木の民風の民
青い小鳥に運ばれて、木の民はどこかの荒野に降り立ちました。木の民は木の子供、世界中に緑をふやすために、彼らはみんな、あちこちへ飛んでいくのです。
海におちなくて、よかったなぁ。
木の民はほっと息を吐くと、暖かい土の中で眠りました。ながいながい旅で、少し疲れていたのです。夢に見るのはいつかの故郷、大きな森のことでした。
荒野には先客がいました。いつも元気な風の民です。風の民は小さな風、他の風の民たちと協力することで、とても大きな風を生み出すのです。おしゃべりな風の民ときき上手な木の民は、すぐに友達になりました。昼はおしゃべりをしながら生き物を、夜は静かに星を眺めました。そしてある数十回目の夜のこと、ふいに北の空を眺めていた風の民が言いました。
「きみの故郷はどこにあるの?」
「場所はわからないんだ。でもね、とてもおおきな森なんだよ。ぼくは枝にぶらさがって、花を見てた」
「へぇ、いいなぁ」
「きみの故郷はどこ?」
「覚えてないんだ。色々なところを見すぎたせいかな」
風の民は少し悲しそうに言いました。風の民はどこかで生まれ、そしてすぐに旅立ち、世界中を流浪するのです。流浪とはさまよい歩くこと。それはとても寂しいことなのかもしれません。木の民は、何も言うことができませんでした。
それからすぐのことでしょうか。黒い黒い、とても大きな雨雲がやってきたのは。
大きな雨雲は、汚れた雲たちの成れの果て。冷たいその涙は土を抉り、どんよりとした黒い体は、みんなを暗い気持ちにさせてしまいます。木の民も、はじめは根をしっかりと張って耐えていましたが、何日も雨にさらされてはひとたまりもありません。土はいまや泥となり、ながいあいだ水を吸い続けた根はもろく腐り始めました。ごろごろと恐ろしい音を携えて、ぐったりと横たわる体を雷のひかりが照らします。
――へぇ、いいなぁ。
月のない夜よりも暗い闇の中で、木の民はふとあの夜のことを思い出しました。
――覚えてないんだ。色々なところを見すぎたせいかな。
木の民はとても悲しい気持ちになりました。故郷を知らず、帰る場所もないということは、きっとこの暗闇よりも冷たくて寂しいものなのでしょう。風の民のあの表情が、頭から離れないのです。
ぼくがきみの故郷になるよ、だからそんな顔をしないで。暗い暗い闇の底へおちてゆく途中、木の民は強く思いました。その時です。とてつもなく大きな風が、木の民を闇から押し上げたのは。
木の民が目覚めたとき、大きな雨雲はすっかり消えていました。青い空から降り注ぐ暖かいひかりが、冷えた体を優しく包み込んでいます。ふと足元を見ると、あれほどあった水はすべて消えていて、大地も渇きを取り戻しているようでした。
風の民はどこ? 辺りを見渡すと、はるか遠くの空に、とてつもなく大きな風に押されている小さな黒い点を見つけました。それはあの雨雲ではないのかもしれません。あの大きな風の中に、風の民がいるかどうかすらわかりません。しかし木の民は、大きな大きな声で叫びました。
「ぼくがきみの故郷になるよ! だから! ちゃんと戻ってきてね!」
返事はありません。しかし、木の民の心は晴れやかでした。
――
海を越え、砂漠を越え、幾千の昼と夜を繰り返したあと。風の民は夢のように美しい草原に辿り着きました。かわいらしい花々が楽しげに揺れ、蝶はひらひらと、踊るように辺りを飛び回っています。小高い丘の上には、赤い果実をたくさん実らせた、大きな大きな木がいました。
「……ただいま! ただいま!」
風の民は駆け出します。かつては荒野だった故郷へ。友の待つ、あの小高い丘へ。