、利恵の身体が一瞬、浮いて投げ飛ばされる。和佳子は「ぎゃっ!!」と、短く絶叫して仰向けに倒れる。愛衣は腕に建物の破片を受けながら大きくよろめいた。

それを見て望海が「外れた!?」と、上ずった声をあげる。だが、玲実は「いいえ。わざとよ」と、望海に目配せする。

 望海は残念そうに言う。「なんで? 当てちゃえば良かったのに!」

「そうもいかないでしょ。昨夜の犯人と決まったわけじゃないし。だから今のは警告よ」 

 玲実はすまし顔でそう答える。

 一方、玲実達の存在に気付いた利恵は体勢を整えようとした。利恵は眼鏡の位置を直しながらこちらを凝視している。愛衣はかなり驚いた様子で目を凝らしている。そんな中で苦痛に顔を歪めながら和佳子が立ち上がる。そして爆発に驚いて落としてしまったトライデントを拾い上げると「あんたたちぃぃ!!」と、叫びながら物凄い形相で走ってきた。

 それを見て望海は「望むところよ」と、玲実の前に進み出ると、交差していた双剣を引き離す。そして、軽く振った剣先で凍てついた空気を『シャッ!』と、裂いた。

 鉾を逆手に持って雪を踏みながら突進してくる和佳子。

 望海は左右の手に剣を持って迎撃しようとする。

 和佳子は望海の目の前まで接近すると「あああっ!」と、長めのリーチで鉾先を横に振った。望海は一歩下がって鉾先の軌道を交わす。

「ふざけんなぁ!!」と、和佳子は鉾で細かい突きを繰り出す。

 それに対して望海は、和佳子の突きを交わしながら回り込むような形で間合いを詰める。そして右手の剣で和佳子のボディを狙って斬りつけた。が、和佳子も半歩下がって刃先を空振りさせると鉾を振って望海を遠ざけようとする。

「危なっ!!」と、望海はバックステップで再び間合いを取る。

「死ねっ!!」と、追い討ち気味に和佳子の突きが望海の顔面付近に伸びてくる。それを左に流れながら屈んで交わす望海。が、和佳子は空を切った鉾先を剣道の面打ちのように「きえぇぇい!!」と、振り下した。それはサーベルタイガーとの戦いで習得したフェイントだ。

「なっ!?」と、望海が咄嗟に左手の剣を掲げて鉾を受ける。『ガキィッ!』と、嫌な金属音が生じて鉾と剣が接触する。しかし片手で支えるのは無理とみて、望海は即座に右手の剣を添えると剣をクロスさせて挟み込むような形で鉾先を受け止める。

 上から押し込む和佳子。下から持ち上げる望海。

 和佳子は「ぎっ、ぐぅぅ……」と、なおも力任せに振り下そうと力む。

「お、重っ……」と、望海の顔が歪む。そして梢に向かって怒鳴った。「梢!! 早くっ!」

 だが、望海の目に映ったのは梢の棒立ちの姿だった。

「な!? 何やってんの! 今よ!!」

 望海の言葉は耳に届いているはずだ。しかし、梢は怯えたように棍棒を両手で抱えてこちらを見ているだけだ。

「あのバカっ!!」と、望海は吐き捨てると援護を諦めて和佳子を睨みつける。そして、フッと膝の力を抜くと、押し返すのを止めてしまった。

 急に抵抗力が消え失せたので和佳子がバランスを崩す。振り下そうとした鉾先が空を切って雪に叩きつけられる。そこで和佳子が驚く。

「え!? 消えた!?」

 和佳子には一瞬、望海の姿が消えたように見えた。だが、実際には、望海は軽い身のこなしで回転しながら体勢を整え、高速で和佳子の死角に入ったのだ。そして、左右の剣で和佳子の鉾を立て続けに打ちつけた。さらに和佳子の懐に潜り込むと腹に蹴りを食らわせてから3歩下がった。

それらの動きは一瞬の出来事だった。和佳子は望海のスピードに「速っ!?」と、驚愕した。和佳子には望海の動きがサーベルタイガーよりも速く感じられた。その証拠に、蹴られた腹部の痛みを知覚し始めた時には既に望海は数歩離れた位置で次の攻撃に備えている。

 恐ろしく俊敏な動きを見せた望海は興奮している。

「なにコレ……超ヤバい!」

 望海は大きく頷くと剣を構えてダッシュする。右の剣で突き、ワンテンポ遅れて左の剣で横斬りを繰り出す。が、そのコンボはそれほど鋭いものではない。和佳子は右へのステップで難なく望海の突進を交わす。交わされた望海は「あれ?」と、思ったのと違うといった表情を見せる。和佳子も拍子抜けしたような顔を見せる。

 望海は剣を構えながら「どういうこと?」と、困惑した。今の攻撃はイメージしていたものと違う。圧倒的なスピードで攻めたつもりが、あっさりと交わされてしまった。

 ちょうどその頃、少し離れた場所で和佳子を追ってきた利恵と玲実が揉みあっていた。利恵は和佳子を止めるつもりで駆け付けたのだが、玲実がグレネードで和佳子を撃とうとするのを見て体当たりでそれを阻止したのだ。

 玲実が利恵に向かって叫ぶ。

「卑怯者! 闇討ちなんて最低よ!」

 利恵は何のことか分からずに怒鳴り返す。

「何のことよ! 言いがかりはよしてっ!」

 玲実はグレネードを両手で持って振り回す。それを避けようとした利恵がバランスを崩したのを見て、玲実はドンと利恵を突き飛ばした。

「きゃっ!」と、利恵が雪の上を転がる。

 玲実はすぐさま和佳子達の方向に向き直ると「どいて! 望海ちゃん!!」と、叫ぶ。

玲実のグレネードが自分に向けられているのを察知した和佳子が「うぉぉ!!」と、唸り声をあげて鉾を投げる。

『ドンッ!』と、放たれたグレネード。

『ビュンッ!』と、一直線に飛ぶトライデント。

『バーン!』という破裂音と共に和佳子の身体が不自然な方向に弾かれた。巻き添えで爆風を受けた望海が「ひえっ!!」と、雪の上を転がる。

 一方の玲実はグレネードを構えたまま目を見開いて固まっている。その頬には一筋の鮮血が付着していた。その傷は和佳子の放ったトライデントが玲実の顔を掠めた時に出来たものだった。トライデントは玲実の後ろにあった民家の壁に突き刺さっている。

 利恵がバッと起き上がって「和佳子さんっ!」と、爆発現場に駆け寄る。

 梢が望海に駆け寄りながら尋ねる。

「お姉ちゃん! 大丈夫?」

 近距離で爆風を受けてしまった望海はゆっくり上体を起こす。梢が手を貸して望海を立たせてやる。望海は「サイアク……」と、ぐったりした様子で梢にもたれ掛かる。

「行くよ、お姉ちゃん」

 梢はその場から離れたい一心で姉を支えながら必死で逃げだした。その途中で玲実にも声を掛ける。

「玲実ちゃんも早く!」

 梢の声掛けに玲実が我にかえる。そして前方の惨劇をチラ見すると「ひ、ひぃぃ!!」と、奇声を発しながら梢と望海を押しのけるように逃亡した。


 真っ白な雪に只ならぬ量の鮮血が塗りたくられていた。そして辺りは焦げ臭い。その中心には仰向けになった和佳子の姿があった。利恵と愛衣が和佳子を挟む形で呆然としている。

「和佳子さん……」と、愛衣がしゃがみ込んで和佳子の頬を撫でた。

 利恵は涙を流しながら顔を背けた。

 和佳子が片目を開けながら何かを訴えようとする。

 利恵が首を振る。「ダメだよ、喋っちゃ……」

 しかし、和佳子はかすれた声で何かを訴えようとしている。

「……して……」

 利恵が「え?」と、耳を近づける。

「……ころ……して」

 和佳子の言葉に利恵が息を飲む。すると和佳子は震える右手で利恵の手、続いてハンマーに触れた。

 利恵が激しく首を振る。「嫌だ! 嫌だよっ!」

 しかし、和佳子は続ける。

「……渡したく……ないから……アイツらに……」

 愛衣が口元に手を持っていきながら悟る。

「玲実さんに武器や能力を与えたくないってことね……」

 愛衣の言葉に利恵が涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔をさらに歪める。

「うっ、そんなこと……」

 愛衣は「どうするの?」と、利恵の意思を確認する。

 利恵は「そんなこと……」と、返答できない。

 愛衣は言う。

「和佳子さんは貴方に仇をとって欲しいんだわ。だから自分の力を貴方に……」

 虫の息の和佳子は頷く代わりに瞬きで答える。それは自分の思いを愛衣がくみ取ってくれたことを喜んでいるように見えた。

 冷たい風が一陣、和佳子の髪を揺らせた。彼女の口から洩れる白い吐息は弱々しく、直ぐにかき消されてしまう。和佳子はまるで睡魔と闘っているように頭を微かに揺らせた。上空では分厚いグレーの雲が隙あらば手下どもを地表に送り込もうと息を潜めている。

 利恵は唇を噛んで目を閉じる。そして「分かった……」と、ハンマーを手に静かに立ち上がった。

「ごめんね……和佳子さん」

 そう呟いて利恵は天を仰いだ。

 静かに降りだした雪が利恵の眼鏡に落ちてきた。レンズに触れた雪の結晶はうっすらと色を失い、透明な水滴へと変わっていく。ひとつ、またひとつと舞い降りてきた雪がレンズの上で重なりはじめた。それがすっかり視界を塞ぐほどに積み重なった頃、利恵の涙は完全に止まっていた。


   *  *   *


 嘔吐し続ける玲実の背中を梢がさすっている。

 望海はその様子を冷たい目で見ている。

「いくじなし……使えない妹だわ」 

 それを聞いて梢が言い返す。

「お姉ちゃん達のほうがおかしいよ! なんであんなことが出来るわけ? 理解できない!」

「殺らなきゃ殺られてた。それだけよ」

「嘘! 先に仕掛けたのはお姉ちゃん達じゃない!」

「梢。アンタ、昔からいつもそう。自分だけいい子ちゃんぶってさ。悪いことは全部、アタシにやらせようとする。アノ時だってアンタは……」

「やめてよ!」

 梢に遮られて望海は口をつぐんだ。そして憮然とした表情で腕組みする。

 相変わらず玲実は吐き続けている。もう何も吐く物が無いのか咳き込む回数が増えた。

「やっちゃった……何であんなこと……うっ!」

 どうやら玲実は和佳子を撃ったことで良心の呵責に耐えかねているらしい。

 望海はそんな玲実の様子を見て尋ねる。

「どう? 玲実ちゃん。何か変化はない?」

 玲実は「……変化?」と、戸惑う。

 望海はニヤリとしながら言う。

「例えば身体にアザが出来たとか、ないの?」

 望海の問いに対して玲実は意味が分からないというような顔をした。梢も姉がいきなり何を言い出すのかといった感じで呆れている。

「おっかしいなあ。そろそろだと思うんだけど」

 望海の言うことが理解できずに玲実と梢がきょとんとする。

 すると望海はあっけらかんとした様子で続ける。

「あのブタ女がくたばったら武器が手に入るはずなのよ」

「え?」と、玲実が驚く。

「なんで?」と、梢は困惑する。

「言ったでしょ。ヘレンって子の情報。殺した相手の武器を奪えるって話」

 望海の言葉に玲実が目を見開く。「そういえば……」

 梢は信じられないといった表情で望海の顔を見つめる。

 望海は妹の視線を無視して続ける。

「ヘレンはアタシの目の前で武器を出してみせたの。確か、腕にあった痣をポンポンって軽くタッチしてたわ」

 玲実は望海の顔を見ながら絶句した。梢も姉の言葉に驚きを隠せない。

 望海は首を捻る。

「おかしいわね。まさかあのブタ女、死んでないのかな……」

 望海はしばし考える素振りを見せると「仕方ない」と、来た道を引き返し始めた。

「お姉ちゃん! どうして戻るの!?」

 すると望海はあっけらかんとした様子でこう答えた。

「決まってるでしょ。止めを刺しに行くの」

 まるで用でも足しに行くかのようにそう言った望海の様子に梢と玲実は身震いした。


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