ブラックサンタクロースの殺人
その奇妙な事件が起きた。この事件が公になったのはクリスマスイブ当日の朝のことだった。
クリスマスイブ。カップルたちがイルミネーションを見物する。子供たちはサンタクロースからのプレゼントを心待ちにする。
世間の人々が幸せになる一日が今年も始まるはずだった。
平成二十四年の十二月二十四日の早朝。この日大分県大分市で一番大きなモミの木に飾りを付けて、市内で一番大きなクリスマスツリーを作ろうという趣旨のイベントが大分上川公園で開催された。
イベント終了後にはサンタクロースが子供たちにプレゼントを渡すということもあり、多くの小学生たちがイベントに参加する。
午前八時。両頬の雀斑がある顔に黒縁眼鏡をかけたデブの男が公園を走っていた。彼の名前は黒川修三。彼はダイエットのために走っているわけではない。イベントの実行委員会のメンバーになったので公園のモミの木の下に設置されたイベント会場に向かっているのだった。
イベントの開始時間は午前十時からだが、一部のイベント実行委員会のメンバーたちはこの時間帯から準備を進める。
イベント会場には既に三人の男女が集まっていた。その二人はなぜかモミの木の下に立って地面に置かれた何かを見下ろしているようだった。
黒川修三は黒色の髪を肩まで伸ばした垂れ目の低身長の女に近づき、彼女に声をかける。
「どうかしたのか。准さん」
その女の名前は赤井准。彼女はモミの木の真下に置かれた大きな白い袋を指さす。サンタクロースが持っていそうな白い袋。
「准ちゃん。先に来た鹿五郎さんがトイレに行きたくなって、ここに子供たちのプレゼントを置いただけだって。段取りでは鹿五郎さんがサンタクロースに扮して子供たちにプレゼントを配る予定だっただろう」
赤井准の隣に立っている黒いスーツを着たお河童頭の男が准の肩を持つ。だが青色のジャージに身を包んだオールバックの男が首を横に振りながら三人の前に現れる。
「それはないな。公園中のトイレを探し回ったがどこにもいなかったよ。あの野郎は多分どこかでナンパでもやってるんじゃないか」
男が冗談交じりに呟くと、黒いスーツを着たお河童頭の男が彼の胸倉を掴んだ。
「三田益男。ふざけるな」
「冗談が通じないのかな。木林紅次君」
互いの名前を呼び合い因縁を付ける二人に黒川修三が割って入る。
「喧嘩を止めろ。そんなことより赤井鹿五郎さんがどこにいるのかが気になる。俺がここに来るまでのところで赤井鹿五郎さんを見た人はいるのか」
黒川の質問に誰も答えることはできない。微かに嫌な予感を覚えた黒川は大きな白い袋を開ける。袋の中身を見た黒川は思わず腰を抜かした。何事かと思った三人は白い袋の中を覗き込む。そこに入っていたのは恰幅のよい白髪交じりの男の遺体だった。それは紛れもなく赤井鹿五郎の遺体。
それを見た赤井准は悲鳴を上げる。泣き崩れる赤井准。一方木林紅次は赤井鹿五郎の脈を測る。だが心臓が止まっているようで脈は測れない。木林紅次は亡くなっていることを悟った。
遺体から少し離れた位置で三田益男と黒川修三が救急車と警察を要請するために電話をかける。
それから一分後悲鳴を聞きつけた野次馬や公園の職員たちが集まった。
遺体発見から十分後大分県警捜査一課の刑事たちが救急隊員と共に現場に臨場する。
野次馬たちを整理しながら刑事たちが現場に向かう。その中には腰の高さまで伸びた長い黒髪に前髪をピンク色のピンで止めた女刑事と短い黒髪にスマートな体型の刑事がいた。
その女刑事が野次馬の中心にある現場に向かおうと一歩を踏み出す。だがその中心に見覚えのある顔があったため、彼女は足を止めその男の元に走る。
「黒川。こんなところで何をやってるの」
唐突に声を掛けられた黒川修三は振り返りながら彼女の顔を見る。
「涼風か。まさかまた事件現場で顔を合わせるとは思わなかった」
「答えになっていない」
「町内会のクリスマスイベントの手伝いに来たらモミの木の下に白い大きな袋が置いてあったので、それを開けたら町内会長さんの遺体があった。即ち俺たち四人は遺体の第一発見者ということだ」
黒川修三が説明するとスマートな体型の刑事も黒川に近づいた。
「黒川さん。現場で会うのは初めてだな」
「三浦君。まさか事件に巻き込まれるとは思わなかった」
黒川修三はその刑事三浦良夫と握手を交わす。その直後に須藤涼風の部下たちが現場に駆け付け、涼風が咳払いする。
「これから捜査を開始します。遺体の第一発見者の皆様はこの場を動かないでください」
須藤涼風は部下の刑事に容疑者の監視を指示してから、遺体の近くで鑑識作業を行っているポニーテールの女に話しかける。
「吉永マミ。遺体の状況を説明してください」
遺体の前で座っていた吉永マミは自分の腕時計を指さす。
「死後硬直の具合から死後三時間程経過していると思う。現在の時刻は午前八時だから殺されたのは午前五時頃。死因は頭を強く打ったことによる後頭部挫傷。遺体の衣服のポケットに財布が入っていたにも関わらず金品を抜き取られた形跡がないから、物取りの犯行ではない。気になる遺留品は遺体の胸ポケットに入っている黒い封筒」
吉永マミはその封筒を須藤涼風に渡す。黒く塗りつぶされた封筒の封が開いている。彼女はその不気味な封筒に入っている手紙を取り出す。
それは黒い便箋に白いワープロの文字が印刷された手紙。この手紙を読み、須藤涼風の頭に血が上る。
それを心配した三浦は彼女に近づく。
「何を怒っている」
三浦が聞くと須藤涼風は手紙を彼に見せた。
「我はブラックサンタクロース。悪人をお仕置きするのが我の使命」
三浦が手紙を声に出して読むと、黒川が興味を示し須藤涼風に話しかけた。
「ブラックサンタクロースと名乗る犯人の犯行声明か。面白い」
黒川修三の声を聞き須藤涼風が怒りを露わにする。
「悪人をお仕置きして世間を震撼させる愉快犯ということでしょう。ふざけています」
黒川は須藤涼風の言い分を聞き、真顔で彼女に質問する。
「涼風の意見は間違っていないが、一つだけ聞こう。ブラックサンタクロースという存在を知っているのか」
「知らない」
須藤涼風がぶっきらぼうに答えると、彼は頬を緩めた。
「通称ブラックサンタクロース。クネヒト・ループレヒトとも呼ばれているが、クリスマスイブに悪い子をお仕置きする存在だ。悪い子にはプレゼントとして子供たちが好まない物を与える。とても悪い子にはグロテスクな洗礼。とてもとても悪い子はサンタの袋に詰め込み連れ去ってしまうという。白い大きな袋に遺体が詰め込まれていたからまさかと思ったが、犯人は自身をブラックサンタクロースと名乗っている」
黒川修三が説明すると須藤涼風の部下の刑事が彼女の元に駆け付けた。
「須藤警部。公園の防犯カメラに不審人物が映っていました。午前六時頃不審人物が白い袋を持ってうろついています。おそらくこの人物が犯人だと思います」
刑事は須藤警部に防犯カメラの映像をプリントした画像を見せる。長い漆黒の鬚。茶色い毛皮のコートで顔を隠している。その不気味なコートの胸元には鈴が付いている。
その不審人物は大きな白い袋を担いでいる。
この画像を黒川修三が覗き込み、手を叩いた。
「やっぱり。不審人物の服装はブラックサンタクロースの服装と同一」
黒川が呟くと刑事が須藤涼風に報告を続ける。
「犯人は不審人物とみて間違いないかと。公園の出入り口に設置された防犯カメラに不審人物が立ち去る姿が映っていました。その時は白い袋を所持していません。疑う余地はありませんよね」
刑事の報告を聞き須藤涼風が聞き返す。
「まだ断言するには早過ぎますよね。犯人は必ず現場に戻ってきます。最初に被害者の関係者で現在この場にいる四人を容疑者とみて捜査した方が妥当でしょう。午前六時からこの時間までの間公園内を出入りした人物がいないのかを調べてください」
須藤涼風は新たなる指示を刑事に与え現場の近くで待機している四人の顔を見る。
そして彼女は相棒の三浦良夫と共に四人の容疑者の元に歩み寄る。
「そろそろ個別の事情聴取を始めます」
須藤涼風の言葉を聞き三田益男が戸惑う。
「刑事さん。どうして俺らを疑うわけ。俺らは遺体の第一発見者だぜ」
「だから犯人ではないという証明にはならない。ここはこちらからの質問に答えろ」
三浦に注意された三田は舌打ちする。
「分かったから誰から話を聞く」
三田が聞くと須藤涼風は三田の顔を指さす。
「まずはあなたからお話を伺います。現場から離れたベンチまで移動しますので、ついてきてください」
三田は須藤涼風に促され彼女が歩く方向に足を進める。一方三浦も須藤涼風の後ろを追いかけようとした。だが須藤涼風が立ち止まり、彼に指示を与える。
「三浦刑事はこの場で待機して容疑者を監視してください」
「それは建前で本当は黒川さんと二人きりで話したいだけだろう」
三浦が本音を語ると須藤涼風は赤面する。
「そんなんじゃないから」
三浦は疑いの目を須藤涼風に向ける。そんな三浦を他所に須藤涼風は三田益男と共に現場から離れたベンチまで向かう。
現場から数メートル離れた位置に赤色のベンチが置かれている。三田益男はそのベンチに座り須藤涼風の顔を見る。
「それで何を話せばいい」
「まずは名前と被害者との関係を教えてください」
「三田益男だ。赤井鹿五郎とは町内会のメンバーという接点くらいしかない。家が隣なのも事実だけどな」
「被害者を恨んでいる人物に心当たりはありませんか」
「赤井准が怪しいと思う。赤井鹿五郎は部下の女性社員の体を障るなどの猥褻な行動をやっている。それに加えて街で出会った女をナンパしてホテルに連れ込んだこともあるらしい。それが許せなかったとしたら殺してもおかしくないだろう。浮気を毎日のように繰り返す夫が許せなかった。立派な犯行動機だと思わないか」
「他には何かありませんか」
ベンチの前に立っている須藤涼風が再度聞くと三田が唸り手を叩く。
「そういえば一年前のクリスマスイブに赤井鹿五郎の浮気相手が階段から転落死するという事故があったような気がする。事故死した女性が誰かは分からない」
「なるほど。因みにあなたが公園に来たのは何時ですか」
「午前七時だった。その頃には赤井准と木林紅次もいて、白い大きな袋がモミの木の下に置かれていた」
「最後に午前七時から遺体が発見された午前八時頃の行動を教えてください」
「子供たちへのプレゼントが詰め込まれているはずの大きな白い袋がモミの木の下に置かれているにも関わらず赤井鹿五郎の姿が見えないということで公園中を探し回った。生憎一人で公園内を走り回ったからアリバイの証人はいないが、公園内に設置された防犯カメラの映像を見れば嘘じゃないって分かる」
須藤涼風は三田益男を現場まで送り届け、捜査員にメモを渡す。入れ替わる形で赤井准を同じベンチまで連れてきた。
「名前と被害者との関係を教えてください」
須藤涼風がメモを取りながら聞くと女は涙を浮かべながら答える。
「赤井鹿五郎の妻の赤井准です」
「浮気を毎日のように繰り返す夫のことを恨んでいると聞いたのですが、それは事実ですか」
「それは本当ですが殺したいとは思っていません。それに浮気者の夫とは来年一月に離婚するよう弁護士を雇って調整しているところです。離婚さえしてしまえば殺す必然性はなくなるでしょう。まあ保険金殺人なら話は別ですが、雀の涙程度の保険にしか入っていません」
「それではあなたの夫を恨んでいる人に心当たりはいませんか」
「私の知っている限りでは三田益男さんが一番夫を恨んでいると思います。三田さんは夫に騙されて暴落する株を買わされたそうです。それで借金を背負い現在返済中。借金絡みで人生がボロボロになったなら恨んで当たり前でしょう。反対に木林さんは恨んでいないと思います。彼は夫を慕っていて三か月に一回ペースで飲みに出かけていますから。最後に飲み屋で飲んだのは一か月前のことでした。そういえば夫は昨日の午後十時頃人に会いに行くって言って外出しましたよ。それ以来帰ってきていません」
「最後にあなたが公園にやってきた時間と午前八時までの行動を教えてください」
「午前六時五十分に公園に辿り着いて、木林さんと一緒にモミの木の下で準備を進めていました。それから午前八時まで一歩も動いていません。木林さんに聞けばお互いのアリバイを証明できるでしょう」
「因みに木林さんは何時頃に来たと言っていましたか」
「午前六時四十分に来たって行っていましたよ」
赤井准を現場に送り届けた須藤涼風は先ほどと同じように別の捜査員にメモを渡す。三番目に木林紅次をベンチの前に呼び出す。
「名前と被害者との関係を教えてください」
「木林紅次。赤井准の高校の同級生で当時付き合っていた。鹿五郎さんは大学の先輩で俺は彼のことを慕っている。俺はブラックサンタクロースというふざけた名前の殺人犯を許せない」
「木林さん。あなたは午前六時四十分頃に公園に到着したそうですね。あの四人で一番早くモミの木の下にやってきた。これで間違っていませんか」
「そうだよ。間違いない。その時には大きな白い袋がモミの木の下に置かれていた」
「被害者のことを恨んでいる人物に心当たりはありませんか。被害者のことを慕っていたのなら心当たりはありますよね」
須藤涼風の質問に木林が食いつく。
「三田益男に決まっているじゃないか。あいつだけアリバイがないんだろう。その間にブラックサンタクロースの衣装をどこかに処分した。そう考えた方が自然だろう。暴落する株を売りつけられて借金を背負ったのなら恨んでもおかしくない」
それから木林紅次と須藤涼風は現場に戻る。すると須藤涼風に一人の刑事が声をかけた。
「須藤警部。被害者の赤井鹿五郎さんの足取りが分かりました。昨晩午後十時三十分頃常連の飲み屋で酒を飲んだ後、見知らぬ女をナンパしてホテルに連れ込んだそうです。そして午前四時頃ホテルをチェックアウトしてどこかに移動。その時間帯に誰かに呼び出されて殺害された物と思われます」
「なるほど。被害者は女癖が悪かったという事実は正しいということですね」
「それと近隣のマンションのゴミ捨て場に犯人が変装に使用したと思われる服装が黒いゴミ袋に詰め込まれて捨てられていました。写真を撮影したので見てください」
刑事は須藤涼風に写真を見せる。マンションのゴミ捨て場から見つかったのは茶色のコートに黒い付け髭。ブラックサンタクロースの服装と同じだった。
「そのマンションに防犯カメラは設置されていませんか」
「いいえ。設置されていません」
「それならばもう一度マンション周辺で聞き込みを行ってください。四人の容疑者の写真 を見せれば変装道具を捨てた人物の目撃者が見つかるかもしれません。それと近隣で聞き込みを行っている捜査員に容疑者の写真をメールで送ります」
須藤涼風は刑事に指示を与える。その後で彼女は黒川修三に話しかける。
「黒川。最後はあなたから話を聞きます」
黒川修三は須藤涼風の後ろを歩く。そしてベンチが見えたら彼女は一目散にベンチに座った。
「久しぶりね。こうして二人きりで会話するのは。さあ私の隣に座って話を聞かせて」
先ほどの口調とは変わり須藤涼風の声が女性らしくなる。黒川修三は須藤涼風に促され彼女の隣に座った。
「身内というか幼馴染の事情聴取は私情が絡むからマズイという話を聞いたことがあるが」
黒川が須藤の顔を見ると彼女は微笑む。
「事情聴取だと思ったとしたら間違い。本当は推理の相談が目的だから」
「四人の容疑者に俺は含まれていないのか」
「あの時は建前で四人の容疑者って言ったけれど、本音はあなたが犯人ではないと信じているから。その前に形式的な質問。被害者とあなたの関係を教えてください」
「町内会の行事に参加しているだけでそれ以上の繋がりはない」
「それなら被害者を恨んでいる人物に心当たりはありますか」
「三田益男くらいしか分からない。町内会内部では三田益男と赤井鹿五郎が犬猿の仲であることは周知の事実で、何らかのトラブルがあってもおかしくない」
その黒川の証言を聞き須藤涼風は頬を緩める。
「やっぱり。これで犯人の仕掛けたトリックは解けた。ということで私の推理を聞いてくれる。……」
須藤涼風の推理を聞き黒川修三は手を叩く。
「なるほど。それは面白い推理だ。でも証拠がないだろう」
「証拠なら遺体遺棄現場の近隣の住民の目撃証言があれば完璧でしょう。それにこっちにはブラックサンタクロースの衣装もあるから、それから指紋が検出されれば物的証拠もある」
「犯人が分かったのなら、容疑者を集めて推理を披露した方が良いと思うが」
黒川修三はベンチから立ち上がり、遺体遺棄現場に戻ろうとする。だが須藤涼風は彼の右腕を掴んだ。
「待って。こんな時に話すのも変だけど、もし良かったら……」
次の言葉が出る直前一人の刑事が須藤涼風に近づきながら声をかける。
「須藤警部。探しましたよ。あのメモの件ですが、容疑者が供述した時間防犯カメラに容疑者が映っていることが分かりました。死亡推定時刻の午前五時頃から午前八時までの公園職員のアリバイは完璧で、その時間帯に公園を出入りしたのは遺体を捨てたと思われる不審者と容疑者四人のみということも分かりました」
「分かりました。そろそろ事件の謎解きを行いますので現場に戻ります」
須藤涼風は自分を偽り淡々と語る。その彼女の顔は悲しげであった。
午前十時。本来ならイベントが開催される時間だが現在公園内は立ち入り禁止になっている。そのため子供たちは公園の前で公園の職員と後で来たイベントのスタッフの説明を聞いている。
その頃須藤涼風は公園内で捜査している大分県警の刑事たちと四人の容疑者たちを遺体遺棄現場に集めた。須藤涼風はモミの木に近づきながら推理を語る。
「殺人事件の謎が解けました。犯人はあなたたち四人の中にいます」
その刑事の言葉を聞き木林が三田の顔を見る。
「三田益男が犯人なんだろう。彼は鹿五郎さんと株が大暴落したことが原因で犬猿の仲になったから」
「その周知の事実が犯人の仕掛けたトリックです。犯人はわざと赤井鹿五郎を探すよう仕向け三田益男のアリバイをなくし彼を犯人に仕立て上げようとした。全員が口を揃えて三田益男が怪しいと言えば警察は三田益男を犯人とみて捜査を進める。それこそが犯人が仕掛けた誘導トリックでした。もう一つの誘導トリックはブラックサンタクロースという存在。悪人を裁くと言う趣旨のメッセージを被害者の遺留品に混ぜれば、警察はブラックサンタクロースと名乗る犯人の陰を追うことになる。犯人はあえて不審者に変装して遺体を捨てることで狂気に満ちた殺人犯の影を作り出しました」
須藤涼風は殺人事件のトリックを暴き、犯人の顔を指さす。
「そうですね。真犯人の木林紅次さん」
木林は自分の名前を呼ばれ戸惑う。
「俺が犯人なわけがないだろう」
「あなたは個別の事情聴取の時に失言をしましたね。その間にブラックサンタクロースの衣装をどこかに処分した。そう考えた方が自然だろう。これがあなたの失言です。どうしてあなたの口からブラックサンタクロースの衣装という言葉が出たのか。その答えはあなたが犯人だと仮定すれば説明できますよね」
「こじ付けじゃないか。証拠もないのにそんなことを言わないでくれ」
木林が激怒すると須藤涼風の携帯電話が鳴った。その届いたメールを読み彼女は頬を緩ませる。
「目撃証言が出ました。ここから数キロメートル離れた神社であなたと被害者が会っているのを神社の神主さんが目撃しています。さらに神社の階段には血液が残されていた。それを調べたら被害者の血液と一致したそうです。目撃者の神主さんはその様子を見てあなたが病院に連れていくと思ってあえて通報しなかったそうです」
続けて須藤涼風の携帯電話にメールが二通届く。そのメールを読み彼女は自分の推理に自信を持つ。
「公園の近くのマンションに住む住人から午前五時十分頃あなたが変装道具をゴミ捨て場に捨てた所を見たと言う証言が出てきました。そして見つかった衣装からは指紋が検出されました。その指紋を調べたらはっきりすると思いますよ」
立て続けに続く証拠の猛攻に木林は肩を落とす。
「どうやら俺は警察を舐めていたようだ。俺が赤井鹿五郎を殺した」
その自白に赤井准は途惑った。
「どういうこと。あなたは主人を慕っていたじゃない」
「准ちゃん。確かに俺は鹿五郎さんを慕っていたよ。一か月前まではね。俺には婚約者がいた。だが一年前のクリスマスイブその婚約者をあいつは殺したんだ。あの転落事故の第一発見者が鹿五郎さんだとは聞いていたがまさか彼が酔った勢いで彼女を階段から突き飛ばしたなんて夢にも思っていなかった。そのことを知ったのは一か月前の飲み会の席のことだったよ。真実を知った俺は裏切られた思いになって復讐を決意した。そんな時にテレビでブラックサンタクロースという存在を知り俺にぴったりだと思った。だから俺はブラックサンタクロースと名乗りとてもとても悪いことをしたあいつをお仕置きしてやった。本当は大怪我をさせる程度にしようと思ったが打ちどころが悪くて死んでしまった。ということで傷害事件から殺人事件に変更して計画を遂行したということだ」
その身勝手な木林の供述を聞き三浦は木林の胸倉を掴む。
「ふざけるな。そんなことをやって婚約者が喜ぶとでも思ったのか」
三浦の言葉は木林に響かない。その後須藤涼風は無言で木林に手錠を掛ける。
木林は大分県警に移送されクリスマスイブに起きた殺人事件は幕を閉じた。イベントは別の会場に移動され、子供たちにサンタクロースがプレゼントを配ると言うシンプルな内容になった。
午後六時。町内会のメンバーたちはイベント会場の片付けを行っている。その中には黒川修三の姿もある。
片付けも終盤に差し掛かろうとした時、須藤涼風がイベント会場を訪問して、黒川修三に声を掛けた。
「黒川」
須藤涼風は彼の名前を呼び、黒川は振り向く。
「涼風。仕事は終わったのか」
「ブラックサンタクロースの衣装から犯人の指紋が検出されたから明日には送検されます」
「まさかそんなことを報告するために態々来たんじゃないよな」
「推理の相談を聞かせた時に言おうと思ったけれど、あの時は部下の刑事の報告が邪魔して言えなかった。だから今から言おうと思ってね」
「まさか今日はクリスマスイブだから愛の告白でもするのか」
黒川修三が茶化すと須藤涼風は首を横に振る。
「違うから。もし良かったら一緒にクリスマスイブを過ごしたいと思っただけだから。幼馴染として今年はお世話になったからその御礼を兼ねて一緒に駅前のイルミネーションでも見に行こうと思っただけ」
須藤涼風の声に黒川修三は赤面する。
「それくらいなら構わない。兎に角後十分くらいで片付けが終わるから待ってくれよ」
そして五分後二人は大分市駅に向かい歩き出す。ここから二人きりのクリスマスイブの夜が始まる。