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第20話 いびつな勢力図

 半日近く悩んだところで望海は自らの考えを玲実と梢に伝えることにした。

 山海荘の食堂で残った食料を掻き集めた夕食を取りながら望海が切り出す。

「あのね。実は、今朝、ヘレンて子に会ったの」

 それを聞いて玲実が箸を止める。

「ヘレン? あの子と?」と、玲実は硬い表情で望海の顔を見る。

「うん。アタシの武器を見つけた時にね。南風荘の裏でばったり」

 玲実は「そう……」と呟いただけだったが複雑そうな表情を浮かべる。恐らく、彼女は昨日、見張り小屋から飛び降りてきたヘレンに襲われたことを思い出しているのだろう。モエに騙されたとはいえ先に手を出したのは玲実だった。グレネード・ランチャーで小屋を攻撃してしまったという負い目はある。しかし、あの大きな槍がまともに当たっていたら大けがをしていたはずだ。何しろ先端が掠めただけで足にかなりのダメージを受けてしまったのだ。あれは本気だったと玲実は思う。もしかしたら殺されていたかもしれないという恐怖がどうしても払拭できない。そんな相手に会っていたのを望海が黙っていたことに対して玲実はあまりいい顔はしなかった。

 玲実に芽生えた不信感を感じ取ったのか望海は「偶然よ」と、大げさに首を竦めてみせた。そして、その時のやりとりについて、かいつまんで説明する。

「アタシが武器を拾ったところに偶然、あの子が現れたの。銃を向けられたわ。アタシが武器を持ってたから。でも、玲実ちゃんのアレはわざとじゃないってことを説明したら納得してくれたみたい。悪いのはモエって子だってね」

 それを聞いて玲実は無言で頷く。ただ、納得している風では無い。

 そこで望海はポケットから四つ折りの紙を取り出して広げた。それは昼間に何度か書き直したメモだった。玲実はそれを黙って受け取る。

 梢がそれを覗き込みながら尋ねる。

「なに? これ?」

 それに対して望海が「勢力図よ」と、答える。

「勢力図?」と、玲実が眉を顰める。

「そう。アタシ達の現状を分析した物よ」

 望海は2人の顔を交互に見て神妙な顔つきで言う。

「正直言って今のアタシ等はバラバラだよね? しかも仲悪い。てか、悪いどころか憎しみ合ってる子達も居るぐらいだよね。例えば、ヘレンはモエ達と対立してる。その結果、死人が出てる」

 梢は望海が口にした『死人』という言葉がピンとこないのかポカンと口を開けて、まじまじと姉の顔を見た。

 望海は構わず説明を続ける。

「どっちが先に手を出したのかは分からないけど、モエ・乙葉・野乃花・詩織が仲間でヘレンと憎み合ってる。で、野乃花がヘレンに撃たれて死んだ。当然、モエ達はヘレンを許せない。多分、報復するつもりなんじゃないかな」

 望海の解説を聞きながら玲実が指摘する。

「ひょっとして、このメモに書いてる『色黒』『ヘソ出し』『ビッチ』『地味』っていうのがその4人のこと?」

 確かに望海のメモには名前ではなく、偏見でチョイスされた単語が並べられている。

「そう。その方が分かり易いでしょ」と、望海は頷く。その回答は実にあっけらかんとしたものだ。そのリアクションを見て、それまで表情が硬かった玲実が「それはそうだけど……」と、苦笑する。

 モエの色黒は分かる。乙葉が短いセーラ服でおへそを出していたことも印象に残っている。しかし、グラマーな野乃花を『ビッチ』と決めつけるのはいかがなものか。それに詩織が『地味』というのも何気に酷い。

 望海は悪びれるでもなくメモについて説明する。

「あだ名の後ろにカッコ書きしてるのは、その子が持ってる武器」

 それを聞いて梢がおさらいする。

「本人にしか使えない武器だよね。色黒モエが『斧』で、ヘソ出し乙葉は『散弾銃』、地味な子は『鎌』……で、死んだ野乃花さんは『槍』なんだね」

 梢は野乃花だけ望海の命名ではなく「さん付け」にした。それは亡くなった人間に対する彼女なりの配慮なのかもしれない。

 玲実が『槍?』の記載を見て問う。

「ここだけ『?』マークが付いているのはなぜ?」

 望海はその質問を待っていたかのように真剣な表情で頷く。

「うん。それなんだけどさ。信じられないかもしれないけど聞いてくれる?」

「何よ。急に……それで?」と、玲実が続きを促す。

「ヘレンが槍を持ってたのよ」

 それを聞いて玲実は首を捻る。

「そうなの? あの子の武器はライフル銃じゃなくって?」

 望海はやれやれといった風に首を振りながら言う。

「多分、その槍の持ち主は野乃花だったんだと思う。ただ、それはヘレンから聞いただけだから未確定。それで『?』マークにしたんだけどさ」

 梢が玲実の隣で変な顔をする。

「え? 何? 意味わかんない」

 そんな妹の反応は置いておいて望海は玲実に向き直る。

「元の持ち主は恐らく野乃花。それがヘレンに所有権が移った……らしいのよ」

 聡明な玲実は即座に理解した。

「所有権が移った? ヘレンはそれを自分の物にしたってこと?」

「そうなの。アタシも槍を見せられるまで信じられなかった」

「なぜそんなことが……」と、玲実は首を捻る。そしてハッとする。「まさか!」

 望海は答えを持っている。だが、自らそれは提示しない。玲実がその答を口にするのを待っているのだ。

 玲実は強張った表情で呟く。

「殺した……から?」

 望海は正解だというように頷く。

「そう。奪ったってことになる」

 玲実はこめかみを押さえながら首を振る。

「まさかそんなことが……」

 望海は身を乗り出して言う。

「これは大事な話。信じるかどうかよ。ただ、ここでは信じられないようなことばかり起こるから有り得ない話ではない……」

 それには玲実も同意する。

「確かに。モンスターがいたり、石碑で瞬間移動できたり、変な事ばかりよね」

 話についていけない梢がむくれる。

「ちょっと、お姉ちゃん! 分かるように説明してよ。もう」

 それを受けて望海が面倒そうに噛み砕いて梢に説明する。

「武器は持ち主が決まってる。けど、相手を殺した場合は、その子の武器が自分のものになるの。だからヘレンが槍を持ってたってことは、ヘレンに殺された野乃花の持ち物だったって推測できるの」

「え?」と、梢が固まる。やはりそのロジックは受け入れ難いもののようだ。

 望海が人差し指を立てて言う。

「大事なことは、それによって戦力が変化するってことよ」

 望海のメモには右上にモエ達4人のあだ名が示されていて、その左側に『ヘレン』の名が書かれている。そしてその間には対立を表す左右の矢印が印されている。望海はその部分をペン先で突きながら続ける。

「これだけ見ればヘレンが不利なように見えるでしょ? アタシも最初はそう思ってた。けど、ヘレンは2つの武器を持ってる。で、恐らくモエ達はそのことを知らない」

 玲実がそれを聞いて戸惑う。

「不利とか有利とか……何を言ってるのよ」

 だが、望海は話を止めない。

「この子達は本気で相手を憎んでるんだよ? 全面戦争なの! そう考えると、この先、武器をどれだけ持ってるかが勝敗を左右すると思うの」

 そう言う望海はワクワクしているように見える。玲実と梢はそんな望海の言動に違和感を持った。

 2人との温度差を感じたのか望海が咳払いをして説明を続ける。

「それで、アタシ達はモエに騙されてヘレンと衝突したけど誤解は解けた」

 望海はメモの中央に書かれた自分達の名前を丸で囲み、ヘレンの名前に向かって線を引いた。そして、モエのグループに向かって矢印を書いて『不信感』と、書き加えた。

 それを見て梢がウンウンと頷く。

「なるほど。分かり易いね。歴史の授業みたい」

 望海は梢のコメントに拍子抜けしながら、なおも図に加筆を続ける。

「それでアタシ達の左側。こいつらは敵になる可能性が高い」

 望海達の名前の左側にはスペースを置いて『メガネ』『アネゴ』『ツインテール』『ブタ』とあだ名が縦に並べられている。そして、少し離れたところに『オオカミ』『ねくら』と書いてある。

 梢が面白がって答え合わせを始める。

「メガネは、あのバカ真面目な子でしょ。利恵っていったっけ。で、アネゴは愛衣さんね。分かる分かる。ああ、ツインテールは自分のことボクっていう桐子ちゃんか。あの子、変わってるよねぇ。けどブタはダイレクトすぎだよ。ウケるけど」

 玲実が苦笑いを浮かべながら感心する。

「あなたホントに遠慮が無いわよね」

 梢がイリアの名称で悩む。

「でも、オオカミって何? 何でオオカミ?」

「ああ、あの子『一匹オオカミ』だから」

 望海の答えに梢が大げさに仰け反る。

「なにそれ!? 分かんないよ! 根暗はスケッチブックの子だって直ぐ分かるけど」

 望海は6人の名前を丸で囲もうとするが途中でペンを止める。

「うーん。これでひとグループなんだろうけど、イリアって子はツルむの嫌がりそうなんだよねぇ」

 玲実はイリアのことを思い出しながら「そうね。私もそう思う」と、頷いた。

 望海はそのグループから自分達のグループに線を引いて対立を示す矢印を書く。

「とにかく、このブタだけは許さない。だよね? 玲実ちゃん」

 急に振られた玲実が虚を突かれる。

「え? あ、ああ……そうね」

 望海はさらに続ける。

「あの利恵って子も仕切りやでウザいし、イリアだって無愛想だしムカつくよね」

 イリアのハルバードを勝手に触って怒られたことを望海は根に持っているようだ。

 そこで梢がぽつんと呟く。

「あっちもアタシ等のこと良く思ってないかもね」

 それに玲実が反応する。

「は? 何でよ! 私達は別に!」

 だが、梢は意外に冷静な口調で応える。

「智世って子を使いっぱにしてたことに怒ってたんじゃないかな。イリアちゃんは」

「う……それは……」と、玲実が言葉に詰まる。確かに思い当たる節があったのだ。

 望海が気まずくなった空気を変えようと軌道修正する。

「で、話は戻るけど、困った事にあっちの情報が少ないんだよね。分かってるのは、あのブタ女が持ってる武器は三つ又の槍で、イリアが斧だか槍だか両方がついてる武器だってこと」

 玲実がメモを眺めながら言う。

「なるほどね。それで他の子はカッコ書きの中が空欄なのね」

「そうなの。武器を持ってるかどうかも分からない」

 そう言って苦い顔をする望海の様子を見て梢が不安を口にする。

「ね。どうしてそんなことを気にするの? 別に、いいじゃん。誰が武器を持っていてもいなくても……」

 すると望海は「分かってないなあ」と、前置きして妹に言い聞かせる。

「いい? アタシ達の武器はアンタの電撃棒とアタシの剣、玲実ちゃんのバズーカーみたいな銃。これだけあれば十分とも思うけど、万が一、他の子達と戦うことになった時に相手の手の内が分かってないと不利でしょ?」

 梢が納得できないといった風に首を振る。

「だから何で戦うのが前提なのよう。関わらなきゃいいんじゃない?」

 しかし、望海は冷めた目つきで呟く。

「そうもいかないんだよねぇ」

 それを聞いて「え?」と、梢が言葉を失う。玲実も真剣な顔つきで次の言葉を待つ。

 望海はペン先でメモをコツコツ叩きながら言う。

「アタシ達は殺し合う運命にあるんだよ。たぶんね」

 それを聞いて梢と玲実は固まった。梢は今にも泣きだしそうな顔つきで何か反論しようとするが言葉が出てこない。玲実は冷静さを保とうとしているのか唇を強く噛んで眉間に皺を寄せている。

 望海は半ば他人事のように自らの仮説を披露する。

「おそらくアタシ達は、そのためにこの島に集められた。変な武器が与えられているのは、そういうことなんだと思う。そう考えれば辻褄が合うの。誰が何の目的でこんなことをするのかまでは分からないけど、少なくともアタシ達以前にこの島で殺し合いがあったことは確実。あの見張り小屋で見た落書きが証拠よ」

 玲実は動揺を隠しながら尋ねる。

「私達も同じ運命を辿るってことなの? そんなことに何の意味が?」

「分からない。アタシ達の殺し合いを見て楽しんでる奴がいるのかもしれない。ゲームみたいな感覚で」

 玲実は大きく溜息をついて呻く。

「ゲーム……ですって? そんな……」

 望海は口元に手を当てながら答える。

「生き残りを賭けたゲームに強制参加。映画とか漫画とかでは良くある設定よ。アタシ達はそれに巻き込まれたの。だとしたら何が終わりなのかが問題ね。クリアの条件。せめて前に殺し合った人たちがどうなったのかが分かればいいんだけど。ただ、全員が生きて帰れる可能性は低いような気がする」

 玲実は消耗しきった顔で呟く。

「他の子達はこのことを知ってるのかしら……」

 望海が首を竦めながら応える。

「さあ。もしかしたらモエのグループは知ってるかも。小屋の落書きを見てるはずだから。ヘレンも同じね。でも、ブタ女の組は知らないんじゃないかな」

 玲実は助けを求めるような視線を望海に送った。

「ここで助けを待ち続けても無駄ってこと?」

「おそらくは」と、望海の反応は素っ気ない。

 梢はショックを受け過ぎていて2人の言葉が頭に入ってこない様子だ。そんな妹をチラ見して望海は今後の方針について提案する。

「どのみち食べるものがもう無いわ。どこかに探しに行かないと。それにブタ女は食い意地が張ってるから、いずれは食料を巡って衝突すると思うんだよね。だから早めに敵の戦力を把握しておかないと」

 玲実は目を閉じて少し考えを整理した。そして意を決したように立ち上がる。

「分かったわ。とにかく残った人間の中で主導権が握れるように立ち回りましょう」

 幾分、覇気を取り戻したかのような玲実の表情を見て望海は「そうこなっくちゃ」と、表情を緩めた。そして自分も元気よく立ち上がる。

「取りあえず島の探索を続けて手掛かりを探そ。前の人達が他にもヒントを残してるかもしれないから。それで、殺し合いの方は他にやらせておこうよ」

 望海の作戦はヘレンとモエ達との戦いは傍観しつつ、和佳子達を牽制して主導権を握ること。そして、この理不尽と思われる状況を打破するための情報を前人が残した痕跡から見つけることだった。自分達が生き残る確率を上げる為には、この『いびつな勢力図』を利用して駆け引きに勝たなくてはならない。望海はそう考えていたのだ。


   *   *   *


 昨夜相談した結果、イリア達は雪の町を出ることにした。

 これ以上の食料は持ちきれないこと。そして何よりも和佳子達との争いを避けるためだ。また、桐子の「地図の中で足を踏み入れていない場所も確認しておきたい」という意向もあった。そこでイリア・智世・桐子の3人は雪の町を出て地図の上側を経由して右手に移動することにしたのだ。

 朝の比較的早い時間帯ということもあって雪の表面は硬く、踏み込む足先が積雪を押し潰す音がザクリ、ザクリと響いた。

 先頭を歩く桐子が足を引き上げながら笑う。

「うわぁ硬ってえ! この様子じゃ夜は降らなかったんだな」

 白い息を弾ませて桐子は楽しそうに雪を踏む。智世は桐子の作った穴を追ってチョコチョコと付いて行く。イリアは落ち着いた足取りで最後尾を進む。

「段々と道が分からなくなってきたな」

 桐子が言うように前方は建物の並びが切れて平原だか町中だか判別できないような平坦な白が広がっていた。方向はこれで合っていると思われる。だが、その寂しい風景は迷子になった時のような心細さを感じさせた。雪に覆われた世界では生物の動きが皆無だ。その分、音には敏感になる。溶けかかった雪が落ちる音に何度も驚かされる。

 しばらく歩いた所でイリアがふいに立ち止まる。イリアはなぜか周囲を警戒するような素振りを見せてから「危ない!」と、智世を突き飛ばした。

「きゃ!」と、智世が前方向に転ぶのと同時に『シャッ!』という風を切る音が彼女の背後を過った。そして『ザンッ!』という音が智世の直ぐ側で発生した。どうやら何かが飛んできて刺さったらしい。それは斜め後方から飛んで来たように思われた。イリアがその軌道から出所を探ろうと振り返る。そして叫ぶ。

「卑怯者!」

 その方向には人影が認められる。100メートル近く離れているだろうか。だが、その背格好から相手が誰であるかは容易に判明した。

 桐子が突き刺さった物体を見て「バカな……」と、呻く。さらにガバッと振り返り、イリアの視線の先に居る人間に向かって叫んだ。

「和佳子っ! 何するんだっ!」

 しばらく睨み合いが続いた。まるで時が止まったかのように冷たい空気が周囲を凍てつかせた。双方の吐息だけが白く揺らめく。そんな中、和佳子がゆっくりと向かってきた。その足取りは堂々たるものだった。まるで入場するアスリートのように彼女は胸を張って真っ直ぐに前方を見つめている。

 ザクリ、ザクリという単調な響きを聞きながらイリアと桐子は無言で彼女の到着を迎え入れた。

 和佳子はイリアの前まで来ると明らかに不機嫌そうな顔でイリアと桐子の顔を見比べた。そして一言、「なに勝手なことしてるの?」と、言い放った。

 そのふてぶてしい物言いに桐子が一瞬、言葉に詰まった。が、すぐに反論する。

「ボク等の判断だ。別行動の君達にいちいち断る必要は無いよ」

 イリアも桐子に続く。

「昨日の一件を忘れたの? 私達が離れる方がお互いの為よ」

 しかし、和佳子は鬼の形相で睨んでくるだけだ。そこに和佳子の後方から利恵と愛衣が走ってくるのが見えた。雪の上をぎこちなく走る2人。止む無くそれを待つ一向。ようやく利恵が到着したところで6人が再び揃った。

 そこで桐子が利恵と愛衣に状況を説明する。

「ボク達が町を離れようとしたら和佳子のアレが飛んできて足止めされたんだ」

 桐子の説明を聞いて利恵の顔が強張った。

「え!? 和佳子さん、なんで! なんでそれを仲間に向かって投げたの?」

 桐子が抗議する。

「危うく智世に当たるとこだったんだぜ」

 和佳子がぼそっと呟く。

「仲間なんかじゃない……」

 利恵がその言葉を聞いて咎める。

「何言ってるの! 引き止めるにしてもやり方が……」

 そこまで言って利恵がハッとした。彼女は昨日、サーベルタイガーを倒した後に和佳子が言っていたことが本気だったのではないかと思った。

「和佳子さん! あなた、まさか!?」

 和佳子はプイと顔を逸らしてふて腐れた顔を見せる。その態度に利恵は不安を覚えた。

 その時、イリアが口を挟んだ。

「あなた。本気で殺そうとしたでしょ」

 その指摘が図星だったのか和佳子がキッとイリアを睨みつける。

 イリアは和佳子に向かって吐き捨てる。

「汚いやり方。後ろから攻撃するなんて。私が察知してなければ当たってたわ」

 そこで和佳子が「察知した!?」と、驚愕した。

 イリアは冷静に言う。

「感じたのよ。うまく言葉で表現できないけど。悪意のようなものが」

 それを聞いて和佳子が悔しがる。

「クソッ! それでか!」

 その様子を見て利恵は頭を抱えた。やはり和佳子は本気で智世を狙ってトライデントを投げたのだろう。

「和佳子さん! 幾らなんでも!」

 利恵の言葉に和佳子は「うるさいっ!」と、激しく拒否反応を示す。そして「んもぉおっ!」と叫ぶと、イリアと桐子を突き飛ばして智世に向かって突進した。

 智世はトライデントが刺さった場所にぽつんと立っている。

 和佳子はダッシュでそこに接近する。そしてトライデントを掴むとそれを引き抜き「死ねっ!」と、智世に襲い掛かろうとした。突然の出来事に智世が後ずさりする。

 和佳子は「しっにっいぃ!」と、言葉にならない叫びを発しながらトライデントを頭の高さで水平にすると、投手が振りかぶるような動作で鉾先を智世にぶつけようとした。

 が、イリアがハルバードを持って間に割って入る。

『ガキィィン!』と、武器同士が激しくぶつかり合う。

 桐子が「もう! なにやってんだよ!」と、天を仰ぐ。

 和佳子の攻撃をイリアが受け止める形で二度三度と両者の武器が衝突する。必死の形相の和佳子に対してイリアには余裕がある。が、和佳子が一歩下がって、いったん攻撃を止めた。そしてトライデントを積雪に突き刺すとポケットから何かを取り出した。それは缶詰のように見える。和佳子は無言でそれを開けると、イリアに向かって投げつけた。

 缶は中味をぶちまけながらイリアに向かって飛んでいく。イリアは身を引いてそれを避けるが少し液体がかかってしまった。すると次の瞬間、「うっ!」と、イリアの顔が歪む。それもそのはずだ。缶の中味は周囲に激臭を拡散するほど臭い物だったのだ。

「臭っ!」と、智世が鼻を押さえる。

 利恵や桐子も異変に気付く。そして騒ぎ出す。

「なに!? この変な匂い!」

「臭すぎる! 強烈だ!」

 愛衣も鼻を手で覆いながら信じられないという顔をしている。

 流石のイリアも想定外の攻撃に集中力を欠いてしまった。汁のようなものが頬にも着いてしまったのだ。それがかなりキツイ匂いを発していて目を開けていられない。

 だが、和佳子はそれを狙っていた。イリアが怯んだところに「おまえ、邪魔なんだよっ!」と、渾身の突きを繰り出そうとした。

 薄く瞼を開けたイリアの瞳に和佳子の突き出す鉾先が映った。

「しまった!」と、イリアが身をよじろうとするが間に合いそうにない。

 イリアは覚悟した。が、衝撃は来ない。代わりに「ぐ、ぐぅ……また!」という和佳子の呻き声が聞こえた。イリアが薄目を開けると和佳子が槍を突く姿勢のまま固まっている。

「く、くそ……また……」

 苦しそうな和佳子の様子を見てイリアは振り返った。鼻をつく強烈な匂いで痛むその目には智世の姿が映った。そして彼女の目は赤いように見えた。やはり智世が金縛りの能力で和佳子の動きを止めたのだ。だが、安心したのも束の間、イリアは智世の立ち姿に衝撃を受けた。なぜなら、あの臆病な智世が銃を構えていたからだ。

「なっ!?」と、イリアが呻くと同時に智世が「ああああっ!」と、叫びながら発砲した。

『パンッ! パンッ! パンッ!』と、3回の発砲音が響いた。

 強烈な音に耳が塞がれ、身体が硬直する。何が起こったかを把握するまでに数秒を要した。イリアが辛うじて目を開けた時、そこには衝撃的な光景があった。

「う、うぐ……」と、和佳子は膝を着いて呻いている。その右腕からは血が流れ出ている。どうやら智世の放った銃弾が当たったらしい。金縛りはとけているようだが、和佳子は完全に戦意喪失している。

 イリアの背後で智世が絶叫する。

「ダメなんだからっ! 許さないっ!」

 智世は銃を構えたまま和佳子に近づこうとした。至近距離で止めを刺そうというのだろうか? それを止めようにもイリアはまともに目すら開けられない。

「だめよ。それ以上……」というイリアの願いも虚しく、智世は跪く和佳子の側にまで近づくと銃口を頭に向けた。その距離、30センチ。その距離だと確実に命中すると思われた。

 そこに「やめてっ!」と、利恵が突進してきた。利恵は智世を手で押しのけると和佳子を庇うように身を張った。だが、智世も引かない。彼女は数歩下がったところで今度は銃口を利恵に向ける。

「邪魔しないでっ!」と、智世が引き金を引く。

『パンッ! パンッ!!』と、銃声がして利恵の左肩と右頬を弾が掠める。

 だが、利恵は「やめなさいっ!」と、ハンマーを振り上げる。そして、銃を持った智世の手を払うようにハンマーを振るった。決して強い振りではない。だが、利恵が考えていた以上に強い衝撃で智世の腕と銃が吹っ飛ばされた。

「い、いだいよ!」と、智世が苦痛に顔を歪める。

 そこにようやく桐子が入ってきて場を収めようとする。

「止めだ、止め! 止めよ! もう一緒に居ない方がいい!」

 武器を手にしていない愛衣は和佳子を介抱しながら複雑な表情で桐子の顔を見上げる。和佳子は撃たれた箇所を押さえながら悶え苦しんでいる。利恵はハンマーを下すと瞬きしながら智世を見て、直ぐに顔を背けた。イリアは雪を掬って匂いを落とそうと汁の付着した場所をしきりにこすった。しかし、中々匂いが取れずに苦戦している。

 桐子は智世を立たせて荷物をまとめ始めた。そして、利恵に向かって声を掛ける。

「利恵。和佳子を頼む。ボクは智世とイリアを連れてこのまま行くから」

 桐子は事務的な口調でそう告げるとクルリと利恵に背を向けた。その冷たい態度に利恵は返事をしようとして躊躇った。

―― 決定的な亀裂。

 そんな言葉が利恵の頭を過った。


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