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あれから二時間後、俺たちは発表のために講堂に訪れていた。
この講堂は、朝から音楽系の部活が演奏を続けていた。
オオトリというのはプレッシャーがかかるのは当然だ。
部長のくじ運の良さに困惑するしかない。
しかも俺たちの前が、人気ナンバーワンの女子軽音部だ。
体育館は異様な盛り上がりに包まれていた。
「次、行くよ!」
などとかわいらしい女の声が聞こえると、体育館のステージにはギターの音が響く。
それに合わせての観客の歓声と盛り上がり。
「なあ、これって罰ゲームだよな」
と工藤先輩がすでに白旗モードだ。
「噂には聞いていたが、ウチの軽音部って週末は駅前で路上ライブしているらしいよ」
「うっそ、マジ?」
舞台袖から見える軽音部の盛り上がりはかなりのものだ。
アーティストと観客の一体感は、最高潮の盛り上がりだ。
「ああ、ここまで盛り上がられると出にくいよな」
明らかに空気に飲まれていた俺たち。だけどこの人は違っていた。
「何を言う!」
いきり立つ部長がノートパソコン片手に、自分の作品をチェックしていた。
「今まで約一年、この日のために俺たちはやってきたのを忘れたのか?」
「お、おう。そうだな」
そう、俺たちはパソコン音楽部に晴れ舞台が岩本祭のステージ以外にほかにない。
一年間ずっと来る日も来る日もパソコンに向かい続けた。
晴れの日も、雨の日も、雪の日も、純花に腕関節を決められて腕が折れそうな日も。
「そうだった、俺たちはこの唯一の晴れ舞台のために頑張って来たんだ」
「ありがとう、KUNI」
みんなが部長の言葉で一つになる。
部長はいつもの部長だ、妹に過剰すぎる愛情を与えたその顔はない。
ノートパソコンから顔を上げつつ、淡々としゃべる。
「じゃあ、順番の確認だけど……始めが菅原。
それから石野、工藤、難波、最後にオレこれで行く。パソコン操作は菅原な」
「はい」俺たち四人の部員が順番を確認した。
ステージに出るのは部長だけだ、スクリーンの調整とMC。
後の四人は、部長が出たらステージ奥に向かう。
俺の作品は、一分半のショートバージョンだ。
ボイカロイトにかけた一年の集大成、それを披露するからさすがに緊張する。
ましてやさっき部長と喧嘩もした。
「あの……さっきは」
「佳乃のことをお前はちゃんと見ている。今回のはお前の彼女の話だろ、女たらし」
「ええっ、よくわかりました」
「当り前だ、お前の彼女だろ」
「ええ、佳乃の友達です」
「……そうか。佳乃の友達になってくれたか」
すがすがしい顔で、先のステージの方を見ていた部長。
「佳乃は友達がいないからな、同性も異性も」
「部長は佳乃のことをよく御存じですね」
「伊達にストーカーはしていない」
そこは否定しないんだ、俺は苦笑いをした。
「そろそろ時間だな、菅原」
「はい」
「終わったら佳乃にちゃんと謝ろうと思う」
「ええ」俺は部長と軽くハイタッチをした。
だが、そんないいムードをブチ壊すかのように走る足音が聞こえてきた。
そして舞台袖に出てきたのは、
「ミツノマル、いる?」
「あ、純花っ!」
「ミツノマル、そろそろ出番でしょ!あたしがとうとうやって来たわ!」
そう言いながら、出てきたのは純花だ。
息を切らしながら、関係者立ち入り禁止のドアを平気で破って舞台袖に侵入してきた。
さすがは学校一の変り者だ。
「な、なんで来るんだよ!」
「いいじゃない、彼女が応援しに来たんだからむしろ喜びなさい。
そういえば、ここ舞台袖ってやつ?壇上が見えるわね」
「お前、前にここ来ただろ!」
「入学式以来かな、挨拶で」
純花は入学式の時にここで歌を歌った。
新入生挨拶に自ら立候補をしてなぜか歌を歌った純花。
たちまち、学校内の『変りモノ』レッテルが貼られたいわくつきの場所だ。
「それに、従弟が頑張っているところみたいじゃん」
「あっ、僕か」
工藤先輩はじっと純花を見ていた。太っている工藤先輩に純花が手を振った。
「まあ、あたしの彼氏の方が最高だけど」
「やっぱり自慢か、まあいいさ」
ちょっと悔しそうな顔を見せつつも、大人の返しを見せた工藤先輩。
工藤先輩って体も太いけど、こうしていると声も太いな。
「僕の音楽を見て、びっくりするなよ。スぺクタルな映像美を見せてやる」
「楽しみにしているわ。あっそれから、伝言よミツノマル」
「なんだよ?」
「佳乃がもうすぐ来ると思うから、みっともないのを出したら体固めするから」
「体固めって、佳乃は絶対言わないけど」
「分かった」それに反応したのはなぜか部長だ。
眼鏡をかっこよくかけてじっと純花を見ていた。
「いいんですか?純花の『体固め』腰折れるぐらい痛いですよ」
「……そうか」
俺の言葉に、部長は何事の無かったかのように振る舞う。ちょっと体が小刻みに動いているが。
純花……頼むから俺以外の奴にプロレス技をかけるなよ。
そう思っていると、奥から声が聞こえた。
文化祭実行委員のメガネ男子が、声をかけてきた。
「それじゃあ、そろそろ演奏終わるから。パソコン音楽部用意お願いします」
「はい、パソコン音楽部。オオトリをいかせてもらいます」
部長が一声かけて、俺たちは用意へと動いた。
ステージは軽音部があまりにもヒートアップし、アンコールも鳴り響く。
そんな中を退場する軽音部。
それが俺たちのパソコン音楽部のショーの幕開けの合図だった。
部長が軽音部と入れ替わるようにステージに上がったのだ。




