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第2話 痕跡

 15人の少女達が集う『南風荘なんぷうそう』は民宿街の真ん中あった。1階の『松の間』で少女達は途方に暮れている。

 色黒の関西娘モエは相変わらずのジャージ姿で重ねた座布団の上で寝転んでいる。

 畳に仰向けで天井を睨むのはアメリカ人のヘレン。

 巻き髪を指で弄る玲実はイラついている。

 双子の望海は寝転がってイヤホンで音楽を聴いている。妹の梢は体育座りでぼんやりと畳の縁を指先で擦っている。

 膝を抱えたぽっちゃり系和佳子のお腹が鳴る。その側にはカップ麺の容器、お菓子が散乱している。

 ツインテールの桐子はなぜか柔軟体操に余念がない。

 姉御肌の愛衣は敏美に肩を揉ませている。

 目を腫らしたヘソ出し乙葉はグラマーな野乃花の膝に頭を乗せて撫でてもらっている。

 無心でスケッチブックに絵を描くベレー帽の智世。

 出窓に腰かけてボンヤリ外を眺めるハーフのイリア。

 委員長気質の利恵は皆の様子をオロオロしながら見守っている。

 長らく考え込んでいた詩織が遠慮がちに口を開く。

「け、結局、誰も居なかったね」

 詩織はどもってしまう癖がある。『ビビリ』であることは本人も認めているが、その癖のせいで挙動不審に見られてしまうことが多い。

 体育座りの梢が不機嫌そうに言う。

「誰も迎えに来ないし電話も繋がらない。どういうこと? 扱い酷くない?」

 姉の望海は片方だけイヤホンを抜いて妹の梢と同じような不機嫌な顔をみせる。

「人気投票。その為の撮影だったはずだよね?」

 お嬢様な玲実が指を髪に絡めながらキレる。

「もう! なんなの! なんでこんな目にあわなきゃなんないのよ!」

 荒れる3人組を委員長タイプの利恵がなだめる。

「ね、3人とも落ち着いて。スタッフさん達が帰ってくるまで、ここで待ちましょ」

 ヘレンが上半身を起こして金髪を掻き上げる。

「どうかしら。無駄だと思うけど」

「な、なんでよ?」と、利恵が動揺しながら眼鏡に触れる。

 ヘレンは流暢な日本語で続ける。

「もし、意図的に連れてこられたのなら」

 黒髪ロングでビビリの詩織が神妙な顔で同意する。

「た、確かに。ね、ねえ? 私達、どうして港のあんな所で目が覚めたと思う?」

 ぽっちゃり娘の和佳子が「え?」と、目を丸くする。

 皆の視線が自分に集まるのを感じて詩織がごくりと唾を飲む。

「も、も、もしもよ。遭難して取り残されちゃったのなら、ふ、船の中で目が覚めるはずでしょ?」

 座布団の上の関西娘モエが頷く。

「せやな……遭難では無いわな。天気も良かったし」

 乙葉の頭を膝に乗せた野乃花が言う。

「てか、あれって放置だよネ?」

 それを聞いて詩織が泣きそうな顔をする。

「そ、そもそも15人全員が同時に寝ちゃうって変じゃない?」

 委員長気質の利恵が顔を強張らせる。

「まさか薬を盛られたとでも?」

 ツインテールの桐子が頷く。

「ボクもその可能性が高いと思う」

 その言葉に乙葉がビクっと起き上がった。

「そ、そんな! だれがそんなこと!?」

 ヘレンは冷静に言う。

「今ここに居ない人たちなんじゃない」

 乙葉は赤い目を見開く。

「まさかスタッフさんたちが? 何のために?」

 双子の梢は膝を抱えながら他人事のように言う。

「さあ。なんかのドッキリじゃない?」

 姉の望海が呑気そうに応える。

「ひょっとしてTV? どこかにカメラがあるのかも」

 お嬢の玲実が鼻で笑う。

「それはないんじゃない」

 それに対して望海が反論する。

「分かんないわよ。Webで配信されてるとか?」

 玲実はすっくと立ち上がって憤慨する。

「もしそうだったら帰った時に事務所に抗議してやるわ!」

 ツインテールの桐子が胡坐をかいて、ひとりで合点する。

「わかったぜ……なんでアオイとかミルとかが今回来てないのか」

「どういうこと?」と、眼鏡の利恵が尋ねる。

 桐子は半笑で答える。

「だってエントリーは20人だったろ? けど、ここに居るのは15人。人気のある子とか事務所が強い子とかは参加してないんだよ」

「なにそれ。酷くない?」と、ぽっちゃり和佳子。

「なんか悔しい……」と、爪を噛む玲実。

 そこで双子の望海が問う。

「にしても変じゃない?」

「何が?」と、妹の梢。

 望海は首を捻りながら言う。

「ここの住人。家を開けっ放しにしてどこ行ったのかな?」

「せやね。なんか不自然」と、モエも同意する。

 桐子はニヤリと笑う。

「集団神隠し! だったりしてな」

 どもりの詩織が皆の顔色を見ながら口を挟む。

「そ、そのことなんだけど……き、気になることがあるんだ」

 皆の注目が詩織に集まる。

「み、港を見て気付いたんだけど、ロープだけが残されてたんだよね」

 そう言って詩織はロープが絡まったままの係船柱を思い出した。

「それがどうかしたの?」と、利恵が続きを促す。

 詩織が船からロープを放り投げる船員の図を思い浮かべながら続ける。

「ふ、船を繋いでおくロープって普通は船に積んでるはずなの。な、なのにロープだけが残ってた。まるで船が消えちゃったみたいに」

「ちょ……怖いこと言わないでよ」と、ぽっちゃり和佳子が不安そうな顔をする。

「マリー・セレスト号……」

 桐子の言葉に和佳子が「は? 何それ?」と、きょどる。

 窓際のイリアが一瞬、興味を持ったように振り返るがまた窓の外に目を遣る。

 ボクっ子の桐子が怪談話を披露するみたいに声のトーンを落とす。

「オカルトマニアには常識なんだけど昔マリー・セレスト号って船があってさ。その船の船員だけが忽然と消えちゃった事件があったんだ。なんでも発見された時、スープに湯気が立ってたんだってさ」

 グラマー野乃花が海上をゆく貨物船の外観と無人の食卓でスープに湯気が立っているところを想像して怯える。

「何それ怖くない?」

 彼女にしがみついて再び泣き出す乙葉。

「帰りたいよ……お母さん」

 ヘソ出し元気娘の乙葉がさめざめと泣く様子に他の少女達も首を垂れる。

 嫌な沈黙を破るように姉御肌の愛衣が提案する。

「とにかく今夜はここを借りるしかないみたいね」

「そうですね先輩」と、敏美がすぐさま同意する。

「幸い部屋は幾つかあるみたいだし。適当に別れて泊まりましょ」

「勿論、私は先輩と一緒♪」

 委員長タイプの利恵はクラス会議を締める時のような口調で仕切る。

「そうしましょ。今日は皆疲れてるだろうし。それで明日はもう少しこの辺を回ってみましょう。だって分からないことだらけだから……」


<2日目>

 朝日を浴びる『南風荘』の外観はのどかな港町の風情を漂わせている。

 その2階からパジャマ姿の詩織が眠そうに階段を下りてくる。

 喉が渇いた詩織が厨房に入ると愛衣がテーブルで文庫本を読んでいた。テーブルの上にはドリップ中のコーヒーが湯気を立てている。

「あら、おはよう」と、愛衣が詩織に気付いて顔を上げる。

「あ、お、おはよう。起きてたんだ」

「早く目がさめちゃったのよ。よかったらコーヒーどう?」

「あ、ありがとう」

 不揃いのカップが二つ。湯気はもう立っていない。それを挟んで愛衣と詩織がテーブルで向き合う。

「な、なんだか悪いよね」

 詩織が申し訳なさそうにそう言うのを聞いて愛衣が首を傾げる。

「なにが?」

「こ、この民宿。勝手に泊まったり、しょ、食料を貰っちゃたりして」

「……仕方ないんじゃない。不可抗力だし誰も居ないんだから」

「後でお金払ったら許して貰えるかな?」

「さあ? 文句言う人はいないわよ」 

 詩織は長い黒髪が跳ねた箇所を手で撫でつけながら俯く。

「そ、それにしても大変なことになっちゃったね」

「そうね」

「きょ、今日はみんなで手分けして、もう少しこの辺りを調べて……」

 詩織がそう呟いた時だった。そこに誰かの「ギャァァ!!」という悲鳴が聞こえてきた。

「な、な、なんなの!?」と、詩織が大きな瞳をさらに大きくする。

 愛衣と詩織が同時に立ち上がった。

「2階だわ!」と、愛衣が険しい顔をみせる。

 走り出す愛衣に詩織が慌てて付いていく。

 食堂を突っ切り、階段を駆け上がり、2階の廊下に到達する。すると眼鏡っ子委員長の利恵が寝ぼけ眼で部屋から顔を出していた。

「何事なの? 奥の部屋かな?」

 別な部屋からジャージ姿のモエが出てくる。

「誰やねん。朝っぱらから。目え覚めてしもたやん」

 それを押しのけるようにして愛衣と詩織が奥の部屋に向かう。

 2階の客室は6つ。一番奥の『竹の間』の扉を愛衣が乱暴に開ける。次いで室内の様子を確認した詩織の目が見開かれる。

「ひっ!!」と、固まる詩織。「キャァァ!!」と、悲鳴をあげる愛衣。

 2人の視線の先には血の海。そして、その中心には出窓にもたれかかる敏美の無残な姿があった。彼女の目は半開きで首から血が激しく噴き出している。

「ど、ど、どうしよっ!?」と、詩織がパニックに陥る。

 2人に付いてきたモエが詩織と愛衣の後ろで仰天する。

「うげっ!! なんやこれ!?」

 愛衣が室内に駆け込む。

「敏美! 敏美!」

 遅れて竹の間にやってきた利恵が立ちすくむ。

「な、なに……嘘でしょ」

 騒ぎに気付いた少女達がぞくぞくと集まってくる。

 室内では愛衣が敏美の身体を揺すっている。敏美は口をパクパクさせるが声が出ていない。

「え? なんだって?」と、愛衣が自らの顔を敏美の口元に寄せて聞き取ろうとする。

 敏美の口は辛うじて動いている。が、言葉は判別できない。敏美の首から吹き出す血の勢いが弱まる。

 委員長気質の利恵が狼狽える。

「きゅ、救急車? 医者? なんとかしなきゃ!」

 その間に敏美がガックリと首を垂れる。

 愛衣がそれを抱きかかえて「敏美ィ!!」と、号泣する。

 もはや手遅れであることは誰の目にも明らかだった。

 仰向けになった敏美の血まみれの死体。その頭を抱えていた愛衣がゆらりと立ち上がり皆を睨む。彼女の古臭いセーラー服は血まみれだ。

「……誰? ……誰がやったの?」

 愛衣の問いに利恵とモエが驚愕する。

「え? ちょっと……」と、利恵が後ずさりする。

「誰なの! 誰がこんな酷いことを!」

 モエが強張った表情で答える。

「し、知らんがな! アンタが一緒におったんちゃうん」

 詩織がモエと利恵に説明する。

「う、ううん。愛衣さんはさっきまで、わ、私と1階にいたから……」

 姉御肌の愛衣がきりっとした目で入口の面々を睨みつける。

「この中の誰かでしょ! だってホラ!」

 愛衣は閉まっている窓を示す。窓は閉まっている。

「つまり2階にいた誰かよ!」と、愛衣は断言する。

 モエが戸惑う。

「ちょ……ウチ、熟睡してたんやけど」

 望海、梢、野乃花、桐子が騒ぎを聞きつけて集まってきた。

「なになに? なんの騒ぎ?」と、室内を見た桐子がぎょっとする。

 野乃花たちも同様に「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて固まる。

 入口の方に向かって厳しい視線を向ける愛衣に対して利恵が恐る恐る声を掛ける。 

「落ち着いて愛衣さん。とにかく警察を呼ぶから……」

 そう言って利恵は部屋を出て廊下を進む。それぞれの部屋から顔を出した少女達は怪訝な顔で事の成り行きを見守っていた。


   *   *   *


 昨夜と同様に1階の『松の間』で輪になって座る少女達は一様に厳しい表情で黙り込んでいた。

 委員長タイプの利恵はポニーテールを揺らせながら目を伏せた。

「結局……どの民宿も電話は繋がらなかったのね」

 ぽっちゃり和佳子がスナック菓子の袋に手を突っ込んだまま困ったような顔をする。

「……警察、呼べないね」

 ヘレンがお手上げのゼスチャーで首を振る。

「ミー達は完全に孤立してるってことね」

 お嬢の玲実は立ち上がって怒りをぶちまける。

「てか、異常すぎでしょ! 何なの? これが企画だっていうの?」

「うるさいなぁ。そんな訳ないやん。人が死んでるんやで」

 そう言ったモエを玲実が睨む。

「分かってるわよ! それくらい!」

「ああ、もう頭おかしくなりそう」

 そう言いながらお腹がグゥと鳴ってぽっちゃり和佳子が赤面する。

 ヘレンが腕組みしながら冷めた目で一同を見る。

「問題は……誰が殺ったかより何で殺ったか、だよね」

 その言葉にヘソ出し乙葉とグラマー野乃花がびくっとする。

 詩織がビビリながら言う。

「こ、怖いこと言わないでよ。こ、こ、この中の誰がそんなことするっていうの?」

 ヘレンは冷静な顔つきで答える。

「だって1階のカギは閉まってたんでしょ?」

 その問いにイリアと智世が頷く。智世は相変わらずスケッチブックをしっかり抱えている。それを受けてヘレンはなおも推測する。

「2階の窓も閉まってた。外部から侵入した何者かがあの子を殺して逃げた可能性は低いんじゃないかしら」

 双子の望海が頷く。

「つまり、この旅館全体が密室ってことになるわけね」

「旅館じゃなくて民宿なんだけど」と、利恵が小声で訂正する。

「細かいことはいいの。これは殺人事件だよ!」

 そう言って目を輝かせている望海を妹の梢が冷たい目で見ている。

「はじまったよ。ミステリーおたく……」

 そんな妹の突っ込みなど気に留めることなく望海はニヤリと笑う。

「短時間でここを出ていくことは不可能。ということは……」

「待ってよ! 探偵ごっこしてる場合じゃないでしょ!」と、利恵が望海を睨みつける。望海も睨み返す。

 モエが耳をほじりながら呆れたように言う。

「とにかく皆、落ち着こうや」

 不安そうな乙葉と野乃花はしっかり抱き合っている。考え事をするイリアの表情も冴えない。

 詩織がおずおず口を開く。

「ね、ねえ。て、提案があるんだけど……」

「提案だって?」と、桐子が詩織をチラ見する。

「う、うん。こ、ここで議論してても始まらないでしょ。だ、だから皆で手分けしてこの辺りをもっと探索してみない?」

 利恵が直ぐに賛成する。

「あ、それ、私も考えてた。この辺だけじゃなく港の向こう側とか山の向こう側とかに足を伸ばしてみた方がいいと思う。どうかしら? 皆さん?」

 司会進行役のような利恵の問いかけにグラマー野乃花が頷く。

「そうだネ。あんなこともあったし」

「仕方ねえな。やっぱ警察も呼ばないとな」と、ボクっ子ツインテールの桐子も同意する。

 だが、お嬢の玲実は怒りの表情で言い放つ。

「私は絶対に行かない! 行きたい人だけで行けばいい!」

 委員長の利恵がそれを諭そうとする。

「ちょっと玲実さん。こんな時は皆で力を合わせて……」

 利恵の物言いに玲実はカチンときた。

「嫌だって言ってるでしょ! てか、何でアンタが仕切ってるのよ!」

 玲実の指摘に利恵が言葉を飲み込む。

 玲実と仲の良い双子も拒否の姿勢を示す。

「私も残るわ」と、姉の望海。

「私も面倒だから行きたくない」と、妹の梢。

 モエがゆっくり立ち上がる。

「しゃあないな。ウチは港の向こう側に行ってみるわ」

 利恵が眼鏡の位置を直しながら頷く。

「じゃあ、私は山に登るルートで」

 その結果、登山組は利恵、桐子、和佳子、ヘレン、愛衣の5人。港を超えた森方面に向かう組はモエ、乙葉、野乃花、詩織の4人となった。


   *   *   *


 利恵を先頭とした登山組は黙々と山道を登った。

 委員長タイプの利恵と姉御の愛衣、ボクっ子ツインテールの桐子は昨日もこの道を経験しているが、ぽっちゃり和佳子と金髪ヘレンは物珍しそうに周囲を眺めながら山道を登る。

 前を行く利恵が振り返って愛衣に声を掛ける。

「愛衣さんは無理しなくて良かったのに」

 血だらけの制服を私服に着替えた愛衣が物憂い表情で首を振る。

「いいのよ。ずっとあそこに居る方が辛いから……」

 彼女は妹分の敏美が惨殺されたショックのせいか表情が硬い。そんな愛衣を見て利恵は励ましの言葉をかけようとするが思い留まる。

 山道は次第に狭くなっていく。左手には木々と茂み、右手は崖になっている。ある程度登ったところで神社が小さく見えた。

 桐子がそれを見下ろしながら呟く。

「昨日の神社か……」

 ヘレンが同じ方向に目を遣りながら言う。

「昨日話してたやつね。妙なお墓があったとか?」

「ああ。乙葉の名前が刻まれてたんだ」

「ジーザス! 気味が悪いわね」

 左手には斜面に沿って鬱蒼とした茂みが続いている。そこから突如『ザッ!!』という音と共に丸っこい影が飛び出してくる。影の主は『ドン!』と桐子を突き飛ばす。その勢いで桐子の身体が宙を舞った。

「うわッ!」

 桐子の細い身体は狭い山道から外れて崖へ放り出された。

「桐子さんっ!」と、利恵が叫ぶ。

「桐子っ!」と、ヘレンが手を伸ばすが間に合わない。

 まるでスローモーションのように桐子は絶望的な顔で落ちていく。

「ひっ!」と、和佳子は顔を手で覆う。

 あっという間に桐子は崖下の大きな岩に向かって落下して、後頭部を『グシャッ!』と岩に打ち付けられた。

「嫌ぁぁ!!」

「NO!」

 崖上の4人が絶叫するが崖下で仰向けに倒れている桐子には届かない。


   *   *   *


 薄暗い森の中をモエ、乙葉、野乃花、詩織の4人が一列で歩いている。

 グラマー野乃花がお尻をプリプリさせながら楽観的に言う。

「この先に町があるといいネ」

 ビビリの詩織は身を縮めながら頷く。

「お、大きな道路でもいいね。く、車が通るかもしれないし」

 だが、森を出た所で目の前に広がっていたのは湿原だった。

 ヘソ出し乙葉がガッカリする。

「なんもないじゃん」

「だ、だね……」と、詩織がシュンとなる。

 湿原には何もない。道らしい道も無く、見渡す限り水を含んだ泥と湿った雑草が広がっている。ところが、湿原の真ん中辺りになぜか矢倉のようなものが建っている。高床式どころか脚が異様に長く見張り台みたいだ。

 詩織が左手の方に目を遣って「あっ!」と、声をあげる。

「え? なんや?」と、モエがつられる。

「ほ、ほら! あそこ!」

 詩織が指差した先には白い十字架がある。

「誰のだろ?」と、乙葉の顔が強張る。

「ホンマにあんなのがあったんやな」

 乙葉が先頭で走っていく。詩織、モエ、野乃花がそれに続く。足元が緩い中を走る4人。最初に辿り着いた乙葉が目を丸くする。

「やっぱり同じだ!」

 モエが十字架を凝視する。

「これが例のお墓かいな……」

 十字架には棍棒のような物が立て掛けられている。

「なんやコレ? こんな物騒なもの……」

 そう言いながらモエが棍棒に手を伸ばす。が、手が触れた瞬間に『バチバチッ!』と、強烈な電撃がモエを襲った。

「あちっ!」と、慌てて手を引っ込めるモエ。が、腕が激しく痺れる。

「なんなんこれ? めっちゃビリビリきたで」

 詩織が墓標を見てため息をつく。

「こ、これは……梢ちゃん以外の人は触らない方がいいみたいね」

「え? なんでや?」

 不思議がるモエに乙葉が説明する。

「この武器は持ち主が決まってるらしいの。てことは……」

 乙葉が墓標を見る。そこには『KOZUE』と刻まれている。

 グラマー野乃花が人差し指で棍棒を突こうとする。が、ビリビリっときて「ひゃん!」と、指を引っ込める。

「ヤバいヨ! これ!」

 そう言って野乃花は顔を紅潮させている。

 詩織とモエが顔を見合わせる。

「昨日言うてたのは……これのことやったんか」

 乙葉が頷く。

「うん。他の人には使えない武器」

 詩織が身震いする。

「も、もしかしたら他にもこんなのがあるかもしれないのね」

 乙葉がやれやれと首を振る。

 モエが気を取り直すように息を吸い込んで湿原の真ん中あたりに目を向ける。

「ところでアレ」

「見張り台?」と、野乃花が首を傾げる。

「とりあえずあっちも行ってみよか」

 なぜこんな開けた場所に見張り台が必要なのか? 4人は矢倉に向かうことにした。


   *   *   *


 『山海荘さんかいそう』の立て看板がついた民宿は鉄筋の3階建てだった。

 ビジネスホテル風のロビーに船の模型、魚拓、海のパネルが飾ってある。待合室のソファには玲実、望海、梢が座っていた。

 少し離れたソファに智世とイリアがそれぞれ座っている。

 双子の妹である梢が足をブラブラさせながら言う。

「いいのかな? 私らだけ旅館、移動して?」

 お嬢の玲実は気にする風でもなく自慢の巻き髪を弄っている。

「だって嫌でしょ。死体があるとこなんて」

 玲実の反応に梢が首を竦める。

「そりゃそうだけど。皆が帰ってきたら何て言うかな」

「知らないわよ。放っておけばいいじゃない」

 2人のやり取りをよそに姉の望海が独り言のように言う。

「あーあ。早く誰か見つけてくれないかな。帰りたいよう」

 玲実は脚を組み替えながら深くため息をつく。そしてチラリと智世を見る。

「なんだか喉が渇いたわね」

スケッチブックに何かを描いていた智世がその視線に気付いてビクっとする。

「ね、アンタ紅茶入れなさいよ」

 玲実の命令に智世が困った顔をする。

 望海がそれに便乗する。

「私も飲みたーい。お願いね。智世ちゃん!」

 玲実と望海はニヤニヤと智美を見る。

 気が弱い智世の顔は強張り、スケッチブックを持つ手が震えている。その様子を横目で見たイリアが怪訝な顔をする。


   *   *   *


 崖下では桐子が仰向けに倒れている。ツインテールの辺りには大量の血が見られる。

 桐子を崖下に突き落した影の主は山道の上に向かって走っていく。

 ヘレンが唖然とそれを見送る。

「なんなの……」

「イノシシ!?」と、愛衣が目を凝らす。

「NO……青い。あんな生き物見たことない……」

 利恵と和佳子は20メートル近くある崖下を覗き込みながらオロオロしている。

「桐子ちゃーん!」と、和佳子が必死で呼びかける。

 すると倒れていた桐子がむくりと上半身を起こした。

「えっ!?」と、利恵が仰天する。

「いっ!?」と、和佳子も声を失う。

 桐子は後頭部をさすりながら顔をしかめている。

「クソ。痛ってぇな、オイ」

 利恵が驚きながら尋ねる。

「き、桐子さんっ! 大丈夫なの!?」

 桐子が立ち上がりながら上を見上げる。

「ウン。まだ、ちょっと痛いけど平気」

 ヘレンが崖下の桐子を見て唖然とする。

「……リアリィ?」

 アングリ口を開けていたぽっちゃり和佳子が呟く。

「確かにグシャって……」

 愛衣も驚きを隠せない。

「あれで平気だなんて……」

 崖上で唖然とする4人をよそに桐子は元気に立ち上がった。

「悪ィ。ちょっと待ってて! 自力で上がるからさ!」

 それを聞いて利恵と和佳子が顔を見合わせる。崖の下と影が飛び出してきた茂みを交互に眺めていた愛衣が「あっ!」と、声をあげる。それに気づいたヘレンが愛衣の指差す箇所を見る。そして驚く。

「オウ、あれは!?」    

 謎の生き物が出てきた茂みの向こうに白い十字架がある。

 振り返った和佳子がそれを見て声を出す。

「またあった!」

 茂みをかき分けてヘレンと和佳子が十字架に近付く。十字架にはライフル銃が立て掛けられている。

「ライフル……」と、ヘレンが十字架に顔を近づける。そして後ずさりした。なぜなら、墓標には『HELEN』と刻まれていたからだった。


   *   *   *


 湿原帯の中央に鎮座する矢倉の下で4人は上を見上げていた。

 4本の支柱の上には小さな小屋が乗っている。そしてそこから縄梯子がぶら下がっている。

 野乃花が「高いネ」と、呆れる。確かに10メートルぐらいはありそうだ。

「上はどうなってるんやろ?」

「こ、この縄梯子を上るしかないみたいね。上に行くには」

 モエと詩織の言葉を聞いて乙葉が手を挙げた。

「あ、じゃあ、私が行く!」

 野乃花が「大丈夫? 結構、高いヨ?」と、心配する。

「楽勝だよ。田舎育ちを舐めないでよね」

 そう言ってヘソ出し乙葉はスルスルと縄梯子を上っていく。スカートの中は下から丸見えで、時におへそを覗かせながら乙葉は不安定な縄梯子を器用に登っていく。

 野乃花が口を空けてそれを見上げる。

「すごーい。お猿さんみたい。まるでバナナを得た猿だネ」

 その隣で詩織が呆れ顔で突っ込む。

「そ、それをいうなら水を得た魚でしょ……」

 乙葉は縄梯子を上りきって小屋に入る。中はログハウス内部のような部屋になっている。広さは三畳ぐらいだ。

「へえ、こんな風になってるんだ」

 狭い部屋には四方に小窓がついている。部屋の隅には毛布が丸まっていて食べ物などのゴミが散乱している。そして木の壁には何か文字が彫られている。

 それを見て乙葉が息を飲む。

「なにこれ……」

 そこには『絶対生き残る』と書かれていた。他にも落書きのような汚い字で『殺ス!!』『あと3人』と刻まれている。

 ショックを受けた乙葉は手で口元を押さえた。そして何かに気付く。

「これは……」

 乙葉が見つけたのは図のようなものだった。地図のようにも見える。乙葉はスマホを取り出してそれを写真に収めた。そして他の落書きも写メに撮ろうとするが、一瞬考えて首を振る。その表情は何か思いつめたような顔つきだった。


   *   *   *


『山海荘』のロビーでは、やる気のない3人組のリーダー玲実が足を組んで優雅に紅茶を飲んでいる。望海と梢はぼんやりとソファにもたれかかっている。

 ベレー帽の智世は相変わらず熱心にスケッチブックに何かを描いている。

 梢が不安そうに言う。

「もし、ここの住民が見つからなかったらどうしよ」

 姉の望海が欠伸をしながら答える。

「それはないでしょ。探索組が誰かみつけるって」

「まさか置いて行かれないよね?」

「心配性だなぁ。梢は。双子なのに私と真逆だね」

「でも……あのモエって子、冷たい目で私らのこと見てたよ」

「まあ、うちら全然協力する気ないからねぇ」

「登山組の方は大丈夫だと思うけど。利恵って子は真面目そうだから」

 双子の会話を聞いていた玲実がティーカップを乱暴に置いて鼻で笑う。

「フン。あの仕切りたがりの眼鏡女。むかつく!」

 望海と梢が驚いた顔で玲実を見る。

 玲実は吐き捨てる。

「嫌いなんだよね。人に指図されるの。だから協力してやんない」

 プライドの高い玲実には委員長タイプの利恵が目障りなのだろう。

 イリアは一人でポツンと海を見ている。窓の外には波が穏やかな海が見える。

 智世はスケッチブックに絵を描き続けている。

 玲実がふいに立ち上がってツカツカと智世のもとへ行く。その気配に気づいて智世が顔を上げる。玲実は智世からスケッチブックを取り上げる。

「あら。意外に上手いじゃない」

 パラパラとスケッチブックを捲る玲実。と、その手が止まる。

「え? これって……港の広場から見た所?」

 智世がコクリと頷く。

「これは……」と、玲実の顔つきが変わる。

「え? なに。どうかしたの?」と、梢と望海がやってきて興味深そうにスケッチブックを覗き込む。

 玲実が目を留めたのは港の石碑広場から森の方角を見た時の絵。そこに飛行物体が描かれている。そしてその飛行物体はドラゴンのような形をしていた。

「怪獣?」と、望海が首を捻る。

 玲実が口元を歪めながらバカにする。

「何描いてんのよ。いい歳してモンスターとかバッカじゃないの?」

 玲実に抗議するように智世が半べそで首をブンブン振る。

 梢が顔をしかめる。

「ドラゴン? やけにリアルだけど……」

「見たんだモン!」と、智世が突然、大きな声を出す。

 そんな智世の反応に玲実と望海が驚く。

 智世は涙を浮かべながら訴える。

「わたし、瞬間記憶があるから。ホントにこれが飛んでたんだよ!」

 スケッチブックに描かれたドラゴンの絵。それと智世の顔を見比べながら玲実、望海、梢が唖然とする。


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