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第21話 怪物は一日にしてならず

 寝起き頭の重さにモエは辟易した。

「つっ……」 

 頭がクラクラする。どれぐらい寝ていたのか見当もつかない。窓の周辺を見る限り夜ではなさそうだ。この隠れ家が位置する森の奥はいつも薄暗く静まり返っていて、まるで時が止まっているように感じられる。木製の古びたベッドは湿っぽい。酷い寝汗で身体が冷え切っていた。

「みんな……」と、モエは上体を起こした。モエの隣では乙葉が寝息を立てている。だが、詩織の姿が無い。その代りに良い匂いがする。食欲を呼び起こす香りにモエのお腹が鳴った。匂いのする方向に自然と足が向かう。壁一枚を隔てただけの隣室は食事ができるテーブルと簡素な料理台しかない。

 モエは料理台に向かう人物の後姿に声を掛ける。

「詩織?」

 モエに名前を呼ばれて詩織が振り返る。

「あ……お、起きたの」

 相変わらず、どもってしまう詩織だったが、その笑顔はごく自然なものだった。

「この匂い。何か作っとん?」

「う、うん。ぞ、雑炊をね。お腹空いてるだろうと思って」

 どうやら詩織は先に起きて食事の用意をしてくれていたようだ。

 詩織の勧めでモエは早速、頂くことにした。旅館から持ってきたお椀に盛られた雑炊を「熱っ!」と、首を竦めながら最初の一口を頬張る。そして目を輝かせる。

「うん。美味い! イケるで。詩織、やるやん!」

「た、たいしたことないよ。それに、あ、有りあわせだし」

 モエ達が南風荘から持ち出した食料は缶詰や袋ラーメンなど日持ちのするものばかりだった。それも大半は消費してしまった。そんな中で残り少ない食料をやりくりしてこんなに美味しい雑炊が出てきたことにモエは感心した。

「いや。あるもんだけでこういう味が出せるんや。ホンマ大したもんやで。詩織は、ええお嫁さんになれるわ」

「い、いやだ。そんな。そ、そんなのまだまだ先だよ……」

 そう言って詩織は赤くなる。そんな詩織を見るモエは何か言いたそうにニヤニヤしている。詩織はモエの視線に気付いて余計に照れる。

「お、お、おかわり、あるよ」

「おう。貰うわ」と、モエが空になったお椀をグイと突き出す。

 それを受け取って詩織が雑炊をよそって返す。と、その時、モエが「あれ?」と、詩織の傷だらけの手に気が付く。

「詩織。どしたん? その手」

 詩織が慌てて手を引っ込める。

「な、なんでもないよ……」

「いや。傷だらけやんか。まさか料理する時……いや違うな」

 モエの表情が曇る。そして周囲を見回して調理台の端っこにある武器に目を留めた。それは詩織専用の武器である鎖鎌だ。モエは席を立ち、鎖鎌に手を伸ばす。

「ひょっとしてウチらが寝とった間に特訓しとったんか?」

「ん……ちょ、ちょっとね」

 詩織はそう言葉を濁すが鎌の持ち手には彼女の血と思われるものが付着している。おそらく、手に肉刺まめができるぐらい使い方を練習したのだろう。

「詩織。なんで急に武器なんか……」

 モエはそこまで口にして次の言葉を飲み込んだ。詩織には彼女なりの思いがあるのだろう。それをおもんばかってモエはそれ以上、追及しなかった。

 そこで急に会話が途切れてしまったので妙な空気が流れた。少し気まずくなってしまったのでモエが話題を変える。

「ところで、詩織は何で読者モデルやってるんや?」

「え? そ、それは……」

 モエがいきなり予想外の質問をしてきたので詩織が戸惑う。

「いや、気い悪くしたらゴメンな。その、何ていうかな。詩織は人前に出るの好きそうじゃないやん」

 モエの指摘に詩織は俯いた。そしてポツリと呟く。

「変えたかったから……」

「え? 変えるて何を?」

「……じ、自分を変えたかったから」

 思っていたのと違う回答にモエがリアクションに困る。

「そ、そうなんか」

 詩織は半べそをかいた後のような笑顔で告白する。

「わ、私……コミュ障なんだよね。が、学校にもあんまり行ってない」

「……そりゃ、ヘビーやな」

「そ、そんな自分が嫌だったの。だ、だから変わりたいって……いつも思ってる」

 詩織は自分がコミュニケーション障害だという。それを直すために人前に出る読者モデルに挑戦しているというのは一種のショック療法なのかもしれない。

「なるほどな。それで応募したわけか」

「う、うん。でも、せ、性格なんて、そう簡単には変わらないよね。だから今も……しょ、正直苦しい」

 自分を変えたいと願う人間は少なくない。だが、その為に努力している者はきっと少数派だ。モエは「見直したで……」と、正直に感じたことを口にした。

 詩織は笑顔で首を振りながら言う。

「そ、そういうモエちゃんは、な、何で応募したの?」

「へ? ああ……ウチか。ウチは、お金の為や」

「お金? そ、そうなんだ」

「せや。自分で金を稼ぐにはコレしかないやろ。中学生じゃバイトできひんし」

「お、お金かぁ。でも、そ、そんなに稼げないよね」

「ええねん。丸一日拘束されて三千円でも十分や。小遣い程度でも自分で稼いだことに意味があるねん。それにな。ホンマは色んな服、着させて貰えるのが嬉しいんや」

 モエはそう言って少し照れた表情を見せる。

「そ、そっか。ただでお洒落できるもんね。ファ、ファッションの勉強にもなるし」

「まあ、お洒落したところで、こんな胸の無い色黒女、誰が見んねんて話なんやけどな」

そう言ってモエは苦笑いを浮かべる。

「そ、そんなことないよ。モエちゃん、スリムだし顔も可愛いし。ハーフみたいだよ」

「ハーフって、そんなことないで。フィリピン系とか言われたことはあるけどな」

 モエはそんな風におどけて言うが、確かに彼女は目鼻立ちがすっきりしていて整った顔立ちをしている。それに東南アジア系というよりは中東辺りの血が混じっているような雰囲気がある。

 モエはしんみりした口調で心情を吐露する。

「ウチ、大家族の末っ子やねん。そのせいで昔から服は姉ちゃんの『お古』ばっかりや。けど、それは仕方ない。貧乏やしな。せやから、次から次へと新しい服を着れるのは純粋に楽しいねん。しょうもないことかもしれへんけどな……」

 そんな寂しそうなモエの表情を見て詩織が言葉を飲む。上手い言葉が出てこない。どう反応して良いか分からず詩織は「モエちゃん……」と、涙ぐむ。

モエは詩織に向かって微笑む。

「ウチ、この仕事好きやで。ホンマに嬉しいねん。恥ずかしい話やけど」

「ううん。そんなことない。き、気持ちは分かるよ」

「そういう意味では幸運やったんやな。ウチみたいなダサい子がスカウトされるなんてな。ホンマ『ヒキカゼ』のおっちゃんには感謝せなアカンわ」

「ひ、ヒキカゼってスカウトの『引風』さん? わ、私も一緒だわ」

「そうなん? そっか。あのおっちゃん、全国、飛び回っとる言うとったもんなあ」

 2人をスカウトした人間が同じだったことで盛り上がっているところに目を覚ました乙葉が「おはよ……」と、やってきた。

「お、やっと起きたか。いうてもウチもさっきまで寝てたんやけどな」

 そう言ってモエは笑顔で乙葉を迎える。が、乙葉は眠そうに目をこすりながら無言でテーブルの前についた。

「お、乙葉ちゃんも食べる? ぞ、雑炊作ったんだ」

 詩織の言葉に乙葉は表情を変えずコクリと頷いた。寝起きなので仕方が無いのかもしれないが愛想の無い乙葉の態度にモエが少しイラッとする。気の弱い詩織はそんな空気を察してか甲斐甲斐しく乙葉に雑炊を提供しては何かと話し掛けた。だが、乙葉は相変わらず無反応で態度が悪い。おまけに立て続けに3回おかわりをした。その食べっぷりに驚きつつモエが心配する。

「せや、詩織は? ちゃんと食べたんか?」

「わ、私はいいの。味見でお腹いっぱいになったから……」

 詩織は笑顔でそう答えるが、まさか乙葉がこんなに食べるとは思っていなかったのではないだろうか。恐らく、足りなかったと思われる。詩織は気を遣って自分の分が無くなってしまっても嫌な顔を見せないだけなのだろう。そう思ってモエは雑炊をかきこむ乙葉の様子を苦々しそうに見つめた。それと同時にどうしても得体の知れない違和感が拭いきれずに気が滅入った。それほどまでに乙葉の変貌は明らかだった。以前の彼女は丈の短いセーラー服からおへそが出ても気にしない明るいキャラで、自虐的な田舎者ネタで周りを笑いに誘い、また自らも良く笑う子だった。そんな彼女が野乃花の死を境に、まるで人格が変わってしまった。口数は極端に減り、モエ達に対する態度も言葉も素っ気ない。それに何より、あれ以来、笑顔を見せていない……。

 モエは乙葉の食事がひと段落するのを待った。そして切り出す。

「もうお昼やな。今日は温泉入ってグダグダするにしても、明日からどうしよ?」

 モエ自身、具体的なプランがあるわけではない。詩織もその点について意見は無いようだ。すると乙葉が唐突に口を開いた。

「決まってるでしょ。探しに行くの」

 野乃花の遺体が消失した場所から引き上げる際に、漠然とではあるが決めたことがある。それはヘレンを追って復讐すること。それと同時に消えた野乃花の遺体を見つけだすことだった。どちらもあまり気の進むものではない。あれから時間が経ってしまったこともあってモエと詩織はだいぶんモチベーションが下がっていた。しかし、乙葉は力強く宣言する。

「準備出来たら出るわよ。グズグズしてらんない」

 乙葉は急にやる気モードに入っている。

「ちょっと待てや。別に明日からでもええんやないか?」

 しかし、モエの言葉に対して乙葉が冷たい視線を返す。

「ダメ。そんな余裕はない」

「せやかて……」と、言いかけてモエが目を見開く。なぜなら乙葉の顔は真剣を通り越して覚悟を決めた侍のような殺気が漂っていたからだ。

 乙葉はすっくと立ち上がって顎を上げる。

「ルートは決めてあるの。砂漠を通って左方向に進むわ」

 そこで詩織が首を傾げる。

「ひ、左って……雪景色が見えたって方角?」

 詩織は初めの頃に山登りをしたメンバーの報告を思い出していた。山から見下ろした景色が境界線を挟んで冬と夏に分かれていたこと。そのことから地図の左上部分は雪に覆われているのではないかと予想されていた。とはいえ、比較的早い段階で別行動をとることになったモエ達にとって、その場所は未知の領域だった。あの後で誰かがそこを訪れたのかもしれないがその情報は無い。

 モエも乙葉の方針に疑問を呈する。

「けど、なんでそっちなん?」

 モエの質問に対して乙葉が断言する。

「あの女は食料を求めてここに向かったはずよ」

 それを聞いてモエと詩織が顔を見合わせる。それに構わず乙葉が続ける。

「左の方には恐らく町があるはず。例の地図では建物が四角形で書かれてたでしょ? それが幾つも書き込まれているってことは最初の港町なんかよりも建物が密集してる可能性が高いわ」

 確かに乙葉の推測は正しいもののように聞こえる。だが、ヘレンが乙葉の予測するような動きをするかは未知数だった。


   *  *   *


 シャワールームから出てきたイリアが自分の腕に鼻を近づけてから顔を顰める。

「最悪……まだ匂いが取れない」

 全裸のイリアを眺めながら智世が頬を赤らめる。

「イリアちゃん、綺麗……」

「え? ちょっとヤダ」と、イリアがタオルで裸を隠そうとする。が、タオルが小さくて胸しか隠すことが出来ない。

 智世はうっとりしたように言う。

「色が白いしスタイルも良い……見惚れちゃうよ。ああ、描きたくなってきちゃった」

「ちょっと止めてよ!」と、イリアが慌てる。フェイスタオルでは隠しきれないふくよかな胸からピンク色の突起が見え隠れしてしまう。

 その様子を見て桐子が冷やかす。

「もう手遅れだよ。目に焼きついちゃったんじゃないか。智世の目には」

 確かに瞬間記憶の持ち主である智世の手に掛かればイリアの裸はスケッチブックに再現されてしまうだろう。それが分かっているのかイリアは急いで着替えを始めた。その様子を微笑ましそうに眺めながら桐子が言う。

「今晩はこの小屋に泊まって明日は予定通り右の方向に向かおう」

 桐子が提案するルートはこのまま雪の領域を突っ切り、地図上では右上部分にあたる箇所に向かうというものだった。無論、この先に砂漠が広がっていることを桐子達は知らない。それに明日と言ったのは、日が暮れるまでにはだいぶん間があるものの外は僅かに吹雪いているからだ。それなので今日は偶然発見した町はずれのこの小さな家に滞在しようというのだ。

「そうだね」と、智世がコクリと頷く。

 桐子はブランデー入りの紅茶を飲みながら言う。

「できるだけあの町から離れた方がいい。それに、ボクの武器も見つかるかもしれないし」

着替えを終えたイリアが濡れた髪にタオルを押し当てながら言う。

「でも無理に武器を持たなくてもいいんじゃない?」

「そうもいかないよ。ボクも武器は手に入れたい。足手まといになりたくないんだ。君達の戦いを見てつくづくそう思った。それに、まあ、興味半分というのもあるんだけどね。ボクの武器はどんなんだろう。それを手にしたらどんな能力が芽生えるんだろうって」

 桐子の言葉を聞いてイリアが首を竦める。

「私の能力が何なのか未だにピンとこないんだけど」

 桐子はイリアの顔をまじまじと見て呟く。

「恐らくは感知能力」

「感知能力?」と、イリアが眉間に皺を寄せる。

「ああ。町を出る時、感じたんだろ? 和佳子の攻撃が来ることを」

「それは確かに……でも……」

「他に思い当たることは無いかい? サーベルタイガーに出くわした時も最初に気付いたのはイリアだったよね?」

 その時の場面をイリアは思い出す。6人で公園のような場所で雪遊びをしていた時のことだ。あの時、サーベルタイガーを発見したのは智世だったが、最初に異変に気付いたのはイリアだった。

「そうだけど……自分でもよく分からない」と、イリアは首を振る。

 桐子が身を乗り出す。

「思い出せないか? 何か変化を感じ取ったとか?」

 イリアは困惑しながら答える。

「うまく表現できないんだけど『嫌な予感』みたいな気配を感じた。こめかみのあたりに」

「それだ! 気配を感じたんだね? それって悪意を感知したってことなんじゃないか!」

 桐子は興奮気味にそう捲し立てた。

しかしイリアは「悪意……?」と、半信半疑だ。

 桐子は一人で納得している。

「そういうことか。なるほどね。ということはイリアの能力は感知能力なんだな。うん。少年漫画なんかでよくあるんだよ。敵の気配や強さを感知する能力っていうのが」

 桐子が言うような能力が実在するとはイリアには思えなかった。だが、現にその感覚が和佳子の強襲から智世を救ったのは事実だ。

「私にそんな能力が……」と、イリアは困ったように首を傾げた。

 そこで桐子が急に真顔になる。

「智世の能力は、相手を金縛りにする眼力。和佳子は異常な投てき力。利恵は怪力。みんなそれぞれに能力を持ってる。だけど、問題はそれが他人に奪われてしまうってことだ。動画の情報が確かならね」

 そこで桐子は動画の件について触れた。雪の町の探索で発見したビデオカメラに残されたメッセージは、はっきりとそのことについて言及していた。『殺すと能力を奪える』『その証拠にあいつは能力を使っていた』というメッセージが事実なら各武器の保持者には固有の能力があって、それが武器の所有権と共に移転するということになる。

 桐子は腕組みしながら唸る。

「うーん。けど、恐ろしいのは……その特殊能力が誰かに集中することだな」

 それを聞いてイリアが動画の内容を思い出す。

「動画の子は何かに怯えていた。このままじゃアイツに殺されるって」

 桐子が頷く。

「ああ。ボクが思うに『アイツ』というのはまったくの他人じゃない。恐らく、元は仲間だった人間が能力を得て、モンスターみたいになっちまったんじゃないか? ボクはそう推測している」

 それを聞いて智世がぎょっとする。

「ひっ! そ、そんな……怖いよ」

 しかし、桐子は「残念ながら」と前置きして自らの考えを続ける。

「あの動画の子達は『アイツ』から命を狙われていた。それに抵抗する為に戦っていたんだと思う。智世達が拾った小瓶の手紙、イリアが見た病院の光景がそれを物語ってる。てことは、あの子達の仲間のうちの誰かが皆を殺そうとしたんじゃないかな」

 イリアは特に驚く風でもなく桐子の説を冷静に聞いていた。まるで、知ってたとでも言いたそうな顔つきで。

 智世がテンパった様子で否定しようとする。

「違うよ。きっと、殺人鬼みたいな人が居たんだよ。それに巻き込まれたんじゃない?」

 桐子は智世の仮説をきっぱり否定する。

「智世。そういう風に考えたくなる気持ちは分かる。でも、『能力が移る』って表現は、同じレベルの人間同士だからこそじゃないか? 異質な殺人者。例えば、あの町に居てもおかしくないロシア人の大男がアイツだったとしたら『移る』とは言わないんじゃないかな。その場合は『奪われた』って言うはずさ」

 そこにイリアが口を挟む。

「鋭いわね。同感よ。それに他の子の武器を使ってたというのも、あなたの推理の裏付けになるわ。武器は基本、一人につき一個だもの」

「そうだね。はじめは自分の武器を持っていたという前提だから、アイツの正体は彼女達の中に居たと考えるのが自然だ。それに、ボクはあの動画を見て仲間同士で殺し合っているんだなって直感した。正直、信じたくなかった。けど、考えれば考えるほど、仲間同士で殺し合っていたとしか思えない。だから和佳子と接触するのを避けるべきだと思ったんだ」

 桐子はそこまで言うと指を組んで唇を噛んだ。そして少し迷っているような表情を浮かべて再び口を開いた。

「恐らく、和佳子は智世の能力を奪おうとしたんだろう」

 桐子の疑念は智世に衝撃を与えた。

「そ、そんなぁ」と、智世はガタガタ震え出した。そしてイリアにしがみつく。

 桐子は苦悶の表情を浮かべて言う。

「モンスターが能力を欲するのか、それとも能力がモンスターを創り上げるのか……」

 と、その時、突然『バーン』とドアが開け放たれた。吹き荒ぶ雪が冷気を伴って室内になだれ込んできた。外は昼間だが薄暗い。ドアは開いたのではなく、乱入してきた人物が開け放ったのだ。イリア達は絶句した。突然の乱入に驚いたこともある。が、入ってきた人間の異様さに圧倒されてしまったのだ。

「ここに居るのはユー達3人?」と、その人物は尋ねた。そしてそれは銃を構えたヘレンだった。


   *  *   *


 先頭を行く乙葉は周囲に目を配りながら力強い足取りでどんどん先に進む。その後をモエと詩織が無言でついていく。森の中を進む3人に会話は無く、喧嘩をしている訳ではないのに妙な溝ができてしまっていた。モエと野乃花は黙って付いて行くしかない。時々、詩織が何か言いたそうにモエの顔を見るが、モエは無言で首を振るしかできない。そんな2人の方を乙葉は一度も振り返らない。そして、怪しいと思った箇所を見つけると乱暴に茂みを掻き分ける。そして何も無ければ直ぐにその場所を見限り、また歩き出す。その一連の作業は手当たり次第というものでもなく、歩いている途中に突然、思い出したように行われる。それは傍から見ていると散歩中の犬の気まぐれな行動を連想させた。

 しばらくそんな状態が続いた時だった。目の前が急に陰った。まるで、不意に液晶画面の明るさが一段階下がった時のように。だが、それは一瞬の出来事だった。

「なんや……?」と、モエが警戒する。前にもこんなことがあった。モエはまさかと思って空を見上げた。

「うっ!!」

 モエの視界の端に動く物があった。それが音も無くモエ達の上空を過り、一時的に日差しを遮ったものと思われた。

「アカン! またあいつや!」と、モエが乙葉の背中に向かって叫んだ。

 乙葉はゆっくり振り返ってモエの顔を見た。しかし、リアクションはない。

「乙葉! 注意しいや! あいつや! ドラゴンや!」 

 詩織がドラゴンと聞いて絶句する。それで乙葉も事態を飲み込んだようだ。だが、乙葉は少しも慌てることなく背にしていた荷物を道端に下すと、ショットガンだけを手に表情を引き締めた。モエと詩織もそれにならって荷物を下ろして武器だけを持つと、ドラゴンの強襲に備えた。

 前回の遭遇でドラゴンは獲物を品定めするみたいに一旦、モエ達の上空を通過し、体勢を整えてから低空飛行で襲い掛かってきた。恐らく、今度も同じように来るはずだ。

「きた!」と、乙葉が最初にドラゴンを発見した。彼女の視線を追ってモエと詩織もその方向に目を向ける。

「やっぱり来よったか……」

 モエは鳥肌が立つのを自覚しながら戦斧を握り直す。

赤茶けた色のドラゴンは巨大化した鷹のように見えた。だが、その身体の割に小さめの頭は鳥のそれではない。爬虫類でも恐竜でもない。刺々しい輪郭を持つドラゴンの頭としかいいようがなかった。

低空飛行でこちらに向かって来るドラゴンの姿が見る間に大きくなっていく。

「アカン……こんなん無理や……」と、モエの足が竦む。

 ドラゴンは乙葉の向かっていた方向から迫ってくる。だが、乙葉は前回と同様に逃げることなくそれに対峙している。モエは全身の震えを止めようと歯を食いしばるが逃げ出したくなる衝動が抑えられない。一方、モエの隣で詩織は泣きそうな顔で鎖鎌を構えている。彼女も震えを堪えている。その証拠に右手の鎌から繋がる鎖に震えが移ってチャリチャリと煩い。

 あっという間に接近してきたドラゴンは、鳥のような後ろ足を前に突き出して乙葉に攻撃してきた。まるで、キックしようとしているみたいに。

「うぁぁああ!!」と、乙葉が両手でショットガンを前に突き出してドラゴンのキックを受け止めようとする。

 無理だ! と、モエは思った。ドラゴンの足は雨傘を広げた位の大きさで、しかも爪だけでも乙葉の顔の大きさを超えている。

『ガキィッ!!』という激しい衝突音!

 そこで乙葉が吹っ飛ばされると思いきや、意外なことに彼女は上体を反らしながら踏ん張る。反対にドラゴンの体勢がグラリと傾いたように見えた。というよりも、飛行の進路がブレた。その分、乙葉を飛び越えたドラゴンは、予想よりも左に逸れながらモエと詩織の頭上を掠めて後方へ飛んで行った。

モエがドラゴンの後姿を確認して「乙葉!?」と、声を掛ける。だが、モエの心配をよそに乙葉は普通に立っている。それどころか憎々しげに言い放つ。

「フン……その程度だったんだ……」

 乙葉のコメントにモエと詩織が驚愕した。結果的に乙葉はドラゴンの蹴りをいなすことでダーメージは受けていない。

 しかし、安心するのはまだ早い。攻撃の第二波に備えてドラゴンが来るであろう方向に向き直って体勢を整える。すると予想通り、ドラゴンは少し行った先の上空で旋回すると再び高度を下げ、モエ達に向かって突っ込んできた。

「こうなったらヤケクソや!!」

 モエは覚悟を決めてドラゴンに向かってダッシュした。相手もこっちに向かって来る。恐怖を紛らわす為にモエは「うりゃぁああ!」と、絶叫しながら思い切りジャンプした。目を見開き、戦斧を大きく振りかぶり、ドラゴンの頭をめがけて振り下す。

『ザシュッ!』という強い手応えがあった。が、力が左に流されていく。モエの一撃はドラゴンの頭ではなく右の首筋に当たったものの、刃の部分を深く突き立てるには至らなかったのだ。

 すれ違いざまのドラゴンの羽根で「うぁっ!」と、モエが吹っ飛ばされる。そして脇道の茂みに頭から落下してしまった。それと同時に詩織が「ああああっ!」と、叫びながら鎌を頭上に掲げてドラゴンの羽根を迎撃しようとする。が、風圧で尻もちを着いてしまう。続いて乙葉が「くそぉぉ!」と、ショットガンを連射する。散弾はドラゴンの頭付近にばら撒かれ、さすがのドラゴンも顔を背けるような素振りをみせた。が、飛行スピードは落ちない。

 と、その時、ドラゴンが『グギャァ!!』と、上体を跳ね上げた。そして、急ブレーキをかけたように羽ばたいて飛行を中断すると後ろ足で地面に着地した。

 モエが「な、なんや!?」と、茂みから顔を出す。見るとドラゴンが飛行を止めて乙葉の目の前で暴れている。頭を振り、羽根と一体化した前足をブンブン振りながらもがいているようにも見える。良く見るとドラゴンの羽根には詩織の鎌がフックのような形で引っ掛かっている。そして鎌と繋がった鎖が延びていて近くにあった比較的太い木に巻き付いている。その側には肩で息をする詩織の姿があった。

長く伸びた鎖を見てモエが驚く。

「なんや!? どういう仕組みや?」

 詩織が手にしていた鎖鎌の鎖はせいぜい2メートルぐらいしかなかったはずだ。しかし、ドラゴンを足止めしているそれは明らかに長くなっている。

 引っ掛かった鎌を取ろうとドラゴンが羽根を振り回す。

「逃がすか!!」と、モエが大ジャンプで切りかかる。 

 が、頭を狙ったがまた外れた。だが手応えはあった。弾かれそうになってしまったが斧がドラゴンの肩口にめり込んだような触感があった。そしてその一撃でドラゴンが怯んだ。そして『ギェエエッ!!』と、地べたに這いつくばった。

 すかさず乙葉が「うぉぉぉ!」と、奇声を上げながら突進する。

 乙葉は正面からドラゴンの頭にダッシュで接近すると、左手でその頭を掴み、右手で鷲掴みにしていたショットガンをドラゴンの口に強引に突っ込んだ。そして素早く引き金に指を回して『ドン! ドン!』と、発射した。いつもの『バン!』という甲高い音ではない。曇ったような爆発音だ。

さすがのドラゴンも口の中に散弾をぶち込まれて動きを止めた。その頭部がピンと硬直して全身が激しく痙攣する。だが、羽根の震えは見るからに力を失っていく。やがて、あれほど暴れまわっていたのが嘘のようにドラゴンは静かになった。まるで砂浜に打ち上げられたボロボロの雨傘のように地面にへばりついたドラゴンは意外に小さく見えた。羽根の部分は左右それぞれ畳一枚分ぐらいの面積を持っている。が、頭から尻尾にかけては3メートルに満たない。それでも頭はパンパンになったスポーツバッグぐらいの大きさがある。そしてその獰猛な口からは血が大量に流れ出していた。

モエは呆気にとられて「凄いことするな……」と、感想を漏らす。

 確かにドラゴンを仕留めた乙葉の攻撃は強引なものだった。頭を押さえつけて口に銃口をぶち込み発砲するという荒業にモエは戦慄を覚えた。

 ドラゴンの側では返り血を浴びた乙葉が立ち尽くしている。だが、脱力したという風では無い。乙葉は、にやっと笑みを浮かべてドラゴンの亡骸を見下ろしている。

 モエはよろよろと立ち上がりながら乙葉に近付こうとした。が、足が言うことを聞かない。まるで下半身が凍りついてしまったみたいに感じられた。

「乙葉……」と、モエは呻いた。まるでそこに見えない壁があるかのように本能が乙葉の側に寄ることを拒否した。とても近寄れるような雰囲気ではない。

 当の乙葉は息を切らせるでもなく普通に立っている。そして呟いた。

「みんな死んじゃえ……」

 それを聞いてモエが「なっ!?」と、絶句する。

 なぜならモエには、その悪魔に乗っ取られたような乙葉の顔は狂気を孕んでいるように見えたからだった。


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