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第18話 仲間割れ

―― 常に他人の目を意識して行動しなさい。

 それが玲実の母親の口癖だった。母だけではない。同居する祖母もマナーや言葉遣いには厳しく、同じようなニュアンスのことを再三、口にした。ともに『天草家の一人娘に相応しい』という枕詞を繰り返し、玲実にお嬢様としての立ち振る舞いを強く求めた。

 玲実が生まれた天草家はいわゆる名家だった。そして幸か不幸か、玲実はそんな家の一人娘として生まれてしまった。幼い頃から上流階級の英才教育を受けてきた玲実にとって母や祖母の教えはごく当たり前のものだった。しかし、いつからか窮屈に思うことも出始めた。小学校の高学年にもなれば少しずつ客観性が身に付き、他人とのギャップにも敏感になる。お嬢様として気高く振る舞う自分に対する他人の微妙な距離感に気付き、心を痛めることも度々あった。他人の冷たい視線にも無関心ではいられない。そして『気高く振る舞う為には他人を見下して接するように』という祖母の教えだけはどうしても納得できなかった。なぜなら自分は小心者で、祖母のように傲慢にはなれない。だからこそ、いつも無理をして高飛車な自分を演出していた。本当は誰かと対等に本音を語り合いたい。祖母が目を吊り上げるような言葉遣いで友達と笑い合いたい。いつしかそんな願望が玲実の内面に深く広がっていった。それを表に出すことは殆ど無かった。だが、いつか素の自分をさらけ出せる日が来るのではないかという希望は今でも捨てていない。

 そんなことを考えながら玲実は山海荘のロビー兼ラウンジで紅茶を飲みながら海を眺めた。朝の陽ざしを浴びた海面は、まるで子供が綺麗な石を見せびらかすように輝きを見せつけている。その表面に集められた細やかな光は、絶えずぶつかり合い重なり合って、穏やかな波の輪郭を黄金色に染めている。

 その時、ラウンジに梢が入ってきた。

「あれ? お姉ちゃんは?」

 梢はそういってロビーを見回した。

「さあ? 見てないけど?」と、玲実がカップを持ったまま上品に小首を傾げる。

「おかしいなあ。お姉ちゃんがこんなに早起きするなんて」

「そういえば昨日、確かめたいことがあるって言ってたわね」

「あ、そっか。確かお風呂でそんなこと言ってたっけ。じゃあ、ひとりで出掛けちゃったのかなぁ」

 そう言って梢は玲実の視線の先を目で追った。


 その頃、望海は南風荘の周りをうろついていた。

「参ったなあ。どこも開いてない」

 朝早いにもかかわらず南風荘には誰も居ない。どの出入口も施錠されていて、呼び出しても無反応だ。

 望海は溜息をつく。

「現場を見たかったんだけどな」

 かといって流石にガラスを割って侵入するのは憚られた。止む無く、また裏手に回って南風荘の建物を裏から臨む。南風荘の裏手は目前まで山の斜面が迫っていて余り手入れのされていない林が裏庭代わりになっている。

 望海は事件のあった部屋、すなわち2階の『竹の間』にあたると思われる客室の窓を特定した。

「階段があっちだから……奥の部屋はあれだよね」

 望海は思い出す。敏美が殺害された時、望海は皆が大騒ぎするのを聞いて目を覚ました。そして遅れて竹の間に入った。敏美は出窓にもたれかかる形で首から激しく出血していた。だが、あの時点ではまだ生きていた。つまり、皆が駆けつけたのは首を掻き切られた直後だったと考えられる。そこで望海はあの時、梢に嫌味を言われながらも『密室説』を展開しようとした。なぜなら1階はすべて施錠されていて、しかも詩織と愛衣が起きていたという。それ以外の2階に居たメンバーは悲鳴を聞いて目が覚めたと口を揃える。そして竹の間の窓も閉まっていた。となると、2階の誰かが嘘をついていることになる。結局、あの時は望海が推理を展開することも許されず、2階への立ち入りも禁止されてしまった。その後、事件のことを思い出したくないという心理からか、誰も殺人の件については触れなかった。だが、望海にはそれが原点のように思えてならなかった。

「鍵は凶器……ミステリーの定番よね」

 ミステリー好きの望海にとって、それは至ってシンプルな発想だった。凶器が見つかれば大きな手掛かりになる。だが、隅から隅まで南風荘内を探索した訳ではないが凶器は見当たらなかった。それに血痕も他の箇所では発見できなかった。敏美の出血具合からして凶器には大量の血が着いていた可能性が高い。仮に凶器をタオルか何かで包んだとしても、どこかに血は付着してしまうのではないだろうか? 

「となると考えられる可能性はひとつ。窓の外に捨てたか……」

 望海は竹の間の真下から裏山に向かって歩いてみた。雑草や茂みに覆われたスペースにはこれといって変わった点は無い。草を掻き分け、しばらく捜索していると白っぽい物が目に入った。草木に紛れて固形物の一端が顔を覗かせている。

「まさか!?」

 望海は慎重に草を掻き分け、その物体の全容を確かめようとした。そしてその手が止まる。

「これは……」

 それは探していた凶器では無かった。だが、がっかりする代わりに乾いた笑いがこみ上げてきた。

「なにコレ……まさかこんなトコにあったなんてね」

 望海は思わぬ成果に素直に喜んでよいのか迷った。なぜなら、そこには探していたものがあったからだ。十字架を模した白い墓標には『NOZOMI』の文字。そしてその脇には武器らしきものが放置されている。

「あった!」

 それは刃物のようだった。ちょうど2つの剣がクロスする形でくっ付いている。ひとつは三日月のようなフォルムの刃に持ち手がついている。もう一方は刃渡りが50センチはあろうかと思われる小刀。それがバツ印のように重なって落ちている。試しにそれを持ってみた。右手と左手でそれぞれの持ち手を握る。くっと力を入れるとそれが分離した。

「あっ!! 外れた……」

 望海は右手に三日月、左手に小刀を持つ形でそれを振り回してみた。重くはない。

「凄い。二刀流だわ」

 ふと、三日月の剣に目を遣る。赤黒い物が付着している。まさかと思って武器の落ちていた場所を注意深く見てみる。すると枯れかけた草にも赤黒いものが幾つか見受けられた。

「まさか!?」と、望海は南風荘の2階を見上げた。ここからは直線距離で15メートルぐらいだ。

「あそこからなら届くかも……」

 しかし、よりによって敏美を殺害した凶器かもしれないものが自分の武器だとは……。そのせいで喜びは半減で混乱してしまった。

「何なのよ……」

 望海は泣きそうな顔で頭を抱えた。


   *   *   *


 雪を纏う街路樹や屋根は朝の光を浴びて、その滑らかなフォルムで街並みに同化しようとしていた。あらゆる物体を覆う雪、雪、雪。雪はその緩やかな繋がりで、あらゆる物体を白の調和に取り込もうとしているように見えた。そんな雪景色の中、利恵を先頭に和佳子と愛衣、そしてイリア達を含む6人は次の探索予定地に向かっていた。

 比較的住宅が密集していたはずなのに通りを一本隔てると、いきなり広場のような開けた場所に出くわした。広場といっても噴水や遊具があるわけではない。ただ、建物が無いフリースペースといったところだ。おそらく普段は青空市場や選挙の演説会などに使われる場所なのだろう。

 平坦な白が広がる様を眺めながら利恵が足を止める。

「結構、広いね。学校のグランドぐらいあるんじゃないかしら」

 利恵の見たままの感想に愛衣が微笑む。

「周りが雪だから広く見えるのかもね」

 確かに愛衣が言うように道路や地面の段差などが雪で覆われている為に実際よりもかなり広く見えるのかもしれない。

 桐子がニヤニヤしながら頷く。

「おお。これだけ広いと雪合戦したくなるな」

 それを聞いて利恵が呆れる。

「桐子さん、意外と子供っぽいのね」

「は? 悪いかよ」

 本気で怒っているわけではないのだろうが、桐子はそう言って雪をすくって玉を作ると「うりゃ!」と、利恵に投げつけた。

「ちょ、冷たぁい!」と、利恵が大げさに反応する。そして雪玉を作って投げ返す。

 そんなやり取りをクールに眺めていたイリアが何かに気付く。

「しっ! ちょっと静かに」

 イリアの隣にいた智世がある方向に異物を発見した。

「やだ……あれ……」

 智世の視線の先には広場から病院方面の通りに繋がる箇所がある。そこに動いている物体があることが判別できた。

「あれは……」と、イリアの顔が強張る。

 動く物体の正体は必要以上に長い牙を持つ真っ白な虎だった。それはまさしくイリアと智世を襲ったサーベルタイガーだ。

「わわわ! なんだありゃ!?」と、桐子がパニックになる。

 サーベルタイガーは速度を上げながらこっちに向かってくる。やがてその姿が6人の目にはっきり捉えられる。

「怖っ! やだ! もう!」と、和佳子が目を背ける。

 利恵は、ずり落ちそうになった眼鏡を押えながら口をパクパクさせるが声にならない。 巨大イノシシを退治した利恵と和佳子でさえ、その迫力に尻込みしている。

 蜘蛛の子を散らすように逃げようとしたところでイリアが「バラバラになっちゃダメ! 1か所に集まって!」と、叫ぶ。

 確かにこの広場で四方に散るのは格好の的になってしまう。ここは固まって撃退する方が良いというのがイリアの判断だった。

 イリアはハルバードを構えながら指示する。

「武器を持ってる人は4方向を分担して警戒して!」

 武器を持たない愛衣と桐子を守るように背中合わせにイリア、和佳子、智世、利恵が武器を持って各々の正面を警戒する。この陣形ならどの方向からタイガーが襲ってきても対処できるはずだ。

 緊張感と寒さで身体が固くなる。吐く息は白く、耳は聞き耳を立てるには冷たすぎる。

「来たっ!!」と、桐子が叫ぶ。

 サーベルタイガーはイリアに向かって真っ直ぐ突っ込んでくると見せかけて、時計回りに智世の正面に移動する。そして溜めを作ってから突っ込んできた。

「撃って! 早く!」と、イリアが叫ぶ。だが、智世は金縛りにあったように動けない。

 和佳子が怒鳴る。

「早く撃ちなさいってば!!」

 だが、こともあろうに智世は「できないよ!」としゃがみ込んでしまった。

 サーベルタイガーが迫る。あっと言う間に智世に接近してきた。が、一瞬、視界から消えた。と同時に残像が一同を掠めて後方へ流れて行った。『ガリッ!』という音を残して。

「痛ぁい!」と、和佳子が左腕を押えてしゃがみ込む。

「大丈夫か!」と、桐子が声を掛ける。どうやらサーベルタイガーはすれ違いざまに和佳子の腕を引っ掻いたらしい。

 和佳子が物凄い形相で智世を睨む。

「アンタのせいよ! 何で撃たないのよう!」

 智世は目に涙を溜めながら訴える。

「だって……無理だよう。できないもん」

「ホント使えない! 最悪っ!」と、和佳子は吐き捨てる。

「喧嘩してる場合じゃないわ」と、利恵が叫ぶ。「また来るわよ!」

 利恵の視線の先には方向転換して再びこちらに向かってくるサーベルタイガーの姿があった。その相変わらずのスピードは目で追うことは困難だ。遠くなら何とか見えても接近されるとまるでついていけない。そのせいでさっきは消えたように見えたのだ。

「ええーい!!」と、利恵がハンマーを振り上げる。突っ込んでくる敵のタイミングに合わせて一撃をくれる為に間合いを取る。

 サーベルタイガーは雪の上を苦も無く走る。そして世界レベルのラグビー選手みたいなステップでフェイント気味に突っ込んでくる。

「えいっ!!」と、利恵がハンマーを振り下ろす。

 が、またしても敵の姿が消え失せた。と同時に今度はイリアが「ああっ!」と、悲鳴をあげた。

「イリア! 大丈夫か?」と、桐子が悲壮な声を絞り出す。彼女は何もできない自分を責めるように強く唇を噛んだ。

「大丈夫。武器に当たっただけだから」と、イリアが答える。

 和佳子が「チクショー!!」と、トライデントを投げた。だが、走り去るサーベルタイガーには当たらない。

 このままではなぶり殺しだ。イリアがハルバードを握り直して叫ぶ。

「みんな逃げて! 私が引き付けるから!」

 分散して逃げた方が助かる確率は高まる。だが、周囲の建物までは距離がある。そこでイリアは自分が囮になろうと考えたのだ。だが、その目論見はあっさりと外れてしまった。なぜならサーベルタイガーは戦う意志を示すイリアではなく、一目散に逃げる和佳子と智世に向かって行ったからだ。サーベルタイガーは和佳子と智世に狙いを定めて走ってくる。それは全速ではないが、その距離は見る間に縮んでいく。

「まずい!」と、イリアが2人に向かって走る。

「ひいぃ!」と、智世が逃げる。それに続いて和佳子も慌てて逃げる。と、その時、何を思ったか和佳子が智世を後ろからドンと押した。その勢いで智世が前方に向かって派手に転ぶ。それを見て和佳子はその隙にトライデントを拾いに走る。

 サーベルタイガーは智世に飛び掛かり、彼女を組み敷いた。そして前足を智世の胸に乗せて低く唸る。イリアはハルバードを投げつけるかどうか迷った。とても間に合いそうにない。

「あ……ヤダ……」と、智世は仰向けに倒れたまま動けない。

 サーベルタイガーは智世の喉にその牙を突き刺した。

「ぎゃあああ!」という智世の絶叫が響く。

 イリアは思わず目を背けた。とその時、『ザンッ!』という音がした。見るとサーベルタイガーの脇腹に和佳子のトライデントが突き刺さっている。

 和佳子がイリアに向かって「早く! 止めを!」と、叫ぶ。

 その言葉に我に返ったイリアがハルバードを握り締める。そして怒りに任せてダッシュして、サーベルタイガーの首筋に鉾先を目一杯ぶち込んだ!

「ギャウッ!」と、サーベルタイガーが悲鳴をあげる。

 イリアは素早くハルバードを引き抜くと、今度は先端の斧を振り上げて敵の頭をかち割るように振り下ろした。

『ガゴッ!』と、固い物が砕ける音がした。

 悲鳴は無い。サーベルタイガーは頭部を微かに震えさせながら、ゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。それは音の無い映画のワンシーンのようだった。

 サーベルタイガーの絶命を見届けてイリアは我に返った。そして智世に駆け寄る。仰向けに倒れていた智世が目を開く。その首筋に傷は無い。確かに牙が刺さっていたはずなのに、だ。

「本当に大丈夫なの?」と、イリアは智世を抱き起しながら頭や首を点検する。

 幸い、傷らしい傷は無い。それどころか血の跡すら無い。

「ごめん。ありがと……」と、智世が弱々しく笑う。

 それを見てイリアは安心すると同時に和佳子に対する怒りが込み上げてきた。

 イリアは和佳子に向かって怒鳴りつけた。

「なんてことするのよ!」

 しかし、和佳子は悪びれるでもなく不機嫌そうに言い放つ。

「はあ? いいじゃん。無事だったんだから。だって武器でしか死なないんだよね?」

「そういう問題じゃない!」

 イリアは和佳子が智世を突き飛ばして囮にしたことが許せなかったのだ。だが、和佳子は真に受けていない。

「仕方ないよ。それぐらいしか役に立たんないんだから。てか、ビビッて撃てないなんて超使えないよね? 武器もってる意味ないじゃん」

 その態度にイリアの顔つきが変わった。イリアはハルバードを片手にゆらりと立ち上がる。そして和佳子を睨みつけた。

「もう我慢できない」

 そう言ってイリアは両手でハルバードを持って構えた。

 それを見て和佳子は一瞬たじろぐ。だがトライデントを持ち替えて戦闘態勢に入る。

「な、なによ? やる気?」

 ハルバードのイリアとトライデントの和佳子が対峙する。

 先に動いたのはイリアだ。

「ああああっ!!」と、イリアが走りながらハルバードをバトミントンのように一回転させて鉾先を和佳子に向ける。対する和佳子は両手でトライデントを斜めに突き出して鉾先を受ける。『ガキン!』と、大きな衝突音が広場に響いた。

 すかさずイリアが鉾先を引いて低い姿勢で半回転し、遠心力を利用して先端の斧を当てにいく。その軌道を寸前で和佳子がバックステップで回避する。それで和佳子の闘志に火がついた。

「やったなぁあ!!」と、叫んで和佳子はトライデントを振り回す。

 イリアは冷静にそれを交わしながら間合いを取る。時折、両者の武器がぶつかり合い、金属の衝突音が生じる。イリアは大振りな和佳子の攻撃を見切って一歩踏み込んでの突きを繰り出し、直ぐに下がっては相手の攻撃範囲から外れる。その突きはカウンターを狙っているようで、同時にけん制しているようにも見える。その分、踏み込みが浅く、鉾先は和佳子の身体にまでは届かない。

 2人の攻防に桐子が悲鳴をあげる。

「何やってんだ!? 2人とも!」

 しかし、ヒートアップした2人の耳にそれは届かない。それどころか徐々に両者の距離が近づいていくように見える。ぶつかり合う武器の放つ衝突音も徐々に重く、大きくなっていく。

 和佳子は振り回すことに疲れたのかその三つ又の槍を突き出す戦法に変えてきた。無駄に振り回すよりも接近してきたイリアに直線的な一撃を加えようとしているのだろう。一方のイリアは前後左右の素早いステップで相手に的を絞らせない。そして少し溜めを作った。それは緩急をつけた動きでフェイントをかけようとしたのかもしれない。が、次の瞬間、今までよりも明らかに深く、和佳子に向かって接近していった。

「イィィ!!」と、和佳子が渾身の突きでイリアの突進に対抗する。

 イリアはハルバードの斧の部分でトライデントの鉾先を下から跳ね上げた。

「クッ!!」と、和佳子が呻く。そして鉾先の軌道が大きくずらされてしまった。

 そこでイリアが「ハアァァ!!」と、ハルバードを突き出す。それは完全に和佳子に到達すると思われた。

「ヒィィッ!」と、和佳子が悲鳴をあげる。

 が、イリアの動きがピタリと止まる。と同時にハルバードの鉾先も寸止めされた。それは和佳子の顔面を捉えることなく、ほんの数センチのところで動きを止めていた。

 和佳子は眼前に突き付けられた鋭い鉾先に息を飲む。そしてヘナヘナと座り込んだ。

「イリア!」と、桐子が叫ぶ。

 遠巻きにするしかなかった利恵も安堵の表情を浮かべた。

「良かった……」

 利恵の隣で2人の戦いを見守っていた愛衣が冷静に言う。

「イリアさんの方が上手だったわね」

 それを聞いて利恵が愛衣の横顔を見る。

「え!? 愛衣さん……」

 愛衣は和佳子の様子とイリアの立ち姿を見比べながら続ける。

「イリアさんにはまだ余力があるわ。和佳子さんはスタミナ切れね。それに決定的な違いがあるわ」

 愛衣の冷静な物言いに利恵は困惑した。

「違いって……」

「イリアさんは初めから殺す気はなかった。でも、和佳子さんは本気で殺すつもりだった」

 愛衣はそう断言する。だが、利恵は仲間が殺し合う場面に直面して震えが止まらなかった。

「そんな……どうして? どうしてそんなこと……」

 そう呟きながら利恵は涙を浮かべた。

 イリアはハルバードを下げると、しばらく和佳子を見下ろして冷たい視線を投げかけた。そしてクルリと背を向けて智世のところに戻ろうとした。

 その時だ。座り込んでいた和佳子が突然、立ち上がり「死ね!」と、トライデントを投げる姿勢に入った。虚を突かれたイリアが振り返る。だが、和佳子はやり投げの選手のようなフォームでリリースの瞬間に入った。

 桐子が「ダメだぁ! 和佳子ぉ!」と、叫ぶ。

 だが、桐子の願いも虚しくトライデントが放たれる。が、勢いがない。和佳子の手から離れたそれはイリアに届くことなく力なく地面に落下した。そして、まるで時が止まったように和佳子の投げる動作が固まった。

「ぐっ、ギッ……」と、和佳子は不自然なポーズで呻く。

 イリアは何が起こったのか分からずに強張った顔で和佳子とトライデントを見比べる。そして「ダメェ……」という、か細い声に気付く。

「え?」と、イリアが声のした方向に目を遣る。

「ダメ……なんだから……」

 それは智世の発した声だった。その声は弱々しい。が、智世は顔を上げて和佳子を睨みつけている。その目は黒い瞳の部分が赤い。

「な!? どうしたの!」と、イリアがそれを見て驚愕する。

 智世の眼力には鬼気迫るものがあった。そしてその異様な色はイリアを圧倒した。

 しばらくして和佳子に動きが戻った。まるで停止ボタンを解除した動画のように和佳子は投げる動作を終えた。そして呟く。

「……なんで動けなくなったの?」

 どうやら彼女はトライデントを投げる瞬間に身体の自由を奪われてしまったらしい。そのせいで投てき動作が固まったままだったのだ。

 それを聞いて桐子が「金縛りかよ!?」と、驚く。そしてはっとして智世の顔を見る。

「なんだ!? その目は!?」

 やはり桐子も智世の変色した赤い目にたじろいだ。そして呻くように言った。

「まさか……それが智世の能力なんじゃないのか……」


   *   *   *


 待望の武器を手にしたにもかかわらず望海は途方に暮れていた。

「参ったなぁ……」

 ミステリー好きの望海にとって「これだ!」と閃いた推理が外れたことは少なからずショックだった。このシチュエーションが仕組まれたものだと考えた望海は、自分達15人の中にその首謀者が居るはずだと推測した。そしてそれは敏美を殺した人間だと思われた。そのようなミステリーを幾つか読んだことがある。犯人が復讐の為に標的となる人間を一か所に集めて閉鎖的な空間を作り上げ、一人ひとり殺害していくという内容だ。原点に返って今の状況をそれらのミステリーと重ねれば真実が分かるはず。そう思い立って殺害現場を検証しようとしたのだが……。

「当てが外れちゃったな」と、望海は口を尖らせて呟いた。

 無論、血液をDNA鑑定することなど出来ない。なのでこの剣に付着したものが敏美のものだとは断定できない。しかし、これらの武器が持ち主にしか扱えないという制約がある以上、敏美殺害の凶器に最も近いと思われるこの剣の持ち主が自分だというのは非常にマズい。

 望海がこの状況を梢たちにどう説明しようか考えていると、背後の茂みで『ザッ』と、音が発せられた。

「なっ!?」と、望海が驚いて振り返る。すると茂みの中から現れたヘレンが「誰?」と、尋ねてきた。彼女はライフルを構えて望海に狙いをつけている。

 思わず両手を挙げながら望海の顔が強張る。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 しかしヘレンは無言で望海を睨む。そして望海が手にしている2つの剣を見て小さく「ファック……」と、吐き捨てた。

 その反応を見て望海が慌てる。

「い、いや、これは……見つけたの。そこで! 今!」

 望海の弁解に対してヘレンは無反応だ。あの湿地帯での出来事を根に持っているかもしれないと望海は危惧した。なぜなら玲実が攻撃したせいでヘレンは見張り台を放棄せざるを得なかったからだ。さらに彼女がモエ達と対立していて野乃花を射殺したことも聞いている。

 互いに無言で相手の出方を伺う。何とも言えない緊迫感で対峙する両者をよそに鳥のさえずりが聞こえる。朝露に濡れた草の湿気が今更のように足元に纏わりつく。どれぐらい睨み合っていただろうか。先に口を開いたのは望海だった。

 望海は意味深な笑みを浮かべて提案した。

「ねえ。アタシと組まない?」


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