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第12話 復讐者の砦

 モエは矢倉を睨みつけながらヘレンの顔を思い出した。

 あそこから撃ってきたのはヘレンに違いない。あのライフル銃ならここまで弾が届く。おそらくは昨日、南風荘を出る時のいざこざに対する報復なのだろう。

そこに『パァン!』の音から一呼吸おいて左の足元で地面が跳ねる。

「アカン!」

 我に返ったモエは野乃花を抱えて逃げようとする。だが、右肩の激痛のせいで野乃花の上半身を起こすことさえ出来ない。ぐったりとした野乃花の身体は予想以上に重かった。

「マズい! このままじゃ……」

 モエは咄嗟に戦斧をジャングル方面に放り投げ、空いた左手で野乃花の右足を取った。そして強引にそれを引っ張る。

「クッ!」

 やはり重い。そこに『パァン!』という音に続いて『ビシッ!』とまたしても地面が抉られる。弾は幸いモエの右側を掠めていった。

 敵の目から逃れなくてはならない。モエは必死で近くの茂みまで野乃花を引っ張ろうとする。無我夢中で引っ張る。そこへ異変に気付いた乙葉が駆けつける。

「あの銃声は!?」

「アカン! あの見張り台から撃ってきよる」

 そこに『パァン!』という音が割って入る。そして乙葉とモエの中間地点を何かが過る。

 音の出所に気付いて乙葉が目を見開く。

「え!? あそこから?」

「とにかく茂みの中に野乃花を隠すんや!」

「分かった!」

 乙葉が慌てて野乃花の足を一緒に引っ張る。うつ伏せ状態の野乃花の顔面が地面で擦れてしまうが止むを得ない。2人掛かりで何とか野乃花の身体を茂みに引っ張り込んだ。そこで何とか敵の目から避けることができた。身を隠してからも銃声は一定の間隔を置いて続いた。木々を掻き分け、さらに奥に引っ込んだところでようやく銃声は聞こえなくなった。

 モエが野乃花の具合を確かめる。

「お腹か……」と、モエが呻く。

 乙葉が急いで野乃花のTシャツをめくる。さらにデニムのホットパンツを下げる。

「う……」と、乙葉が絶句する。

 野乃花の傷口は左の脇腹とヘソの中間にあった。肉付きの良い白い肌に不釣り合いな傷が生々しい。一見すると銃弾で抉られた穴というよりは切り傷のように見える。ただ、血の勢いが凄い。まるでマグマが溢れ出る火口のようだ。恐らくは深い部分まで傷つけられているのだろう。

「し、し、止血しなきゃ」と、詩織がタオルを折る。それを受け取って乙葉がタオルで傷口を強く押さえるが十分ではない。そこで乙葉は突然、スカートを脱いだ。そしてスカートのジッパー部分を強引に引き裂いて一枚の布にする。さらにそれを縦に四つ折りにしてタオルごと野乃花の腹部を巻いた。無論、下着丸出しの恥かしい恰好になってしまったが、そんなことは気にしない。

 乙葉は野乃花の頬を強めに叩く。

「野乃花! 野乃花! しっかりして!」

 だが、野乃花の反応は鈍い。顔色は悪く、大量出血による消耗が激しい。冷や汗もかなり出ているので出血性ショックが心配される。何とか意識はあるようだが目を開くのがやっとのようにも見える。

 そんな野乃花の状態を見守りながらモエが苦悶の表情を浮かべる。

「こんなことになるくらいやったら……あの時、止めを差しとくべきやった」

 モエは戦斧でヘレンに切り付けた時のことを思い出して後悔した。

 それを聞いて詩織が悲しげな表情で黙って首を振る。

 モエは怒りを露わにしながら誓う。

「絶対、仇を討つ!」

 そう宣言して戦斧を拾いに行くモエを乙葉が「待って!」と、制止する。

 モエが振り向いて「なんでや?」と、返す。

 乙葉は野乃花を介抱しながら冷静にいう。

「いま行ったって勝ち目は無いよ」

「せやかて!」

「私だってブチ殺してやりたいよ! 今すぐ!」

 乙葉が急に大きな声を出したのでモエと詩織が驚く。

 乙葉は肩を震わせながら涙声で続ける。

「絶対に……絶対に許さないんだから……この手で必ず……」

 乙葉の言葉にモエが少し冷静さを取り戻す。

「せやな。あの見張り台からこっちはまる見えや。このままじゃ狙い撃ちされるだけやもんな……」

 野乃花は虫の息だ。怒りを押し殺しながらそれを見守る乙葉。何もできずにオロオロする詩織。どうしようもない絶望感の中、モエが鋭い眼光で呟く。

「夜や。夜なら近づける」

 その言葉に呼応するかのように乙葉が眉間に皺を寄せる。そして深く静かに頷いた。


   *   *   *


 湿地帯の見張り台に籠城するヘレンは缶詰や水を大量に持ち込んでいた。

 缶詰のコンビーフを丸かじりしながらヘレンは小窓からジャングル方面の様子を監視する。既に標的の姿は見えない。しばらくは出てこないことは分かっていた。

「まだまだよ……」

 そう呟いてヘレンは口元を緩める。

「直ぐには殺さない。もっと苦しめばいい」

 冷酷な笑みを浮かべながらライフル銃を手にヘレンは思い出す。

ヘレンが来日したのは3年前のことだ。経済的な事情で母方の祖母を頼って母親と共に日本に来たばかりの頃を思い出した。それは決して裕福な生活では無かった。それに日本語が不自由で学校でも苦労した。そのせいであまり良い思い出は無い。ただ、それ以上にアメリカでの出来事が忌まわしい記憶となって幾度もヘレンを苦しめた。

 ヘレンの父ケビン・ダグラスはコロラド州のデンバーに近い小さな町工場に勤めるピザが好物で唯一の趣味が野球観戦という穏やかな男だった。一方、専業主婦として家庭を守っていた母アンナは、お菓子作りが得意な美しく優しい日系ハーフだった。そこに8歳年上の兄ショーンを加えた4人家族のダグラス家はコロラドの小さな町でごく平凡ながら十分に幸せな生活を送っていた。しかし、そんなダグラス家を5年前に悲劇が襲った。ある日、兄のショーンが通うハイスクール構内で銃乱射事件が発生し、彼が犠牲者になってしまったのだ。突然の不幸に家族は打ちひしがれた。快活で野球チームのエースだったショーンを失ってしまったことで残された家族は半年の間、何度もカウンセリングを受けなくてはならないほど強いショック状態にあった。そんな中、母アンナが突然、銃規制を求める運動に参加すると言い出した。はじめは地元の被害者の会に参加する程度であったものが、やがてそれが本格的な運動に発展するにつれ、彼女は中心メンバーになっていった。ある意味、運動に熱中することで悲しみを紛らわせようとしていたのかもしれない。あるいは愛する息子の命を奪った銃を規制することで復讐を果たそうとしたのかもしれない。いずれにせよアンナはヘレンを連れて何度もデモに参加した。犠牲者26人というショッキングな事件であったが為にデモは注目され、マスコミもニュースで何度か取り上げた。その中で、とりわけ美しい少女であったヘレンは兄を失った悲劇の少女として全米3大ネットワークのニュースでスポットライトを浴びることになった。それはヘレンの本意ではなかったが、大人たちが期待する答えや母が求める役割を察して彼女は涙を流した。中には意地悪なリポーターがいて、わざとヘレンを泣かせるようなことを囁いてはヘレンのつぶらな瞳が涙で一杯になる絵をカメラに収めようとすることもあった。

 そんなある晩、ダグラス家に男が2人訪ねてきた。片方は父の会社の上司だと名乗った。もう1人は何者か分からなかった。だが、その男は上院議員の座を狙う町の有力者だったということが後になって分かった。そのとき、男2人はアンナに銃規制を求める運動を止めさせるために訪問してきたようだった。居間で大人たちが激しく言い争う様子をヘレンは階段の途中に座り込んで伺っていた。良い話ではないことは明らかだった。父が激しく叱責されているのは直ぐに分かった。「良く考えるんだ! ケビン!」という言葉が何度も聞き取れた。声を荒らげる母の声もヘレンの胸を締め付けた。母の泣き叫ぶ声がしたときなどは両手で耳を塞いだ。突然やって来た男2人によって残された家族の絆が引き裂かれようとしていると感じた。そんな風にガタガタ震えるヘレンに帰ろうとした男達が気付いた。上司という男は半笑いで首を竦めた。もう一方の恰幅の良い髭の男はヘレンに近付くと、顔をぐっと近づけて笑顔を見せた。そして、一瞬だけ怖い顔をみせて、やさしくヘレンに言い聞かせた。

「分かるかい? 悪いのは銃じゃない。間違った使い方をした人間が悪いんだ」

 その含み笑いはヘレンに嫌悪感を与えた。そして強烈なトラウマとなった。なぜなら、その夜を境に毎晩のように父と母が激しく言い争うようになってしまったからだ。父ケビンは「このままでは仕事を失う」と訴え、母アンナは「圧力に負けるわけにはいかない」と主張した。やがて、デモに参加することを止めようとしないアンナに対し、ケビンは暴力をふるうようになってしまった。あんなに温厚だった父が本気で母を殴打する姿を見せつけられ、ヘレンは家族が壊れていく様をはっきりと感じ取った。そして、あの夜に尋ねてきた男達を憎んだ。特に帰り際にヘレンに話しかけてきた髭の男の含み笑いはヘレンを強く苛立たせると同時に絶望的な気分を呼び起こした。町中の至る所に貼り出された髭男のポスターを見せつけられるたびにヘレンの中で憎しみと絶望が葛藤した。見るたびに過呼吸になってしまった。本当に憎むべきは兄の命を奪い、家族をバラバラにした銃だ。しかし、代議士になろうとするあの髭男の薄ら笑いは、やがて幼いヘレンに『具体的な殺意』を抱かせるまでに憎い存在になっていった。ただ、それよりも前にDVに耐えられなくなった母がヘレンを連れて夫の元から逃げ出した。その結果、ヘレンもあの忌まわしい笑みから逃れることができた。 

 もし、あのまま町に留まり続けていたなら、どうなっていただろうとヘレンは今になって想像する。あの髭男を撃ち殺したいと考えるようになっていたかもしれない。それも明確な殺意をもって。今のヘレンにはそれがリアリティのあるものとして認識することが出来る。そしてそれを肯定している自分を自覚している。あんなに憎んでいた銃をこうして手にしているとは実に皮肉なものだ。

「悪いのは銃じゃない……」

 そう呟いてヘレンはライフルの銃身を手の平でそっとなぞった。が、ピリリと顔の傷が痛んで顔を歪める。

「痛ッ……」

 美しいヘレンの顔に大きな傷をつけたモエの戦斧がフラッシュバックした。それに対する復讐心がヘレンの殺意を募らせる。より具体的な殺意を……。


   *   *   *


 日が暮れる直前に利恵達とイリア達は南風荘に戻ってきた。先にイリア、桐子、智世が到着してその10分後に利恵、愛衣、和佳子が帰ってきた。両グループともに歩き疲れていたが、甘い飲み物で喉を潤しながらロビーの待合室で互いの成果について報告し合う。

 まず、利恵の口から山の中腹にある石碑のことについて説明がなされた。その話を聞いて桐子が智世のスケッチブックで黒い星印の位置関係を確認する。

「本当だ。確かにそうなってる! これはそういう意味だったのか」

 桐子のコメントを受けてイリアも確認する。

「そんなことが……どういう仕組みなんだろ?」

 そういってイリアは手を口に当てながら考え込む。石碑と石碑が繋がっていることは少なからずイリアを驚かせた。

 利恵は続いてハンマーを見せながら雪原での出来事について語った。途中で愛衣が利恵の奮闘について補足説明する。和佳子もまるで冒険談のように大げさに身振り手振りを交えながら巨大イノシシを倒した利恵の勇気を称える。

 利恵は顔を赤らめて謙遜するものの急に真顔になって告白する。

「でもね。よく分からないんだけど自分の力じゃないみたいだった。何ていうか力が湧いてくるみたいな感じ。何でか分からないけど『やらなくちゃ!』って気持ちになったの」

 それを聞いて桐子が尋ねる。

「それは武器を手にしたから自信が湧いてきたとか?」

 それに対して利恵は手を膝に置きながら俯く。

「どうだろう。ちょっと違うような気もする。うまく言えないけど、もっと黒い感情……」

「黒い感情? 何だよそれ?」と、桐子は強張った笑みを漏らす。

 そんな利恵の言葉にイリアが微かに反応する。イリアは利恵を見て何か言おうとするが思い留まったように首を小さく振った。

 利恵は一点を見つめながら独り言のようにいう。

「やらなくちゃっていう衝動……意味も無く興奮してたのかもしれない」

 利恵は彼女なりに考えていたのだろう。巨大イノシシと戦った時は自覚していなかった自らの変化について冷静に分析しているのだ。

 イリアがぽつりと呟く。

「分かる気がする」

 その言葉に利恵と桐子が注目する。

 イリアはサーベルタイガーに対峙した時のことを思い出しながら続ける。

「武器を持つだけなら何ともない。だけど、敵を目の前にした途端、武者震いした。ただ、目の前の対象が憎い、殺したい、みたいな残酷な感情……確かに黒い感情かもしれない」

 イリアは静かに抑揚のない口調でそう説明した。利恵とイリアの告白に愛衣と和佳子も神妙な顔をする。智世は不安げな顔つきで考え事をしている。

 そんな重い空気を払拭しようと桐子が話題を変える。

「そうそう。次はボク達の番だね。結果からいうと岬で2つ、湿地で1つ見つけたよ」

 それを聞いて愛衣が「あら」と、顔を上げる。

「岬で2つ? 地図ではどうなっていたかしら?」

 愛衣の疑問に桐子が答える。

「うん。地図上ではバツはひとつだった。けど、実際はふたつ。ひとつは智世ので、もうひとつは野乃花って子の分だったよ」

 桐子の言葉に自分の名前が出てきたので智世がびくっとする。それに気が付かないまま桐子が続ける。

「それとあと一個。沼地というか湿地みたいな所に梢って子のがあったな。それは地図通りだ」

 利恵が地図を眺めながら尋ねる。

「この絵は何なの? 真ん中に建物みたいなものが描かれてるけど」

「ああ、それは見張り台だね。結構、高いよ。でも上ることは出来ないみたいだ」

 桐子はそう答えたが、智世が気付いた奇妙な点については口にしなかった。行きと帰りでは縄梯子の有無が異なる。智世の瞬間記憶が正しければ、縄梯子は失われてしまったことになる。或いは誰かがあの中に居るということを意味する。もしかしたら先に出て行ったモエ達ではないかと桐子は考えていた。だからこそ下から声を掛けてみたのだが反応は無かった。その話をしようかどうか桐子が考えていると先にイリアが「そういえば」と、何かに気付いた。

「あの子、ヘレンは出て行ったままなの?」

 それを聞いて利恵がはっとする。

 愛衣が桐子に尋ねる。

「ヘレンさん。まだ帰ってきていないの?」

「ああ。そのようだね。ボクも見ていないよ」

「ひょっとして……」と、イリアが思い出す。「港を歩いている時に銃声を聞いたような気がする。湿地の方から」

 それを聞いて桐子がイリアの言わんとすることを察する。

「そういえば……」

 そこで桐子は行きと帰りの違い、つまり矢倉の縄梯子の有無について智世に代わって説明した。

 利恵が眼鏡に触れながら深刻そうに呟く。

「まさかヘレンさんが……」

 桐子が腕組みしながら渋い顔をする。

「モエって子達でなければ、その可能性があるね」

 イリアは険しい表情で首を傾げる。

「となるとあの銃声は……」

 そこへ、いつの間にか席を外していた和佳子が「大変! 大変だよ!」と、慌てた様子でロビーに戻ってきた。

「どうしたんだい?」と、桐子が振り返る。

 和佳子は息を弾ませながら訴える。

「また食べ物が無くなってる! ごっそり減ってるの!」

「なんだって?」

 そう言って桐子が立ち上がる。そして皆で売店コーナーまで急いで移動する。そこで確認するが確かに食料棚はほぼ空になっていた。武器探索に出る時に幾つか菓子を持ち出したのだが、その時よりも明らかに減っている。

 利恵がやれやれといった風に首を振る。

「あの子達だわ……そうとしか考えられない」

「あの子達?」と、桐子が顔を顰める。そして「まさか、玲実と双子が?」と、利恵の顔を見る。

「ええ。そうとしか考えられない。私達が留守の間を狙って漁っていったに違いないわ」

 利恵はそう断言する。イリアと智世が黙って顔を見合わせる。

「許せないっ!」と、和佳子が怒りの声を上げた。「大事な食べ物を盗んでいくなんて!」

 食いしん坊なぽっちゃり和佳子にとって、それは最も許せないことだ。彼女は目をギラギラさせながら怒りを露わにしている。普段はおっとりしたぽっちゃり和佳子の激しい反応に利恵は驚きを隠せない。利恵は和佳子の怒りを鎮めようとする。

「き、きちんと分けていなかったのが良くなかったのね。モエって子達もヘレンさんも持ち出してたみたいだし。自分達のものは確保しておかなかったのも失敗だったわ」

「そんなことない!」と、和佳子は強い口調で利恵の言葉を否定する。

「盗んだんだよ! 自分達だけ食べるために! みんな自分勝手だよ! 取り返そうよ!」

 そう訴える和佳子の剣幕に桐子が困った顔をする。

「おいおい。けど、取り返すったって……」

 愛衣が落ち着いた口調で首を振る。

「厳しいわね。残りがこれだけとなると、あと2日持つかどうか」

 イリアが頷く。

「そうね。やはり雪の街を探索しないと」

 イリアの言葉に智世がビクッとする。瞬間記憶を持つ彼女には2人を襲ったサーベルタイガーの姿が生々しく記憶されているのだろう。

 そんな智世の肩を抱き寄せてイリアが囁く。

「大丈夫。今度は武器が揃ってるから」

 智世は自分のハンドガンのことを言われていると思ったのか泣きそうな顔でイリアを見る。イリアは利恵の持ち帰ってきたハンマーと和佳子のトライデントを順に見て頷く。

「うん。みんなで力を合わせれば追い払えるはず」

 イリアの言葉に智世が「そだね……」と、弱々しく応える。

 新たな食料を確保しようと皆が前向きになっている中、和佳子だけは憤まんやるかたない様子でしきりに爪を噛んでいる。そんな和佳子の様子を横目で見ながら桐子は新たな火種になることを心配していた。


   *   *   *


 野乃花の顔色が良くない。どんどん日が暮れていく中で野乃花は虫の息だ。モエ、乙葉、詩織は何もできずにそれを見守る。

 呻くように野乃花が口を開いた。まだ意識はあるらしい。

「こんな、私の為に……無理しないでネ」

「どういうことや?」と、モエが困惑する。

「私が、死んでも……誰も、悲しまないヨ。だって……要らない子、だから」

 乙葉が悲しげに首を振る。そして手を伸ばして野乃花の髪に指を挿し込む。

「しゃべっちゃダメだよ。野乃花」

「でも、ホントのことだから……家族も居ないし。それに……ウゥッ」

 野乃花の顔が苦痛で歪む。そんな姿を乙葉は脱力したような様子で見つめる。そして野乃花に代わって彼女の境遇について語り始めた。

「野乃花はね。4年前に事故で独りぼっちになっちゃったんだ」

 その言葉に詩織とモエが目を見開く。

「じ、じ、事故?」と、詩織が口を手の平で覆う。

「うん。乗ってた車がトラックに追突されたんだって。後ろから。それでお父さんとお母さん。お姉ちゃんが亡くなってしまったの。みんな即死だったって。生き残ったのは野乃花だけ。奇跡的にケガで済んだ。でも家族を失った」

 乙葉の語り口は感情がこもっていないように聞こえた。しかし、かえってそれが『やるせなさ』を感じさせた。

 さすがのモエも顔を歪める。

「そんなことがあったんか。普段の野乃花からは想像できへん……」

 乙葉はなおも続ける。

「家族を失った野乃花を引き取ったのは父方の叔父さん一家。でもそいつらはクズだった。野乃花の為じゃなくてお金の為に強引に引き取ったのよ」

 そこで詩織が顔を顰める。

「そ、そ、それって!」

 乙葉がグッと顎を引く。

「そう。やつらの目的は保険金と賠償金。一度だけ野乃花の家に行ったことがあるの。でも最悪だった。高そうな車、新しい家、あれは全部、そのお金だと思う。そんな生活できるはずが無いのに。それから野乃花のいとこ。すっごい嫌な奴。不細工なくせに野乃花のことライバル視して意地悪ばかりしてきた」

 モエが吐き捨てる。

「胸クソ悪うなる話や。ホンマにそんな汚い奴がおるんやな」

「ひ、ひ、酷い。そ、そんなの酷過ぎる。お金だけ盗って……」

 詩織の言葉を受けて乙葉が大きく溜息をつく。

「野乃花は田舎から出てきた私にとって初めての友達。孤独を救ってくれたたった1人の親友。感謝してるし、野乃花で良かったと思ってる……」

 それを聞いて野乃花は口元に笑みを浮かべ、まるで分かっているといった風に首を動かす。

 乙葉は唇を噛んで、ぎゅっと目を閉じた。そして手の甲で涙を拭うとカッと目を開いた。

「だから許さない」

 乙葉は決意を秘めた顔つきをみせる。

 それに呼応してモエがキリッとした表情で戦斧を握り締める。モエは詩織に「野乃花のこと頼むで」と、いってスタスタと歩き出す。向かう先は湿地帯への出口だ。

 乙葉は野乃花の頬に手を当てて目を細める。そしてすっと立ち上がるとショットガンを持って黙ってモエに続く。もともとヘソが出るような裾の短いセーラー服の乙葉だったが、止血の為にスカートを使ってしまったので下は下着とソックスしかはいていない。しかし、そんな格好でも今は気にしていられない。

 詩織はそんな2人の後姿に向かって「気を付けて……」としか声を掛けることが出来なかった。

 モエと乙葉はジャングルと湿地帯の境目に立ち、暗がりに目を慣らす。

 狙うは無論、300M先の矢倉だ。それは復讐者ヘレンの潜む砦。

 乙葉が自らにミッションを与えるようにいう。

「闇に紛れて接近して、一気にカタをつける!」

 モエは黙って頷く。そして互いに何度か大きな深呼吸で戦意を高める。

「ほな……行くで!」

 それを合図にモエと乙葉は同時に飛び出した。



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