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第11話 石碑の謎

 地図の情報通り、目的地はオアシスから10分程度歩いた所にあった。

 見た目も分かり易い。ちょうどイギリスのストーンヘンジのように岩の群れが円形に並んでいて、遠目からも何かあるのが一目瞭然だったからだ。ひとつひとつの岩は3メートルぐらいの高さでエノキダケのような形で直立している。地図上ではバツ印が2つ記されているので、ここには武器が2つあるはずだ。

 一番乗りした元気娘の乙葉が早速、ひとつめの武器と墓を発見する。

「見っけ! あったよ!」

 乙葉が見つけたのは岩に立てかけられていた大剣だった。その長さはゆうに大人の身長を越えている。幅も20センチ近くある。さらにその大きさに見合った厚みがあるため、見ただけでそれが超重量であることは分かった。

「凄いね……」と、乙葉が大剣の迫力に圧倒される。

 そこに野乃花がやってきて期待に胸を膨らませる。

「ワオ! でっかいネ! で、それは誰の武器?」

 乙葉は黙って足元の十字架を指差す。野乃花が嬉しそうにそれを覗き込む。が、直ぐに落胆の表情を浮かべる。

「ウーン……残念」

 自分の武器ではないかと期待していた野乃花だが十字架には『KIRIKO』と刻まれていたのだ。

「桐子って子の分みたいね」と、乙葉が首を竦める。

「エ? 桐子? どんな子だったっけ?」

「ツインテールの子。自分の事『ボク』っていう子だよ」

「ああ、そういえばいたネ。そっか、あの子のなんだ……」

 乙葉と野乃花が大剣を前にそんなことを話していると背後でモエの「こっちもあったで!」の声が聞こえた。

 モエが詩織を呼び寄せる。

「詩織! 見てみ! あったで、詩織のが」

 ちょうど大剣のあった位置とは正反対の場所でモエは詩織の武器を発見したらしい。

 乙葉と野乃花もモエのところに駆け寄る。詩織の足元にある十字架の名前は確かに『SHIORI』となっている。

「こ、こ、これが……」と、詩織は青ざめながら恐る恐る武器を拾い上げる。

 詩織が手にしたのは鎌のようなものだった。ちょうど草刈りに使うような、それでもっていかにも殺傷能力の高そうな刃をもったものだ。そしてなぜか持ち手の部分にチェーンが巻かれている。

 乙葉が近づいて目を凝らす。

「鎌……みたいだね? 重い?」

 詩織は首を振る。

「う、ううん。お、思ったより軽く感じる」

「その鎖みたいなのは何やねん」

 モエに言われて詩織が戸惑いながら鎖に触れる。すると『ガシャッ』と、鎖が地面に垂れた。その先端には重りのような物が付いている。

 それをしげしげと観察して乙葉が呟く。

鎖鎌くさりがまだね。忍者の武器みたい」

「鎖鎌やって? 何なん、それ?」

 モエが乙葉に説明を求める。

「ああ、なんていうんだろ。片手で鎌を持つでしょ。で、もう一方で鎖を持ってブンブン振り回すの。ほら、先っぽに重りがついてるでしょ。それをぶつけて攻撃もできるって感じ」

 乙葉の解説を聞いて詩織が泣きそうな顔になる。

「い、嫌だな。そ、そんなの使いこなせない」

「そんなことないやろ。練習すればええねん」

「で、でも……こ、こんなのじゃ、モ、モンスターと戦えないよう」

 詩織は落胆を隠せない。確かに、ドラゴンのような巨大なモンスターに立ち向かうには心もとない。切るというよりは刈るといった方が良い形状から、ある程度、接近しなければ攻撃はできないだろうし、鎖を振り回して重りを当てたとしても大型モンスター相手では大したダメージは与えられないだろう。

乙葉は他人事のようにいう。

「私は面白いと思うけどなあ」

「や、やっぱり、何か嫌。ちょ、ちょっとダサいし」

 詩織の本音にモエと乙葉が苦笑いする。詩織が忍者みたいにこれを使用してるところを想像してしまったのだ。

 そんなやりとりを眺めていた野乃花がアヒルのように口を尖らせる。

「武器があるだけいいジャン。野乃花だけだヨ。何も無いの」

 羨ましそうにそういう野乃花を乙葉が慰める。

「大丈夫だって。きっと野乃花のもどこかにあるよ」

 これで4人中3人の武器が手に入った。モエの戦斧、乙葉のショットガン、そして詩織の鎖鎌。あとは野乃花の武器が発見できれば当面の目的は達成される。

「そういえばここって変な場所だよね」と、乙葉が周囲を見ながらいう。

「せやな。ストーンなんとかっていう場所みたいやな」

「なんか神秘的だよねぇ」と、呟きながら乙葉は円の中心に向かってスタスタ歩く。岩の並びが作る円の半径は20メートルぐらいか。その中心には緑っぽい台形の石が鎮座している。高さ1メートル、幅2メートル、奥行き50センチぐらいの石は表面がツルツルしている。砂で汚れてはいるが石碑の類なのかもしれない。

 乙葉は「ここで儀式とか……」と、言いながら何気なく手を伸ばす。すると、次の瞬間、乙葉の台詞がかき消されてしまった。と、同時に乙葉の姿が忽然と消えてしまった。

それを見てモエが「うぇ!?」と、驚愕する。

 ともに乙葉の消失を目の当たりにした野乃花と詩織も絶句する。

 モエが目を瞬かせる。

「嘘やろ? お、乙葉、どこ行ってん……」

 それはまるで落とし穴に嵌った人の姿が一瞬で見えなくなるのに似ていた。だが、その場所には石碑がぽつんと鎮座しているだけだ。勿論、穴のようなものは無い。

「き、き、き、消えた……」と、詩織が顎をガクガクさせながら目を見開く。

「乙葉ちゃんが……消えちゃったヨ」と、野乃花の目から涙が溢れる。

 モエは慎重に歩を進め、ゆっくり石碑に接近した。詩織と野乃花はオロオロしながらモエの行動を見守るしかできない。

 モエが恐る恐る石碑に手を伸ばす。いったん、手を止めて目を閉じる。そしてひとつ深呼吸をして、意を決したように石碑に触れる。その瞬間、冷んやりした空気に包まれた。

「うわ!?」

 強制的に場面転換するように視界が回され、身体が浮いたように感じられる。モエは瞬時に気を失わないように気を張るが、全身はいうことを聞かない。だが、それはほんの数秒間の出来事だった。身体のコントロールや視界が失われたのは一瞬で、気が付くと周りは緑に囲まれていた。

「な、何や……今のは……」

 嫌な汗が額から流れてくる。そして強烈な緑と土の匂いにむせそうになる。

「え? ここは?」

 周りの様子を見てモエは察した。

「森の中……」

 ふと横を見ると乙葉がペタンと女の子座りで呆然としている。

「乙葉! 乙葉、大丈夫か?」

 モエに名前を呼ばれて乙葉が我に返る。

「あ、モエちゃん……てか、夢?」

「いや、ちゃうで。現実や」

「……何があったんだろ? 私達、砂漠にいたよね?」

「分からん。ただ、さっきの場所とは違うみたいや」

「どういうこと?」

「考えられるとしたら……石のせいや」

「石って? さっきの石碑?」

「せや。石碑に触ったやろ。それのせいとしか考えられへん」

 モエの側には先ほど砂漠のストーンヘンジで見つけた石碑と同じものがある。形や大きさ色合いから、それはちょうど対になるものと思われた。

 顔を見合わせて2人は考える。そして試してみることにした。

「もしかしたら元の場所に戻れるかもしれへん」

「でも、違う場所に飛ばされちゃうかも?」

「それは分らへん。とにかくやってみいへんと」

「分かった。やってみよ」

「ええか? いち、にの、3でタッチするで」

 ギリギリまで手のひらを近づけて石碑に触れる準備をする。

「いくで! いち、にの、さん!」

 その瞬間、先程と同じ現象が起こった。視覚と浮力の暴走に翻弄されそうになる。五感が自分の身体から引き剥がされそうな感覚! ただ、二度目ということもあって、さっきみたいにパニックにはならない。モエは片目を開けて身体のバランスに気を遣う。乙葉はぎゅっと目を閉じて成り行きに身を任せる。

 そしてもとの場所に戻ってきた。

「戻ってきた?」と、乙葉が恐る恐る目を開ける。

「みたいやな……」と、モエが息をつく。

 石碑の前に突如、現れたモエと乙葉の姿を見て、抱き合って号泣していた野乃花と詩織が驚愕する。

「乙葉ちゃん! 乙葉ちゃんだヨ!」

 野乃花は詩織を押しのけて乙葉に駆け寄るとダイビングアタックのように飛びついた。

「痛いって! 野乃花」と、乙葉がグラマーなボディに圧迫されながら呻く。しかし、野乃花は豊満な胸をグリグリ押し付けて乙葉を強く抱きしめる。

「良かった、良かったヨ! 生きてて……」

 詩織が涙を拭いながらモエの手を取る。

「よ、よ、良かった。ほ、ホントに……」

 モエが照れくさそうに首を振る。

「おいおい。大げさやなあ。大丈夫やって。ちょっとビビったけどな」

 野乃花のハグに閉口していた乙葉がいう。

「ねえ、ひょっとしてその石碑。地図でいうところの星印に関係してるんじゃない?」

 その言葉にモエと詩織がはっとする。そしてモエはリュックから自分のスマホを取り出すと、乙葉のスマホ画像を撮影した地図で確認する。

「せや! さっきの場所! そういうことか!」

「ど、ど、どういうこと?」と、詩織が困惑する。

 そこでモエが先程の出来事を説明した。そして結論付けた。

「この石碑は触ると別な場所の石碑にワープするんや」

 乙葉は力強く頷く。

「そう。間違いない。さっきの所は森の中だよ」

 野乃花と詩織は信じられないといった風にポカンとしていたが、モエが2人に向かって笑顔でいう。

「百聞は一見にしかずや。みんなで試してみようや」

 乙葉もワクワクしたような顔つきで言う。

「ちょうど良かったよ。砂漠の中歩くよりよっぽど近道だよ」

 確かに乙葉のいうようにワープ先の石碑があるのはジャングルの端っこに当たる。

「せやな。そこからなら暗くなる前に、もう一か所回れるな」

 モエの言葉に野乃花の顔がぱっと明るくなった。そして『頑張るぞ』のポーズで、

「よっし! 行ってみヨー!」と、その場で軽くジャンプした


   *  *   *


 ハンドガンを持つ智世の手は震えが止まらなかった。

 イリアと桐子が黙ってそれを見守っている。

「ふぇぇ……無理だよぅ」と、智世は銃を両手で持ったまましゃがみ込む。

 崖の上は空気を切り裂くような海風が吹き荒れている。智世の足元には『TOMOYO』と刻まれた白い十字架が立っている。そしてそこからそう遠くない場所にもうひとつ、白い十字架と槍のような物が転がっている。

 イリアがそれを見ながらいう。

「あっちは野乃花って子の武器だよね」

 桐子が智世のスケッチブックを見ながら頷く。

「うん。でも、この地図では一個しかバツ印が書かれてない」

「てことは地図に無い武器があるってことね」

「そうなるね。バツ印の数は11個だったけど、ここには現に墓と武器が存在する」

 イリアが強風に髪をなびかせながら頷く。

「そうね、やはり人数分の武器があるってことね」

 座り込んで震える智世をそのままにしておく訳にもいかないのでイリアが手を貸して智世を立たせる。

「無理しなくていいよ。取りあえず持って行くだけにしとけば?」

 桐子は腰に手を当てて頷く。

「だね。まあ、試し撃ちするならここなんだけどね」

 地図でいうと、この場所はハゲタカの下クチバシの先端にあたる。そして岬の先端が崖になっていて足元の海面までは結構な高さがある。ここなら海に向かって試し撃ちをするにはもってこいだ。

 イリアが智世を支えながらいう。

「試すまでもないわ。私達では引き金すら引けなかった。ということはアナタにしか使えないんだと思う」

 これまでの経緯からするとそうなる。智世はぎゅっと目を閉じて何か考え事をしている。彼女のベレー帽が風で飛びそうになったのでイリアがそれを押えてやる。

「ありがと」と、智世が涙目でイリアの顔を見る。

 桐子はツインテールを風に揺らせながら頷く。

「うん。とりあえず帰ろうか。暗くなる前に戻らないと」

 港を越えて湿地帯を反時計回りに迂回してここまで来るのに2時間近くを要した。ということは帰るにも同じぐらいの時間は必要だ。そう考えて3人は来た道を戻ることにした。

 途中、湿地帯を進む際に矢倉が目に入った。矢倉の存在じたいは来る時に気付いていた。その近辺にバツ印があることも分かっていたので帰りはそこを確認していこうと決めていたのだ。

 クールなイリアは元々、無駄なことを口にしない。内気な智世は口数が少ない。そんな2人と一緒なので桐子は少しやり難さを感じていた。別にイリアと智世が桐子を除け者にしている訳ではないが何となく居心地が悪い。

 桐子がタイミングを見計らって矢倉のことを口にする。

「あの矢倉は見張り台みたいだね」

 その言葉にイリアの反応は無い。彼女は先頭を黙々と歩くだけだ。代わりに2番手を行く智世が声を出す。

「あれ? おかしいな……」

 智世の後姿を見ながら桐子が首を捻る。

「どうしたのさ? 来る時も見ただろ?」

 智世はイリアの速度に合わせて一生懸命歩きながら矢倉を指差す。

「梯子が無い」

「梯子だって?」と、桐子が聞き返す。

 智世は軽く頷く。

「うん。来る時はあった縄梯子が今は無いよ」

 瞬間記憶を持つ智世がそういうのであれば、それは事実なのだろう。後ろ2人の会話を黙って聞いていたイリアが矢倉に目を向ける。

「確かめてみよう」

 そう言ったイリアを先頭に3人は湿地帯の中央を目指した。ぬかるむ足元に注意しながら真っ直ぐに矢倉を目指す。そして、その足元まで到達してその場に立ち尽くした。

 桐子が上を見上げながら声をあげる。

「おおい! 誰か居るのかい?」

 しかし返事は無い。真下から見上げると太い4本の柱が上に向かって伸びていて、見張り小屋の正方形に収束している。小屋の床には穴が開いているのだろうが、ここからでは判別できない。

 結局、桐子が何度か呼びかけたが上からの反応は何も無かった。止む無く3人は諦めて本日最後のバツ印を確認して帰ることにした。


   *  *   *


 驚きの連続に利恵は興奮していた。

 山の中腹にあった石碑から雪原に瞬間移動したという事実、そして移動先で発見した自らの武器の存在に珍しく利恵のテンションは高かった。

「持てる! 持てるわ!」

 そういって利恵は巨大なハンマーを振り回した。木槌の形をしたハンマーは見るからに重そうで、ヘッド部分の円周は一抱えする程の大きさだ。それを苦も無くブンブン振り回すのだから風圧が物凄い。

 ぽっちゃり和佳子が腰を抜かす。

「危ないよう!」

「あ、ごめん。面白くて、つい……」と、利恵が悪びれるでもなく笑顔をみせる。

 愛衣が腕組みしながら呆れる。

「信じられない怪力ね」

「え? そうかな。本当に軽いんだけど」

 澄まし顔でそういう利恵に和佳子が文句を言う。

「だからって振り回すなんて! 危ないよぅ」

 利恵のハンマーは全体が白くペイントされていて、持ち手の部分とヘッドに繋がる芯の部分にロココ調の金細工が施されている。それはまるで、めでたい席でワインの樽を割る為の木槌みたいに派手だった。

 和佳子が寒さにブルッと震える。

「寒いね。雪が強くなってきたよ」

 愛衣も石碑を見ながら頷く。

「そうね。利恵さんの武器も見つかったことだし。アレを使って帰りましょうか」

 とその時、『ドドド!』という地響きがどこからともなく現れた。

「地震?」と、利恵が周囲を見回す。

 雪が薄く積もった雪原地帯は広々としていて遠くまで白が続いている。

 音のする方向に目を向けた和佳子が「ひっ!」と、悲鳴をあげる。

「何? どうしたの?」と、愛衣が振り返る。そして「あっ!」と、驚く。

 最後に利恵が音の発生源に気付く。

「あれは……」

 見ると、真っ白な平原に赤い炎のような物体が紛れ込んでいた。それが徐々に大きくなっていく。と同時に地鳴りは酷くなる。この音の原因、それが真っ赤な物体の接近によるものだと理解するのにさほど時間はかからなかった。

「まずいわ! 早く移動しましょ!」と、愛衣が石碑に向かって走る。

「アワワ……」と、和佳子はまたしても腰を抜かしてしまう。

 愛衣がいったん戻ってきて和佳子を助け起こす。さらに利恵の背中に向かって叫ぶ。

「利恵さん! 早く逃げて!」

 しかし、利恵は右手にハンマーを携えたまま迫りくる赤い炎に対峙している。

「り、利恵さん?」と、愛衣が声を掛けるが利恵は動こうとしない。

 やがて赤い物体はその輪郭がはっきり見て取れる距離まで近づいてきた。地鳴りはさらに激しさを増す。そしてその全容が明らかになった。

 和佳子が驚愕する。

「モンスター! 大っきい!」

 赤い炎のように見えていた物体は、全身の毛を逆立てた真っ赤な巨大イノシシだった。燃えるような赤、狂気を孕んだ黄色い目、そして天をも貫きそうな邪悪な牙がはっきりと目に入った。その大きさもダンプカー並かそれ以上だ。

「利恵さんっ!」

 愛衣の叫びもむなしく、利恵と巨大イノシシの距離は絶望的なまでに縮まっていく。

 だが、利恵は落ち着いている。まるで、試合に臨むファイターのようにその背中には鬼気迫るものがある。

「ダメェ!」と、和佳子が絶叫する。どう見てもそれは自殺行為にしか見えなかった。

 利恵は右手のハンマーを振り上げ、すっと左手をハンマーの柄に添える。そして『イヤァッ!』という掛け声とも叫びともとれる奇声を発した。その瞬間、巨大イノシシの突進が一寸、鈍ったように見えた。というよりも急ブレーキがかかったみたいに減速し、反対に利恵の振り下ろすハンマーのスピードが上がった。傍目には、それらの相対的な速度が入れ替わったように見える。そして『バギッ!』という強烈な炸裂音が響く。続いて巨大イノシシの大咆哮が周囲を震え上がらせた。

 和佳子と愛衣が思わず耳を塞ぐ。当の利恵もハンマーを手放して耳を塞ぎながら苦悶の表情で耐える。

利恵のハンマーで右の牙を割られた巨大イノシシは後ろ足で立ち上がりながら激しく首を前後左右に振った。しかもその咆哮は止まない。

 大音響の暴威に耐えながら利恵が再びハンマーを手にする。そして1歩、2歩と力強く前進すると、今度は下から上へ掬い上げるようにハンマーを振り上げた。それが巨大イノシシの横っ面に『バゴッ!』と、クリーンヒットする。

 その豪快な一撃で巨大イノシシの頭が水平移動し、続いて胴体が反転した。と同時に巨大な口から吐血やら唾液やらがまき散らされる。断末魔のような咆哮を残して巨大イノシシはゆっくりと横転する。その巨体はダンプカーまではいかないが2トントラックほどの大きさはある。ただ、動いている時よりも一回り小さく見える。それが前足を痙攣させ、動かなくなるまでの間、辺りは異様な静けさに包まれていた。真っ赤な毛に雪がこびりついているのがやけに生々しい。

 どれぐらい時間が経っただろうか。ハンマーを手に呆然とする利恵に愛衣が声を掛けた。

「倒したみたいね……」

 和佳子が巨大イノシシの死骸と利恵の横顔を交互に見て首を振る。

「よく向かっていったね。はじめてなのに。尊敬する……」

 利恵はハンマーを置き、ゆっくりと眼鏡の位置を直す。

「無我夢中だったから……でも、やれた」

 愛衣が呆れたようにいう。

「無謀だわ。でも、筋はいいわよね」

 愛衣の言葉に利恵は何ともいえないような意味深な笑みを返した。

「とにかく、暗くなる前に帰りましょ」

 そういって愛衣は2人を促して石碑に足を向けた。


   *  *   *


 張り切って先頭を歩く野乃花の背中にモエが声を掛ける。

「野乃花、そんなに焦らんでもええよ」

 しかし、早く次の目的地に向かいたい野乃花は軽やかな足取りでジャングル地帯をズンズン進む。モエの後ろではバテ気味の詩織が乙葉に支えられながら追いかけるのがやっとのようだ。それでも少しずつ遅れている。

 モエが振り返って詩織達との距離を気にする。

「アカンな。もうちょっとで矢倉のところやけど……」

 恐らく詩織は砂漠地帯の熱で軽い熱中症になってしまったのだろう。引き返すなら今のうちだ。野乃花が目指しているハゲタカ島の下クチバシの先端までの往復を考えると今の詩織には厳しい。モエは決断した。

「野乃花~! やっぱ、今日は止めとこ! 詩織が限界や」

 そういっている間にも前を行く野乃花は湿地帯への入口に差し掛かっている。

「ええ~。だってもう直ぐだヨ!」

 そういって野乃花は勝手に先に進んでいく。

 モエは乙葉に向かって止まれの仕草をみせる。

「乙葉、そこで休憩や。ウチと野乃花でさっと見てくるから。詩織を頼むわ」

「了解~! ここで待ってる。気をつけて!」

 乙葉が立ち止まって手を振るのを確認してモエは野乃花を追いかける。

「しゃあないやっちゃな。ドンドン先に行ってしもうて……」

 モエの位置からも湿地帯への出口はすぐそこだった。野乃花の後姿は百メートルぐらい先だ。既に彼女は湿地帯に足を踏み入れている。

 と、その時、遠くで『パァン!』という花火のような破裂音が聞こえた。

「なんや?」

 モエが音の出所を探ろうと周囲を見回す。が、それは前方から聞こえてきたように感じた。そして、野乃花のいる方向に目を向けた時だった。まるでスローモーションのように野乃花が膝を着き、前のめりに倒れて地面に突っ伏した。

「野乃花!?」

 咄嗟にモエは駆け出した。

「野乃花! 野乃花ァ!」

 足がもつれそうになるのを堪えて必死に走る。そして、野乃花に追いついたところで立ち竦んだ。

「野乃花……」

 ジャングルと湿地帯の境目にあたる場所で野乃花は血を流しながら地面に突っ伏していた。反射的にモエが湿地帯に目を向ける。そこに『パァン』という破裂音。目の前が一瞬、真っ白になり、続いてモエの右肩に激痛が走った。

「撃たれた!?」

 モエは湿地帯の中央、そこにある矢倉の見張り台を睨みつけた。

「あそこからか!」

 モエは瞬時に理解した。そして絶叫する。

「ヘレーン!!」


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